坂部:いまの時代にデザイナーをやっていても、「ほとんどはマルタン・マルジェラの影響なんじゃないか」と思ってしまいます。しかもその影響は1990年代の時よりも、現代の方がより色濃い気すらする。マルタンがメゾンを去る直前にマルジェラで経験を積んだデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)手掛ける「バレンシアガ(BALENCIAGA)」は、"ほとんどマルジェラ"じゃないですか?
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※デムナ・ヴァザリア:マルタンと同じくアントワープ王立芸術アカデミーを卒業。2012年まで「メゾン・マルタン・マルジェラ」でデザイナーとしてキャリアを積んだ。その後2013年にルイ・ヴィトンへ移籍。2014年に「ヴェトモン(VETEMENTS))」を立ち上げ、2015年からバレンシアガのアーティスティックディレクターに就任している。
栗野:マルジェラから型紙持って出てきちゃって、怒られたという噂があるよね(笑)。
坂部:バレンシアガを見ていても、「すごくいいな」と思うアイテムやルックは、やはりマルタン・マルジェラのクリエイションぽい。ややこしいことに、(現在クリエイティブディレクターを務める)ジョン・ガリアーノ(John Galliano)のマルジェラよりも、バレンシアガの方がマルジェラっぽい時がある(笑)。
栗野:そう思うと、アントワープ卒のデザイナーって「現実をじっくり見すぎて変化が起きる」みたいなタイプが多い気がする。
坂部:ハイカルチャーとローカルチャー。キリスト教にとてもストイックな地帯があるかと思ったら、赤線地帯もある。そんな風に色々なものが混ざり合っている小さな街に、信じられない数のデザイナーがいるんですよ。でも、田舎町だから遊びに行くのは川くらい(笑)。そういう、アントワープの街がもたらしたデザイナーへの影響は大きいとは思います。
栗野:今のマルジェラも好きだけど、ジョン・ガリアーノのクリエイションだもんね。
坂部:そうなんですよ。ここ何年かはジョン・ガリアーノの良さはすごく出てきているんですけど、マルタン・マルジェラの本質的なクリエイションとはやっぱり違う。
ー映画の冒頭にも説明されているように、メゾン・マルタン・マルジェラは、元々はシュールレアリズムから出発しているブランドですもんね。
坂部:そういう意味でいうとジョン・ガリアーノはやっぱり、ドレスメーカーですよね。
栗野:山縣くんに聞いた話。ジョン・ガリアーノは、コレクションの直前になると生地を抱えてアシスタントと一緒に部屋に籠もって何週間も出てこないんですって。2週間くらいすると、ボロボロになったガリアーノとアシスタントが出てくる。服はもちろん完成しているし、スタイリングまで出来ていたそうです。「ガリアーノはドレスメーカー」というのは本当にそうで、マルタンももちろん技術がある人だけど、ガリアーノほどではない。でも、マルタンは自分が本当にやりたいものに近づくために、コンセプトを強めようと思った人。服より前にコンセプトが先に立つ人だったのかな、と思います。
※山縣良和:「リトゥンアフターワーズ(writtenafterwards)」デザイナー、ここのがっこう代表。2005年セントラル・セント・マーチンズ美術大学を卒業し、在学中にジョン・ガリアーノのデザインアシスタントを務める。
ー先ほど坂部さんがおっしゃっていたように、アントワープデザイナーに限らず、マルタンの残り香は世界中のクリエイションから感じます。
栗野:その残り香の強さと言ったら、「マルタン・マルジェラが入っていないクリエイションはないんじゃないか」と思ってしまうくらい。
坂部:元々メディアに出ていないことに加えて、突然業界を引退したマルタンは「不在」の象徴のようにも感じます。不在になっている分、より残り香は強くなっていますよね。少しおかしな例え話だけど、「数字の1〜9をインドで発見しました!」みたいな話をよく聞くじゃないですか。それでいうとマルタンは「0」みたいな人なんですよ。数字の1〜9が世の中にあるなら、0の存在は無視できない。0のバリエーションを入れない限りは、1もスタートしない。
ーマルタンが生み出したテイストが、多くのブランドのクリエイティブに影響を与えている要因はなんだと思いますか?
坂部:ブランドにおける「ものづくり」において取り入れやすいからだと思います。マルタンの作る服は、人間像を変化させやすい。
ー「人間像を変化させやすい」とは?
坂部:本質的なことすぎて邪魔にならないんです。例えば、僕がマルタン・マルジェラのテイストを自分のブランドに取り込んだとしても、人間像は僕のままに製作することが出来る。
栗野:なるほど。たしかに、人間像が強いというよりも「存在感」が重要なデザイナーではあるよね。存在感は、目には見えなくても人が感じ取ってしまうものだし、だからこそ、リファレンスとして取り入れやすいと。
坂部:まさに本質なんです。本質だからこそ、「自分」を押し付けてこないんですよね。「ブランド」よりも、もうひとつ深い層で服を作っていると言うか……。みんなが「ブランド」をやっている地層の最下層には、マルタンがやっていた「ものづくりの本質」があって、マルタンが作り上げた本質という土壌の上で僕らは「ブランド」をやっている。
栗野:服作り、あるいはキャスティングやショーでの演出も本質の核を突いている。どんどんディープなところを突くもんだから、メゾン・マルタン・マルジェラというブランドは、真実だらけの「本質の塊」みたいになったんだろうね。
栗野:例えば、ヴィンテージアイテムをリメイクするにしても、「蚤の市で買ったもので、古着からデザインのヒントを得ました」というのはよくある話。どうしても「僕が見つけた」とか「僕のオリジナルだよ」って言いたくなるもんだと思うんです。でも、マルタンは古着を古着のままに出して「それがいいんだよ、このままが一番美しい」と言えてしまう。その発想自体がヒットポイントで一番ディープ。
ー映画の中でも、本人の「本質」が見え隠れするシーンは見受けられましたか?
坂部:もちろんです。ただ、あまりにもさらっと言うもんだから、ファッションクリエイションの歴史において革命的な発言や発想なんだ、と言うことを見落としがちなんですよね。
栗野:「デザイナーは服よりも目立つべきではない、別に僕を売ろうとしているわけじゃないし」というのも実はとてもディープ。
坂部:「ブランドのシグネチャーが、4つのポイント留めに至るまで」もものすごい本質なんですよ。本質すぎて、一番目立たないことをしたはずなのに、一番目立っちゃうっていう不思議なことが起きるくらい(笑)。
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