国外ミュージシャン×東京のデザイナーズブランドで撮り下ろしを行ってきた連載「すばらしき音楽家たちの肖像」。その第2回のゲストとして登場してくれた「ザ・エックス・エックス(The xx)」のロミー(Romy)は、今年のフジロックにも出演が決定しており、今年9月8日には初のソロアルバムを発表します。今回は、「すばらしき音楽家たちの肖像」の特別編としてロミーへのインタビューをお届け。「地元ロンドンのクィアクラブでは自分らしくいられる」「日本語の『エモい』という言葉のニュアンスには共感する」と語る彼女は、新作でどんなエモーション(感情)にフォーカスを当てたのか。
ADVERTISING
ー今回、なぜソロアルバムを作ろうと思ったんですか?
もともとソロアルバムを作る予定はなく、作る必要性も特に感じていませんでした。他の人へ楽曲提供をするために曲を書く一方、かなりパーソナルな内容の曲も書いていたんです。時間が経つにつれ、自分に自信を持てるようになってきたので、そろそろパーソナルな曲を、自分だけで歌ってみようかな、と。
ーソロとして第一弾シングルとなった「Lifetime」(2020年)は、コロナ禍という暗い時代とは対照的で、幸福感に満たされた楽曲だと感じました。どんな意図があったのでしょうか?
あの曲はロックダウン中にリモートで制作しました。クラブでみんなと一緒にいる時に生まれる、多幸感や自由な感覚を体験できない状況に対して、自分はすごく寂しいと感じていたんです。だから「Lifetime」を通してその感覚を再現しようとしたんだと思います。ロックダウンでクラブに行けなかったからこそ、当時は高揚感のある音楽に惹かれていたし、自分もよく音楽を聴きながら自宅のキッチンで踊っていました。だって、そこでしか踊れなかったから(笑)。そういうユーフォリックな感覚をみんなにも感じてもらいたかったんです。
ーロミーの視点から、今のロンドンのクラブシーンはどう映っていますか?
刺激的です。メジャーな1つのシーンがあるというわけではなく、各人が興味のあるものが点在しているという状態で最高。中でも、クィアのクラブシーンに興味があります。もちろんその中でもいくつかに細分化されていて、それぞれユニークです。人々がジャンルに注目している感じがないからこそ、自由に音楽を楽しめるところが良いんですよね。
ークラブのフロアを彷彿とさせる空間で2人が抱き合う「Strong」(2022年)のMVを拝見した時に、クラブ空間がまるで自宅のセーフティゾーンのように表現されていると感じました。改めて、ご自身はクラブをどのように捉えているのでしょうか?
自分はロンドンで育ち、ティーンエイジャーの頃からクラブに通っていました。そこから世界を見通すという、すばらしい体験ができたんです。ロンドンのクィアクラブのいくつかでは、仲の良い友だちと知り合えたし、自分らしくいられる場所だと思っています。何よりも「そこにいてもいいんだ」という安心感を得られるんですよね。そこで流れている音楽や、自由、喜びなどを知って得た「ポップミュージックを受け入れる」という感覚は、自分の中に今でも強く残っています。また、自分の感情を処理したい時もクラブという場所に行きますね。自分のスペースで、踊りながら思考をまとめるんです。
ー楽曲作りにおいて、タイトル、歌詞、メロディ、リズム、どれから手を付けることが多いですか?
以前は必ず歌詞から書き始めていたんですが、最近は「ポップのための曲作り」というセッションから学んだことを活かして、メロディから作ることも試みています。メロディから物語へと発展させるテクニックは、自分にとって新しい挑戦です。今回のアルバム用に作った曲の多くはメロディから作られたものなんですよ。それによって自分の歌い方も変わりました。最近はよくオートチューン(音程をデジタルで補正する技術)を使って曲作りをしています。自分の声の限界を広げられるし、新しい方法で音遊びが色々できるから、すごく楽しい。
ー「Loveher」の高音の表現など、今作ではThe xx時代から歌唱の変化を感じます。
今回のアルバムでは、自分の声で色々と実験しました。「Loveher」はアーティストのフレッド・アゲイン(Fred Again..)と一緒に作った曲ですが、彼が「オートチューンで遊びながら適当に歌ってみれば?」と背中を押してくれたんです。たとえ音程が外れたとしても、そこから面白い素材を作ることもできるから、と。そういう実験的なことを試みた結果、あの高音が生まれました。
ーロミーにとって理想のヴォーカルスタイルとはどんなものでしょうか?
自分の歌に影響を与えた人はたくさんいますが、アーティストのシーア(sia)もその一人で、憧れています。気付いているのは自分だけかもしれないけど、面白いことにシーアがリアーナ(Rihanna)のために書いた「Diamonds」を聴くと、リアーナの声にシーアの歌い方を感じ取ることができます。それくらい、シーアの歌い方は特徴的だと思っています。
ーこのインタビューをするにあたって先日聴かせてもらった4曲(「Loveher」「Weightless」「The Sea」「Enjoy Your Life」)は、どれもシンプルなタイトルが印象的です。
曲にシンプルなタイトルをつけるのが好きなんです。
ーザ・エックス・エックスの曲も単語がタイトルになっているものが多いですよね。
シーアが作った曲の多くも、単語がタイトルになっています。シーアは「力強い単語を選べば、そのテーマから素晴らしい曲を書くことができる」と教えてくれました。彼女のその考えがとても気に入っているんです。
ー新曲の数々は、基本的にはダンスミュージックですが、歌が際立つポップスでもあると感じました。このバランスを成立させるために、音作りの細部において気をつけたポイントはありましたか?
まさしく、ダンスミュージックとソングライティングのバランスを上手く取ることが狙いでした。特に意識したのは、音楽に動きを付けること。そうすれば、曲を聴いた人は踊ることができるし、クラブにいる時は曲に入り込むことができる。もう1つは、物語のための余白を十分に取っておくこと。このバランスを成立させるのが一番の課題でした。今作では、プロダクション要素を取り除いた時にピアノやギターだけで弾けるようにしたかったし、同時にクラブでかけても楽しめる曲にしたかった。このバランスを取るのにかなり苦労したんです。
ーロミーはスポティファイで「Emotional Music To Dance To」というプレイリストを公開していますが、「エモーショナル」という言葉をどのように解釈して使っていますか?日本では「エモい」という言葉が流行っていて、「形容しがたい感情」という意味合いで使われているのですが、欧米の「エモーショナル」とはニュアンスが少し異なる気がしています。
へえ、そのニュアンスは素敵ですね。自分も「エモーショナル」という言葉から、必ずしも「悲しみ」という感情を思い浮かべるわけではなくて、楽しい感情と辛い感情の両方を想像します。例えば「Lifetime」を作っている時は、「嬉し悲しい(=Happy Sad)」という感情を見出していました。上手く説明できないんですが、多幸感の中には、悲しいという感情も共存していると思うんです。だから日本語の「エモい」という言葉のニュアンスには共感しますよ。
ーロミーが所属しているバンド「ザ・エックス・エックス」は、2017年以降アルバム作品を出しておらず、各人のソロワークにそれぞれが自由に参加する形をとっています。この変化についてご自身はどのように捉えていますか?
自分たちがそれぞれ音楽を作っているという現在の状況は、とても理に叶ったものだと思います。自分たちは15歳の頃から一緒に音楽を作っていますが、逆に言うと外の人たちと関わる機会が少なかった。だから、今みんながメンバー以外の人たちと制作をしているのは良い学びの機会になっているはず。
そういえば、このインタビューが始まる直前まで、自分と(バンドメイトの)オリヴァーでザ・エックス・エックスの曲作りをしていました。自分もオリヴァーも、ソロワークの経験で学んだことをザ・エックス・エックスの曲作りに活かせています。それは健全なことですよね。バンドとして前作から数年が経過しているという認識はもちろん自分たちにもあるので、少しずつ動き出しています。
■Mid Air
発売日:2023年9月8日(金)
ADVERTISING
PAST ARTICLES
【すばらしき音楽家たちの肖像】の過去記事
READ ALSO
あわせて読みたい
RANKING TOP 10
アクセスランキング
銀行やメディアとのもたれ合いが元凶? 鹿児島「山形屋」再生計画が苦境