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機材や環境の発達により、1日で数百~数千曲がリリースされる昨今の音楽産業。歓迎すべきことではあるものの、その膨大すぎる量がゆえ自ら触手を伸ばすことを躊躇い、真に評価を受けるべきアーティストとの邂逅が消失し、気付けば過去のお気に入りばかりをリピート再生している......という状況に心当たりがある方に向け、月に1回“ファッションシーンとの親和性も高い”アップカミングなアーティストを紹介する連載【今月の必聴アーティスト】。(文:Internet BoyFriends)
■今月の必聴アーティスト:連載ページ
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早耳な音楽フリークの方々にとっては既に知られた存在が登場するだろうが、復習も兼ねてファッション的新情報を得られるという心持ちで読み進めていただければ幸いだ。第14回は、さまざまな楽器を巧みに操る天才マルチ奏者で、ニューフレンチハウスのパイオニアとして名高いFKJについてお届け。
独学で楽器演奏を研磨した10代
FKJとは、音楽プロデューサーのヴィンセント・フェントン(Vincent Fenton)のソロプロジェクト名のこと。ヴィンセントは1990年3月26日、フランス人の母親とニュージーランド人の父親の間にフランス・トゥールで生まれた。両親はどちらも学校の教師だったが音楽への造詣が深く、幼い頃の彼はクイーン(Queen)やピンク・フロイド(Pink Floyd)、レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)といったバンドをはじめ、ニーナ・シモン(Nina Simone)やビリー・ホリデイ(Billie Holiday)、マイルス・デイヴィス(Miles Davis)、セルジュ・ゲンスブール(Serge Gainsbourg)など、ジャンル問わず自宅にあったCDやレコードを聴く毎日を過ごしていたという。その後、ヴィンセントは自宅にあった音楽だけでは飽き足らず、ドクター・ドレー(Dr. Dre)やファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)ら1990年代後期~2000年代のヒップホップに加え、ソウル、ファンク、ゴスペル、レゲエ、ジャズ、ボサノヴァ、ジャマイカミュージックにも手を伸ばしたそうだ。
また、両親は特に楽器に明るかったわけではないが「なにがしかの楽器を彼に演奏してほしかった」と、7歳でサックスを、12歳でギターをプレゼント。だが教えることはできなかったため、ヴィンセントはYouTubeやインターネットを通じて独学で楽器演奏を研磨する中で、次第に楽曲制作にも興味を持ち、ギターだけでなくベースやドラム、キーボードも学び、13歳にして初楽曲を完成させたというから驚きだ。そして、その才能を発揮すべく14歳でギタリスト兼キーボーディストとして初のバンドを、17歳でキーボーディスト兼サクソフォーンとして2つ目のバンドを結成するも、明確な方向性が定まらず解散。高校卒業後は、パリで映画音楽を学ぶ傍らハウスミュージックのデュオとしても活動し、その過程でソロアーティストの方が性に合っていると気付き、FKJとして活動することとなったのだ。
アイデンティティを表現したFKJというアーティスト名
そもそもFKJは“French Kiwi Juice”の略語で、これには彼の出自が関係している。というのも、“French”はフランス人の母親を、“Kiwi”は父親のルーツであるニュージーランドの名産キウイフルーツを、“Juice”は血を意味しており、FKJというアーティスト名で「フランスとニュージーランドの血がミックスされた人物」というアイデンティティを表現しているのだ。
本格的に活動し始めたのは2012年頃で、盟友セザーレ(Cezaire)とインディ・レーベル「ロッシュ・ミュージック(Roche Musique)」を設立し、ヒップホップ的なサンプリングとビートを軸に、R&Bの要素も含むメロウネスでアンビエントかつフューチャリスティックな楽曲を次々にリリースすると、主戦場の「サウンドクラウド(SoundCloud)」ですぐに市民権を獲得。特に楽曲「Lying Together」は初期を代表するスマッシュヒットとなり、同年にラッパーのトウキオー(TOWKIO)が「I Know You」という楽曲で大胆にサンプリングしたことでも話題となった(*無許可での使用だったが、のちに和解)。
だが、彼の名を一躍世界に知らしめたのは、2016年にYouTubeで公開されたシンガーソングライターのマセーゴ(Masego)とのインプロヴィゼーション(即興演奏)の様子を収めた動画だろう。「Tadow」と名付けられたこの約8分間の動画は、それまで一度しか対面したことがなく、この日が初めてセッションしたとは思えない2人の息のあったインプロヴィゼーションとなっており、FKJ自身も「天からの贈り物」と絶賛。現在までに4億4000万回以上の再生数を記録している。また、この「Tadow」でFKJが(マセーゴも)多様な楽器を1人で巧みに操るマルチ奏者であることが明るみとなり、人気を急上昇させる一員となったのである。
飛躍の年となった2017年
「Tadow」で波に乗ったFKJは、2017年3月に待望のデビューアルバム「French Kiwi Juice」をリリース。複数の楽器で多様なジャンルを行き来する彼らしく、あえてコンセプトはなくツアーや旅行で訪れた場所での物事や瞬間を楽曲ごとに表現したといい、チャートでは好成績は残せなかったものの批評家と早耳リスナーの間では人気を博し、今なお彼を代表する作品として愛聴されている。ちなみに、「French Kiwi Juice」を引っ提げた同年の来日ライブは「カーハート WIP(Carhartt WIP)」によるサポートで開催されていた。
また時を同じくして、韓国の人気ダンススタジオ「1MILLION DANCE STUDIO」がYouTubeチャンネル(現在、登録者数2600万超え)で、FKJとトム・ベイリー(Tom Bailey)の楽曲「Drops」を使用したコレオグラフィーを公開したこともヒットに拍車を掛けた要因だろう。余談ではあるが、先日、FKJが2023年のアジアツアーを行った際に日本公演はなく韓国公演があったのは、上記動画を起因とした韓国での支持率の高さと、2019年の「サマーソニック(SUMMER SONIC)」での客入りの悪さが原因かもしれない。実際、韓国公演は国立代々木競技場・第二体育館と同等のキャパシティーを誇る「KBSアリーナ(KBS ARENA)」で大々的に行われており、BLACKPINKのジェニーも訪れライブ後には2ショットまで掲載していた。
1MILLION DANCE STUDIO:YouTube
フィリピンでの日々と、((( O )))という存在
「French Kiwi Juice」のリリース後、世界各地でのツアーやライブに勤しみながら楽曲制作に励み、2019年12月にEP「Ylang Ylang EP」を発表した。タイトルは、精油やアロマオイルに利用される同名の南国の花イランイランを意味すると共に、FKJが数ヶ月を過ごしたフィリピンの地名が由来。そこではインフラが整っていないジャングルの中にスタジオを設置し、昼間のうちに貯めた太陽光を使用して夜間にのみ発電機を稼働して楽曲を制作するという、極めてオーガニックなシチュエーションでの日々を過ごしたそうで、一度聴けばそれが音作りに反映されていることが分かるはずだ。
なお、「Ylang Ylang EP」の直後にパンデミックが訪れたこともあり、ツアーを行えなかったFKJはフィリピンのスタジオを再現したかのようなセットでのライブ映像をYouTubeで公開しているので、ぜひ観ていただきたい。また余談であるが、2015年頃から不定期にコラボしていたフィリピンを拠点に活動する女性シンガー・ソングライターの((( O )))ことジューン・マリージー(June Marieezy)と同年3月に結婚。共にジャングルの中の例のスタジオに入り、((( O )))も同地でアルバム「((( 1 )))」を完成させたそうだ。そして余談の余談として、2人の結婚式のドキュメンタリーもYouTubeで公開されており、愛に溢れた内容と音楽になっているのでこちらもあわせてご覧いただければと思う。
公私で充実の時を過ごすFKJは2022年に、2017年以来となる5年ぶりの2ndアルバム「V I N C E N T」をアナウンスした。ロサンゼルスを1人旅している時に芽生えた“ティーンの頃の自由さ”というアイデアを軸に、((( O )))との住まいでもある自宅スタジオにて制作。愛妻((( O )))やリトル・ドラゴン(Little Dragon)、トロ・イ・モア(Toro y Moi)らゲストアーティストを迎えることで、FKJらしさを残しつつ新たな境地も感じ取れる。特に、2曲目のサンタナ(Santana)との「Greener」は必聴だ。なんでもFKJは、幼い頃にラジオから流れてきたサンタナの「Smooth」を録音して何度も聴いていたそうで、憧憬の人物との楽曲は哀愁が漂うギターが程良いアクセントのネオソウル・ジャムに仕上がっている。
最後に、筆者おすすめのFKJのライブ映像でお別れしたい。それは、音楽と観光を同時にプロモーションするライブストリーミング・メディア「セルクル(Cercle)」に彼が出演した1本だ。“天国に最も近い場所”と称される南米ボリビアのウユニ塩湖を舞台に、FKJが流麗に多様な楽器を操る90分間のパフォーマンスを披露しており、幻想的な景色と相まって何度観ても時間を忘れる素晴らしい映像となっている。
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