若林恵氏/「週刊だえん問答 コロナの迷宮」
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テキストで真実は伝わらない?
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― 「週刊だえん問答」は書籍を読んでいるというより、トークショーを聞いているかのような感覚になる本だなと思いました。
後付けでもっともらしいことを言わせて頂くと、哲学者の岡本裕一朗先生の「哲学と人類 ソクラテスからカント、21世紀の思想家まで」という、最近発売されたばかりの本がありまして。ソクラテスとプラトンの話が出てくるんですが、ソクラテスは「真実は口頭でしか伝わらない」と主張していた人なので、何も書き残していないわけです。それでも、ソクラテスが話したことをプラトンが書いていて、今も残っている。プラトンはソクラテスの弟子ですが、書いてしまうことでソクラテスを裏切ったことにはならないのか? といったことが語られている章があって、それは面白いなと思うんです。つまり、書き言葉と話し言葉で伝わることの違いを、ちょっと意識的に操作してみる、みたいなことなんですが。
― 「真実」は「話し言葉(パロール)」でのみ伝わるもので、「テキスト(エクリチュール)」では伝わらないと。
自分の感覚で言いますと、一人称の原稿って、なんか嘘をついているというか、違う自分でやっている感じがあるんですよね。それ用に誂えた自分と言いますか。よそ行きの自分と言いますか。書くという行為は「文字」というメディアを使う必要があるので、例えば「目の前に36色の色鉛筆があって、それを使ってしか表現できない」みたいなことと同じで。上手く使えるようになれば色を混ぜたりして、色々なものが描けるようになりますが、それを使えば誰もが自分の感じていることや考えていることを正確に描き出せるというものでもないんですよね。自分に近い文章を書くのって、やはり相当の技術が必要で、書くことが得意な人だったらかなり自分に近い文章というのを書けるのかもしれないですが、そこまで上手じゃないと、お仕着せの服を着ているような居心地の悪さを感じちゃうんですよね。
そういう感覚があるので、今回の本は脚本のような仮想対談という形式をとって、そもそも自分として語るわけではないという建て付けにしちゃうことで、逆説的、かえって自分に近いことを言えるようになるのかな、とそういう感じなんですね。自意識みたいなものを、相対化できると言いますか。
― 最終章は「ポッドキャスト」がテーマで、近年高まりつつある音声コンテンツの人気について言及しています。
まず、ツイッターやインスタのようなSNSでは、基本的に「人の話を聞く」ということがなくて、誰かの投稿や世間の状況に対してどのようにレスポンスしていくかが全てですよね。「自分が何を言うか」の競争ですよね。それに対してポッドキャストは面白くて。この本の中でも書きましたが、アメリカのミレニアル世代にとってポッドキャストはある種の癒やしになっているという話があるんです。癒やしと聞くと逃避的な何かのように思えますが、とはいえ一番需要が高いのは意外にもニュースなんですよね。
今の世の中は「発信する」ことが無駄に重要視されていますよね。企業でいうと、コミュニケーション予算の9割は発信に使っちゃうんですね。ですが、コミュニケーションっていうのは「発信」だけではありませんから、本当はもっと「聞く」ことにリソースが割かれてもいいはずなんです。自分たちって、学校でも会社でも「聞き方」を習ったことないじゃないですか。それって、結構問題じゃないですか。コミュニケーションが大事とこれだけ言われているのに、そこで語られてるのって「どうやって伝えるか」の話ばかりなんですよ。でも、いまは人の「聞く力」こそが、ビジネスにおいても強く求められているのではないかと思うんです。そうした状況と平行するように、聞く文化であるポッドキャストが欧米で今すごく人気になっているっていうのは、とても興味深いことだと思うんですね。
― 音声コンテンツは炎上しづらいという特徴もあります。
バズらないのが良いんですよね。誰かがポッドキャストを書き起こしてテキストとしてツイートしたものが炎上はあるかも知れませんが、結局そこで炎上しているのは、テキストそのものなんですね。バズるというのはテキストや動画の特性のように感じるのですが、音声は、案外そうした特性を備えていないじゃないかという気がします。
あとラジオもそうですが、一緒に聞いている人たちがそれぞれの場所にいるっていう感じも面白いんですね。みんなで囲んで何かを聞いている感じはあるんですが、実際は、みんなそれぞれが自宅の寝室とかにいるわけです。みんな1人なんだけど、でも寂しくない、みたいな。それが必ずしもリアルタイムの試聴でなくても、声には不思議と人とつながる感覚があるんでしょうね。「きっと、同じラジオ聴いてるヤツが、どこかにいるんだろうな」というくらいの距離感で、人が束ねられているという感じが心地いいのかもしれません。
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