「スナイデル(SNIDEL)」や「ジェラート ピケ(gelato pique)」を展開するマッシュホールディングスの2024年8月期業績は増収増益で着地し、営業利益が初の100億円突破した。多くの企業が苦戦を強いられたコロナ禍でも業績を伸ばし右肩上がりで成長する同社だが、2024年を振り返り近藤広幸社長の一言目に発せられた言葉は意外にも反省の弁だった。株式上場を目指して順風満帆に見える同社に、何か足りなかったのか?2025年に進める戦略とともに聞いた。
■近藤広幸
1975年生まれ。バンタンデザイン研究所卒業後、建築デザイナーを経て、1998年にCGグラフィックの制作を手掛けるスタジオ・マッシュを設立。1999年に株式会社マッシュスタイルラボに社名変更。2005年からファッション事業に参入し、「スナイデル」などの展開を開始。2012年にマッシュホールディングスを設立。ビューティ、フード、直近では不動産、ライセンスなど幅広い事業を展開している。
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24年8月期は増収増益も反省? 課題解決に向けた構造改革の中身
⎯⎯まもなく2024年が終わりますが、今年はどんな1年でしたか?
個人的には、今後の経営について課題が見えてきた1年だったと感じています。2024年8月期は世界初の「セサミストリートマーケット」オフィシャルストアのオープンや、ミュシャ財団初の公認ブランド「ミュシャ(MUCHA)」のスタートなど、新プロジェクトがスタートしお客さまに提供できるトピックスが多く業績は好調でした。一方で、企業の組織的な成長への注力という意味では、若干おざなりになってしまったかなという反省があります。
⎯⎯営業利益100億円を突破し順風満帆に見える中で、反省から始まったのは驚きました。具体的にはどういうことなのでしょうか?
組織的な構造改革に関して、大きくは着手できなかったということです。多くの新プロジェクト、新ブランドの立ち上げに、私自身尽力しました。それゆえに、組織的な構造改革に着手できなかったことが反省点です。組織のあり方、コミットの仕方、評価制度の考え方、さらには1人ひとりのKPI達成のための目標設計などまで、会社組織のクリエイティブを今一度、作り直していく必要があります。現体制に則したものに進化させないと、いたずらに組織が肥大化するだけになってしまいますから。
⎯⎯どうアクションを起こしていくのでしょうか?
1人ひとりの責任をより明確化します。ただ漠然と日々の業務をこなすのではなく、役割と目標がしっかりと捉えられる状況を作りたい。1人ひとりに明確な役割を与え、それに対して各々が責任と具体的な目標に向かって突き進み、自分を成長させていける関係を組織の末端までしっかり浸透させていくつもりです。漫然と日々の業務をこなす社員がいない状況が理想です。
そのために、部署やポジションの新設も考えています。責任者やメンバーは外部から招へいしたり、新たに採用したりするのではなく、内部から任命する。そうすることで既存の部署の人員は減りますが、リソースをどう効率的に活用し事業を成長させられるか。そこで発生した責任に応じて給与は増やします。2024年卒では会社として過去最多となる160人以上を採用しましたし、今後は社員1人あたりの貢献度を強化していくイメージですね。
⎯⎯新設する部署やポジションはどのようなものを考えていますか?
強化しなければならない領域はたくさんありますが、例えばCRM(Customer Relationship Management、顧客関係管理の意)に特化したチームがあります。現状、会議でCRMを活用することに関する意見は飛び交いますが、具体的にプロジェクト単位で責任を負って推進している人がいないんですよ。これではCRM活用が進むはずがない。上層部だけでなく、一般社員にもそれぞれの適正に応じた責任を背負ってもらう体制に変えていきます。2025年8月期中には組織改革をある程度進めたいですね。
⎯⎯そのほか、今期(2025年8月期)中に進めたいイノベーションがあれば教えてください。
イノベーションとは違うかもしれませんが、社会情勢で不測の事態が起こった場合を見越した「リスクヘッジマニュアル」の作成は急務だと考えています。今年は能登半島地震に始まり、為替問題や当時米大統領候補だったトランプ氏の暗殺未遂事件など、さまざまな「リスク」が提示された1年でした。こうした事態が起こった時に、何よりも重要なのは初動対応の速さ。災害時や戦争による影響、為替の急激な円高など、リスクと感じられることはたくさんあります。それぞれでどう動くか、そのマニュアルを作り、いかなるケースでも適切に対応をできるような準備を進めます。
好調のライセンス事業、「レスポートサック」買収の背景
⎯⎯反省を口にした2024年8月期ですが、プロジェクト的には大きな話題が多かったと思います。近藤社長から見て最も大きなトピックは?
昨年のインタビューでも今後の会社のカギを握ると説明したメンズ事業、ライセンス事業、キッズ&ベビー事業のそれぞれがしっかりと成長してくれたことでしょうね。メンズ事業は売上高が前期比17%増の64億円まで伸長しましたし、キッズ&ベビー事業(売上高30億円/同6%増)は今秋に「ジェイミーケイ(JAMIE KAY)」を始めたこともあり伸び代は大きい。ライセンス事業は「バブアー(Barbour)」が好調で、売上高は前期比102%増の61億円とトップの伸び率です。「セサミストリートマーケット」はオンラインストアと合算で売上高5億円を達成しました。
⎯⎯ライセンス事業といえば、10月には伊藤忠と共同で「レスポートサック」の株式を取得しました。
みなさんが思っている以上に、ブランドって簡単に育たないんですよ。ここでは数字を出すのは控えますが、これまでの総売上高でいうと、レスポートサックはかなりの規模です。オリジナルブランドを多く手掛けてきた私どもから言わせてもらえば、この規模までブランドを育てるには10年、15年かかるかもしれない。そこまでの苦労を知っているからこそブランドに対してリスペクトを持っており、チャンスがあるならぜひやってみたいと考えました。
⎯⎯歴史あるブランドなので、顧客の年齢層が他ブランドに比べて高く、またよりマスに振れているようにも感じましたが。
そこについてはあまり心配していません。バブアーもそうですが、長く愛されてきたブランドというのはこれまでの積み重ねがあり、伝え方を工夫するだけで顧客に「買ってみようかな」と思わせる力があるんですよね。現代にフィットするプロモーションやコラボレーションを通して世代を超えて多くの人に届ける努力をしていけば、今より更に多くの人に手に取ってもらえるようになると思っています。
⎯⎯御社はコラボレーションと言えば、御社は「ジェラート ピケ」などで実績があり、ノウハウを心得ていると思います。ちなみに、ベンチマークしているブランドは?
具体的な名前を出すのは控えますが、ターゲットがかけ離れていない国内バッグブランドの中で売上高が大きなところを徹底的にリサーチして、どうやって戦っていくかを考えたいと思います。
⎯⎯今後、ライセンス事業に新たに加える予定のブランドがあれば教えてください。
こちらも具体名は出せないですが、有難いことにお話自体はたくさんいただいています。ライセンス事業には「1から始めるもの」と「100から始めるもの」の2種類があると思っています。セサミストリートマーケットやミュシャのように、恵まれたバックグラウンドを持ちながら、現状としてブランド化されておらず、初めから育てていくのが「1から始めるもの」で、バブアーやレスポートサックのようにブランドとして長い歴史があるものをブラッシュアップし、協力して更なる高みを目指すのが「100から始めるもの」。今後もどちらかに限定することなく、両軸でライセンス事業を強化していきたいですね。
仕事ができても暗い人はいらない、近藤社長が掲げる理想の企業像
⎯⎯先ほど、2024年卒の採用人数が過去最多だったというお話を伺いましたが、学生からの人気を獲得できている要因はどこにあると考えていますか?
学生の方と会社がターゲットとしている層の年齢が離れていないことだと思います。誰だって、できることなら興味がある仕事に携わりたい。ただ、会社に就職するということは生活を預けることなので、もちろんただ興味がある、だけでは決め手にはなりません。活動を通して企業理念を伝えようと取り組んできたことが、実を結んできたのだと考えています。
⎯⎯新しい力を取り入れて、新陳代謝を高めることは大切ですよね。
そうですね。マッシュグループは常に若い才能を迎えながら成長していく会社を目指しているので、今後もブランドを始めるときは「20代の女性が喜んでくれるか」という指針を持ち続けたいです。そういう意味では、高齢化社会だからといって60代、70代をターゲットにしていくといったことはあり得ない。歴史が長いレスポートサックに関しても、女子高生から大人まで世代を超えて愛されるブランドにしていくのが我々がやるべきイノベーションです。
⎯⎯近藤社長から見て、獲得したい人材とは?
特別なことは求めませんが、人柄的に明るい人。仕事ができても暗い人はマッシュグループでは難しい。暗い人は僕だけでいいんです(笑)。
⎯⎯近藤社長は暗くないと思いますが(笑)。なぜ明るい人材が望ましいんですか?
我々は、7〜8割が定番品で新商品だけお金をかけてプロモーションする某世界的スポーツブランドとは違い、基本的に毎シーズン全てのアイテムを開発するビジネス形態。これにはとんでもない労力が必要で、好きじゃないととてもできない仕事です。社員みんなが一丸となって頑張っているので、やはり雰囲気作りは大切にしたいなと。人に対して思いやりを持てる人の集団でありたいな、とは思いますね。
(聞き手:村田太一、福崎明子)
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