アントワープ王立芸術アカデミー。かのアントワープ6を輩出し、現在も多くのファッション業界の担い手を育成している世界有数のファッションの教育機関であり、その出身者は業界で一目を置かれる存在になる。ファッション好きは誰しもその名を知っているが、意外とその内情は知られていない。同校の学生たちはどのような環境で学び、暮らしているのだろうか。課題の内容から、休日の過ごし方まで、同校に2023年9月に入学した現在1年生の島田響が綴る。
>>入学準備から、入学して最初の課題を終えての感想までを記録した第1回はこちら。
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1年生のクラス編成と授業スケジュール
アントワープ王立芸術アカデミー(以下、アカデミー)では、1年生の学生数が多いため、クラスは2つに分かれている。授業は午前と午後の2講座で、それぞれ約4時間の長丁場。でも、スケジュールは柔軟なので、必要に応じて頻繁に変更される。課題は自宅で行うこともあれば授業中に取り組むこともあり、進捗は先生から個別にフィードバックを受けながら進める。
「ファッション」の授業内容
「ファッション」の授業はモード美術館の最上階で行われ、主なテーマは以下の4つ。
- ファッションデザイン
- パターン
- ドローイング
- テキスタイル
これらに加え、水曜日には座学の授業があり、アート史、哲学、ファッション史を学ぶ。また、ヌードモデルを等身大で描くライフドローイング*の授業もある。以前は座学の授業はオランダ語で行われていたが、現在はすべての授業が英語で行われている。 (*人物のモデルを描写すること。日本での「クロッキー」に類する)
印象に残っている授業
特に印象に残っているのは、金曜日に隔週で行われるテキスタイルの授業だ。「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」や「セリーヌ(CELINE)」で生地のヘッドデザイナーを務めた経験を持つ講師が指導にあたる。彼女は生地の基本構造からサステナビリティの課題まで、非常に広範囲にわたる知識を包括的に教えてくれる。指導方法は非常に実践的で、彼女自身がデザインに関わった生地を含む、世界中から集めた膨大なアーカイヴを活用している。これらの生地に実際に触れることで、学生はテキスタイルに関する深い知識と理解を得ることができる。
中でも、実際にコレクションで使用された生地のリサーチや制作プロセスの詳細を学べる点は非常に貴重だ。なお、アーカイヴの半数ほどが日本製の生地であり、西洋的な視点で日本の職人技術の高さを熱弁する様子は非常に興味深い。
校外学習
先日、校外学習の一環としてオランダの生地博物館を訪れた。この博物館では、テキスタイルデザインを単なる工芸としてだけでなく、アートとして捉えていることが強く感じられた。伝統的な織り機から最新の編み機まで、幅広い技術を展示しているだけでなく、実際にテキスタイルアーティストがこれらの機械を使用して作品を制作・展示できる環境が整っている。
群馬県出身の私としては、学生時代に社会科見学で訪れた富岡製糸場のような歴史的価値に重きを置いた施設を想像していたが、この博物館には異なる印象を受けた。ここでは、現代的な視点から伝統技術を再評価し、創造性を刺激する内容となっており、見学者や利用者には若者が多い。実際に職人とテキスタイルアーティストが協力しながら作品を制作している現場を見られることも、この博物館の大きな魅力だと感じた。
1年生の主な課題
ファッションデザインの課題は実際に制作するスカート、ドレス、ジャケットを中心に、大量のファッションデザインの課題が並行して進む。1学期には「period project」と呼ばれる課題があり、古代、中世、ルネッサンスなどの時代を参考に、現代的に再解釈したデザイン画を描く。これは約一ヶ月ごとに提出する。
「color card」と呼ばれる課題では、zineのようなものを2冊制作し、ページレイアウトや色彩感覚、ムードを視覚的に伝える方法などを学ぶ。2学期には「collection book」と呼ばれる課題があり、実際に制作はしないが、6〜8体のデザイン画を描き、リサーチやコンセプト設定、色彩や素材選びまで行う。
これらの課題と絡み合う形で、ドローイングの課題も出される。「presentation book」という課題では出来上がったデザイン画を審査会でプレゼンするために10ページほどの冊子を作る(この課題は今年すでに5回出された)。他にもA1サイズの紙にドレスやスカートを自由なスタイルで描いたりと、自分のデザインを言葉だけでなく様々な媒体を用いて視覚的に伝える方法を学ぶ。また、座学の課題が出されることもあるが、ファッションデザインの生徒は多忙がゆえに提出期限直前にやるケースが多い。
1週間のスケジュールと忙しさ
上記のように大量の課題が出される上に、アカデミーでは課題の出来が進級の可否に直接関わるため、生徒は皆全力で取り組んでいる。ただし、生徒のバックグラウンドは非常に多様で、年齢や経験もさまざまだ。ファッションを以前学んだことがない人もいれば、金銭的に余裕がある生徒はパターンや縫製を外注することができるため、忙しさには個人差がある。ちなみに、外注はアカデミーではグレーゾーンとされており、一定数の生徒が利用しているが、先生に知られると問題になるらしい。異なる文化や経験を持つ生徒が集まり、お互いに影響を受け合うことで、より豊かな視点やアイデアが生まれる。この多様性が学びを一層深めている。
学生の多様性と文化的視点
日本にいると気づくことが少ないが、海外の人から見ると日本のファッションや文化は一種の羨望の対象だ。「カワイイカルチャー」や伝統文化など、西洋からかけ離れた孤島で独自に発達した文化として、西洋的な視点で捉えられている。他のクラスメイトの作品を見ると、デザインのリファレンスとして日本文化が用いられることも少なくない。西洋の人たちが日本やアジアの文化をどう捉えているか、その視点は日本文化にどっぷり浸かった私とは全く異なり、これが非常に興味深く感じられる。
休みの日の過ごし方
休日も基本的には出された大量の課題をこなす。課題の大変さは生徒の能力や経験によって異なるため、長期休暇中に他国を旅行する生徒もいれば、一日も休みを取らずに課題に取り組む生徒もいる。それぞれのリフレッシュ方法を見つけることが効率的に作業を進める上で重要だ。ある生徒はヨガやジムで心身を整えたり、他の生徒は大きい課題が終わるごとにホームパーティーを開いたり、美術館を訪れたりしてインスピレーションを得たりしている。私の場合は、毎週末に友達と川沿いでランニングやバスケットボールをしたり、休憩時間に軽い筋トレや瞑想、コールドシャワーを浴びるなどしてリフレッシュしている。
アカデミーは生徒の数や施設の規模が比較的小さいため、生徒間の繋がりが強く、学校の厳しさを生徒同士で支え合って乗り越えようとする傾向がある。例えば、制作で行き詰まった時には同級生や上級生に連絡を取り、制作のヒントをもらうことができる。また、学校のプレッシャーに押しつぶされそうな時には、友達に話したりして悩みを共有したりして、精神的にも生徒同士が支えとなっている。このように、厳しい環境の中でも生徒同士が支え合いながら成長していく姿勢が、アカデミーの特徴だなと感じる。
>>次回は、初めてのショーの準備から当日までの様子を紹介します。
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