池上高志
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「生命とは何か」。複雑系科学の研究者として、人工生命をテーマに研究を進める東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻教授の池上高志氏。アートやファッションと関わりも深く、渋谷慶一郎氏、能楽師の安田登氏とアンドロイドを活用したアートパフォーマンス「傀儡神楽」を行ったり、日本最大のファッションコンペ「big design award」の審査員を務めたりと活動は多岐にわたる。研究テーマに掲げる究極の難題を解き明かすため、研究者の視座はアート、ファッションの深層へと向かう。
池上高志
1984年東京大学理学部物理学科卒業、1989年同大学院理学系研究科博士課程修了。1990年神戸大学大学院自然科学研究科助手。1994年東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻助教授に。2008年より現職。理学博士。複雑系と人工生命をテーマに研究を続けるかたわら、アートとサイエンスの領域をつなぐ活動も精力的に行う。著書に「生命のサンドウィッチ理論」、「動きが生命をつくる―生命と意識への構成論的アプローチ」、「人間と機械のあいだ」(共著)など。
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ーはじめに、池上さんがどんな活動をしているのか教えてください。
複雑系科学の研究者として人工生命(アーティフィシャルライフ)を研究しています。それに加えて、近年はアートやファッション関連のプロジェクトに関わることもあります。ファッションでは、デザイナーの坂部三樹郎さんと山縣良和さんがプロデュースした展覧会「絶・絶命展~ ファッションとの遭遇」に作品を出展し、アートでは渋谷慶一郎さんたちと行った「アンドロイド・オペラ」のほか、去年ヒカリエではアンドロイドの「オルタ3」と能楽師の安田登さんらとアートパフォーマンス「傀儡神楽」を開催したりしています。
ー日本最大のファッションコンペ「big design award」第2回の応募が始まっていますが、池上さんはヴェロニク・ブランキーノ(Veronique Branquinho)や、「メゾン ミハラヤスヒロ(Maison MIHARA YASUHIRO)」デザイナーの三原康裕さんと共にコンペの審査員を務めます。
東京農工大学大学院言語文化科学部門の教授 宇野良子さんが良く「ファッションは言語だ」と言っていてそれは面白い考えだなと。宇野さんの論文を読んで、その中にあったアイデアを自分なりに考えてみたくなったのと、坂部三樹郎さんと山縣良和さんが絶命展を開催したときに、「フレッシュなファッション」という話をしていてそれも面白いと思いました。ファッションでは生き生きとした「鮮度」が大事で、それは生命にも言えること。人工生命を研究していますが、そうした発想はこれまでしてこなかったので感銘を受け、ファッションに興味を持つようになったんです。それで依頼があった第1回から審査員を務めています。
ー第1回の「big design award」では、「アントワープシックス」の一人で、アントワープ王立芸術アカデミーの学長でもあるウォルター・ヴァン・ベイレンドンク(Walter Van Beirendonck)と一緒に審査を行っていましたね。
ユナイテッドアローズが好きで良く行くんですけど、そこでサイケデリックな背広を買って「big design award」の時に着て行ったんですよね。普段からブランド名をあまり見ずに買ったりしているんですが、そうしたらウォルターさんがデザインしたものだったんですよ。審査会の時に、ここぞとばかりサインしてもらいましたね(笑)。
ー審査をする際、どういったところを見ているんですか?
「ここのがっこう」に何度か講評で伺ったことがあるんですが、学生たちは僕の想像を遥かに超えた服を作っていて。本当にトラウマを抱えたような人が「ここのがっこう」には多く、しかしトラウマ的経験がこんな素晴らしい服に結びつくんだという驚きがありました。心の傷がポジティブに表現できるのはファッションの力だと思いますし、いかに心から服へとトランスフォームしているかは、評価するポイントの1つですね。
あと心理学で箱庭療法という、庭のセットをどういうふうに配置するかで自分の心を整理して落ち着かせる療法がありますが、それとファッションデザインはちょっと似てるんじゃないかと思うんです。服を作っていく過程というのは精神療法にすごく近いんじゃないかなと。それもあって、ファッションデザインの中には知性や心の形が現れると考えていて、そこも評価の対象としています。
ーどういうものに面白さを感じるんですか?
端的に言えば違和感があるものですかね。「ザラ(ZARA)」に行って違和感を感じるものがあるかと言えばないわけで。売れる服は、あまり自分にはひっかからないというか、退屈するんですよね。エッジが効いていてびっくりするものは面白いし見飽きることもありませんから。
ー違和感を構成する要素は何だと思いますか?
やっぱり大事なのは鮮度なんでしょうね。実は人工生命を作っても鮮度を担保できるものってなかなかないんですよ。100年経っても変わらないものはできるかもしれませんが、鮮度、賞味期限があるものを作ることは逆にとても難しい。プログラムでもできないと思いますね。
ーファッションは鮮度をお金に変える業界と言えます。
もちろんここで言う鮮度は流行り廃りだけじゃないですけどね。それこそこの間「アメリカン・ユートピア」を観てきたんですけど、デヴィッド・バーンが所属していたロックバンド「トーキング・ヘッズ」のファンということもあるんですが、楽曲を今聞いても懐かしいというよりは、生き生きしていて面白いと思えるんですよね。それはデヴィッド・バーンが今の人じゃなくて未来の人に向かって作っていたからだと勝手に解釈しています。だから未来に向けてファッションを作るという姿勢でいると、鮮度を持ち込めるんじゃないかなと。
ー人工生命に鮮度を担保させようとするとどうなりますかね?
まだ見たこともない生命を作ったほうが鮮度を感じるんじゃないかなと思います。それはファッションデザイナーの人も同じだと思いますね。
あと生命について考えると必然的に生と死の問題になりますが、死ぬことと鮮度も関係がありますよね。エイジング問題とか。最近の研究の話ですが、ゾウリムシを1匹から2匹、4匹、8匹と増やしたとします。もちろんみんな同じ遺伝子を持っているわけですが、最初から16個同じ遺伝子を持っている個体を入れて集団を作り、運動パターンを見てみるとみんな同じ遺伝子を持っているにも関わらずとても元気な集団とおとなしい集団が生まれるんですよね。同じ遺伝子でも、集団の組み方によって全体の鮮度が違ってくるわけです。単細胞生物ですらそうなんですから、僕らみたいな多細胞生物の場合、属している集団で元気かそうじゃないかが如実に変わってくるのではないか、鮮度も集団に関係しているんじゃないか、と思うわけです。そこから僕の研究でも「集団の元気さ」は何が決めているのか、ということを考えたりしているんですよ。
ー「集団の元気さ」の定義も、ただ動いているだけなのか、暴動しているのか、仲良く踊っているのかでまた見方も変わってきそうですね。
そうそう。集団の構造は色々なものが絡み合っているのでね。
ー池上さんは今、個よりも集団を研究対象にしている?
そうですね。例えば、人間の子どもが生まれた時は心がないだろうと。親と接していくうちに心が形成されてくるという仮説ですね。狼に育てられた少女の心が狼になるとかがあるわけで、生まれてきた時は何もないけど相互作用で心が生まれるとするなら人と接触させ、真似させることが心の形成に繋がっているのではないか。ただ、ずっと人の真似をしている人なんていないわけで、そこから個別性を獲得するにはどんな過程があるのか。どうやって個性が進化していくのかを考えています。
ー「ここのがっこう」では個性を伸ばす教育をしていると思いますが、池上さんは講評に行ってどんなアドバイスをしたんですか?
大したことは話していませんよ。門外漢なのでね。ただ、あまり勉強しないことが大事とは話しました。勉強すればするほど似通ってしまうので。
ー縫製やパターンを学ぶ必要はない?
先ほどもお伝えしましたが、大事なのは箱庭療法と同じで服を作ることで何かが整理されていく過程だと思います。もちろん、整理すべきものがない人は表層的に技術を学べばいいですが、大事なのは箱庭に現れる形で、そこに触れないとファッションというのは生まれないと思うわけです。
人と話すと自分の心と相手の心がどんどん似てくると感じることがありますよね?恋人や夫婦が似てきたりと、心のエクスチェンジが起こる。僕はそういうことがとても大事だと考えています。「ここのがっこう」は深いところでコミュニケーションをとるからその分疲れると思うんですが、素晴らしいカリキュラムだなと。
ー東京大学大学院でも同じように学生とコミュニケーションを?
そうですね。研究テーマが決まっていれば良いんですけどそんな事はほとんどなくて、まず何が悩みなのかってところから始まります。そこは「ここのがっこう」と同じですね。
ー個性の獲得はAI(人工知能)でも難しいですか?
AIが一番苦労するとしたらそこですね。ただ渋谷慶一郎さんが「スーパーエンジェル(Super Angels)」という子どもたちとアンドロイドが創る新しいオペラを上演するんですが、そこでアンドロイドの「オルタ3」に喋らせてくれと言われています。GPT-3という言語生成の深層学習を使って作ったのですが、人間よりも遥かにリッチな言葉を操るんですよ。とてもエモーショナルなこととか。それから人間のエモーションも、膨大なデータの流れの中でも存在し得るかもしれないなと感じるようになって。僕はそういうことがファッションにも起こりえると思うから面白いなと考えているわけです。
ーそういうことというのは?
過去の自分から染み出してくるものでファッションを作るのではなくて、後付け的に与えられた膨大なデータによって人間の持っているもの以上に複雑なファッション表現が可能であるならそれはすごく素晴らしいし、見てみたいと思うんです。個人が作ったものなんてたかが知れています。それを凌駕するのが科学で、ファッションでもできることだと思っているんです。
ー膨大なデータ、池上さんが提唱したマッシブデータフロー(Massive Data Flow)のことですね。
マッシブデータフローから生み出されるフェイクな心の先に、新しいアートやファッションが待っているんじゃないかという期待感があります。
ーむしろそこに心の本質があったり。
かもしれないですね。少なくとも僕や渋谷慶一郎さんはそう思っています。
ービッグデータの活用はファッション業界でも注目を集めていますが、まだまだ発展途上な印象があります。
たとえば世界中のありとあらゆる国民や民族のファッションを圧縮してプログラミングし、そこから未来の服を作ることは今もできます。自然言語処理モデルGPT−3が、5兆個のコーパスと1950億個のパラメーターを使ってリッチな文章を作りだすように、新しいファッションを作ることは難しくはないんじゃないですかね。もちろん資金の問題はあると思いますが。
ー第1回の「big design award」では、ビッグデータを活用した作品もあったと聞きました。
ディープラーニングを使ってデザインしてきました、という人がいましたね。その人はマテリアルやパターンが良かったんですが、全体的なセンスはあまりで落選となってしまいましたが。でもそうした取り組みは素晴らしいと思います。一人の人間が考えたデザインだと、あまりにその人の認知的バイアスに絡み取られてしまいますし、自由なファッションは生まれてこないだろうなと。もはや全く自由なデザインというのは、人間には作れないんじゃないかとさえ思ってしまいます。
ーたらればの話にはなりますが、ファッションコンペの審査員をしている中で仮に同じ精度のディープラーニングを使ったデザインが複数出てきた場合、どう優劣をつけるんですか?マッシブデータフローにより、人智を超えた判断が求められるようになると思うんですが。
おっしゃる通り、厳密には審査できないでしょうね。そのため現状は違和感の多さを基準に選ぶことになるんでしょうね。人間に理解できない人智を超えたものなら、人間には理解出来ないことだと思うので、「分からない」ってことが評価基準になるはずです。
話が少しずれますが、化学の世界もオートメーション化しようという研究が進んでいます。例を挙げれば、新薬の実験をロボットにやらせようって話しで。機械化でありとあらゆるところまで自動でやれるようになりましたが、これまで自動化できずにいた、結果を見て試薬を変えたり仮説を変えたりするという役割までもオートメーション化しようとしています。単純労働を頑張っている方をアダム、仮説のアップデートを担う方をイヴだとすると、アダムとイヴで作っているシステムは人間の化学学者と変わらないわけです。この状況は、ファッション業界に訪れるのもそう遠い未来ではないと思いますよ。
ー今回コンペに参加するデザイナーたちにはどんなことを期待しますか?
サステナブルやLGBTQについての言及は期待したい。ロンドンでパブリックトークをしたんですが、「サステナブルやLGBTQについて倫理的にどう考えてんだ」という質問が飛び交いましてね。日本はまだまだ緩い部分がありますが、グローバルで見るとそうはいかない。それこそそうした課題について真摯に向き合っていないと、投資家からお金を集めることはできませんよ。
ー社会的な問題にもしっかりコミットしていく必要がある。
そうすることでファッションの意味は強くなるし、社会的意味も変わってくると思います。ファッションは、こういうかっこいいものがあるぞっていう単一的な見方と多様性原理の見方で乖離がありますが、若い人にどういう形でメッセージを届けるかと考えた時、現代は多様性原理の方が共感を生むと思います。未来のファッションは多様性原理でしかないからこそ、しっかり伝えていかないといけないんじゃないでしょうか。
ーファッション業界を担う次世代にアドバイスはありますか?
また「ここのがっこう」の話ですが、コンプレックスをアドバンテージにしているのはすごいですよね。クリエイターになりたいなら、コンプレックスを言語化することが大事だと思います。
ーちなみに人工生命にコンプレックスを注入することってできるんですか?
おもしろい質問ですね。考えたことなかったですがどうなんでしょう。コンプレックスというのは比較、対比から生まれるところがありますからね。ちょっと話がずれるかもしませんが、進化アルゴリズムというのがありまして。自然淘汰、適者生存といった進化の仕組みに着想を得たものなんですが、それを用いてどのような強さで自然淘汰、適者生存を進めるかの判断って相当難しいんですよ。強い淘汰をかけすぎるとアルゴリズムが停止してしまったりするんです。計算量もかかるためコストとの戦いになるんですが、やはり多様性を残すことはアルゴリズム的にも大事で。人工生命にコンプレックスを、となると恐らくそうした多様性とアルゴリズムの関係について考えないといけないのかなと思います。
(聞き手:芳之内史也)
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