Image by: Rejjie Snow
機材や環境の発達により、1日で数百~数千曲がリリースされる昨今の音楽産業。歓迎すべきことではあるものの、その膨大すぎる量がゆえ自ら触手を伸ばすことを躊躇い、真に評価を受けるべきアーティストとの邂逅が消失し、気付けば過去のお気に入りばかりをリピート再生している......という状況に心当たりがある方に向け、月に1回“ファッションシーンとの親和性も高い”アップカミングなアーティストを紹介する連載【今月の必聴アーティスト】。(文:Internet BoyFriends)
■今月の必聴アーティスト:連載ページ
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早耳な音楽フリークの方々にとっては既に知られた存在が登場するだろうが、復習も兼ねてファッション的新情報を得られるという心持ちで読み進めていただければ幸いだ。第9回は、2019年の来日公演後に渋谷マークシティの壁にグラフィティを描き、逮捕されてしまったことでも話題となったラッパーのレジー・スノウ(Rejjie Snow)についてお届け。
多くのカルチャーを学んだ若きブラックアイリッシュとしての日々
レジー・スノウことアレクサンダー・アニュエブナム(Alexander Anyaegbunam)は、1993年6月27日にアイルランドの首都ダブリンで誕生した。祖父はアフロビートの創始者であり黒人運動家フェラ・クティ(Fela Kuti)の刑務所からの解放に貢献した判事で、両親はナイジェリア人(父親)とアイルランド系ジャマイカ人(母親)。このため、彼はいわゆるブラックアイリッシュ(アフリカ系黒人の血を引いたアイルランド人)にあたり、白人多数のアイルランドでは小学校に唯一の黒人として通い、足が早くフットボールが上手かったことから人気者だったという。
幼い頃は、母親の影響でクイーン(QUEEN)やジョージ・マイケル(George Michael)といったUKのメジャーアーティストを聴いて育ち、内気な性格からよく室内でノートに絵を描いていたそうだ。その後、描く場が屋内からストリートへと移り、夜な夜な街や電車の壁にグラフィティをボムし、ブレイクダンスを習うティーン時代を過ごす。だが、何よりも彼が夢中だったのはフットボールで、趣味が高じて16歳でフットボール留学のためアメリカ・フロリダ州に渡米。ちなみに、アーセナル(Arsenal)のサポーターとしてティエリ・アンリ(Thierry Henry)を崇拝しており、とあるインタビューでは「スタジアムクラスの規模のライブでチケットを完売させることよりも、アーセナルがリーグ優勝することが夢だ」と語っている。
渡米したレジーは、奨学金を得てジョージア州のサヴァンナ芸術工科大学に進学し映画とデザインを学ぶも、フロリダ州にいた頃から始めていたYouTubeへの楽曲投稿と音楽活動に魅力を感じ、わずか1学期で退学しダブリンへ帰国。ラッパーとしての道を本格的に歩むことになる。
5年の月日をかけたデビューアルバム
アイルランドに戻ったレジーは無我夢中で楽曲制作に取り組み、2013年にデビューEP「Rejovich」をリリース。すると、これがアイルランドおよびUKで口コミから人気に火が付き、同時期に作品をリリースしていたカニエ・ウェスト(Kanye West)やJ・コール(J. Cole)らを抑えてiTunesのヒップホップ・チャートで1位を獲得するというヒットを記録。これを機にニューヨークの名門レーベル「300エンターテイメント(300 ENTERTAINMENT)」との契約にこぎつけ、ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)やマドンナ(Madonna)らトップアーティストたちの前座に抜擢されるようになり、たちまち時のラッパーとなったのだ。なお、同作には本連載で以前ご紹介した若き日のロイル・カーナー(Loyle Carner)も参加している。
「Rejovich」で人気と富を得たレジーは、正式なデビューシングル「All Around The World」をリリース後、デビューアルバムの制作のためニューヨーク、ロサンゼルス、モントリオール、オスロ、パリ、ロンドンなどに赴き、じっくりと時間をかけながら世界各地のプロデューサーやアーティストとの関係を構築。カナダ出身の天才プロデューサーとして名前が売れ出していたケイトラナダ(Kaytranada)との「Blakkst Skn」や、ケンドリックの3rdアルバム「To Pimp a Butterfly」への参加で知られるプロデューサーのラキ(Rahki)との「D.R.U.G.S.」などのシングルと共に、ファンの間で名作と名高いミックステープ「The Moon & You」を制作し、来るデビューアルバムのリリースの時に備えていたのだ。
またこの間、活動領域を広げる意味でOG エモジ(OG Emoji)としてDJも積極的に行っており、世界的人気を誇るオンラインプラットフォーム「ボイラールーム(BOILER ROOM)」への出演も果たしている。
デビューEP「Rejovich」からファンを待たせること5年、レジーは2018年に待望のデビューアルバム「Dear Annie」をリリースした。同作ではロサンゼルスのシンガーソングライターのユア・スミス(Your Smith)や女性シンガーソングライターのダナ・ウィリアムズ(Dana Williams)、ポートランド出身のラッパーのアミーネ(Amine)らを招聘。レジーらしいゆったりとしたジャジーでミニマルなビートを軸に、多様な要素がミックスしたバラエティに富んだ柔軟な作品に仕上げた。なお、タイトルと19曲目およびアートワークにも登場する“Annie”とは、彼いわく子どもの頃に恐れていた映画のキャラクターかつ堕天使を指しているそう。アルバムは“Annie”ひいては全ての女の子に宛てた手紙の代用品で、作品を通して過去に犯した過ちのけじめをつけているという。
突然のリタイヤ宣言と“ブラック・シープ”のブラックアイリッシュ
「Dear Annie」で名実ともにアイルランドを代表するラッパーとなったレジーだったが、「脚光を浴びることによってアレックス(本来の自分)でいられなくなったことに疲れた」と、突如として同作がレジー・スノウとしての最後の作品であることを吐露。結果として彼は2年後にシーンに舞い戻るのだが、その間はグラフィティで培った技術とセンスをもとにアートの世界に傾倒し、数多くのペインティング作品を生み出していた。冒頭で触れた日本での逮捕事件はこの頃で、酒に酔った勢いからスプレー缶でグラフィティを描いてしまったそうだ。
そして2020年7月、その3ヶ月後に急逝する故MF ドゥーム(MF DOOM)との楽曲「Cookie Chips」で2年の沈黙を破る。余談にはなるが、16~18歳という多感な時期をアメリカで過ごしたレジーは、「Dear Annie」までの多くの作品をアメリカン・アクセントでラップするなど、随所でUSヒップホップシーンからの影響を感じさせることが多く、中でも「彼になりたいと思うくらい全てに憧れている」とコメントするほど故MF ドゥームをリスペクトしていた。
「Cookie Chips」からは1年後、「Dear Annie」からは3年半後となる2021年7月にレジーは2ndアルバム「Baw Baw Black Sheep」をリリースする。子どもの頃に大好きだった映画「チャーリーとチョコレート工場」の非公式サントラとして企画された同作のタイトルにある“ブラック・シープ”は、英語圏で“厄介者/はみ出し者”を意味する言葉。彼がアイルランドからアメリカへと渡った際に、それまで周りに少なかった同じ肌の色をした黒人の友達ができると想像していたが、実際は“白人多数のアイルランドから来た黒人”というレッテルを貼られて人種差別を受けた実体験に基づいているのだ。また、1stアルバム「Dear Annie」で「Egyptian Luvr」という楽曲を収録しているように、彼は古代エジプトを自身のパラダイスに位置付けており、同作のアートワークに三大ピラミッドとスフィンクスの前に立つレジー本人を採用したのは、居場所(楽園)を求める“ブラック・シープ”(レジー)を意味しているのだろう。もちろん、内容はスキルフルなラップ、クールなトラック、高いソングライティングの技量の三拍子が揃った完成度の高い仕上がりとなっている。
どこかミステリアスな風貌からモデルに引っ張りだこ
レジーの存在は、そのどこかミステリアスな風貌からジャンルの壁を越えファッションシーンでも早い段階で話題となっており、2016年には1stアルバム「Dear Annie」の制作のために訪れていたロサンゼルスで築いたコミュニティをきっかけに「ブランドブラック(Brandblack)」2016年秋冬コレクションのルックブックでモデルを担当。2017年には「ア コールド ウォール(A-COLD-WALL*)」のランウェイを歩き、それから数年の間に「リーバイス(Levi's®)」や「ヴェルサーチェ(VERSACE)」「リーボック クラシック(Reebok CLASSIC)」などのキャンペーンにも抜擢された。極め付けは、「シーピー カンパニー(C.P. COMPANY)」との協業だ。彼は同ブランドの2019年春夏シーズンと2019年秋冬シーズンのキャンペーンにモデルとして出演すると、最終的にはコラボコレクションを発売。アートの造詣が深いレジー自らが手掛けたグラフィックを落とし込んだTシャツなど、世界限定1000ピースを製作した。また、わずかな期間ではあるが大学で映画を学んでいただけあってMVはどれも手が込んでいるほか、「シーイー(C.E)」から「グッチ(GUCCI)」までを着こなす姿が楽しめるので、ぜひご覧いただきたい。
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