本の街と言えば神保町を思い浮かべるところだが、昨年の秋に幡ヶ谷で少し個性的で、とびっきり可愛らしい本屋がオープンした。本屋といっても、アクセサリー、雑貨、果てはお菓子まで陳列されていて、学園ものの海外ドラマや映画でよく見る細長いロッカーの中には、可愛らしい古着や靴まで並ぶ。緑を基調とした店内も相まって、1990年代頃のアメリカを連想させる。
そんな、ちょっとレトロでキュートな本屋「OH!MY BOOKS」の本棚はその名の通り「私のために作られた本棚かもしれない」と錯覚するほど、なぜだかどの本も面白そうに感じられて、まだ読みきれていない積読を思い浮かべつつレジに持っていってしまう。
店主の福永紋那さんは、ファッション業界で6〜7年ほど従事していた過去を持つと聞き、この「本屋なのに本屋らしからぬ不思議なお店」がどうやって誕生したのか、俄然興味が湧いた。
目次
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古着やかわいい雑貨も集まる本屋
ー福永さんはファッション業界で働いていたと聞きました。そのためか、手作りのブックカバーやオリジナルグッズも可愛いです。
ありがとうございます。10年くらい会社員をやっていて。ファッションを仕事にしていたのはそのうちの半分くらいで、所謂ラグジュアリーブランドでのロジスティクスの仕事で書類仕事だったので、ファッション業界といえど、バイイングや演出などセンスに関わるような職種ではありませんでした。
ーそうは言っても、ファッション業界の世界に飛び込んだのは、きっと服が好きだったからですよね。
新卒で入社した会社は保険の営業みたいなことをしていたんですけど「あ、好きなことを仕事にした方がいいな」と。でも、「ファッションが好きか」と問われるとよくわからないんです。私が言う「ファッションが好き」と言う気持ちは「服が好き」とはイコールではなくて、私は多分どちらかと言うと「着るのが好き」なんだと思います。少しわかりづらいかもしれないですけど、小学生の時に明日は何を着ようかと迷っていた頃のような気持ちに近いんですよね。
ー福永さんの「これが好き」がある種の人格となってはっきりと伝わってくるところが、このお店の魅力的なところの一つだと思います。
確かに「これが好き」は昔からはっきりしているのかもしれません。
ー本屋さんでありながらも、古着やアクセサリーも販売されています。活字に抵抗がある人もふらりと立ち寄りやすそうです。
お店に置くお洋服やアクセサリーを選ぶ時の基準も「本当に自分が好きなものだけ」です。極論、売れなかったら自分の家に持って帰ってもいいものしか置いていない。だから「あ、残念売れちゃった!」と思う時もあります(笑)。
ー「家に持って帰りたいもの」を選書している?
そうですね。そもそも、私は「選書」なんて言うほどのことをやっていないと思います。どちらかといえば自分の言葉で紹介できるものだけを選んでいる感じです。
話は少し脱線するかもしれないんですけど、私は本を買うことと服を買うことは近いと思っているんです。本を買う時に「今すぐ読むかはわからないけど、今、これを持っておかなきゃ」という気持ちは、読むのとは別で大事なことだと思うし、私はそれがとても好き。
ー本棚の並べ方に何かこだわりはありますか?
ど素人なので、分類とかは雰囲気で決めています。「なんとなくこれの近くにはこれを置いておきたい」みたいな。
ーまさしく自宅や自室の本棚と近いですね。
そうなのかも。例えば、ポップカルチャー関連のところにKPOP系の本や入れていたけど「私はKPOPを聴きながら、韓国文学を読んだな。というか、韓国文学への入り口を開いてくれたのはKPOPミュージックだったな」と思って並び替えるとか。そんなレベルです。
ー内装もご自身でデザインされたんですか?
隣で「スーパーズー(SuperZoo)」というお店をやっている、友人で、「モブ(mobu)」というユニットを組んでいる北角卓さんと、藤平昂佑さんと一緒に考えました。元々、内装は2人に頼もうと思っていたので、ここの内見を一緒に見に行ったんです。2人が「自分たちの場所を持ちたい」というのは前から聞いていたけど、私のお店の準備を手伝っていたらうずうずしてきたみたいで。この物件は2部屋で一つだし、「じゃあもうこれ、割り勘で借りようか!」ととんとん拍子で話が進み、今の形になりました。
モブの2人と内装デザインの相談をしていた時に話していたのは「どこかの国の、都会ではなくて郊外にあるお店。孫がおじいちゃんから受け継いだ老舗で歴史はあるけど、孫がちょっと自由に現代風にミックスしているようなお店、という雰囲気が出たらいいね」と話していました。この物件は元々は事務所で、パンチカーペットが敷かれていて天井も低かったんですけど、ドアは今と同じベビーピンクだったし、アーチの壁もそのまま使っているんですよ。
このままだとヤバイ?会社を辞めて本屋を始めた理由
ー会社員を辞めたのは本屋さんを始めるためだったんですか?
全くそんなことはなくて。おかしな理由ですけど「会社を辞めてみたかった」から、辞めたんです。こうやって言葉にするとカッコ良く聞こえるかもしれないけど、実態は全然そんなことはありません。「これからまだ何十年も働かないといけないのに、どこに行っても続かない自分、やばい!」という危機感の方がニュアンスとして近いです。
具体的に何が向いていなかったのかというと、第一にオンオフの切り替えが致命的に下手くそだった。燃え尽き症候群みたいに、急に会社に行けなくなっちゃって。第二に、謎のワンマン根性と負けん気の強さで、気負ってしまってチームワークができず、周りに迷惑をかけてしまう。例えば、「マネージャーから一番頼られる存在でいなければ」と勝手にプレッシャーを感じたり。第三に時間にルーズ。締め切りとかは守れるけど、15時に待ち合わせだとしたら、15時に来る。……こう書き出してみるとおわかりいただけるように、“激ヤバ”な状況でした。
ー新生活シーズンの今だからこそ染み入る人はたくさんいそうなエピソードです(笑)。
それこそ、働き始めた20代の頃は「自分も歳を重ね、10年働いたらきちんとした社会人になれる」と思っていましたし、転職する時は毎回「昇進とかできるようにここで頑張るぞ」と決めて入社するし、成長できると思っていたけど、全然成長しなかった。それで「もういい加減にやばいし、一旦冷静になって落ち着いて考えよう」と辞めるに至りました。
ーやめてからの数ヶ月、アルバイトなどもしていなかったんですか?
やらなかったです。コロナ禍でお金をあまり使わなかったというのもあるけど、働きながらだと、多分今までの二の舞になってしまうから、働かなくてもしばらく暮らせるくらいの貯金をしてから会社を辞めました。今まで、切れ目なくずっと転職をしてきたので、まずはそれをストップしなければ、と。
ーでは、なぜ結論が「本屋さん」だったんですか?本屋というのは今の時代、斜陽産業とも言われますが。
これから何年も働くためにと考えた時、今までダメだった原因を全部洗い出した結論が「自営業しかないやん」でした。自分に全部責任あった方がいいんだって気がついたんですよね。
本屋は、解答になってないかもしれないですけど「本屋さんに行くのが好きだから、嫌にならなさそう」と思ったから。「私がなんとか食っていける状態を作る」というのが目的なので、業界環境はあんまり考えなかった。
それこそ会社員だった時、青山ブックセンターが近くて。21時まで開いているので仕事帰りにふらりと立ち寄ったり、その勢いで歩いてSPBS本店まで行ったり。大阪にいた時は、心斎橋に大きなスタンダードブックストアがあったから土日はそこに入り浸っていました。そうやって私にとって本屋さんは、1人で遊ぶのが好きな私を常に迎え入れてくれる場所でした。本と本屋さんは私にとって身近なものとして、その存在に助けてもらってきたから、私もそういうお店をしたいと思いました。
ーOH!MY BOOKSは2023年9月にオープン。考えがまとまり、開店に向けて動き出したのはいつ頃だったんですか?
私、10年日記を付けているんですけど、記憶では、2022年秋頃に退職して、2023年の年明けから動き出していると思っていたんです。でも日記を読み返すと、2023年の3月に派遣の面接を受けている(笑)。「まだ全然ビビってるやん」って感じですよね。それで派遣の内定が出た時に、「だめだ!本屋の準備をする!」みたいなことを綴っていました。融資が決まったのが6月で、内装のリフォームを始めたのは8月。開店の1ヶ月前から急ピッチで動き出した感じでした。
ーオープンから半年。これから何年も本屋として働けそうですか?
まだ、毎日「これでいいのか!?」という手探り状態で、最初の命題であった「これから何年も働くために、どうやったら自分が働けるだろう」を考える余裕が無い、というのが正直なところです。
ー福永さんが目指す「理想の本屋さん」ってどんな本屋さんですか?
本屋としての理想像とかはわからないですが、コロナ禍の時にみたフジテレビの「セブンルール」で、大阪のお好み焼き屋さん「オモニ本店」の店主、高姫順さんを思い浮かべます。彼女は韓国にルーツがあるそうなんですが、幼い頃学校へ通えなかった彼女は、毎晩読み書きの練習をしていて、その勉強ノートに「しょうばいは たべるぶんだけ よくばらない」と書いてあったんです。それを見て「何も特別じゃなくとも、普通に自分が美味しいと思うものを真面目に作って、自分が食べられる分だけお金を稼いで、そういう誰かの日常に当たり前にありたい」と思いました。人間の日々の生活に溶け込むような、定食屋さんや八百屋さんの並びに、このお店があったらいいなと思っています。
(聞き手:古堅明日香)
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