フロランス・ミュラー
Image by: Yuto Kudo
「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展が12月21日、東京都現代美術館で開幕した。2017年にパリの装飾芸術美術館(MAD)などで開催された同名展示を再構成する形で披露される同展は、2022年内のチケットは全てソールドアウトするなど大盛況をみせている。同展のキュレーションにはどのような想いが込められているのか。「ディオールと日本の絆を称える展覧会にしたかった」と話すキュレーターのフロランス・ミュラー(Florence Muller)に話を聞いた。
ーパリ装飾芸術美術館での「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展はどのような経緯で開催に至ったのでしょうか?
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ディオール(DIOR)の創設70周年を記念する形で企画され、パリ装飾芸術美術館の展示スペース全体を使って作品が展示、披露されました。展示作品はドレスや写真、文書、映像など300点以上です。パリではかつてないほど熱狂的に受け入れられ、約80万人が来場しました。中には数時間並んだ人もいたとか。
ー同展はその後、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館やニューヨークのブルックリン美術館のほか、上海やドーハーなど世界各国を巡回しています。キュレーションをする上で意識したことは?
ディオールには、1957年に亡くなった創設者クリスチャン・ディオール氏(以下、ディオール氏)だけではなく、その後60年間ブランドを牽引してきたクリエイティブディレクターたちがいます。彼らもまた、ディオール氏と同じように、喜びと快活さで人生を彩る信念を貫いてきた人物であり、普遍的でタイムレスなメッセージを発信してきました。この事実こそが「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展の中核となるコンセプトであり、2017年の企画以来、来場者を魅了し続けている理由でもあります。
ー同展では、ディオール氏だけではなく、彼の精神を受け継ぐデザイナーたちの系譜を俯瞰することができる、と。
その通りです。現在のメゾンとスタイルが、ディオール氏の精神を忠実に受け継ぐデザイナーたちのおかげで、現在まで続いていることを理解することができます。
ーディオールの歴史を年表などの資料ではなく、ドレスや服、クリエイションと関連付けて展示されるオブジェや絵画などの芸術作品で説明するキュレーションが印象的でした。
展示される作品とその源泉を説明するような演出を意識しました。同展においての“源泉”とは、東京都現代美術館が所蔵する多彩な芸術作品です。絵画などを代表とする美術史を通すことで、インスピレーションをわかりやすく説明できているのでは、と思っています。来場者は、会場に足を踏み入れるだけで「ディオールが一時的なファッションストーリーではなく、ディオール氏の考えをそのまま反映したものである」ということを理解するはずです。
ー貴重な作品も数多く展示されているのではないでしょうか。
そうですね。今回の展示がまたとない体験になるもう一つの理由は、展示アイテムの多くは生地が傷みやすいため、再び展示されることがないということです。会期終了後、展示アイテムは光を避けるために、アーカイヴとして“避難”することが決まっています。
ー東京都現代美術館で開催されている同展はどのように構想しましたか?
今回の展覧会は、ディオール氏と日本を結ぶ固い絆に敬意を表し、特別に再考されたものです。
ー具体的に、ディオール氏と日本はどのように密接な関係性を築いていたのでしょうか?
幼少期のディオール氏は、自宅の天井に描かれた浮世絵のようなフレスコ画をみて、はじめて芸術作品に感動を覚えたそうです。その後、ディオール氏はパリのロワイヤル通りに構えた最初の住まいの居間を、日本的な生地で飾っていますし、鐘紡や大丸、龍村など、日本の一流繊維企業と提携する契約を結んだファッション史上初のクチュリエでもあります。これらのエピソードから、ディオール氏が生涯を通して日本文化に魅了されていたことが見てとれると思います。
何よりもメゾンにとって最高の栄誉は、1959年の皇太子殿下と美智子様の結婚式で、美智子様がディオールのドレスを着用したことでしょう。ディオール氏以降のクリエイティブ・ディレクターたちも、創設者にインスピレーションを与えた日本文化への憧れを維持し、日本の装飾芸術、 庭園、演劇、織物、染物技術に敬意を表したコレクションを生み出し続けています。
ーディオールと日本の密接な関係は、展覧会の中でどのように表現されていますか?
鐘紡や大丸、 龍村のアーカイブから文書や布地、写真、デッサン、パターン、 オブジェなど、特別に貸し出されたアイテムが初めて披露されています。これらの品々から、ディオールと日本の有名企業とのコラボレーションの歴史における知られざる側面が明らかになるでしょう。
また、注目すべきは最初の展示室で紹介される「ニュールック」です。オートクチュールや展示ケース、ディオールと日本の関係を探るドキュメンタリーフィルムを通し、1部屋全体を使い「ニュールック」についてをより具体的に取り上げています。
ー同展の空間演出には、OMAのパートナー及びニューヨーク事務所代表を務める建築家 重松象平氏が参加しています。
「ディオールと日本の関係性」というコンセプトは、展示作品はもちろん、重松象平さんによる空間演出で、展覧会の中に繰り返し現れます。日本以外で開催された2つのディオール展でも、重松さんとコラボレーションをする機会に恵まれました。彼はオートクチュールを深く理解し、日本に生まれ育っているからこそ、ディオールの日本に対する情熱を繊細に表現する方法を知っています。会場の中で多く登場する、曲がりくねった有機的なボリュームは彼が手掛けたものです。曲線的な建築は、ディオールのスタイルや、日本の建築、装飾美術の現代的な表現との対話を作りあげていますよね。
「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展示風景(2022年)東京都現代美術館
ー日本で開催するにあたり、展示内容やキュレーションに変化を加えましたか?
諸外国で出展されなかったアイテムや文書を展示しています。特に文書資料は、ディオールと企業のコラボレーションを詳細に知ることができ、歴史的観点からもこれほど包括的な方法で提示される初めての機会になります。
ーディオール氏が、世界中の人を魅了する理由はどこにあると考えていますか?
ディオール氏が「世界を変えられる現象としての芸術」と「ファッションの力」をよく理解していたことが一番の大きな理由でしょう。伝説的な「ニュールック」の美しさとスタイルによって、第二次世界大戦で荒廃した世界に幸福と繁栄を取り戻す明るい見通しをもたらしました。それは彼が「女性をさらに美しくするだけでなく、さらに幸せにすること」を望んでいたからにほかなりません。
彼の生涯は、その生き様も仕事も見事です。起伏に富んだその軌跡は驚きに満ちています。裕福な家庭に生まれ、1929年に始まった大恐慌で貧しくなったディオール氏には、自己を革新する能力がありました。才能あるクチュリエになったばかりか、世界で最も有名なフランス人になったのです。
ーディオール氏を語る上では、第二次世界大戦とその後の世界を語るのは避けては通れない、と。
そうですね。フランスと同じく日本も戦争で壊滅的な被害を受け、新しい強固な地盤に国を再建するためには、よりよい未来を楽観し、信じる必要がありました。ディオール氏の功績は、再建を特徴とする当時の特異性の中で、大胆にも戦後ファッションの基準を見直したことにあります。彼は勇気をもってよりよい世界を信じ、そのスタイルによって、美しく輝かしい女性らしさの再建、幸せとジョワ ドゥ ヴィーヴル(生きる喜び)への回帰を提案しました。事実、ディオール氏がブランドを創設した1946年は、まだ多くの人々が家もなく食料配給手帳に頼って貧しい暮らしをしていたそうです。そのような中でディオールのスタイルは「優雅な装いは着る人が誇りを持ち、未来を信じる助けになる」ということを教えました。
ー最後に、展覧会を楽しみにしている人に一言お願いします。
「どのように装うか」は「自分がどのような人間か」「自分を取り巻く世界でどのように生きるのか」を明らかにする展覧会だと考えています。また、装飾品が芸術の真の形であることを理解するまたとない機会を提供するでしょう。ディオール氏のクリエイションを通して、美しく装うことへの志向を改めてかき立て、ファッションに新たな弾みを与えられればと思っています。
(聞き手:古堅明日香)
■「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展
会期:2022年12月21日(水)~2023年5月28日(日)
休館日:月曜日(1月2日と9日は開館)、12月28日(水)~1月1日(日)、1月10日(土)
開館時間:10:00~18:00(※展示室入場は閉館の30分前まで)
会場:東京都現代美術館 企画展示室 1階、地下2階
住所:東京都江東区三好4-1-1
問い合わせ先:東京都現代美術館 050-5541-8600(ハローダイヤル 9:00~20:00 年中無休)/ 03-5245-4111(代表)
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