アントワープ王立芸術アカデミーの旧校舎、正門
Image by: 島田響
アントワープ王立芸術アカデミー。かのアントワープ6を輩出し、現在も多くのファッション業界の担い手を育成している世界有数のファッションの教育機関であり、その出身者は業界で一目を置かれる存在になる。ファッション好きは誰しもその名を知っているが、意外とその内情は知られていない。実際にアントワープで学ぶにはどのような準備が必要で、入学した先にはどのような生活が待っているのだろうか。同校に2023年9月に入学した現在1年生の島田響が綴る。
高校生のとき、ファッションに興味を抱き、偶然知り合ったデザイナーの荒川眞一郎さんに進路を相談したところ、海外留学を強く進められた。アントワープシックスやマルジェラ、デムナなどファッションの文脈に名を残すデザイナーを数々輩出するアントワープ王立芸術大学(以下、アカデミー)への進学を漠然と考え始めるが、入手できる情報の不透明さから一度断念。高校卒業後、進路を迷っていた時にここのがっこう(coconogacco)に通い、山縣(良和)さんや中里唯馬さんなどの海外のファッション大学卒業生の方々から入試や生活に関する具体的な情報を得て、漠然と諦めていた留学を再び真剣に考え始めた。
本稿では、数ある海外大学から私がアカデミーを選んだ理由や出国前後での準備に必要だったこと、実際にアカデミーで1年生の1学期を終え、今感じている正直な気持ちを述べていく。(文・写真:島田響)
目次
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なぜアントワープを選んだのか
ファッションの文脈に切り込む斬新なデザインを生み出すために西洋の環境で、自身の軸となる日本人としての個性や美的感覚を客観的に見つめ、それを磨き、ファッションの文脈に翻訳するスキルを身につけたいと思った。そして、流行に左右されすぎないクリエイティブなファションデザインを学び、アートとしてのファッションを学びたかった。加えて、現実的な理由としては、王立なのでセントラル・セント・マーチンズ (Central Saint Martins)やパーソンズ美術大学などに比べると学費が安いということも大きな決め手になった。(1年間の学費:アントワープ€960=約150万円、セントマ £19,930=約300万円、パーソンズ$50,800=約760万円/2023年9月時点)
入学準備に必要なこと
出国前:申請・荷造り
ベルギーの学生ビザはEU圏内では最難関クラスで取得に手間がかかる。具体的には、無犯罪証明書、ベルギー大使館認定医師による健康診断書、生活費の保証書、英文履歴書、卒業証明書、etc…など10種類以上の書類を用意しなくてはいけない。また、それぞれの書類にも有効期間があったりと細かい条件もあり、大変労力を要する作業である。
次に荷造りに関しては、円安の影響もありヨーロッパは物価が高く、画材に至っては日本と比べると値段が10倍なんてことも珍しくないため、大量の画材とミシンを段ボールとスーツケースに詰めて送った。
入国後:家探し
入国後、大使館によると8日以内に住む場所を見つけ、それを記載した在留資格申請書を提出しなくてはいけない。そのため、到着後息つく暇もなく、時差ボケでぼーっとした頭で住むアパートを探した。アカデミーには学生寮はないため、制作をするのに十分なスペースのある家を自力で探さなくてはいけない。また、アントワープは地域の狭さに反して学校が多く、さらに新学期直前に世界各国から生徒が同時にアパートを探すため、競争がかなり激しい。ちなみに、多くの場合Web上で探すのだが、当たり前のように詐欺業者が潜んでいるので注意が必要である。
最終的には一時的に家に泊めてくれたトーマスの助けもあり、七畳キッチン付き、トイレ、シャワー別で680ユーロの学生向け半シェアハウスを借りることができた。(のちにクラスメイトから聞いた話だが、入国後は住んでいるホテルの住所を一時的に登録して書類提出し、その後1ヶ月ぐらいは部屋探しに充てることができるそうだ。)
入学してから感じた、気づき・ギャップ・期待
アカデミーで学ぶ利点
- 倍率約15倍の競争を勝ち抜いた、才能やモチベーション、能力の高い60人の学友たちと切磋琢磨できる。
- モードという文化が根付いた西洋の生活様式や伝統に囲まれながらファッションを学ぶことができる。
10年前とは異なる保守的な学生たち
直近10年は日本人の卒業生はほぼ居ない。そして、現在日本で有名なアカデミー卒のデザイナーたちが当時学生として求められていたものと、現在の学生に求められているものはファッションの文脈の変化に伴って変わってきている。そのため、彼らが語っていた学校像、生徒像は現在のものとは少なからず異なるのが現状だ。
具体的には、学生の作品が保守的になっているという印象を受ける。私の個人的な推測だが、現在のファッションシーンでは、私がファッションに興味を抱くキッカケであるクレイグ・グリーン(Craig Green)のような、ファッションデザインの枠組みを他分野との融合によって拡大するようなアプローチよりも、ファッションの文脈の中でどう社会の需要に合わせていくか、といった見方によっては保守的な視点が強調されていると感じる。その流れを踏まえ、アカデミー側も「ボッター(BOTTER)」や「シューティン チウ(Shuting Qiu)」以後、個性的で自身のブランドを持つデザイナーを育てるよりも、パリのメゾンやハイブランドに就職して、時代に合わせて柔軟にデザインできるデザイナーを育てて卒業させたいのではないだろうか。
ネガティブ思考は矯正しないと耐えられない
アカデミーに関する情報は古いものが多いが、厳しさは変わっておらず、同級生や友達が先生からのフィードバック中に号泣したり、デザインの授業中に手が震えて早退するなどは日常茶飯事である。一番最初のスカートプロジェクトですら、先生に審査される前にも関わらず、約20人の生徒がここで留年や退学が決定し、アカデミーを去っている(留年も休学も1年間しか認められないため、2回留年した生徒は強制退学となる)。この厳しい環境下で自分に必要以上のプレッシャーを与えることは制作に支障をきたすと判断し、私も元々持っていた、柔軟性のない完璧主義とネガティブな感情をモチベーションにするマインドセットを是正するため、できる限り制作に幸福を見出せるような心持ちや生活ルーティーンをリサーチし、時には友達に相談しながら意識的にポジティブな思考に修正していった。
余談だが、思えば日本にいた時は幸福についてあまり考えたこともなく、相談しても答えを持っている人は少なかったように感じる。先進国の中で幸福度が最低クラスの日本で育ち、健康や幸福が人生を豊かにし、作業の生産性を向上させることの重要さを忘れていたのだと気づき、一種のカルチャーショックを受けた。
過酷な生活の中で得るもの
1年生の1学期というカリキュラム的には最も楽な期間が過ぎたが、すでに例年通り約20人の生徒が留年または退学が確定しているという状況である。しかし、課題の多さや競争の激しさを実際に体験した自分からすると特別驚きもなく、妥当な数字であるとすら感じる。
そのような環境があと最低でも2年半続くと考えると、正直気が遠くなる思いだ。
しかし、この半年が今までの人生において最もファッションデザインに真剣に向き合った半年であることは疑いようも無く、ファッションデザインについての知識も課題の多さに比例して膨大な学びを得たと実感している。それと同時に、この状況において支えてくださっている方々や海外留学という環境に感謝の気持ちを抱き、制作そのものにも幸福を見いだせるようになったことを考えると、いつ退学になるか分からないという状況に不安を感じる一方で、残りの時間において自らの成長に対する期待の方が大きい。
◾️1年生1学期の主要な課題
9月〜2月:スカート(デザイン・作成)、ドレス(デザインのみ、作成は2学期)
>>次回は学生生活や、忙しい日々の中での休日の過ごし方を紹介します。
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