アーティスト 落合翔平の経歴は変わっている。現在は平面作品を描いているにもかかわらず、大学在籍中はプロダクトデザインを学び、卒業後は芸人として活動していた。2022年にはその作品がファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)に見出され、ファレルの私物をモチーフに7点を描き、彼が運営するオークションデジタルオークションハウス「JOOPITER」に出品されたことで国内外の知名度を上げた。
強い筆圧と、パースが崩れたようにも見える作品は、一度見たら忘れられない個性的なものではあるが、本人は「立体作品を平面的に収めようと思ったことはなく、ただそのプロダクトの顔である『上』を描こうと思っただけだ」と話す。元芸人としてふざけていたい気持ち、プロダクトデザインを学んでいた冷静さ、そして「僕の美学は、汗臭く、泥臭く物事を伝えること」という熱情が両立する、落合翔平の頭の中。
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落合翔平が影響を受けたモノ
ー今日は落合さんを形成したアイテムをいくつかピックアップして持ってきてもらいました。「めちゃ×2イケてるッ!」「はねるのトびら」「Mr.ビーン」など。映像作品はザ・バラエティのラインナップですね。
僕、ずっとふざけていたいんですよね。幼少期にお受験をさせられたりと、真面目に育てられてきたこともあって。その反動なのか幼稚園の時は「クレヨンしんちゃん」と「志村けんのバカ殿様」ばっかりを観ていました。幼心に「これって許されるんだ!」と思いましたね。忘れもしない、幼稚園の年長の時。僕が友だちの給食をこぼしちゃったことがあって。僕は「クレヨンしんちゃんはこういう時、チューして許してもらってる!」と思って友だちにチューしたら先生にめちゃくちゃ怒られた(笑)。
今日持ってきた中でも、めちゃイケが特に大好き。なぜなら、めちゃイケって意外とドキュメンタリー要素が強いんですよ。例えば「ヨモギダ少年愚連隊」という企画は、1人の視聴者の中学3年生から32歳までの成長を追うんです。お笑いも好きだけど、同じくらい「青春」が好きで、もっと言えば「歴史」が好きなんですよね。
ー歴史が好きな理由は?
歴史って、一揆とか乱とか「緊急事態」な局面が多いじゃないですか(笑)。緊急事態と向き合った時、人はなんとかそれをクリアしようと、もがき苦しんで成長するでしょう。その姿が好きなのかもしれません。それを僕は「青春」だと思う。
ー次は、個性的なTシャツ。
ほとんど、野方にある「吊り橋ピュン」で買いました。マリナーズと見せかけてバックプリントに「住友林業」と書いてあったり、前園真聖と中田英寿と日清ラ王の組み合わせだったり、ダブルネームやトリプルネームに目がないんです。会話の掴みに使えるんですよ。僕、ふざけたがり屋なんですけど、恥ずかしがり屋でもあるので会話の掴みがあると楽なんですよね(笑)。
ーサッカーTシャツなどのスポーツ系のTシャツが多い中で、尾崎豊さんのTシャツが一際目を引きますね。
漫画「宮本から君へ」もそうなんですけど、“アツい”のも好き。例えば、めちゃイケも、ナイナイの岡村(ナインティナイン 岡村隆史)が短期間でダンスを覚える企画があるんですけど、アツさと誠実さがお笑いの中にあるんですよね。呼び捨てにしちゃって申し訳ないんですけど、尾崎豊も、宮本も、岡村も全力で、サボっていなくて、嘘なく伝えてくれる感じがする。僕もそれがやりたいんですよ。多分、スカす感じが好きじゃないんですよね。何事も全力投球で、ダサくてなんぼ。
元芸人で美大出身、落合翔平の不思議な経歴
ー大学卒業後、お笑い芸人として活動していたと聞きました。
元フジテレビのバラエティ番組のプロデューサーで現在ワタナベエンターテイメント会長・吉田正樹さんに弟子入りしたんですよ。今思えば、お笑い芸人を目指しているならNSC(吉本興業が運営する養成所)に入ればよかったのに。完全に逃げですよね。
ー当時の芸風は?
最初は「バッタモンクラブ」というコンビを組んでいました。東京NSCが無い時に、極楽とんぼさんやココリコさんが組んでいた「吉本バッタモンクラブ」というチーム名から取りました。当時はアンタッチャブルさんに憧れていたので、超しゃべくりアドリブどつき漫才。憧れだけが先行して、アドリブ、練習無しでお笑いライブに出場したんですが、持ち時間3分の尺があるのに相方と2人でネタを飛ばして1分で舞台袖に捌けたり。その後は落合MAX平というピン芸人でフリップ芸をしてました。が、1回もウケた事がないです(笑)。お笑い芸人の方は本当凄いな、とマジで尊敬しています。
ー落合さんは、多摩美術大学生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻を卒業されています。どちらかといえば、平面ではなく立体作品を製作する学科なのではないでしょうか?
そうですね。周りの子たちは家具やプロダクトを作っていたけど、僕は授業で立体物を作らなかったかも。
僕の世代は、深澤直人さんや、吉岡徳仁さんなど、プロダクトデザイナーが全盛期で花形だったんですよ。今はこういう絵を描いているけど、学生の時は深澤さんがデザインしたブランド「±0(プラスマイナスゼロ)」や、ディーター・ラムスがデザインした「ブラウン(BRAUN)」のプロダクト、無印良品のようなミニマルなデザインに憧れていたし、美大に行きたいな、と思ったのはミニマルなプロダクトデザインが好きだったからなんですよね。
ーふざけたいという気持ちと、ミニマルで綺麗な物を作りたいという気持ちは相反するもののように感じますが。
本当は「綺麗で整ったものが好き」が根本にある。こう見えて根が結構真面目なので(笑)。でも、その対局にある「ふざけきること」に心底憧れて、芸人になろうと思った節はありますよね。
ー恥ずかしがり屋だけど、ふざけることが好きで、綺麗なプロダクトデザインを愛でる冷静さがある。
そうなんですよ。混在する性格や要素が真反対すぎて、自分でもよくわからないんですよ。
ーその複雑な性格や要素は、作風にどれくらい影響を与えていますか?
プロダクトの全部を描いてやろうという気合いはアツさと冷静さ。絵にはふざける要素はあまり入っていないんですけど、もっと崩したり、遊び心をもたらすことはできるかな、と常々思っています。そうすれば自分がやりたい事により近づくかなと。
絵には嘘があってもいいんだけど、僕の美学は「汗臭く、泥臭く物事を伝えること」。そのためには、アツさと誠実さを持って全力で取り組まないと、その良さが100%で伝わないのでは、と。それは、作風の根底にあるかもしれない。
立体作品を平面にしているつもりはない?
ー今の作風を確立したのは?
大学4年生の時かな。最初は電車を描いていたんですよ。
ー描かれるモチーフはどこか懐かしいものも多く、鑑賞者それぞれの個人的な記憶を思い起こさせる力があるように感じました。
やっぱり愛着があるもの。僕、物が捨てられないんですよ。鉛筆や消しゴムも短くなるくらい使い切った物は捨てずにとっておいているし、もう15年くらい「ゴミ日記」というのを付けてて。食べたものとか、レシートとかをスクラップしているんですけど、物に対して異常な愛着を持つんです。その愛着が、筆圧にのって絵に反映されているのかな。
僕、下書きとかは描かなくて。最初から4Bの鉛筆でマックスの筆圧で描くんですけど、消しゴムで消しても跡が残るんです。全力の痕跡が残る、画面に歴史を残せるという意味では、このままでいいかなと思っています。
ー何故、人は描かないんでしょうか?
情報量が多すぎるからかな。その人のバックグラウンドを含めると全力で描き切れる自信がないんです。
ー立体作品を平面的に収めようと思ったのは何故ですか?
よく「立体物を平面にしている」と言われるんですけど、自分ではそんな意識はないんですよ。たまにSNSで「落合みたいな絵を描いてみたぞ」とDMをいただくんですけど、すごいグニョグニョに描かれていて「俺の絵ってこんな風に見えているんだ!こんなグニョグニョなんだ!」と衝撃的でした。自分的にはグニョグニョに描いているつもりはないので新鮮で。
もちろん、写実的ではないとは思うんですけど「このプロダクトを作った人の一番見せたかったであろうところはそのまま描こう」とは思っています。プロダクトにおける「顔」に当たる部分は、“物の上の部分”だと思うんですよ。そうすると、自然と傾けるしかなくて、ぐにゃぐにゃになっているように見えるのかな。
ファレルに見出された才能
ー落合さんは、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」のクリエイティブ・ディレクター ファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)が主催するデジタルオークションハウス「ジュピター(JOOPITER)」に作品を提供されました。
ファレルのマネージャーらしき人から連絡が来ました。「ファレルがお前の絵のこと好きらしいぞ」と。最初は嘘だと思ったんだけど、その連絡が来る直前にその周りの人たちからインスタをすごいフォローされたから、どうやら本当のようだ、と。
ーファレル自身とはやりとりしましたか?
していないですね。でも、インスタのストーリーズでもメンションをつけて作品を投稿してくれたし、僕が投稿したストーリーズにも閲覧した足跡がついていたから、認知はされているのかな(笑)。
ージュピターでは、落合さんが描いたファレルの私物7点が、ラグになって出品されています。
ファレルの私物ってやっぱりすごく豪華で、ダイヤがたくさん付いていたり、装飾華美なんです。いままで衣類やダイヤを描いたことがあまりなかったから、いいタイミングでしたね。
作品は一枚ずつ描いて、ラグとして織られました。僕の絵はニットとかラグとかの編み物と相性がいいんじゃないかな、と個人的には思っていたのでそれが叶ったのも嬉しかった。
ーファレルを筆頭に、自身の作品が国内外の著名人から注目を集めている現状をどう捉えていますか?
まだまだだなと思っています。ファレルのも去年のことですし。過去の事をずっと言っているのはクールじゃないじゃないですか。
芸人になることを諦めたり、大学時代にプロダクトデザイン先攻からグラフィックデザイン先攻に転向しようと思ったのにグラフィックの教授に「入れたくない」と断られたり、ずっと逆境みたいな感じで、いまも「逆境じゃんか!」と思っています。作品が評価され始めた時点で「逆境」ではないという考え方もあると思うんだけど、僕の最終目標は「全人類からの認知」なので。そう思うと、道のりは長いです。
(聞き手:古堅明日香)
◾️落合翔平
1988年埼玉県大宮生まれ。多摩美術大学生産デザイン学科 プロダクト専攻を卒業後、お笑い芸人として活動。2018年から画家として活動を始める。日用品や玩具など、身の回りにあるアイテムを描いたペインティングやドローイングを発表してきた。ダイナミックで予想不能な形状や立体感、力強い筆圧で描かれた線画が特徴。ファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)が主催するデジタルオークションハウス「JOOPITER」に作品を提供するなど、国内外で活動の幅を広げている。2024年春には高知で個展を開催する予定。
公式インスタグラム
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