以前は古臭くてダサいと思っていたファッションが、いつの間にか流行しているのはファッション業界では往々にしてあることだ。にもかかわらず、1900年代初頭のファッションが再注目された形跡は、少なくとも2000年代に突入してからは記憶にない。ファッショントレンドは一定の周期で巡ることを考えれば、そろそろ1910年代〜1920年代のファッションがリバイバルしても不思議はない。そんな中、7月7日に1918年を舞台にした映画「Pearl パール」が公開される。スクリーンの中で歌い踊る華やかなスターに憧れる主人公パールが、シリアルキラーになるまでを描く今作は、残酷でサイコロジカルなホラー描写を、往年のファンタジー映画を引用しながら、レトロでポップなフォントやキーヴィジュアル、衣装デザインなどで中和する怪作だ。
今作の衣装デザイナーを手掛けたのはネットフリックスオリジナルドラマ「ストレンジャー・シングス 未知の世界」で衣装デザインを手掛けたマウゴシャ・トゥルジャンスカ。ストレンジャー・シングスは、CDG賞(米衣装デザイナー組合賞)の現代劇部門(テレビドラマ)候補にもなり、1950年代を彷彿とさせるロカビリースタイルや、クラシカルな花柄やドット、スカーフを用いた1980年代ファッションのリバイバルの火付け役にもなった。マウゴシャ・トゥルジャンスカが手掛けた「Pearl パール」は、1990年代ファッションのリバイバルに大きなきっかけを与えるのだろうか。彼女に話を聞いた。
マウゴシャ・トゥルジャンスカ
ポーランド出身。アール・デコ様式の建築が立ち並び、ミュシャやフランツ・カフカ、ドヴォルザークなどを輩出した芸術の都 チェコ共和国の首都プラハにあるプラハ芸術アカデミー演劇学部(DAMU)で衣装デザインを学び、その後ニューヨーク大学ティッシュ芸術学校で衣装デザインの修士号を取得した。
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主人公パールの境遇を表現する衣装
「みんな、同じポップカルチャーを観て育つので、映画やドラマなどの影響を自然と受け、それがファッショントレンドになることは大いにあり得る。お父さんが履いているような派手でボリューミーなダッドスニーカーやルーズソックスなど、誰しもがこの大袈裟なアイテムが流行るとも、再流行するとも考えていませんでした。少し前ならダサいと捉えられていたアイテムが流行するのはまさに、ファッションのマジックと言えるでしょう。トレンドとは、ある1人が古いものを復活させ、最初は『変わり者』として捉えられたとしても、その人が個性を主張し続けることで雪だるま方式に広がっていき、いつしかトレンドと言われるようになるのです」(マウゴシャ・トゥルジャンスカ)。
今作の主人公 パールは、映画スターを目指しているが、人里離れた農場に暮らしており、父親の世話と家畜たちの餌やりに追われている。劇中のほとんどを作業着で過ごしていることからもわかるように、その暮らしは豊かなものとは言えず、華やかな世界に憧れているパールの唯一のドレスアップは、母が昔着ていた(1970年代風)のドレスのみである。キーヴィジュアルでも着用している赤いドレスも母親のお下がりで、1918年代を生きる若者が着用するドレスにしては少し古めかしい印象を受けるのはそのためだ。
一方、パールが常に付けている白いリボンの髪飾りは、彼女の境遇を考えると洗練されたアイテムであり、2020年代の現代でもトレンドとなり得そうですらある。この現代的な白いリボンは、劇中でパールにとっての「自分らしさ」「周りに溶け込む」ためのアイテムとして機能することを意識したそうだ。
シモーン・ロシャ、セシリー・バンセンをきっかけにしたアイテムが流行か
「2020年代の現在、シモーン・ロシャ(Simone Rocha)やセシリー・バンセン(Cecilie Bahnsen)のような、ラブリーなワンピースや、レースやチュールを多用したガーリーなアイテムが流行しています。そのような状況を考えれば、今後1910年代から1920年代に流行したアンティークで乙女チックなアクセサリーや、イヴニングドレスのようなアイテムが再び注目を集めるかもしれません」(マウゴシャ・トゥルジャンスカ)。
過去のリバイバルアイテムが再注目するにあたって重要なのは、いかに現代風のアップデートをさせ、フレッシュなスタイリングに見えるかだという。
「映画の公開には1年〜2年ほどの歳月が掛かり、今、イケていると思うアイテムも数年後には廃れる可能性があります。なので、『思いっきり個性を出すか』『時代を超えたルックスにするか』の2つの選択肢を必然的に選ぶことが多いです」(マウゴシャ・トゥルジャンスカ)。
1910年代ファッションが復活する時の注目アイテムは?
例えば、Y2Kトレンドにおけるシグネチャーアイテムのひとつとして注目されたルーズソックス。1910年〜1920年代ファッションが再びトレンドになるとしたら、どんなアイテムがその流行を牽引するのだろうか。
「ひとつは、パールにも数多く登場しているダンスシューズ。ルーズソックスと組み合わせたら、1910年代と1990年代後半がミックスした新たなスタイルになると思います。もう一つは装飾的なヘッドドレス。近年、さまざまなブランドが、顔が大きく隠れるような帽子をコレクションに取り入れはじめましたよね」(マウゴシャ・トゥルジャンスカ)。
昨年9月に公開した米国では、ハロウィンの夜、赤いイヴニング・ドレスを着用し、片手に斧を持った人々で街中が溢れかえったそうだ。
「もし仮に、1910年代のトレンドが生まれなかったとしても、ハロウィンで多くの人がパールのコスチュームに身を包んだことはとても嬉しかった。私たち衣装デザイナーはポップカルチャーの一部で、あとは映画を観ている鑑賞者に『トレンド』というのを託すしかないと思っています」。
今年のハロウィンは日本でも、パールのコスチュームに身を包んだ人が溢れかえり、数年後にはレトロなドレスがトレンドアイテムになる日も近いかもしれない。
■Pearl パール
監督:タイ・ウェスト
脚本:タイ・ウェスト、ミア・ゴス
出演:ミア・ゴス、デヴィッド・コレンスウェット、タンディ・ライト、 マシュー・サンダーランド、エマ・ジェンキンス=プーロ
上映時間:102分
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