2023年秋冬のミラノ&パリメンズファッションウィークは、ようやくコロナ収束の兆しが見えた。しかし依然として世界は混沌とし、決して全てが楽観的ではない今日、改めて原点に立ち返り現代の新しいムードに服を再構築していくブランド、そしてSDGsや技術革新にテクノロジーとクラフトマンシップを駆使しながら未来を見つめていくブランドがとても多かった。さらに若手デザイナーズブランドのファッションウィーク参加が増加したことで、業界のターンオーバーを促す前向きなシーズンだった。
ため息が出るほど美しいコレクションが多かったこのシーズンから厳選した「押さえるべき10ブランド」を紹介する。
1. ディオール(DIOR)
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2023年秋冬メンズシーズンで、一押しブランドは間違いなく「ディオール メン(DIOR MEN)」。ディオールのアイコニックなウィメンズのアーカイブを現代の男性が着る服に落とし込んだ、とてもソフトで美しい、完成度の高いコレクションだ。
Image by: DIOR
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特に裾が折り返され、襟ぐりが二重になっているジャケットや、まるでギリシャ神話から出てきたようなアシンメトリーなニット、キュロットのようなショートパンツやキルト風スカートなど、フェミニンとマスキュリンの融合、エレガントな雰囲気の中にもシンプルでエフォートレスな感じがとても現代的でいい。女性でも着られそうなアイテムが沢山あって嬉しいところ。
Image by: DIOR
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ウィメンズウェアに見られるドレープやクチュール要素が至る所に散りばめられた今シーズンのテーマは「再生と若返り」。創設者クリスチャン・ディオールが急逝後のメゾン ディオールを、若干21歳の若さで後継者になったイヴ・サンローランの1958年春夏デビューコレクションと、イギリスの詩人T.S. エリオットの長編詩『荒地(The Waste Land)』やテムズ川とセーヌ川のふたつの川をモチーフに、変化と変遷の中で、古い世界とあたらしい世界が出会う場所である荒地と川のイメージを重ねて表現している。
メンズコレクションのクリエイティブ ディレクターでイギリス人のキム・ジョーンズ(Kim Jones)は、メゾンのその深い歴史と現在、そして未来を見据えながら新しい服のあり方を模索。彼にとって高く評価されるべきコレクションの一つとしてカウントされるだろう。
2. ロエベ(LOEWE)
20世紀までに服のデザインやシルエットはもう出尽くしたと言っても過言ではなく、世界中のデザイナーが次世代の服作りの方向性を決めあぐねている感のある昨今のファッションシーンにおいて、クリエイティブ ディレクターのジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)は挑戦することをやめない、稀有な存在だ。
Image by: LOEWE
Image by: LOEWE
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羊皮紙、ベルベット、レザー、サテン、ウールといったさまざまな素材を使い、製帽の技法や、皮革工房として創設された「ロエベ(LOEWE)」の職人技術を用いて、非常にミニマルで明瞭なシルエットのコートやジャケット、Tシャツ、ボトムスなどを制作。彫刻家エリー・ヒルシュ(Elie Hirsch)と共作した銅板で形作られたメタルジャケットやセーターに生えたメタルの天使の羽は、ニュートラルカラーといくつかのアクセントカラーパレットで軽やかに、そして明快に作り出されている。
Image by: LOEWE
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一見、触れるのも躊躇してしまいそうなほど前衛的だが、意外と着やすいかもしれない、と思わず試着してみたくなる。この実験的なシルエットの数々が近い将来、リアリティを増して少しずつ一般市場に浸透していくのを感じずにはいられない、そんなコレクションだ。
3. ドルチェ&ガッバーナ(Dolce & Gabbana)
今シーズン、黒メインのモノトーンカラーと完璧なカッティングでひときわ美しく輝いていたコレクションがイタリアを代表するラグジュアリーブランド「ドルチェ&ガッバーナ(Dolce & Gabbana)」だ。デザイナーのドメニコ・ドルチェ(Domenico Dolce)とステファノ・ガッバーナ(Stefano Gabbana)が掲げたテーマは「ESSENZA(エッセンザ)」、日本語で「本質」を意味するイタリア語だ。
Image by: Dolce&Gabbana
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ドルチェ&ガッバーナの「本質」は、イタリアの卓越した職人技や、国の豊かな歴史と文化遺産の価値にある。地元の選び抜かれた上質な素材や、彫刻のようなテーラードカットやパターンメイキング、刺繍などの手仕事が、ブランドの根元にある。その本質に迫るために今シーズンは「不要なものは全て取り除いた」という。
Image by: Dolce&Gabbana
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ドメニコもステファノも、世界中のありとあらゆる大量のイメージやモノに圧倒され、彼らもまた(私たちが思うように)、彼らが何者であるかの本質に迫る必要性を強く感じているようだ。ここ数シーズンは過去のコレクションを振り返り、再構築する旅を続けているが、今シーズンはブランドの1999-2000年秋冬メンズコレクションからのディテールを採り入れ現代風に解釈、アレンジしている。
特筆すべきことは、フェミニンな要素を積極的に取り入れ、それらをジェンダーレスな時代のメンズウェアに見事に昇華させているところ。コルセットやガードル、カマーバンドでウエストを強調し、ウエストラインをぐっとシェイプし、ヒップに丸みを持たせたシルエットの構築的なテーラードジャケット、そして刺繍やスパンコール、レースやシースルーの素材や装飾ディテールの、この完璧な美しさはイタリアの熟練した職人たちの技による賜物だ。
4. LGN ルイ・ガブリエル・ヌーシ(LGN LOUIS GABRIEL NOUCHI)
フランス人のルイ=ガブリエル・ヌーシ(Louis-Gabriel Nouchi)が2017年に創業した同ブランドの今シーズンのテーマは『アメリカン・サイコ(American Psycho)』。1991年に出版されたブレッド・イーストン・エリスの長編小説だ。ヌーシは毎シーズンのテーマやアイデアをありとあらゆる文学から採用、幼少期からの読書好きの側面を覗かせる。
Image by: LGN LOUIS GABRIEL NOUCHI
Image by: LGN LOUIS GABRIEL NOUCHI
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ファーストルックの、フィット&フレアで超ロング丈のチャコールグレーのダブルブレステッドコートがミステリアスだがとても美しい。イタリア仕込みのテーラリングのカッティング技術はこのコレクションに遺憾無く発揮され、体に沿ってねじられた柔らかなTシャツやトップとのコントラストが上手くマッチしている。とてもクールでモダンだ。
ラテックスとシアーレザーの素材は、まるでこのサイコ・ホラー小説の身も凍るような気味の悪さを表しているようにも見えるし、コートやシャツの下に履かれたニーハイブーツも、ジキルとハイドのような主人公、パトリック・ベイトマンの狂気じみた二面性と、常軌を逸したサディスティックな側面を象徴しているかのようだ。
Image by: LGN LOUIS GABRIEL NOUCHI
Image by: LGN LOUIS GABRIEL NOUCHI
Image by: LGN LOUIS GABRIEL NOUCHI
ルイ=ガブリエル・ヌーシは医学や法律を学んだ後、ブリュッセルのラ・カンブル国立美術学校(La Cambre)でファッションを学び、Vogue Parisとラフ・シモンズ(Raf Simons)のデザインチームで研鑽を積む。その後仕立ての技術を磨くためイタリアに移住、2014年デザイナーの登竜門イエール国際フェスティバルにてCamper賞とPalais de Tokyo賞をダブル受賞。そして2017年同ブランドを設立。今後の活躍が期待されている、注目の若手メンズデザイナーである。
5. サンローラン(Saint Laurent)
アントニー・バカレロ(Anthony Vaccarello)が、2016年4月にサンローランのクリエイティブディレクターに就任してはや7年が経とうとしているが、今シーズンのメンズは彼の今までの作品の中で最もエレガントでシックな、ムッシュ サンローランのエスプリを継承したコレクションのひとつであることは間違いない。
Image by: Saint Laurent
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まず目につくのは顔にかかりそうなまでの大きなボウタイ、胸元のドレープが際立つブラウスやトップの数々はシフォンやサテン素材で、女性の私でも着てみたいアイテム。頭部を覆うフードが付いたトップスや口元を覆うスーパーハイネックのニットやコートなどは北アフリカを思い起こさせる。黒を基調にニュートラルカラーでまとめられ、足元まで覆い尽くす全体的にスリムなシルエットはシックでとても優雅だ。
Image by: Saint Laurent
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ブランドの創設者であるイヴ・サンローランが、ウーマンリブで男性と同等の権利を主張するようになった1966年にマスキュリンスタイルの先駆けとなる「スモーキング」コレクションでパンツスーツを発表、センセーションを巻き起こした。
2023年のアントニーはそのプロセスを逆転させ、ウィメンズのディテールをメンズウェアに上手く融合させることで、「ジェンダーレス」な現代のメンズスタイルを実現させている。まるで男性が「男性」であること、そして女性が「女性」であることが、ほとんど「重要」でなくなってきていることを象徴しているかのようだ。
(日本ではAnthonyの名前を「アンソニー」と表記されるが、敢えて「アントニー」と書くことにした。彼の長年のパートナーである私のランバン時代の同僚や、私自身も日常的にこう呼んでいるからだ)
6. ゼニア(ZEGNA)
アーティスティックディレクターのアレッサンドロ・サルトリ(Alessandro Sartori)は、同ブランドが設立、管理するイタリア北西部の自然保護区「オアジ ゼニア」で生産されるカシミアに焦点を当て、ランウェイで使われた衣服の70%が、羊毛牧場から紡績工場、製造販売に至るまで完全なトレーサビリティ管理の元で織られたカシミア製の生地で作られた革新的なコレクションを発表した。
Image by: ZEGNA
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カシミアといえば、本来はニットウェアの糸、いわゆる毛糸として使用されてきたもの。職人たちはその熟練した技術で繊維を織り、カセンティーノやパイル、丈夫なブークレ、耐水性のあるメルトンやフランネル、ジャガードなどの生地へと変貌させ、ジャケット、コート、パンツ、シャツ、ベルトに至るまでありとあらゆるアイテムの製作が実現した。
Image by: ZEGNA
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ダブルフェイスのコートやジャケット、ゆったりめのシルエットのパンツなど、シンプルで重ね着も可能な、着心地の良さそうなスタイルばかり。カラーパレットはニュートラルカラーのグラデーションがとてもシック、差し色に赤やブルーやイエローなどを効かせて全体的に若々しく、ソフトな印象のコレクションである。次回もカシミアが続くのか、今後の素材選びにも注目だ。
7. ターク(TAAKK)
素材といえば、森川拓野が2012年に設立したメンズブランド「ターク(TAAKK)」が開発したさまざまな生地のレイヤーリングは印象派の絵画や抽象画のようで、まるで美術館鑑賞をしたかのような気分になる。
Image by: TAAKK
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一番気になったのは、チェックや無地のウールが途中から少しずつエコレザーに変わっていく素材のコートやブルゾンだ。ハードとソフトがグラデーションでマッチしている。
肩から胸まではテーラードジャケット、胸から下はボマージャケットのブルゾンや、シャネル風ジャケットも、カーゴポケットのついたニッカポッカ風パンツと合わせて独特のシルエットを作り出していて面白い。
Image by: TAAKK
Image by: TAAKK
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その印象どおり、今シーズンのインスピレーションは「抽象絵画」。沢山の実験的なテクスチャーの集合体で作られたコレクションなのに決してクラフト過ぎることなく、全体的にバランス良く仕上げているところがすごい。
8. マリアーノ(Magliano)
今シーズンは若手のデザイナーの活躍が目立っていたが、イタリア ボローニャ出身のルカ・マリアーノ(Luca Magliano)もそのひとり。ジャーナリスト兼建築家のバルバラ・ネロッツィ(Barbara Nerozzi)のもとで経験を積んだ後、20歳の若さで「マリアーノ(Magliano)」を設立した。
Image by: Magliano
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労働者やミリタリーの定番服などを、切りっぱなしにしたり、ねじったり、三つ編みにした布をぶら下げたり、つぎ合わせたり、髪の毛のベルトで、元型を再構築することによって生まれたハイブリッドなアイテムたちは、一見不均衡なようで微妙なバランスを取っている。また古い軍用ブランケットやカシミアのニットを使用してアップサイクリングも試みている。
ダスティカラーやグレイッシュなカラーパレットも、一瞬くすんだ色のように思えるが、私にはとても洗練されて見える。実はとても計算されているコレクションなのだ。
Image by: Magliano
Image by: Magliano
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コレクションのテーマは「マリアーノからのNo」。マリアーノがどんなに成功しても現状に甘んじてルールや規則に素直に従うようにはならないことを覚えておいて欲しいというマニフェストである。一筋縄では行かなさそうなデザイナーの、若いエネルギーとセンスの良さを感じるコレクションだ。
9. ナマチェコ(NAMACHEKO)
イラク クルド地域出身のディラン・ルー(Dilan Lurr)とレザン・ルー(Lezan Lurr)兄妹が、移住先のスウェーデンで2015年にスタートしたナマチェコ(NAMACHEKO)はとてもクールな「中年」のグランジルックを発表した。
Image by: NAMACHEKO
Image by: NAMACHEKO
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どことなく90年代前半を彷彿とさせるコレクションで繰り返し目につくのは、胸のあたりでツイストされたカーディガンや、同じく胸の中心のナプキンリングのようなアクセサリーによってパピヨンのように広がるニット、透かし編みのロングニットドレス、そしてカーマインやイエローにオーバーダイされたブラックのケミカルウォッシュデニムといったアイテム。
Image by: NAMACHEKO
Image by: NAMACHEKO
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騎士団やジョスト(中世のヨーロッパで広く行われた騎士の一騎討ち競技)が着ている鎧をイメージした装飾が散りばめられていたり、アースカラーと黒を基調としたカラーパレットは故郷イランのロレスターン州の自然の色からインスピレーションを受けているのかもしれない。
ミニマルでソフトでクリーンなシルエットを作るブランドが多い今シーズン、ノスタルジックな装飾的パンクでなかなか良い味を出している。良いコレクションだ
10. ヘド・メイナー(Hed Mayner)
2017年からパリ ファッションウィークの公式カレンダーに参加しているイスラエルのデザイナー、ヘド・メイナー(Hed Mayner)の今シーズンは、原型はクラシックなテーラリングやベーシックなアイテムで構成されているが、子供がお父さんやおじいさんの服を着たときの、また大人が子供のジャケットを着たときのプロポーションの変化、デフォルメの加減を楽しむコレクションとなっている。
Image by: Gregoire Avenel
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とはいっても滑稽過ぎるほど大きいわけでもなく、小さすぎるわけでもなく、ちょうど良い塩梅すれすれのところでバランスを保っている。フォルムはギリギリのところを攻めるとちょっと尖って、モダンに仕上がるものだ。
大きく肩が落ちた「背広」に無造作に見せかけてプレスされたしわ風プリーツやダーツ、ラペルの返り、背広の「ダボダボ」ズボンやレザーパンツにもしわプレスが施されているのも良い。
Image by: Gregoire Avenel
Image by: Gregoire Avenel
Image by: Gregoire Avenel
ウエストの高い位置をきゅっとシェイプさせたタキシードジャケットやクロップドパンツが中性的な雰囲気も醸し出していて今のムードにぴったり。まだまだ粗削りの部分はあるが、今後も期待大のデザイナーであることには間違いない。
文化服装学院アパレルデザイン科卒業後、服飾専門学校で5年間の教員生活を経て2000年に渡仏。ニコラ・ジェスキエールのバレンシアガ(BALENCIAGA)→ アルベール・エルバスのランバン(LANVIN)→ ピーター・コッピングのニナ・リッチ(NINA RICCI)と、ジョブ型雇用で外資系老舗ブランドのデザイナーを歴任。2015年からはニューヨークに移住し、英国人スチュアート・ヴィヴァース率いる米ブランド、コーチ(COACH)では、ウィメンズウェアのシニア・デザインディレクターとして活躍。2019年に拠点を再びパリに戻し、2021年からパーソンズ・パリ(NYにあるパーソンズ美術大学のパリ校)の修士課程(MFA)でアソシエイト ディレクターを務めるほか、学士課程(BFA)では世界各国から集まった学生達にファッションデザインのノウハウを教えながら、インフルエンサーとしてnoteで執筆活動をするなど、自らもじわじわと進化中。
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