菅野裕樹waji代表
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大阪のモノ作り集団「waji」が、東京の清澄白河に直営店「ジャンル無き展覧会 – waji exhibit store -」をオープンした。主力の本革のシザーケースなどを取り扱うオリジナルブランド「aruci」は多くのヘアスタイリストからオーダーが入る人気製品で注目を集めている。また、理美容の椅子やシャンプー台、化粧品等の製造販売を行うタカラベルモントと協業したサステナビリティの取り組みも時代を読む。このモノ作り集団を束ねるのが、菅野裕樹waji代表だ。菅野代表、実は100円均一ショップ(以下、100円ショップ)のバイヤーだったという経歴を持つ。なぜ、100円ショップのバイヤーからモノ作り集団に転身したのかーー。その経緯とwajiの活動について聞いた。
■菅野裕樹
幼少期より画家である叔母の絵画教室に通い、水彩画、造形デザインを学ぶ。大学では主に少数民族の伝統芸術(特にインドネシアのろうけつ染め)を研究。在学中にワーキングホリデーでオーストラリアに1年滞在。世界の物産(エスニック系の衣料、雑貨、家具、コーヒー豆など)を取り扱う専門商社に入社。エリアマネージャーとして、店舗運営、新店開発、デザイン、イベント立案などを担当。その後、生活雑貨を取り扱う商社に入社、100円均一ショップ部門のバイヤーに。老舗バッグブランドを運営する企業に入社、主に国内外の生産管理を担当。2016年waji設立、代表としてデザイン及び生産管理を担う。大阪阿倍野区に工房兼ギャラリーを、東京・清澄白河にストア兼プレスルームを開設。
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ーなぜ100円ショップのバイヤーになったのですか?
率直にモノ作りを通して海外でのビジネス経験を積みたかったというのが動機です。そう思っていた時に、求人サイトで「出入国スタンプで一杯になった写真が目に入って憧れを抱いたこと、そして『世界中のモノ作りの現場に直接赴き、自分で商品デザインから貿易まで携われる』」といった謳い文句に、「ここしかない!」と転職を決意しました。その求人サイトでは100円ショップというのは伏せられていたので何のバイヤーかは知らなかったのですが(笑)。その言葉に惹かれました。
ーバイヤーから、モノ作りに興味を持った理由は?
叔母が画家だった影響もあり、3歳の時から絵を書くなどアートに興味を持っていました。叔母の描く色彩や形などが面白くて…、ちょっとぶっとんだ叔母でした(笑)。でも本当に尊敬していて。そんな思いを持ちながら、バイヤーの仕事で国内外問わず多くの生産現場に携わる中で、生み出す側に立ちたいと思ったんです。バイヤー時代も時間を見つけては、あらゆるジャンルのモノ作りについて、書籍や現地に足を運ぶことで学んだり、特に興味のあった草木染めに関しては染色教室「tezomeya」に通ったりしていました。
ーwajiを作るまでに行ったことは?
100円ショップの会社を退社後、商品デザインと職人技術に定評のあるバッグの老舗ブランドに転職しました。より深く関わっていくためにも、面接時には「将来的に独立も視野に入れているので、人の2倍学び、働きます」と意気込みを語りました。「そこが気に入り採用した」と、のちのち教えてくださりました。そこでは前職のスキルを活かし資材調達を見直し、約20%の仕入れコスト削減することで実績を作って、念願だった生産現場での研修を通じ、職人と作業する機会をいただきました。
ーバッグや靴といった職人はとても減ってきていると聞きます。そしてやはり頑固なイメージもありますが。
職人と言えども十人十色で、一定の製作ルールはある中でも、製作における思想や得意技術は異なります。おっしゃるように、頑固と思われがちな世界ですが、口ではなく手を動かす仕事なので、言葉はなくとも同じ環境で仕事をすればその人、その人の熱い職人魂に触れることができました。今の自分にとって本当に有意義な時間でした。
勤め人として倒産を経験、無力さを実感
ー当時の苦労した点や嬉しかったことを教えてください。
実は入社1年で会社が倒産したんです。倒産について当日まで聞かされておらず、まさに寝耳に水でした。そこからは取引先からの問い合わせ、従業員への説明や相談など、生きた心地がしない数日を過ごしました。経営の恐ろしさはもちろん、将来的に独立しようと考えていた当時の自分がいかに無力であるかを思い知らされました。その後、別会社に事業譲渡されほぼ変わらない体制で事業継続ができることになりましたが、この出来事を機に2度とこんな悔しい思いをしない、関わる人にさせない、と決心しました。独立に向けて、自分に足りないことを洗い出し資金計画も明確にすることで具体的に動き始めました。
嬉しかったことは当時の職人たちが今もサポートしてくれているということです。独立を実現する上での最重要と考えていたのが、自身のモノ作りを具現化する職人の採用です。前職で知り合った職人の中で最も理想的な方にダメもとでお願いしたところ、「自分で良ければ」と言ってくださったときは、言葉にならないほど嬉しかったです。その後も、前職で繋がった2人の職人と、1人の営業マンがwajiのメンバーとなり、今も活躍してくれてます。
ーレザーシザーケースなどを展開する美容師向けブランド「aruci」を立ち上げています。どんなブランドですか?
モノ作りのメーカーとして独立するにあたり、資金力も後ろ盾もない無名であることを理解した上で、当時の自分でも勝負できるアイテムとフィールドを模索していました。そんな時、美容師さんとの何気ない会話で「シザーケースの選択肢が少なく迷っている」と聞き、流れでオーダメイドでお受けすることになったんです。一般的にはあくまで道具入れとしてのシザーケースを、道具としての機能を損なうことなく、ファッションアイテムとして通用するモノであること、そしてこだわりの強い美容師さんが妥協なく満足できるケースにすること。これを目指し、機能とデザインをカスタマイズできるシザーケースをテーマに試作を繰り返し、「職人による職人のためのものづくり」がコンセプトの「aruci」が誕生しました。
「aruci」のコンセプトは「職人による職人のためのものづくり」
Image by: waji
ー「ジャンル無き展覧会 – waji exhibit store -」を立ち上げた理由は?
この日本で独自のモノ作りを確立し、いずれ世界へ売り込むためです(wajiという社名の由来である「和(wa)の地(ji)から我(wa)の路(ji)を築く」に繋がります)。加えて、ジャンルや有名無名を問わず日本の職人、クリエイター、アーティストが集うことのできる、技術の共有ができるプラットフォーム(クリエイターズヴィレッジ)を作るためです。その空論を具現化するために「ジャンル無き展覧会 – waji exhibit store -」をオープンしました。ここには、「aruci」をはじめ、プライベートブランドの保護ネコプロジェクトブランドの「aoneco」や、硝子メーカーの富硝子とコラボし本革を融合したブランド「havito」のほか、ステーショナリーメーカー河内屋の「KUNISAWA」や堺市の包丁メーカーのカネシゲ刃物、一筆書きアーティストのminaco sakamotoなど、ブランドやクリエイター、アーティストのアイテムをジャンルを問わず展開しています。
商談スタイルは「鉄は燃えているうちに打て」
ー今の仕事に100円ショップのバイヤー経験が生かされていることはありますか?
100円ショップのバイヤーは、単に100円で販売できるものを買い付けるわけではありません。「良い商品」としてお客様に受け入れられやすいのは、「これが100円で買えるの?という商品」です。お客様は本当にシビアです。「100円だからいっか」は通用しません。それらを具現化するには、単に発注ロットを多くするだけの交渉では実現することはできません。
100円ショップ・バイヤーで重要なこと
・ジャンルを問わず最新のトレンドを常に把握
・原料価格、為替などの情報
・商品材料、梱包資材、製法、貿易テクニックに関する知識
・企画から販売までのスピードと行動力
・語学力に加え、各国の文化に馴染み信頼を得るコミュニケーション能力
この5つを重要と捉え、オンオフ問わず鍛え抜いてきました。そして、その習慣は現在も続けています。生かされているのは「具現化までのスピード」。商談時、会話の中で生まれたアイデアはその場で絵に描き起こし、そのアイデアの見積もりが必要であればその場で伝えます。基本的に話を持ち帰ることはありません。
「鉄は熱いうちに打て」ではなく「鉄は燃えているうちに打て」が当時から貫き通す商談スタイルです。
ータカラベルモントをはじめ、多くの企業と協業しています。多くはSDGsに関連した取り組みです。その内容は?
タカラベルモントさんとは、美容師向けブランド「aruci」の展示会開催時に、親しいプレスの方からご紹介をいただいたことがきっかけです。当初は「将来的に何か協業できたら良いですね」と話していたのですが、出会いから約1年後にはタカラベルモント100周年記念のノベルティーを作らせていただきました。このノベルティは、タカラベルモントさんがプロフェッショナル用の理美容椅子製造過程からでる廃棄レザーを活用したネームホルダーで、タカラベルモントの国内外スタッフに配られました。ほか、大阪堺市のSDGsプロジェクトでも協業し、当社はデザイン全般(プロダクト・空間)やPRなど、オーガナイザーとして関わっています。堺市とは弊社の保護ネコ支援ブランド「aoneco」とコラボし、児童養護施設への支援にも広げる予定です。
ー今後の展望を教えてください。
まず短・中期では大きく分けて2つあります。ひとつは「他業種とのコラボレーションで類を見ないものづくり」をすることです。私たちの代表作である本物のガラスと革を融合させた「glart」は、不可能と言われながらも、硝子メーカー富硝子と共に諦めず探究心を持ち続け完成させたことが、現時点での最高傑作と言えるシリーズに成長しました。また、タカラベルモントさんとの協業は私たちにとって、何もかも新鮮で学びが多く、職人技術の向上にも繋がる有意義なプロジェクトでした。
2つ目は、「買うことに特定の意義を持たせた相互扶助のものづくり」です。商品代金の約10%が保護ネコ支援に繋がり、支援先を自身で選択し寄付する「aoneco」が具体例になります。販売から約8ヶ月経過した時点で取引先は100店舗を超えました。このような取り組みは、職人のモチベーションにも繋がっています。
長期的目標として、設立時からの思いですが、自分たちのものづくりを世界へ売り込むことです。「MADE IN JAPAN」であることに誇りを持つ一方で、それを謳う責任も抱きながら、自分たちの信じる道をこれからも一歩ずつ歩んでいきます。
(聞き手:福崎明子)
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