4月に寄稿した『【連載 コロナ後】ファッションとパンデミック - 終わらない世界を生きるために』では、新型コロナウィルスのパンデミックによって短期的に強いマイナス影響を受けるのは国際的なグローバル資本だが、その一方で大きな切り返しとともに回復をするのもグローバル資本であり、業界再編とM&Aが進む可能性があるということについて言及した。
パンデミックの開始から約一年が経過したが、ファッション界は予想されたような動きを見せている。(文:小石祐介)
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中国の急回復
グローバル企業は大規模な売上の喪失を被ったものの、世界全体で失った売上をアジアの拠点から強烈なスピードで取り返す過程にある。コロナウィルスの影響からの回復が早かった中国の上海では、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」のショーが行われたことを記憶している人も多いだろう。多くのブランドがデジタルプレゼンテーションへの対応に苦心するなかで行われ、賛否両論を呼んだこのリアルなショーは (注1)、21SSシーズンに開催されたショーの中でも最も大規模なものとなり、多くの人が認識していた中国市場の優位性を決定づけた。
LVMHの第三四半期の決算によれば、プラス成長を遂げたエリアはアジア地域のみだった 。そしてアジアの市場の売上の割合は全体の41%(そのうち日本は7%)を占めている (注2)。日本企業ではパンデミック以前に中国で出店数を増やしていたTOKYO BASEがパンデミックのダメージを受けたものの、現地での売上を伸ばしているようだ (注3)。
パンデミックによって国境を超える移動が制限された結果、もともと強いと言われていた中国市場の強さもまた顕著に現れた。毎年恒例の11月11日の独身の日のイベントでのアリババの一日の売上は前年比に比べ80%以上の成長を遂げ、一日の売上高は4982億人民元となった(1人民元を15.5円で計算すると約7.7兆円)。ラグジュアリーブランドと消費財を含めた物販を行っているアリババを単純には比較できないが、金額だけ見るとこれはLVMHの2019年の年間の売上53.6億ユーロ(1ユーロを125円で計算すると約6.7兆円)の金額が一日で動いたことを表す数字である (注4)。
2020年12月21日にTianwei ZhangがWWD.COMで発表したレポート (注5) によれば、デジタルファッションウィークの視聴者の多くが中国からのアクセスだったようだ。業界人には賛否両論だったラフ・シモンズとミウッチャ・プラダの共同作業によって作られたプラダのコレクションのライブストリーミング配信は、中国で4,000万以上のビューワー数を獲得した。昨年中に流れた数々のポジティブなニュースの大半が、いち早くコロナからの回復の道を歩み始めた中国の活況によるものだった。
昨年の寄稿では、「パンデミック以前に、グローバルなネットワークを持つものと持たざるものの格差は拡大する」ということを述べた。一年を振り返ると世界各国の経済状況が悪化する中、コロナ以前から中国に強い基盤を持ち、ネットワークを構築してきたグローバルブランドばかりがコロナ禍でプレゼンスを維持することとなり、持つものと持たざるものの差がはっきり出た。「まずは生き残れ、儲けるのはそれからだ」というのは投資家のジョージ・ソロスの言葉だが、生き残ったプレイヤー達は次のステージに向けて着々と駒を進めていた。
注1) ルイ・ヴィトン メンズコレクションのショーにまつわる様々なニュースも時代を象徴していたので、読者は検索して調べてみて欲しい。2020年8月に上海で行われた翌月には、東京でもショーが開催された。
注2) LVMH Q3 Revenue Report. マクロな消費トレンドを見る上で、いつもLVMHの決算報告書は非常に示唆にとんでいる。https://r.lvmh-static.com/uploads/2020/08/q3-2020-revenue-va.pdf
注3) TOKYO BASEのIR情報、月次の売上に中国の店舗の寄与について言及がある。http://www.tokyobase.co.jp/ir/
注4) CNBCによれば第2位のJD(京東)の売上は約4兆円だった。これはラグジュアリー資本であるKering、Richemontを合わせた年商を超えている。"Alibaba, JD set new records to rack up record $115 billion of sales on Singles Day as regulations loom (CNBC) " https://www.cnbc.com/2020/11/12/singles-day-2020-alibaba-and-jd-rack-up-record-115-billion-of-sales.html
注5) WWD.COM - China to the Rescue https://wwd.com/business-news/business-features/year-in-review-2020-china-to-the-rescue-1234677642/
デジタル化とグローバル化という業界再編のトピック
国際社会がパンデミックの混乱にある中、M&Aも積極的に行われた。1990年代から2000年までに勃興した現代ファッションのステージの風景もだいぶ変わりつつある。
アントワープのムーヴメントの一翼を担ってきた「ドリス・ヴァン・ノッテン(DRIES VAN NOTEN)はPuig Groupに買収され、「アン ドゥムルメステール(ANN DEMEULEMEESTER)」はANTONIOLIに買収された。ANTONIOLIの代表、Claudio Antonioliは「アンブッシュ(AMBUSH)」や「オフ-ホワイト c/o ヴァージル アブロー™(OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH™)」を傘下にするNew Guards Groupの共同創業者でもある。また、今年に入ってから「アミ(AMI)」はセコイア・キャピタルチャイナに株式を売却している。
こういった業界再編の動きの中でも、大局を整理する上で重要だったのはLVMHによる「ティファニー(Tiffany & Co.)」の買収、そしてリシュモングループ、アルテミス、アリババの三者によるファーフェッチ(Farfetch)への投資だろう (注6)。この2つのトピックは「デジタル化の推進とグローバル展開」という近年のM&Aのテーマを象徴するものだ。
1つ目のLVMHによるティファニーの買収はラグジュアリー領域で史上最大の買収金額となったことばかりが注目を集めたが、アメリカ市場の売上が大半を占めるティファニーが海外で更に成長をするためには、デジタル化とそれぞれの地域にチューニングした、ワンステージ上のグローバル戦略が必要になっていたことを表すニュースだった。
2つ目のファーフェッチのニュースは一部に驚きをもって迎えられた。リシュモンとケリングのオーナー、フランソワ・アンリ・ピノーという競合の立場が、二社同時に投資を決めたからだ。ちなみにファーフェッチは今回投資に参加したアリババの競合である、テンセントやJDからも過去に資金を受けている。このプラットフォームは単なるEコマースプラットフォームではなく、ファッションブランドと新興マーケットをつなぐ関所のようなインフラへと変貌しつつある。
世界中にはまだデジタル化の遅れたリテーラーやブランドが数多く存在する。多くのリテーラーやブランドは、ブランドバリューに与えるダメージを最小限にしつつ、世界中からトラフィックを集め販売をしたいと考えているが、これが可能なプラットフォームの中で最も有力な存在の一つがファーフェッチである (注7)。
業界全体でコロナウィルスによる業績悪化の直撃を受け、後回しになっていたデジタル化があちこちで進む中、小売店、ブランド、消費者のそれぞれ国境を超えて結ぶインフラを、競合同士の大企業が共に作る姿は「デジタル化とグローバル化」が切実なテーマであることを象徴している。パンデミックが始まった当初、グローバリズムの終焉といったキーワードがあちこちに飛び交ったが、結果としてこの一年の間、グローバリズムは新しい形に姿を変えただけだった。
注6) アルテミスはケリング代表のフランソワ・アンリ・ピノーの資産管理会社 https://www.groupeartemis.com/en/participations/kering/
注7) 数字は嘘をつかないというわけではないが、ファーフェッチはまだ投資先行の企業であり、成長途上にある。ファーフェッチのFinancial Reportを見れば、現状を確認することができる。https://www.farfetchinvestors.com/financials-and-filings/financial-reports/default.aspx
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