Image by: FASHIONSNAP
「シュプリーム(Supreme)」が2022年春夏コレクションに発表した日本のスーパーマーケットのチラシを模したTシャツやキャップなど全6型のアイテムは、発売日や価格などの詳細がアナウンスされる前にもかかわらず「ダサすぎる」「逆に欲しい」など、個性的なデザインがSNSを中心に話題を集めました。今回シュプリームにアートワークを提供したのは、日本の大衆文化をモチーフとしたアート作品を制作する台湾出身アーティスト リー・カンキョウ(Lee Kan Kyo/李漢強)さん。リーさんの名前をインスタグラムで検索すると野菜ジュースを飲んでいる彼の自撮りだけが投稿された不思議なアカウントがヒットするはず。そんなユーモア溢れる作品を発表するリーさんに、シュプリームとのコラボの経緯から作品制作の着想源などについて聞きました。
李漢強(リー・カンキョウ)
アーティスト。台湾出身。東京造形大学大学院(造形専攻)修了。2007年に来日。スーパーのチラシ、週刊誌、ポイントカードなど消費社会の現象に着目した創作で、第10回グラフィック 「1_WALL」グランプリ受賞。
公式インスタグラム
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ーリーさんの名前をインスタグラムで検索すると出てくるのは、野菜ジュースを飲んでいる自撮りだけが投稿されているアカウントです。もう7年更新され続けていますよね。
きっかけは本当に小さなことなんです。インスタグラムのアカウントを開設した時に何を投稿しようか迷っていて。いろいろ調べてみると、当時はカフェの写真を投稿している人が多かった。「飲み物だったらいいのか」と思って撮り始めました(笑)。
ー(笑)。野菜ジュースをモチーフとして選んだ理由は?
"インスタグラムらしくカテゴリーを限定して毎日投稿する"と自分の中でルールを課したのですが、毎日投稿するとなると連日同じものを食べる必要がでてくる。そうすると、食生活が偏りかねないので健康面が気になる。じゃあ一番安全そうなものにしようと(笑)。
ーリーさんは「シュプリーム」から登場したスーパーのチラシ風Tシャツを手掛けたことで話題を集めました。どのような経緯でコラボレーションが決まったのでしょうか?
シュプリームからメールが来たんですよ。「please make artwork for us(我々シュプリームのためにアートワークを作ってくれないか)」という内容で、依頼主の主語はずっとWeやUs。はじめは「なりすましメールじゃないか?」とも思ったんですけど(笑)。
ーリーさんが手掛けたアイテムは全部で6型。すべて描き下ろしですか?
そうです。さすが"世界のシュプリーム"なだけあって先方のヴィジョンがしっかりしていて、「私たちのチラシやカードを作って提供して欲しい」という依頼でした。なので、私としては「架空のシュプリームのチラシをどのようにカッコよく描くか」が最優先。
ー作品が服にデザインされる上で意識したことはありますか?
スーパーのチラシをモチーフにしたアイテムは、遠くから見てもすぐわかるくらいチラシらしい要素を詰め込みました。
シュプリーム公式サイトより
ーTシャツに用いられているチラシ風のデザインでは値段の端数に「8」が多く用いられています。
それも「いかにチラシらしいチラシにするか」というのを考えた結果です。人間の心理的に「8」という端数は少しだけ安く感じるらしいんですよ。たしかに、200円よりも198円のほうがお得に感じますよね。他にもありますが、それこそが日本のスーパーのチラシのエッセンスなんです!
ーちなみに今までにファッションブランドとコラボレーションしたことはありましたか?
台湾発のブランド「DOUCHANGLEE」の2019年春夏コレクションでコラボしました。その時は新聞の求人欄を模した作品を提供しました。
ー今日、リーさんは「パグメント(PUGMENT)」のTシャツや「ミュウミュウ(MIU MIU)」の眼鏡などを着用していますね。ファッションに興味を持ったきっかけは?
東京造形大学を卒業してからデザイン事務所で働いていたんですが、そこで作っていたものは各ブランドが発表するルックブックでした。そこからファッションが身近なものになった感覚はありますね。
ーリーさんは台湾出身です。来日して何年経ちましたか?
25歳になった2007年に来日したので約15年ですね。
ー台湾の大学を卒業してから来日。
その通りです。台湾でも美術を学んでいました。
ー世界中に美術大学はありますが、なぜ日本の美術大学を選んだんですか?
日本の美大というよりも、日本が好きだったからです。幼少期に台湾で見ていた日本のテレビがすごい印象的で。日本への期待値が最初から高かったんですよね。
ー台湾で見ていた日本の番組は?
それはもう「ASAYAN」※1ですよ!モーニング娘。がきらきらしていたし、こんなに日本って面白いんだ、とワクワクしました。あとは「TVチャンピオン」※2や「開運!なんでも鑑定団」※3とかも好きでしたよ。
※1 ASAYAN:1995年から2002年まで放送されていたテレビ東京系列のバラエティ番組。
※2 TVチャンピオン:1992年から2006年まで放送されていたテレビ東京系列番組。あらゆるジャンルのマニア達を競い合わせ、チャンピオンを決める。
※3 開運!なんでも鑑定団:1994年からテレビ東京などで放送されている鑑定バラエティ番組。
ー日本のテレビ番組のどんなところに魅力を感じていたんでしょうか?
当時、日本のテレビ番組はかなり予算がありましたよね。意味のわからないことを本気でやる姿勢がおもしろくて。台湾の番組は本当に予算がないので日本のテレビ番組は新鮮でキラキラして見えました。
ーリーさん作品の中でも印象的なものは日本のスーパーマーケットのチラシをモチーフにした絵ですが、制作をはじめたきっかけは?
造形大の学生だった頃、スーパーマーケットの2階にある賃貸に住んでいたんですが家に冷蔵庫が無くて。1階で営業しているスーパーが我が家の冷蔵庫代わりでした。必要なものがあったら都度スーパーに買いに行く生活を続けていると、大体16時頃にチラシを手にした主婦の集団がスーパーの入り口に集まることを知ったんです(笑)。台湾にはチラシという文化もありませんし、その光景が興味深かった。主婦の人たちはチラシを献立を考えるための教科書みたいに使っていて、学生の勉強会のようにも見えました。「チラシ(教科書)を模写したら何か学びがあるかも知れない」と思ったのがきっかけですね。
ーリーさんはチラシ作品の他にも、日本の大衆文化をテーマとした作品を制作されています。
シュプリームのTシャツにも用いられているカードを模写した作品は「日本は本当にカードが好きだな」と思ったことがきっかけ。これだけデジタルが普及している先進国でありながら、どこでも"ポイントカード"を作るシステムが現存している。どこへ行っても「カードはお持ちでしょうか?お作りしますか?」と聞かれ、財布の中身のほとんどが現金ではなくカードでいっぱいになってしまうこともあるんじゃないでしょうか。そういう背景をきっかけに私も「リーカード(Lee Card)」というシステムを開発しました。
ーリーカードはどういった作品なんですか?
端的に言えば「リー・カンキョウの会員カード」です。私が展覧会やイベントなどで、その場で作るものなのですが、まず初めにお客さんが私のところに自分が使っている「カード」を持ってくる。ポイントカードでも身分証明書でもなんでも良いです。そのカードを基にお客さんとお話しながら「リー・ポイントカード」を発行します。次回、展覧会やイベントなどでそのカードを持って来ると、毎回1ポイント貯まります。5ポイントが貯まるともう1枚カードがもらえる、という仕組みです。
ーポイントカードでポイントを貯めると、ポイントカードがもらえる(笑)。
そうです。お客さんは新しいカードをもらうためにポイントを貯める、そういう作品です。
ー最新作は、ポストに大量に投函されるマグネット型広告を描いた作品です。
これは現代作曲家の梅本佑利さんとの合作です。ここに書かれている電話番号に電話をかけると彼が作曲した音楽が流れます。
ー今でも繋がるんですか?
もちろん繋がります。彼は西洋音楽と日本の大量消費カルチャーを接続する作品を発表しているのですが「マグネット型広告と組み合わせて考えたら、面白いよね」と話していたのがきっかけで実現しました。
ーリーさんの作品は、実際に存在する週刊誌のオマージュやスーパーのチラシなど、既にあるイメージを使った表現が多いですよね。
そうですね。既存のイメージをもう一度描くという行為はおもしろくて。
ーあるイメージをもう一度描き直すことのおもしろさはどんなところにあると考えていますか?
作った人が何を意識してデザインしたのかが明確になったりと、作り手の考えを深く理解する側面もあると思っています。普段は読み飛ばしたり、漏れてしまう情報を自分の手を通して再構築することで自分のオリジナル作品が生まれていく感覚はありますね。
ーチラシの作品もそうですが、リーさんが描いた作品に書かれている文字は端から端まで読み込みたくなります。
私がひとつひとつ手作業で描くことで、お客さんは絵の裏側にいる作り手の意識を読み取ることができるんだと思います。だから思わず全部の情報を見たくなるというか……。例えば、週刊誌を描いたものは「編集者やライター、デザイナーによって作られた作品」というのを理解した私を通して、お客さんは「この絵には作品を描いた人やその元となった週刊誌を作った人がいる」という作品の後ろ側の存在を感じることができるんだと思います。
以前「私が描いた絵の元ネタの写真が出てきたらおもしろいな」と思って、私の作品を画像検索してみたんです。そしたら、検索結果として出てきた画像はペルシャ絨毯でした(笑)。私がコーディングし、デコレートしたものは元ネタどころか絵としても認知されず、絨毯としてAIに認識された。だから「オリジナル」と言っていいな、と思っています。
ーリーさんの作品はユーモラスなものが多いですが、ユーモアは先天的なものなのでしょうか?
そうですね、性格だと思います。でも私自身は「笑って欲しい」という気持ちで作っているわけではなくて、どちらかというと真面目に作っているんですよ。ただ、私の作品には「共通言語」が多いので、人によっては作品から皮肉っぽさやユーモアを感じるんだと思います。
ー共通言語というのは?
「みんなが一度は見たことがあるもの」という意味です。基本的に描かれているモチーフは、日本に住んでいたらどこかで見たことがあるもの。それは私の作品の中でも重要な事で、みんなが知っている共通言語を使っているからこそ、それぞれの解釈をしてもらえるのかな、と。なので、結果的にユーモラスに受け取られていてもそれはそれで良いんです。
ーやはり作品のインスピレーション源には、外国人の目線だからわかる日本文化のおかしなところや違和感が重要なんでしょうか?
違和感というか「観光感」をいかに失わないか、ということな気がしています。例えば、台湾にハードオフがオープンしたらしいのですが、ブックオフよりも先にハードオフができたらしくて。私は台湾生まれですが日本に住んで15年目ということもあり、台湾にハードオフができたことを新鮮に驚くことができたんですよね。台湾や日本だけに限らず、様々な比較対象を持つことで同じ国や場所でも「観光感」を保つことはできるのかな、と。その場所との心の距離感を失わなければどんなに慣れ親しんだ光景でもおもしろさを見出すことはできるんじゃないんでしょうか。
コロナ禍で2年間行動制限があり、全然移動できなくなってしまいました。それはとても辛いことですが、暮らしている日本の街に対する「観光感」をリフレッシュする機会でもあったのかなと思ってます。
ー実際、コロナ禍を日本で過ごしてみてどうでしたか?
2019年以来3年ぶりに個展を開催するのですが、取り扱ったことのない題材で作品を作ったりと今までにない挑戦ができているのかなと思っています。
ー今回3年ぶりに開催される個展名は「NFT」。
NFT、流行っていますよね。身近なアーティストも結構やっているんですけど、そこに乗っかるのは私らしくない!だからこの機会に、私なりのNFTを作ろうと思い至りました。私のとってNFTの「N」は、ネットフリックス(Netflix)のNです。詳しくは是非ギャラリーに来て欲しいのですが、先に言うとFは「フワちゃん」、Tは「ツタヤ(TSUTAYA)」です。
ー「NFT」を、リーさんが得意とする「共通言語」に落とし込んだ、と。
それはどうかな?でも、NFTはひとつのムーブメントだと思っています。だったらこっちも自分らしく対抗したくなりました(笑)。日本での個展は本当に久しぶりなので、日本に住んでいる人たちにたくさん見て欲しいな、と思っています。
(聞き手:古堅明日香)
■リー・カンキョウ個展「NFT」
会期:2022年3月26日(土)〜2022年4月10日(日)
開廊日:木曜日〜日曜日
営業時間:12:00~18:00
会場:WISH LESS gallery
住所:東京都北区田端5-12-10
公式サイト
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