新型コロナウィルス問題によって、ファッションを取り巻く環境が変化することは間違いありません。「キボウの消費」と題した本稿では、環境がどう変化していくかについて、さまざまな分野の人に聞いていきます。
今回は、セイコーホールディングスの常務取締役を務める庭崎紀代子さんに登場いただきます。ご縁を得たのは2年ほど前、仕事を通してのことでした。お会いする前は、バリバリしたキャリアウーマンと勝手に想像していたのですが、判断が早くて明晰な物言いをされる。人としてあったかいし、明るい笑顔がチャーミング。だから人がついていくと、仕事がデキる理由がわかったのです。老舗企業にあって、新しいことを次々と手がけてきた庭崎さんに、変えるべきことと、変えてはいけないことなどについて、お話をうかがいました。(取材・文:ifs未来研究所所長 川島蓉子)
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取材は、お誘いを受けた「グランドセイコー60周年展(以下、GS展)」と「セイコーミュージアム 銀座」のオープニングを巡りながら――庭崎さんの解説付きというちょっと贅沢な体験です。「この春から夏は、60周年に向けて興してきた数々の企画を、少し大々的にお披露目するはずが、コロナ問題で多くの方に見ていただけなくて」と少し残念そう。でも、その日に限らず、庭崎さんに紹介してもらった60周年企画は、未来に向けたメッセージとして良質なものばかり。短期で終わることなく、じわじわ伝わっていくに違いないと思いました。
では、どのような中身なのか――まず「GS展」は、銀座「和光」の6階にある和光ホールで行われました。「和光」はもともと「服部時計店本店」であり、セイコーの発祥の地と言っていいところ。6階にある「和光ホール」は歴史を感じさせる上質な佇まいで、「GS展」にぴったりです。
まず目を見張ったのは、この7月20日、岩手県雫石町にオープンした「グランドセイコースタジオ 雫石」にまつわる展示でした。建築家の隈研吾氏が手がけたもので、「グランドセイコーのコンセプトである"THE NATURE OF TIME"と、隈研吾さんの建築に対する考え方が一致しているとお願いしたところ、快く引き受けてくださった」と庭崎さん。雄大な岩手山と豊かな樹木に囲まれた木造建築で、大きな窓からふんだんに差し込む光と、樹木の存在が心を和ませてくれる。身を置いたら清々しい心地になるに違いないと感じたのです。
このスタジオは、専任の時計師のための工房と、ブランドの歴史や背景を語る展示スペース、豊かな自然をのぞめるラウンジで構成されているそう。「一般公開する予定なので、わが社の良いところを多くの方に知ってもらえたら」という話を聞いて、訪れる人にとってはもちろん、働く人にとっても、魅力あふれる場であり、その企業姿勢がまた素敵と思いました。
加えて目を引いたのは、「Digital Information Wall」でした。4面の大パネルに、グランドセイコーの歴史を彩った事象がちりばめられていて、タッチペンで触れると各々のストーリーが浮かび上がってくるのです。これは、デジタルアートで世界的な評価を得て、今や各国で作品の展示が行われている「チームラボ」がグランドセイコー向けに制作したもの。映像と文字がインタラクティブに行き交う仕組みが楽しめます。この企画の仕掛け人でもある庭崎さんは「Digital Information Wall」に触れながら、「セイコーのDNAは"常に時代の一歩先を行く"なんです」と語ってくれました。話を聞いて、時代の先を目指し、たゆまぬ努力を続けてきた先に未来が拓けていく。その姿勢が「グランドセイコー」だけにとどまらず、企業イメージにも大きく貢献している――企業がブランドとなっていくには、単に有名である、高級である、歴史あることでなく、未来に向けた挑戦にあるとわかります。「伝統は革新の連続である」とはよく言われますが、大きな革新だけを指すのではなく、より良くしようという努力こそが肝要と引き締まる思いでした。なお、この展示会の内容は9月末にグランドセイコーのウェブサイト上で公開される予定とのこと。要注目です。
また、銀座並木通りにオープンした「セイコーミュージアム 銀座」は、「セイコーの製品だけに限らず、セイコーがアーカイブとして持っている"時にまつわるもの"を見ていただける場」と庭崎さん。太古から歴史を彩ってきたさまざまな時計をはじめ、未来に向けた技術が詰まった時計を見ることができます。
庭崎さんの仕事は、セイコー全体のコーポレートブランディングを行っていくこと。この春、時計中心だったセイコーウオッチから、セイコーホールディングスでグループを統括する立場になり、さらに土俵が広がっています。今回の60周年企画の数々――そのいずれもが、"地方の豊かな資源と人を大事にしていくこと"、"企業の財産であるクラフツマンシップを活かしていくこと"、"先人の知恵とハイテクノロジーの融合を図ること"など、時代の潮目と符合した企画です。しかも、打ち上げ花火的なイベントで終わるのではなく、イベントやミュージアム、スタジオといった"実"に結びついているのが良いと感じました。
そしてもうひとつ。新しいことを切り拓くのは容易なことではありませんが、庭崎さんはいつもそれを、おもしろがってやっているのが印象的。主体となっている人がおもしろがらないと、人に伝わっていくはずがない――いつの時代も、人を惹きつけていくのは、誰かの"おもしろがるパワー"ではないでしょうか。"おもしろがるパワー"が人を巻き込んでいく――庭崎さんの姿から学ぶべきことは多いとつくづくです。
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