卒業式の様子
Image by: Jun Takayama
日本でファッション業界のキャリアを積み、現在はニューヨーク・パーソンズ美術大学に留学中の高山純氏が現地のファッション事情をお届けするコラム連載「NYコラム」。最終回となる第7回は、この一年を振り返り、パーソンズファッションマネジメント修士過程修了後に感じた「3つの気付き」を伝える。
昨年10月にスタートした「NYコラム」も最終回。パーソンズ美術大学の修士プログラムを経て、卒業後に感じたキャリアやファッション業界に対する3つの気付きについて書いてみたいと思う。
1:NYファッション業界への就職の壁
ADVERTISING
8月末をもってパーソンズ美術大学でのファッションマネジメントの修士プログラムが終了した。卒業式は5月に一斉に行われたため、特に大きな催しはなかった。僕はニューヨークに残り、学生の時からフリーランスで請け負っていたブランドのコンサルティングの仕事をしばらく続けていく予定だ。
パーソンズで僕が所属していたプログラムでは、日本と比べて卒業の次の日から働いていないとヤバいという雰囲気はない。いわゆる「既卒者」として就職活動やフリーランスの仕事を続けていく人が多い。あるいは昔の会社に戻るという例もある。
大企業は大学院卒を含め新卒採用プログラムを実施しているところもあるが、日本ほど画一化している印象はない。これはよくも悪くもで、日本の新卒採用枠は受け入れてくれる先が多い中、アメリカでは一部の大企業以外は逐次採用が主流なので、タイミングが合わなければ希望の企業で働ける機会は減ってしまう。
採用してもらうためには、本連載の第5回「ファッションスクールでビジネスを学ぶメリットと課題」でも触れたように、基本的に在学中にインターンをしてその経験を売り込んだり、インターン先の企業で知り合いを作り、ポジションの空きが出た際には優先的に紹介してもらうようにする。学部生であれば学期中やアルバイトや長期休暇を使い、ある程度戦略的にインターン選びを進めていく必要が出てくる。ニューヨークに拠点のあるファッションブランドは多いので「ザ ロウ(THE ROW)」などのように随時インターンを募集しているところがあり、PRやMDなど各ポジションのインターンに参加するといったかたちだ。現地で実際に仕事探しする中で、大学院生で職務経験があっても、インターンを通じた採用が多いと感じた。
僕も学期中にサーチファンドとブランドデベロップメントの会社でインターンをしてみた。サーチファンドは投資家から資金を集めた若い経営者が有望な企業を承継して自ら経営をしていくというファンドの中でもやや特殊なものでここでは深くは書かないことにするが、MBA卒の人気キャリアパスになりつつある形態だ。日本のファッション業界も高齢化が課題となっており、このような形態をうまく応用して企業や技術の承継ができないものかと考えている。逆にインターン経験や会社に知り合いがいないと、特に世界中から人が集まるニューヨークでの採用はハードルが高いと思う。リンクトインを通じた求人でも手軽さもあるが、人気の企業やポジションでは一日で数百件の応募が集まっている状況だ。MBAからニューヨークの投資銀行に就職した日本人の方に聞いた話では某ラグジュアリーブランドのポジションに応募した際には数分で不採用のメールが届いたという。一般的に優秀とされる層でも社員のリファーラルがないと厳しいのかもしれない。
なんとか自分の経験と人脈を広げつつボジションに応募したり誘いを待ったりする。そんな不確実性が高く、サバイバル感がある生活が続くことも多い。それがニューヨークの現実だ。
2:日本よりも厳しい“社会的な摩擦”
ニューヨークは人種のるつぼといわれるが、宗教なども含めバックグラウンドが異なる人の集まりだ。ニューヨーク市の中でも各地域によって環境が大きく異なり、生まれてくるブランドや新しいカルチャー、ムーヴメントは人種など育ってきたバックグラウンドがアイデンティティやクリエイティビティの源泉になっていることも多い。
このような環境では貧富や人種間格差など「摩擦」も起きやすい。また、摩擦が大きくなりすぎて社会問題という形で歪みが生じているのも事実だ。これを是正する取り組みとして各所で「インクルーシブ」「〇〇コンシャス」などのポリティカル・コレクトネスを求められたり、それが企業のマーケティング戦略にも反映されていたりもする。
しかし、アメリカのファッション業界の現実は依然として厳しい。経営層になると白人男性率が高いし、モデルも人種や体型が多様とはまだ程遠い。パーソンズでの授業でも直球な物言いが評判の教授は「ルッキズム、エイジズム、レイシズム、セクシズムが依然として蔓延る世界」と評していたがダブルスタンダード、「本音と建前」が日本以上に強い。ニューヨークと比べて、日本、特に東京は人種や宗教による社会的な摩擦が少ないと思う。
では、東京は無味乾燥でクリエイティビティに欠けるかというと、それは真逆で、カルチャーやファッションのサブジャンルでも細分化が多く、無味乾燥とは程遠いと思う。均質的な社会で暗黙知が支配的な環境であるからこそ東京で出てきている新しいブランドはコンセプトやアイデア、品質の作り込みを深くしており、別のベクトルでの多様性が非常に進んでいると感じる。外部の摩擦でなく、内側からくるクリエイティビティが発展したのだと思う。
3:クリエイティブな才能だけでは成功は難しい
クリエイティブな才能はニューヨークにも東京にもいる。しかしビジネス面での意識には違いもある。
ニューヨークのデザイナーの方がビジネス思考が強く、投資家を貪欲に求めたり、わかりやすい成功を目指している印象がある。売れなくてもいいから自分の服が好きな人に着てもらえればいい、というわけではない。特に資金調達やオペレーションの面においてシビアに問題意識をもっている人が多いと感じる。しかし、このようにデザイナーの意識が違っていてもビジネス側の人材が不足していることは日本もニューヨークも共通だと感じる。
ファッションをはじめとしたクリエイティブ関連のビジネスは不確実性も高く、マネジメントが難しい。ファッションに特化した専門性をつけてキャリアを築くとなると、個人としてもリスクがあるように映るかもしれない。ファッションのビジネス面での専門性を身につけようとするのはニッチで挑戦的かもしれないが、そのような人材が少ないことが逆にエキサイティングだし、今後のファッション業界をつくっていくチャンスも多いに出てくると僕は思う。ビジネス面からブランドを支えたいという人が増えていき、能動的に新しいブランドとつながったり才能の発掘をして継続的に育てていくことが必要だ。
また、日本のデザイナー側にはニューヨークで見たようなビジネスにハングリーになることもおすすめしたい。オープンな意識を持って早い段階でビジネス面のパートナーも見つけることが成功には重要だと思う。クリエイティブとビジネスは切っても切り離せない関係だ。そしてそのような強いチームを持つブランドがファッション業界全体を前に進めていくと僕は思う。
あとがき
ニューヨークでのこの一年を振り返ると、正直、なにか自分の興味への正解がみえてくるどころかさらに考える材料が増えてしまったように感じている。パーソンズの教育に失望し怒る点もあったが、今後もサポートしてくれる方にも出会えた。喜怒哀楽を味わえたかなと思う。また、授業よりも卒業プロジェクトの中で投資家、デザイナー、ブランドデベロッパーなど色々な方に話をきけたのは学生ならではの経験だった。
パーソンズのリサーチファンド(研究奨学金)をもらってイタリアで実際に話を聞いた方のインパクトも強かった。ミラノ、ローマ、ソロメオ村などを訪れ、以前よりもイタリアへの興味が強くなった。特に僕がさらに可能性を持っていると思っているイタリアのクラフツマンシップの底力や新しい才能を育てるブランドデベロップメントの観点では非常に勉強になった。
しばらくはニューヨークにいながらフリーランスでブランドデベロップメントの事業に関与していきながらランダムに自分の関心のあるプロジェクトに手を出していく予定だ。
最後にこの連載を進めていく上で協力してくれたファッションスナップのご担当の方や各回にてインタビューにご協力いただいた方にも改めて御礼を申し上げたいと思う。
■「NYコラム」バックナンバー
・vol.1:ニューヨークに賭けてみた
・vol.2:物価高とファッションの話
・vol.3:サーフィンと格闘技から考える新しいコミュニティの誕生
・vol.4:大衆化する「アートの力」
・vol.5:ファッションスクールでビジネスを学ぶメリットと課題
・vol.6:「ショーフィールズ」から考察するリテールの現在地
ADVERTISING
PAST ARTICLES
【NYコラム】の過去記事
RELATED ARTICLE
関連記事
RANKING TOP 10
アクセスランキング
銀行やメディアとのもたれ合いが元凶? 鹿児島「山形屋」再生計画が苦境