シェイブドヘッドに豊かな髭、そして両手指を飾る大振りのリング。ファッション史に名を刻む「アントワープシックス」の一人で、現在は名門校 アントワープ王立芸術アカデミーの学長でもあるウォルター・ヴァン・ベイレンドンク(Walter Van Beirendonck)のトレードマークだ。鋭い視線の一方で語り口は穏やかで、ユーモアと類まれな個性を持ち合わせながら重鎮の風格を漂わせる。世界で活躍するファッションデザイナーを数多く輩出してきた教育者として、そして今なお第一線で活動し続ける表現者として、それぞれの役割と使命とは。
立ち上げ間もないコンペの審査員になったわけ
―今回、日本で新しく設立されたファッションコンペ「Big」の審査員として来日しました。どうして引き受けることになったのですか?
ミキオ(「ミキオサカベ」デザイナーの坂部三樹郎)とユウスケ(デザイナーの発知優介)から声が掛かったんだよ。2人とも僕の教え子だからね。去年ヨーロッパでミキオがショーをやった時に、学校にも来て生徒に講義をしてくれて、その時に今回の審査員の話が挙がったんだ。
審査員の依頼はよく来るんだけどあまり受けてこなかったんだ。忙しくてね。でも今回はミキオとユウスケをサポートしたいという想いから審査員を引き受けた。というのも、彼らが日本で積極的にファッション教育と若手デザイナーの支援に取り組んでいることを知っていたからね。

―卒業生ともコンタクトを取っているのですね。
特に日本人の生徒とはそうかもしれない。明日も日本で活動している卒業生たちと集まるからとても楽しみだよ。
―審査員として作品を見る際の基準は?
作品を前にした時に自然と沸き上がる感情を大事にしている。デザインであれ、スケッチであれ、リサーチであれ、琴線に触れる瞬間があるかどうか。もし何かを感じ取ったらさらに深く追求していく。特に作品を最初に見る時の、ビビッと来る「スパーク」のようなものは大切だね。
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アントワープ式ファッション教育のメソッド
―ファッションの名門校として知られるアントワープ王立芸術アカデミー(以下、アカデミー)では学長を務めています。そもそもなぜ教職に興味を持ったのですか?
先生になることなんて夢にも思ってなかったんだ。興味がなかったからね。でも在学時に、ある先生からの誘いで「空きがあるからやってみない?合っていると思う」と言われたのがきっかけで、どういうわけか現在に至るんだよ(笑)。1983年から現在まで火曜と金曜の週2回クラスを持っていて、それが僕のルーティーンになっているんだ。
―なぜ30年以上もの長い間、教えるということを継続しているのでしょう。
おそらく、その先生の言っていたように教えることが得意だったんだろうね。僕は生徒の頭の中に入り込んで、それを正しい方向に導くことに長けているんだと思う。考えを整理して、その生徒が必要なものを探し当ててアドバイスすることができるんだよ。

―アカデミーの教育メソッドとは?
生徒数が少なくて、授業は講義をただ聞くのではなく、マンツーマン方式で教えることが可能なんだ。生徒には学期の初めから終わりまで先生がついていて、最初のアイデアからデザイン、スケッチ、制作まで密に指導を受けられる環境が与えられている。生徒一人一人の個性を伸ばすカリキュラムがアカデミーの伝統で、他の学校と違うところ。先生が生徒をしっかり見ていられるから、僕が教える3年次になる頃にはこの生徒は何が得意で何が欠けているかを把握できているんだ。
―卒業までに生徒数が絞られていくのも他校にはない特徴ですね。
2年目には60人だった生徒数を40人に。厳しく聞こえるかもしれないけど、それがベストな方法だと思っている。1年生はまだ考えがはっきりしていなかったり、モチベーションが定まらない子もいるから。学校によっては授業料を払えば進級できるところもあるけど、アカデミーでは良い成績を収めるために個々の学生が努力をしないといけない。
―毎年世界中から生徒がやってきます。日本人の学生で印象に残っていることは。
学校はとてもインターナショナルで、僕たち講師は英語はもちろん、母国語であるフラマン語やフランス語でコミュニケーションをとっている。初めて日本人の学生がアカデミーの門を叩いた時のことを覚えているよ。それまではヨーロッパの学生がほとんどだったからクラスがとてもエキゾチックでダイナミックになった。彼らが異なるアイデアや考えを持っていたことで他の生徒にも刺激になっていたようで、とてもいい学生たちの集まりだったんだ。
―カリキュラムの中で特に力を入れている項目は?
授業は服をデザインするための実践的なものがほとんどだけど、アカデミーではドローイングを重要視している。デザインを語る上での言語のようなものだからね。体のプロポーションを知るためにファッションデザイナーには必要な基礎で、1年生も週一回は必ずヌードデッサンを行うようにしている。

―卒業後の進路は?
10年くらい前まではみな、自分のブランドを持つことを目標にしていたけど今は違う。ブランドを立ち上げるにはお金も労力もかかるからね。アカデミーを卒業すれば大抵良い仕事には就くことができる。修士課程の4年生になるまでにはメゾンブランドのスカウトから声がかかり、アトリエで働き始める学生も多くいる。ただ、そこで満足してしまう危険性もあって、モチベーションがなくなってしまう子もいる。でもお金を貯めて経験を積んでから自分のブランドを立ち上げる子もいて、独立したという話を聞くと応援したくなるね。
―いつも生徒に伝えていることは?
オーセンティックであれということ。自分の表現方法を見つけ、言語を見つけること。そして卒業してもそれを継続させること。
デザイナーとして向き合うファッションの今
―自身は若い頃に「アントワープシックス」の1人として世界的な認知を得ました。
名前が知られるようになるまでには、学校を卒業してから10年はかかったんだけどね。計画していたものではなかったし、偶然に偶然が重なった珍しい事例だと思う。僕たちは一緒に学んでいた親しい友人で、それぞれ野心を持っていた。同時にベルギーという国に住んでいて、とてもフラストレーションを感じていたんだ。国内のコンテストに参加して、新聞や雑誌に取り上げられても記事はフラマン語のみ。ロンドンやパリまで届くことはなかった。それで6人でロンドンに行くことにしたんだ。そこで偶然にも「アントワープシックス」と呼ばれるようになって。僕たちの名前なんて発音できる人の方が少ないからね(笑)。だからグループ名があってラッキーだったよ。そして少しずつ知られるようになってしばらく共に行動していたんだけど、それぞれの道を歩むことになった。みな得意な分野があって、互いに補い励まし合いながら良いシナジーを生み出していたんだ。とても素晴らしい思い出だよ。
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―著しいスピードで時代が変化する中で、若いデザイナーたちはどうやって活路を見出せば良いのでしょう。
いつの時代も難しい点があると思う。今はSNSなどの影響で自ら発信することは容易にはなったけど、それが故に即時性がより求められるようになって、てんてこ舞いになっているデザイナーもいるね。でも時には焦らずに時間をかけることも必要だし、何よりも自分自身を信じて可能な限り倫理的に取り組むことが重要だと思う。デザイナーのキャリアはアップダウンの繰り返しで、予測不能な局面がたくさんある。そして出会う人や人脈によっても左右されることを知っておかないとね。才能がある人が成功するとも限らない。常にこれをすれば成功するという方程式なんてものはないんだよ。
―教職に就きながらも自身のブランドの新作コレクションを毎シーズン発表しています。2つの役割は影響し合っているのでしょうか。
学生と接している時は、自分が純粋なクリエイティビティに立ち返ることができる瞬間でもある。学校に行く日はホリデーのようにも感じているよ(笑)。もちろん真摯に向き合っているけど、違った考え方やバイブスに触れられるからね。僕個人の活動においても重要な時間だし、どちらも僕という人間を構成している必要な要素だと感じている。そして「学校」と「コレクション」と並行してもう一つ、カルチャーやアートに関する「プロジェクト」を3つ目の軸として持つようにしているんだ。最近ではクラシックやオペラといった毎回新しいプロジェクトにチャレンジしているんだけど、この3つのバランスを取ることで全てが良いように作用しているのだと思う。
―デザイナーとして活動する上で、今の時代における表現の自由についてどのように考えますか?
社会がとても敏感になっていることは感じる。アーティストが自由に表現できない社会の状況を少し不憫に思う。でもアーティストもそこにあまり捉われ過ぎてはいけないとも思うんだ。例えば僕は昔からパプアニューギニアや部族の文化に興味があってインスピレーションとしてコレクションに用いることがあるし、授業でも民族衣装を扱うことがある。それをどう敬意を払いつつ、自分の言語で咀嚼できるか。そしてタイミングを見定めて発信できるか、ということが大事だね。
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Walter Van Beirendonck 2019-20秋冬コレクション
―日本との接点は?影響を受けたことなどはありますか?
面白いことに初めて日本に来た時、まるでホームのような感覚があったんだよ。僕はおもちゃやキャラクターが好きで、日本人がそういったファニーなものでコミュニケーションをとっていることにとても親しみを感じていたんだ。
80年代には2度、グループの皆と共に来日したね。当時パリで発表していた「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」や「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」や「カンサイヤマモト(KANSAI YAMAMOTO)」のことは知っていたからお店に行ったり、どのように服を作っているかを見たり。完全に西洋と異なる美学が新鮮で、力強くて、良い意味で殺伐さを感じて衝撃を受けた。
僕が学生だった頃はイタリアにはヴェルサーチやアルマーニが、フランスにはゴルチエやミュグレー、モンタナが、日本には川久保玲や山本耀司といった素晴らしいデザイナーたちがいて、異なるビジョンが世界のあらゆるところから発信されていた。ファッションやデザイナーという仕事に無限の可能性を感じたし、それはクリエイターとしてとても幸運なことだったと思う。
―今のファッションを俯瞰して思うことは?
ファッションは時代とともに変化するものだけど、特に今は変換期にあると思う。デザイナーや消費者がこれまでのファッションの仕組みや慣例に対して良いか悪いかを自問自答し始めている。僕はファストファッションの大量生産に対して懐疑的だし、コレクションブランドに至っても年間で発表するコレクションの多さはどうかと思う。僕は他のデザイナーとは少し変わっていて、教職とのバランスを保ちながら自分のできる範囲でブランドを展開している。でも最近になって、僕のやり方が新鮮に映るんだろうか、周りからリスペクトされるようになったんだ。自分に合った方法でブランドをやっているだけのつもりだったけど、それがブランドとして理想的な姿だと。長く業界に身を置いていると忘れてしまいがちだけど、クリエイションに真摯に向き合える環境を作ることはクリエイターとして基本的なことにも関わらず、あまり皆ができていないことなんじゃないかな。

―現在進行中のプロジェクトは?
今回の滞在中に、川久保玲や「コム デ ギャルソン」のチームに会い、9月の中旬に「トレーディング ミュージアム コム デ ギャルソン(TRADING MUSEUM COMME des GARCONS)」でブランドのプレゼンテーションをやることになったんだ。玲の提案でコラボレーションTシャツも作ることになったので楽しみにしていてほしい。
―最後に。トレードマークである髭はいつから伸ばしているんですか?
この髭は93年頃から伸ばし始めて、これまで一度も剃ったことはないよ。髭の中に何が隠れているんだろうね(笑)髭は僕にとってのマスクみたいなもので体の一部。当時はかなり珍しがられたよ。丸刈りに髭に指輪をじゃらじゃらつけていて、ファッションデザイナーというよりバイカーの外見だったからね。でもデザイナーのステレオタイプを崩せたし、これが僕が僕でいられる姿なんだ。

(聞き手:今井 祐衣)
■ウォルター・ヴァン・ベイレンドンク(Walter Van Beirendonck)
ベルギーのファッションデザイナー。また、「アントワープの6人」の一人。自身のブランドのほか、母校であるアントワープ王立芸術アカデミーファッション学科の学科長を務め、ラフ・シモンズ、ベルンハルト・ウィルヘルム、ロッシュミー・ボッター、デムナ・ヴァザリア、クレイグ・グリーン、クリス・ヴァン・アッシュなど、数多くのトップデザイナーを育て、今日のファッション界を牽引している。
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