生と死を司る「シシ神」が出迎える神秘的なアート空間――ジブリパーク開園のプレイベントとして愛知県美術館で開幕した展覧会「ジブリの大博覧会〜ジブリパーク、 開園まであと1年。〜」の一角に、自然が圧倒的な力で人工物を侵食してゆく光景を彷彿とさせる展示スペースが現れる。グラフィックデザイナー佐藤卓が企画監修した大博覧会初登場となる新エリアだ。自然へのリスペクト、そして人間と自然の共存に対して問いかけるような展示装飾はファッションブランド「アマチ(amachi.)」のデザイナー吉本天地が手掛けた。ネコバスアトリエ完成の裏側や、ジブリ作品と自身との関係性、クリエイションとの向き合い方について両者に話を聞いた。
佐藤卓
1955年東京都出身。東京芸術大大学院を修了後、電通に入社。「ニッカ ウヰスキー ピュアモルト」の商品開発に携わる。電通を退職後、1984年に佐藤卓デザイン事務所(現 株式会社TSDO)を設立した。これまでに「明治おいしい牛乳」や「ロッテ キシリトールガム」の商品デザイン、「デザインあ展」のディレクション、「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」のグラフィックデザインなど手掛けたプロジェクトは多岐にわたる。2017年には「21_21 DESIGN SIGHT」の館長に就任。2021年に春の紫綬褒章を受章した。
TSDO
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吉本天地
ミュージシャンとして活動する両親のもと、北カリフォルニアの山岳地帯エルクバレーで生まれ、電気も水道もない大自然のなか、全てを手作りする環境で幼少期を過ごす。その後日本へ移住し、高校卒業後独学で服作りをスタート。国内外のブランドやパターンオフィスで経験を積んだのち、2017年長野県の山麓にアトリエを構えメンズウェアレーベル「amachi.」を創設。
amachi.:公式インスタグラム
ネコバスアトリエ:「となりのトトロ」の「ネコバス」をモチーフにした大博覧会初登場の新展示企画。動物の「ネコ」と乗り物の「バス」といった全く関係がない2つのものが合体した「ネコバス」をインスピレーション源に、様々な組み合わせによる「アイデア」にフォーカスした展示構成となっている。
始まりは1つのコレクションピース
ー佐藤さんが「ジブリの大博覧会」に参加した経緯を教えてください。
佐藤卓(以下、佐藤):「ジブリの大博覧会」のプロデューサーを務める青木貴之さんと共通の知り合いがいまして、その方から紹介してもらったのが最初ですね。その後、展覧会に参加してもらえないだろうかというお話を頂きました。
ー「ネコバス」というテーマは佐藤さんの発案ですか?
佐藤:そうですね。どのような形でお力になれるだろうかと考える中で、「猫」と「バス」という思いがけないものを組み合わせた想像力に面白さを感じて、ネコバスを基調とした展示を計画しました。コロナ前から進めていたプロジェクトだったので、当初は子どもたちに絵を描いてもらう場所を展示スペースの最後に設けようという話もあったんです。展覧会を見て刺激を受けた子どもたちが、「自分も描いてみよう!」という気持ちになって思いっきり描いてもらえたら面白いんじゃないかって。ただコロナ禍で会場で絵を描いてもらうことが難しくなってしまったので、「ネコバス」や「思いがけないもの同士の組み合わせ」といった部分は残しつつ、愛知県美術館が所蔵している芸術品を取り入れるなど新たな展示計画として練り直しました。
ー「ネコバスアトリエ」の最後のフロアは、愛知県美術館の収蔵作品を中心に構成されています。このスペースの展示装飾を吉本さんが手掛けたそうですね。
佐藤:1年半程前ですかね、天地さんが作った服のピースを持って青木さんがある日突然、「吉本天地さんという方をご存知ですか?」と聞いてきたんですよね。私は残念ながら勉強不足で知らなかったんですが、その天地さんが作ったピースを見た瞬間、「なんだこれはー!」と衝撃を受けて。パッと見て服のピースなのか、何なのか分からないものなんですが、感動したんです。
吉本天地(以下、吉本):服を構成する装飾として作ったピースですね。コレクションを製作する際の初期段階で、シーズンごとのコンセプトを表現する自然物、例えば苔や樹皮などをモチーフにしたピースをハンドワークで作るんです。青木さんから展示のアイデアとして使えるかもしれないと提案があり、佐藤さんの元へプレゼン資料的な意味合いで持っていって頂いたんです。
佐藤:最初の出会いはそんな感じでしたね。ピース自体に意味があるわけではないんですが、見れば見るほど興味を惹かれる。面白いなと思わせるものだったんですよね。未だに机に置いてあります(笑)。
吉本:ありがとうございます。とても嬉しいです。
佐藤:その段階では実際にはお会いしていませんでしたが、もう理由なく「ぜひ一緒に仕事がしたい」って思っていましたね。
ー 一目惚れだったんですね、吉本さんのクリエイションに。
佐藤:本当にその通りで。どんな展示になろうが、天地さんが参加するのであればすごく面白くなりそうだなという確信がありました。そこから全体の構成を詰めていった形ですね。
吉本:一見何か分かりづらいものなので、ピースをご覧になった際にどういった反応をされるのかと、実はとても緊張していたんです(笑)。
佐藤:天地さんの作る服は様々な装飾があしらわれていて、どこか不思議な質感なんですよね。天地さんが作る服のデザインや素材は、自然界にある質感を大切されていて、「自然から頂いている」という感覚が伝わるというか。その後展示会にも伺って、何着か服を購入させて頂きました。
吉本:実際にお会いしたのは、展示会が初めてでしたね。佐藤さんのおっしゃる通り、自然物を観察してモチーフを作ったり、質感の表現に変換したりするところから製作をスタートしていて、樹皮などの自然物をどのように抽象化していくかを常日頃から考えています。有機性を残しながらどのように服に落とし込んでいくか。手を動かしながら突き詰めていく感じです。
ー出会ったときのお互いの印象は?
佐藤:ピースを見た瞬間の「この人はどんなことを考えているんだろう?」というのが第一印象ですね。純粋な興味がすごく湧きました。ファッション業界の中でも、天地さんって独特なポジションじゃないですか?拠点も東京ではなく長野ですし。
吉本:そうですね。まあ他のブランドと比べると変わったことはやってきているかもしれません。
佐藤:天地さんが作られているものは、今の世の中の流れとは一線を画しているように感じます。だからこそ、ピースを見ただけでも感動してしまうのかもしれない。一般的にモノづくりってどういう人達にどの程度の価格帯で届ければビジネスとして成立するか、を考えることが普通なんですけど。天地さんの服作りは全然違う感じがしたんですよね。
吉本:おっしゃる通りで、価格のことは最後の最後に考えています(笑)。
佐藤:やっぱり!全然違うプロセスで作っているというのを感じるんですよ。クリエイティブに携わる者としてデザインや素材使いを見ると、何となく分かるものなんですよね。そこに惹かれたのかもしれません。
吉本:そう言って頂けて光栄です。元々、卓さんが携わった仕事や作品は存じ上げていたので、展示会にお越し頂くと聞いた時には、まさか直接お会いできる機会があるとは思ってはいなかったのでとても緊張しました(笑)。一点一点とても丁寧に見てくださって、普通見過ごしてしまうような些細なことにも気付いて頂けたのがとても印象的でした。本当に優しい方で、純粋な目でモノを見てくれる方なんだな、というのが第一印象です。
"自然に浸食"された展示空間
ー「ネコバスアトリエ」の企画背景は?
佐藤:生き物の「猫」と、人工物の「バス」。全く異なるものが組み合わさって一つになるというアイデアは、素晴らしい発想力ですよね。ジブリの世界に浸って楽しんで、面白いと感じて終わりではなく、子どもたちが自分たちで何かを考えるきっかけになるような展示構成を意識しました。ジブリ作品の世界感ってものすごい想像力の塊。何から何まで想像力で出来ていると言っても過言ではない。ネコバスアトリエを通過してジブリ作品の素晴らしい想像力を目の当たりにした子どもたちに、殻に閉じこもっていた部分を壊してもらいたい。自由な発想を育んでもらいたいと思ったんです。
Image by: ⓒ Studio Ghibli /FASHIONSNAP
ー展示作品のキュレーションも斬新です。「組合せの部屋」では世の中にある様々な合体したものを紹介しています。
佐藤:実は世の中にあるものって意外と何かと何かが合体したもので出来ていて、身近に山ほどあるんですよね。例えば、山と風が一つになって「嵐」という漢字が出来ていたり。これも一つの組み合わせですよね。食べ物から漢字の成り立ちまで様々な事例を紹介しています。
ー自身のクリエイションにおいて、「組み合わせる」ことを意識していますか?
吉本:組み合わせるというよりはバランスをすごく意識しています。例えば、自然物と人工物のバランスだったり、手作業で作る部分と新しい技術を使って作る部分のバランスだったり。それらもある意味、ひとつの組み合わせかなと思っています。
佐藤:私自身もゼロから新しいものを生んでいるという意識は全く無くて。すでにあるものを「繋いでいる」「組み合わせている」という感覚なんです。新しいものを生み出す「発明」をしているわけではなく、「これとこれを繋いでみたらどうだろうか?」と。デザインは全く新しいものを生み出すというよりは、編集の感覚のほうが近いと思います。
ー吉本さんが装飾を手掛けたエリアの特徴を教えてください。
吉本:「ネコバスアトリエ」のコンセプトである最初の「猫」と「バス」といった全く異なるものを組み合わせるというアイデアからヒントを得ています。「組み合わせ」「アニミズム」「メタモルフォーゼ」を切り口に、ジャンルを超えた美術品を所狭しと並べていますが、ものとものの関係性をかなり意識して配置しました。なかなか見られない展示環境だと思います。
ー苔や植物など自然をモチーフにしたものが展示室の至る所に散りばめられていますね。
吉本:個々の作品自体が、アニミズムというテーマに何かしら結びついていることを前提に選定されていますので、展示装飾は石や苔といった身の回りにある当たり前のものをモチーフにして、自然の中にいる空気感を感じられるようなイメージで作りました。装飾と展示作品の境界線がわからない状態、揺らいでいる状態にすることで、作品からより神秘性を見出すことができる空間になったのではないかなと。色々な切り口から観ることができるので、様々な解釈や面白さを見つけて頂きたいですね。
佐藤:展覧会では一般的には展示するための空間があって、展示台の上に作品がきれいに並べられていますよね。それが天地さんの空間演出によって、空間や展示台、作品というあらゆる境目が曖昧になって一つの世界が成り立っているんです。素晴らしいですね。
Image by: ⓒ Studio Ghibli /FASHIONSNAP
ー装飾に使用した素材は?
吉本:ハンドニットや織物など、普段の服作りでも協力頂いている生産背景を生かして製作しています。例えば、生と死を司る「シシ神」が歩くと植物が再生し枯れるという描写が「もののけ姫」の作中にあるので、ステファニー・クエールによるシシ神の塑像の足元には、植物が再生していく瞬間と、枯れた状態を時間軸で感じられるような装飾にしました。
佐藤:普段絶対に一緒に並ばないような作品が一つの部屋に並んでいても、無理やり空間を作り上げたっていう感じが全くしないんですよね。
吉本:本物の石の周りに、石の形をしたフェルト製のピースを置いたりと、異なるものをうまく調和させています。実際に存在する石からパターンをとってフェルトをカットしていて、形も全て変えているんです。
ー佐藤さんは実際に空間をご覧になっていかがですか?
佐藤:天地さんが作られる空間、選ぶもの、全てが期待を遥かに超えていて。展示するアート作品やプロダクトの選定には私も関わらせて頂いていますが、天地さんがどういう世界観にするかというのは、実はほぼ携わっていないんですよ。「この人がやれば、絶対面白くなる!」っていう思いがあったので。
吉本:展示装飾に携わるのは今回が初めてでしたが、とても自由にやらせて頂けました。
ー装飾を依頼するにあたり、佐藤さんからオーダーしたことはありましたか?
佐藤:色々なクリエイターの方と番組や展覧会などご一緒する機会がありますが、素晴らしい方の場合はあえて投げてしまうんです(笑)。余計なことを言わない方が、その方の力を120%出して頂けると思うので。
吉本:もちろん卓さんが掲げたコンセプトがあって、スタートラインを敷いてくださったおかげだと思います。自分はそれをどのように解釈し、表現するか考えていく作業だったので。
ーモノづくりに対する考え方を尊重しているんですね。
佐藤:私は勝手に天地さんのつくったコレクションピースを見たときから、僭越ながら共感させてもらっていたんです。だから打ち合わせはほとんど直接していないけれど、見事な仕上がりになったと思っています。
Image by: ⓒ Studio Ghibli /FASHIONSNAP
ー特に気に入っている展示はありますか?
佐藤:展示台の端っこから植物が伸びている部分が大好きで(笑)。きれいなマンションが立ち並んでいる中で、時間が経つと石の壁の隙間から雑草が生えていることってありますよね。あの光景を彷彿とさせて。わざわざ写真を撮るくらい好きなんです。
吉本:そうなんですか、自分も道で見つけては撮っています(笑)。
佐藤:そうなんだ!独自の着眼点があるからこそ、こうした作品が作れるんですね。
吉本:あの光景は本当に美しいなと思いますし、気付ける人ってきっと共通点があるんだろうなと思っていました。
佐藤:もしかして、天地さん廃墟も好きじゃないですか?
吉本:廃墟も好きです。
佐藤:やっぱり(笑)。文明を開拓する中で人間はすぐ傲慢になるわけですが、最終的には結局大きな自然というものに包まれて、飲み込まれていく。廃墟を見ると自然の圧倒的な強さを見せつけられますよね。
吉本:そうですね。自然と人工物のせめぎ合いを目の当たりにしている感覚というか。
佐藤:そうなんですよ、せめぎ合っているのはほんの一瞬で。どんどん自然に飲み込まれて朽ちていく。雑草が生えていたり、サビついていたり、建物が壊れていく姿を見るのが好きなんですよね。
吉本:腐って朽ちていく様子もどこか神秘的ですよね。
佐藤:まさにナウシカの腐海の世界のように、近寄り難い、人々が敬遠する存在に惹かれてしまうのかもしれない。こんな感じでお互い打ち合わせをしなくても、不思議と我々が興味のあることが共通していたり、ジブリの持っている世界観とリンクしていって、いつのまにか形になっていくんですよね。これは青木さんの策略なのかな(笑)。
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