人材不足、環境汚染、労働環境など、ファッション業界が抱えている問題は様々だ。ビジネスの世界で広く用いられている「ESG(Environment Social Governance)」が示す、環境・社会・統治は既に、業界においても無視できないワードとして浸透し始めている。
台湾の台北に位置する世界でも数本の指に入るアパレル受注生産メーカー「聚陽(マカロット)」のCOOアレックス・チョウ氏は、「ESGの解決にはファッションとデジタルの統合が必要不可欠」と強調する。台湾では、政府が主導となり、台湾産業界のレベルアップと革新的な価値の奨励、台湾から世界に誇るプロダクトを生み出すことを目的とした「台湾エクセレンス※」を実施しており、マカロットは3年連続で台湾エクセレンス賞を受賞している。オードリー・タン氏をはじめ、ITに強いイメージがある台湾で業績を伸ばし続けているマカロットは、どのような取り組みを行い、事業を拡大させているのか。現地で話を聞いた。
目次
台湾における、グッドデザイン賞?「台湾エクセレンス」ってなんだ
日本における経済産業省のような役割を担う「台湾経済部」が認めた優良な台湾製品に授与される「台湾エクセレンス賞」は、台湾産業界のレベルアップと革新的な価値を奨励することを目的に1993年にスタート。台湾国内の様々なジャンルの企業598社、1100件以上の製品がエントリーするなど、その様相は「国内ほぼ全てのメーカーが台湾エクセレンスに参加していると言っても過言ではないほど」だとか。年に一度、審査140名の専門家による、厳正な審査が行われ、 研究開発、デザイン、品質、マーケティングの4つの選考基準を満たしたプロダクトが選出される。これまでに約180社、約300個のプロダクトが受賞されてきており、台湾から世界に誇るプロダクトの登竜門として機能している。
台湾エクセレンスは、11月9日から11日まで、新宿住友ビル三角広場で日本初開催される「台湾エキスポin日本」にも参加予定で、日本市場に“メイド・イン・台湾”の特色と魅力を届けるために、ファッションとデジタルを掛け合わせたインスタレーションやアイテムを出展する。
台湾のアパレルメーカー「聚陽(マカロット)」の強み
IT先進国である台湾だが、ファッション業界に携わる企業として台湾エクセレンスに2020年から参加をしているのが、台北に本社を構える聚陽(マカロット)だ。同社は1990年創業。アパレル受注生産メーカーとして、ZARAやH&M、GUなどのSPAのほか、ロンドンのデザイナーズブランド「ジェン リー(JENNLEE)」にも、マテリアルや技術提供を行っている。
売上も好調で、2021年は289億3100万台湾元(約1300億円)と、前年比で約16%の伸長を見せている。2022年には更に10%の伸び率を見せ、売上328億2916台湾元(約1500億円)と過去最高を記録した。コロナ禍で、世界的に様々な企業が打撃を受けたのにも関わらず、好調をキープする秘訣について、同社のCOOであるアレックス・チョウ(Alex Chou)氏は、コロナ禍でのステイホームの影響でアメリカのスポーツ用品市場が拡大したことで、受注が増加したことを挙げた。
サッカー選手がつけている“あれ”もマカロットが開発
スポーツウェアの好調に合わせて、同社はAI技術を駆使したスマートヘルス系のスポーツウェアを複数開発。電気刺激による筋肉訓練によってヒップアップ効果が期待できる「EMS筋電気刺激ヒップアップショーツ」や、心電図と同じ技術を用いることでより正確に自身の活動量を測定できるウェア「スマートヘルスモニタリングプログラム2.0」など、スマートヘルス系のプロダクトなどを立て続けに発表し、いずれのアイテムも台湾エクセレンスを受賞した。EMS筋電気刺激ヒップアップショーツについて、アレックス氏は「EMSを使った商品は日本市場で受け入れ度が高い」とし、来年から日本での展開を目指している。また、スマートヘルスモニタリングプログラムは、発売3年目を迎え、年間で約30万USドル(約4500万円)の売上を記録。イングランドのプロサッカーチームなどにも技術提供をしている。
アレックス氏は「台湾エクセレンスへの参加は大きな名誉であり、誇り」とし、続けて「台湾エクセレンスは、世界中の業界専門家から選ばれた審査員によって評価される。そのため、台湾エクセレンスの受賞は、台湾の優れた製品が国際市場で競争力を持っていることを示す重要な指標であり、持続的な成長に向けた重要な一環」と評価基準に基づいた国際的な影響力についてコメントした。
また同社は、人材育成にも積極的だ。台湾の服飾専門学校のみならず、来年からはロンドンのセントラル・セント・マーチンズ (Central Saint Martins)と提携を結び、卒業生の同社入社を促している。
日本市場への開拓に向けて
ファーストリテイリングが運営するGUのファーストサプライヤーでもあるが、同社は更なる日本市場の開拓に前向きだ。オープンイノベーション部門のプロジェクトマネージャーのヴァネッサ・チョウ(Vanessa Cho)氏は、世界9ヶ国に工場と拠点を持っているとし、「日本企業がヨーロッパに商品を輸出すると高い関税がかかるが、私たちは所有しているバングラディッシュを通過すると、関税がフリーになる」と、コスト面で、同社とタッグを組むメリットについてコメントした。
ファッションとデジタルの統合にこそESGの未来がある
同社の強みは、デジタル技術とファッションデザインを統合にある。アレックス氏は「ファッション業界が長年抱えている、ESGの問題解決には、デジタル化は必要不可欠」との見解を示した。
「これまで、ファッション業界とデジタル業界はそれぞれバラバラに技術開発を行い、新たな革新に向かって奮闘してきたように思います。今、私たちがやろうとしていることは、『服が作られた後にデジタルが参画する』という構図から、『服が作られる以前から、デジタルが参画する』という構図に変化させることです。服のデザイン段階からデジタル技術がサポートを行うことで、煩雑なプロセスは簡略化され、様々な浪費を減らすことができます」
マカロット COO アレックス・チョウ氏
主に、マカロットが現在取り組んでいる、デジタル技術とファッションの統合に以下のようなものが挙げられる。
1,AIによるトレンド分析
→顧客が求める製品やデザインを予測。
2,3Dモデルによるサンプル製作の簡略化
→パターン、色、柄などをすべてデジタル上で完結。色や柄ごとにサンプルを製作しなくて済む。
3,川下と川上を繋ぐプラットドームの構築で労働時間の短縮
→2000年に自社で開発した生産地域と台北の業務、調達などのリアルタイム情報を連携させるプラットフォーム「基幹系情報システム」を導入したことで、注文と出荷の即時対応。
アレックス氏は「デジタル時代において、伝統的な衣服製造業者は多くのプロセスで進化が求められている」とした上で「例えば、ファッション業界が長年抱えている、在庫の問題は商品開発が遅いことにも起因している。今、私たちが着ている服はおそらく1年ほど前に企画されたアイテム。サンプルを作り、何往復もデザインの変更をし、数量やスタイルを決めるのは非常に非効率である」とコメント。開発段階でデジタル技術を取り入れた効率アップは、人件費や煩雑なプロセスの簡略化に繋がり、無駄を省くという意味でESGに寄与するとした。
製作過程を簡略する3Dモデル技術の必要性
現在、同社が最も力を入れているのが、3Dのモデリング技術だ。形や色だけではなく、マテリアルごとの質感にもこだわっている。マカロットのR&D部門のディレクター エリー・チャン(Elly Cheng)氏は「リアルに近い質感を出すことで、サンプルを作らずとも、着用のイメージを持つことができる」とコメント。既に、大手ファストファッション企業には技術提供をしており、ロンドンのデザイナーズブランド「ジェン リー」では、3D技術を応用する形で、AIモデルによるルック制作も行っている。
ブランドの定番アイテムは事前にモジュールを用意し、シーズンに合わせた軽微な修正を加えるだけでデザインが完了する。サンプルをアカウントごとに用意する必要がないため、海外向けの卸先に素早く見てもらうことができる。
着なくても試着できる未来がすぐそこまで
toC向けの3Dモデル技術
マカロットは、3D技術を用いたエンドマーケット向けのイノベーションにも乗り出した。台湾の「ライトマトリクス(LightMatrix)」と協業して取り組むのは、実際に試着をしなくても、サイズやスタイリングの想像ができる「バーチャル インタラクションルーム」だ。
台湾エキスポin日本でも、バーチャル インタラクションルームのプロトタイプを出品予定で、今回は、ワールドベースボールクラシックで話題を集めた台湾のチアリーディング集団 經典女孩(クラシック・ガールズ)とのデジタル上での2ショットのみにとどまるが、将来的には、デジタル上の服が体の動きに合わせてフィットする技術提供を目指しているという。3D部門のデザイナー ヨウコ・イェ(Yoko Yeh)は、「オンラインストアでの購入を踏み止まる原因になりやすい『試着ができない』という悩みも、バーチャル インタラクションルームの技術を応用すれば、所持しているデバイス上で自分の体型に合わせた試着が叶う」と今後の展望について語った。
「現在は、百貨店のショーウィンドウはマネキンに服を着せるのが一般的ですが、それらもプラスチックの浪費でもあり、ウィンドウに用いられた服は破棄されることも多いです。ショーウィンドウをモニターに切り替え、バーチャル インタラクションルームのソフトウェアをインストールすれば、無駄な素材やプロセスの簡略化のみならず、消費者はウィンドウ上での試着もできるようになります」
3D部門のデザイナー ヨウコ・イェ(Yoko Yeh)
なぜ台湾で3D技術は発展したか
IT大国として知られている台湾だが、3D技術の発展には政府の取り組みが関係している。台湾国内では、4年前に5Gサービスの運用方法について活発な議論が行われ、行政が3D映像の技術発展に注力。助成金制度を設けた。
左:3Dスキャン技術で再現された人、名刺にQRコードを付けることで動く自分自身がデジタル上に現れる仕組み。 右:約200個のカメラを同時に制御する3Dスキャンする技術
バーチャルインタラクションルームで用いられている技術を提供した、ライトマトリクスは、10年前に約200個のカメラで身体を3Dスキャンする技術を開発。国からの助成金を受けて、3D技術データを応用した映像化に乗り出した。成果物として、スポーツ中継、アーティストのライブ配信、ランウェイショーの3D映像化を実現させた。同社のCEOはジョエ・チェン(Joe Chen)氏は「複数のカメラを同時に制御させることがもっとも難しく、競合は少ない」とし、自動車メーカーなどにこれらの技術の需要があることを明かした。
左)実際のWBCの中継 右)選手を複数のカメラで認識することで3D化、好きな選手を好きな角度からリアルタイムで見ることができる。
「昨今世の中を賑わせていたメタバース上でのコンサートは、演者がリアルではなくアバターであることが一般的でした。しかし、我々が提供する技術は、演者を複数のカメラで映すことで作り上げるリアルな人です。バーチャルとリアルをコンバインさせたライブ映像を提供している会社は多くはありません」
ライトマトリクス CEO ジョエ・チェン氏
バーチャル インタラクションルームは、ライトマトリクスの3Dスキャンをする映像技術と、マカロットの3Dモデルを組み合わせることで実現する。理想とするのは、体つきや、どういった服が似合うかなどを全てデジタルの世界で完結させる未来だ。目標達成のためには、服と体を同時にモデリングさせることが必要不可欠だという。
ライトマトリクス ジョエ・チェン氏「いままで、ファッション業界の企業と様々な取り組みをおこなってきたが、これまでに出会った企業の中で一番、デジタル業界で働く人のような言語感覚とセンスを持っていると感じています。とても仕事がスムーズで、やりやすいです」かった
業界に求められているCCUSって?
上場企業として求められるもの
マカロットがここまでESGにこだわるのには訳がある。台湾政府は、金融管理委員会を設立し、上場企業が取り組むべき環境問題について厳しくチェックを行っている。マカロットは、1ユニットの服を作るにあたって約2%の節電と、7%の炭素排出量削減を法律として定められている。
テキスタイルメーカー「力拓」と生み出したエコな紡績技術
アレックス氏が「ファッション業界の明るい未来のためには、異なる産業間での協力が不可欠」とするように、マカロットは、ライトマトリクスに代表される多岐にわたる企業とサプライヤー関係を結び開発を推進しており、環境に配慮したテキスタイル開発もその限りだ。マカロットが受注した製品生産用のテキスタイルを提供する「力拓(りきたく)」は、業界で40年の経験を持つ謂わば老舗メーカーで、炭素排出量を大幅に削減する「CCUS」技術を開発。マカロットに、環境に配慮した生地を提供している。
CCUSとは「カーボン・キャプチャ・ユーティリゼイション・ストレージ」の略。従来の繊維工場であれば、紡績にあたって生まれる炭素は煙突からそのまま排出されていたが、煙突に炭素をキャッチする回収技術を備える、それらをプラスチックボトルを作るための燃料として再利用する仕組みだ。また、燃料として使用されなかった炭素は、土の下にストレージすることも可能だ。
日本ではまだ馴染みのないマカロットだが、ファッションとデジタルを掛け合わせることで生まれる、複合的な環境改善は、ファッション業界を牽引する企業と言っても過言ではないだろう。プロジェクトマネージャーのヴァネッサ氏は「私たちが日本の皆さんに知ってもらいたいのは、デジタルとファッションを、それぞれに開発するのではなく、コラボレーションすることで生まれるイノベーションの力。その力は、間違いなく明るいファッション業界の未来に繋がる」と締め括った。
◾️台湾エキスポin日本
会場:新宿住友ビル三角広場
所在地:東京都新宿区西新宿2丁目6-1
会期:2023年11月9日(木)〜2023年11月11日(土)
公式サイト
◾️バーチャル試着室 H-BOX
展示エリア : 台湾エクセレンス Smart Living
台湾エクセレンス Smart Living 公式サイト
◾️聚陽(マカロット)
本社:8F., No. 550, Sec. 4, Zhongxiao E. Rd., Xinyi Dist., Taipei City 11054 , Taiwan (R.O.C.)
企業サイト
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