ガブリエル・シャネルはどうして世界中の人を魅了するのか その魅力をガブリエル・シャネル展の監修者に聞く
左)同展の総括責任者ヴェロニク・ベロワール
Image by: FASHIONSNAP
左)同展の総括責任者ヴェロニク・ベロワール
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ガブリエル・シャネルはどうして世界中の人を魅了するのか その魅力をガブリエル・シャネル展の監修者に聞く
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世界中で愛されるブランド「シャネル(CHANEL)」の創設者、ガブリエル・シャネルのクリエイションにフォーカスした展覧会「ガブリエル・シャネル展 Manifeste de mode」が三菱一号館美術館で開幕した。彼女に焦点を当てた展覧会の開催は日本国内では実に32年ぶりで、ガリエラ宮パリ市立モード美術館で開催された同名展示を再構成する形で開催される。本展はココ・シャネル展でも、シャネル展でもなく、「ガブリエル・シャネル展」と称され、彼女のファッションに対する哲学を体現した初期作品から最後のコレクションまでを幅広く展示。なぜ、あくまで彼女のクリエイションにフォーカスする展示構成を選んだのか。パリで開催され、3都市で同展の監修を務めたヴェロニク・ベロワールに話を聞いた。
ファッションに特化した世界有数の「ガリエラ宮美術館」の歴史
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ーまずはヴェロニクさんの経歴について教えて下さい。
ガリエラ宮パリ市立モード美術館(以下、ガリエラ宮美術館)に移って8年目になります。それよりも前は、同じくパリ市内にある「パリ装飾芸術美術館」でファッションとテキスタイルを研究する部に28年間在籍していました。
ーガリエラ宮美術館はパリでも歴史のある美術館の一つです。
パリには2つ、ファッションを専門としている美術館があります。一つはパリ装飾芸術美術館に内在しているファッション部、もう一つがガリエラ宮美術館です。ガリエラ宮美術館の特徴は、パリ装飾芸術美術館とは異なり、ファッションだけに特化した美術館であるという点が挙げられます。
ガリエラ宮美術館のコレクションは、フランス19世紀の水彩画家でコレクターでもあったモーリス・ルロワール(Maurice Leloir)がパリ市に自身のコレクションを寄付したことから始まります。彼は洋服、特に当時「コスチューム」と呼ばれていた時代ごとの特色が反映された服を題材にした美術館を作りたいという考えがあったそうです。しかし、当時はまだファッションに特化した美術館は存在しておらず、ガリエラ宮美術館もありませんでした。そのため、パリ市の歴史に関わるものが展示されていたカルナヴァレ美術館に彼のコレクションは寄贈されます。その後、1974年前後にパリ市立近代美術館にコレクションが移動され、のちにガリエラ宮殿内に誕生した美術館に移りました。
ー最初から「ガリエラ宮美術館」と呼ばれていたわけではないんですね。
そうですね。現在も正式名称は「ガリエラ宮パリ市立モード美術館(musée de la mode de la Ville de Paris)」です。美術館ができた場所が、王族が居住していたガリエラ宮殿だったことから通称「ガリエラ宮美術館(Palais Galliera)」と呼ばれるようになりました。
ーガリエラ宮美術館は2020年にリニューアルオープンしました。
このリニューアルで展示室数が倍になりました。保有している18世紀のものも含めた歴史的なコレクションを常設展示する場所を設けたのです。
「ガブリエル・シャネルに焦点を当てた展示は、パリ市内でも開催されたことがなかった」
ーガリエラ宮美術館で開催された「ガブリエル・シャネル展」は、同館のリニューアルオープに際して開催されました。展示数は約350点。これほどのシャネル作品が集結することは珍しいことだったのではないでしょうか?
そうですね、非常に珍しいことだと思います。当館ももちろん、ガブリエル・シャネルが手掛けた作品をいくつか所有していましたし、1970年代に入ってシャネル社の寄贈も受けていましたが、興味深かったのはこの展覧会をきっかけにリサーチを進めていく中で、誰が製作したものかわからなかった3作品がガブリエル・シャネルによるものだった、ということが判明したことです。シャネルにはブランドアイテムの学術的な研究をする「パトリモアンヌ・シャネル」という部署があるのですが、そこからのお墨付きも頂いています。それほどまでに、彼女の戦前の作品は珍しいのです。先に述べた、近年彼女の作品だとわかった3作品のうち2点が、東京での巡回展でも展示されています。
ー同展を開催するに当たり意識したことは?
驚くべきことなのですが、ガブリエル・シャネルの展覧会というのをまとめてみせた企画展は今までにパリでは開催されていなかったんです。なので「まずは彼女のクリエイションをしっかり見せよう」という考えがありました。
彼女の作品は戦後の1954年以降のものが多く、戦後に発表されたものを「シャネルのスタイル」と呼ぶのが一般的です。しかし最も重要なことは、シャネルのスタイルの基礎になるようなクリエイションのほとんどを彼女が戦前から作っていたという点です。そのため、実際に彼女が戦前から戦後まで継続してシャネルのスタイルを作り上げていることを来場者には伝えたいと思いました。それ故に、戦前のものをたくさん展示する必要があったため、展示数はどんどん多くなっていきました。今回の展覧会では、結果的に17のレンダーから作品をお借りしました。
ーシャネルのスタイルの変遷は具体的にどのようなアイテムから感じ取ることができますか?
戦前の作品にもニット素材やジャージー素材を用いたドレスが存在しているのですが、素材自体が持つ柔らかさや着心地を生かしたアイテムというのは戦後に登場したスーツでも見ることができます。その他にも1920年代に登場したドレスには、ジャケットで用いられているライニングを使用しており、そのライニングは戦後のスーツでも使用されています。つまり、戦前で彼女が提案していたアイデアのほとんどが、戦後に「シャネルのスーツ」という形で世に登場しているのです。また、花をモチーフにしたアイテムで軽さを表現するテクニックに注目することができます。彼女は、花の形にカッティングされた生地を点止めしているだけで、生地全体を縫うことをしていません。そのため歩いたり、そのアイテムを身にまとっている人の周りを人が通り過ぎると風に靡くのです。風に靡く花のモチーフというのは、まさに「軽さ」を技術で表現しようとした彼女の意匠の賜物なのではないでしょうか。
彼女の特筆するべき点は、コンセプトや概念を型紙や素材の選び方を通して具現化したことにあると思っています。自分自身が「あったら嬉しいな」と思う良いものをアイテムとして大衆にも提供していたのが魅力の一つですよね。
同展を「ガブリエル・シャネル展」と銘打った理由
ー同展の展覧会名は「ガブリエル・シャネル展」。ココ・シャネル展でもシャネル展でもありません。どのような意図からでしょうか?
「偉大なるクチュリエ(グランドクチュリエ)」としてのシャネルにフォーカスしたかったからです。"シャネルのスタイル"と呼ばれているものは今でも脈々とファッションデザインの中で語り継がれていますが、それの源流はどこにあるかをはっきりと示したかったのです。そのためには彼女の仕事から紐解くべきだと考えました。これまでに世界中で彼女の華麗な遍歴や恋愛にフォーカスを当てた作品が発表されてきましたが、そうではなく、今でも残っている彼女のスタイルに焦点を当てているのが同展の肝です。「ガブリエル・シャネル」という本名と、ニックネームの「ココ・シャネル」の違いをあえて定義するならば、ガブリエル・シャネルはクチュリエとしての人間そのもの。ココ・シャネルはレジェンドだと私は思っています。
ー国際巡回展として三菱一号館美術館で開催される同展ですが、ガブリエル・シャネルが生まれた国フランスから遠く離れた日本で同展を開催する上で意識したことは?
私は日本のことをよくわかっている訳ではないので正しいかどうかはわからないですが、パリではどちらかというと黒や白、ベージュ、ゴールドなどのシックなカラーアイテムをメインにしていた一方で、東京ではピンクや赤のアイテムを増やしました。また最も異なる点は、コンパクトにまとめ上げたということです。もちろん、同展で一番重要なのは「女性にとっての新しいエレガンスとは何か」を伝えること。現在のファッション史の中でも、シャネルが何故特別なのかを理解してもらえるように意識しました。
ガブリエル・シャネルはなぜ世界中の人を魅了するのか
ーヴェロニクさんは、なぜシャネルが今日に至るまでのファッション史の中で特別な存在になったと考えていますか?
彼女が「新しいエレガンス」というコンセプトを服を通して発信した人だからだと思います。そして、彼女の打ち出したコンセプトは半永久的で不滅なものと言って良いでしょう。一般的にファッショントレンドは繰り返されるものですが、彼女は1910年から亡くなる1970年代まで同じアイデアを提案し続け、シャネルのスタイルという一つのスタイルとして残し、2020年代になった現在でもそのコンセプトが残っているというのは特異だと感じています。
ーガブリエル・シャネルが打ち出した「新しいエレガント」というコンセプトは具体的にどのようなものなのでしょうか?
彼女が追求していたものは「軽さ」「着心地」「装飾過多にならないこと」です。着心地の良さという点でいうと、私の知る限り、彼女が世の中に現れるまでは「着心地」という概念は存在しませんでした。そこには彼女自身が女性であったという事実が重要で、彼女自身が女性として必要な着心地の良い服を求め、実験し、製作したのでしょう。装飾過多の話で言うならば、彼女は一つのアイテムで数種類の着方を提案しています。それは、あくまで着用している女性が一番目立つようにデザインしていたことの表れと言えるでしょう。つまり、着用している人物がどんな顔や体型であれ、服が着用者に対応できるように意識されています。シャネルの服を着ているだけで、着用者がどんな人かを見て取れる。それが彼女の定義するところの「シック」です。
ーガブリエル・シャネルのファンはパリや日本のみならず世界中に存在しています。彼女のクリエイションが世界中の人を魅了している理由はどこにあると考えていますか?
1960年代までの彼女のクリエイションはどこかおおらかな部分があり、それは「女性の自立性」というキーワードに結びつけることができます。「女性の自立性」という言葉が持つ問題や感覚は、世界中どこの国でも共通していることでもあり、それこそが彼女のクリエイションが愛される理由なのではないでしょうか?具体的には、彼女は1920年〜1960年代にかけて服にポケットを付けるということを試みています。当時、男性がポケットに手を入れて写真に映ることがシックと言われていたのですが、女性が同じポースを取ることは「品がない」と言われていました。しかし、ガブリエル・シャネルを写している写真の多くで、彼女はポケットに手を入れるポーズを取っています。ポケットの取り付けをはじめとする「男性と女性の垣根を超えるクリエイション」ということに着目すると、彼女がメンズのワードローブを女性の日常着にも取り入れようとしていたことがわかります。
また、今でこそユニクロのようなファストファッションとハイブランドをコーディネートの中で混ぜ合わせることは当たり前ですが、彼女は本来男性のものとされていたジャケットとワンピース(女性のもの)を組み合わせるような一見ちぐはぐになりそうな取り合わせを1910年代から提案しています。「流行」や「既成概念」というものを超越し、自分が良いと思ったスタイルを追求する姿こそが彼女のクリエイションの魅力で、シャネルのスタイルを作り上げた要因の一つでもあると考えています。
ー最後に日本のガブリエル・シャネルファンと展覧会を楽しみにしている人に一言お願いします。
テーマに即しながらどの作品を選び、どのように見せるかをとても悩んだので、来場された方がその文脈を理解し、楽しんでくれると嬉しいです。
(聞き手:古堅明日香)
Image by: CHANEL
■ガブリエル・シャネル展― Manifeste de mode
会期:2022年6月18日(土)〜2022年9月25日(日)
開館時間:10:00〜18:00 ※⼊館は閉館の30分前まで(祝⽇を除く⾦曜と会期最終週平⽇、第2⽔曜⽇は21:00まで)
休館日:月曜日(但し、祝日の場合、6月27日・7月25日*・8月15日・8月29日*は開館)。
会場:三菱一号館美術館
住所:東京都千代田区丸の内2丁目6−2
主催:三菱一号館美術館、ガリエラ宮パリ市立モード美術館、パリ・ミュゼ
公式サイト
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