連載:美を伝える人 ニコラ・ドゥジェンヌ
Image by: Nicolas Degennes
ファッションの完成に欠かせないビューティ。トータルの美しさを作り出すメイクアップアーティストとはどんな人たちなのか?業界でも一目置かれるメイクアップアーティストの、幼少期から現在までをひも解く連載をスタート。第1回は、20年以上にわたり「ジバンシイ(GIVENCHY)」のメイクアップ・アンド・カラー・アーティスティック・ディレクターを務めたニコラ・ドゥジェンヌ(Nicolas Degennes)氏にフォーカス。昨年ディレクターを退任したニコラ氏は、五行説や五大元素に着想を得たフレグランスブランド「ニコラ ドゥジェンヌ(NICOLAS DEGENNES)」を立ち上げ、日本ではノーズショップで販売している。美に一生を捧げるニコラに、メイクアップの世界に入ったきっかけや「ジバンシイ」での功績、さらにこれからの新たな挑戦について聞いた。
■ニコラ・ドゥジェンヌ
18歳でメイクアップ・アーティストデビューし、以後テレビ・映画・ファッション業界で活躍。1999年からジバンシイのメイクアップを統括し次々と革新的なアイテムを生み出す。2021年6月にメイクアップ・アンド・カラー・アーティスティック・ディレクターを退任。11月にフレグランスブランド「ニコラ ドゥジェンヌ」を立ち上げた。日本ではノーズショップのオンラインショップで販売している。
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ーニコラさんのメイクアップアーティストのキャリアのスタートは18歳と聞いていますが、それより前、学生のころはどんなお子さんでしたか?
反抗期が長かったのか、16歳の時に家を出てアメリカに渡りました。でも悪い子ではなかったと思います(笑)。当時フランスで受けていた教育に満足できず…。私は勉強よりもアートの方が興味があったんですが、もっと自由に伸び伸びと人生を生きたかったし、拘束されずに興味のあるものを学びたくて。家族と母国を離れたらそれが叶うと思って、ほとんど英語が話せないまま渡米したんです。
ー英語を話せないまま渡米するのは大きな決断でしたね。
当時はフランスの学校では英語をきちんと学ぶことができず、映画や音楽から自分で勉強していたのですが、ほとんど喋ることができませんでした。当時の私はとてもナイーブだったので(笑)、英語が話せなくてもなんとかやっていけると思ったんです。ただ、いざアメリカに着いたら「これはまずい」と思って、必死に英語を学びました。授業についていくためだけでなく、アメリカ社会にどっぷり浸かり、アメリカの文化に触れたいと思ったからなんですが。写真の勉強と並行して頑張った結果、わずか1ヶ月で英語の成績がクラス1位になりました。
メイクは女性の内面と周囲までもポジティブにするパワーがある
ーアメリカで学んだこととは?
高校生の時に渡米したことで、メイクアップアーティストとしてのキャリアの入り口となりました。それだけではなく、グローバルな視野を培うためには大きな意味がありました。当時から私はフランス人ではなく、グローバルな人間でありたいと思っていましたから。チャレンジングなことばかりでしたが、若い時に渡米して本当に良かったと思います。
ー写真を学んでいたことがメイクアップに興味を持つきっかけになったのですね。
授業で女の子のモデルを撮影することが多かったのですが、メイクアップアーティストを雇うお金がなく、自分でメイクをするようになりました。自分の手によってモデルたちが美しくなるのを体感したわけですが、メイクは女性の外面だけでなく、自信を与えることで内面まで輝かせるパワーを持つものだと知り、すっかり夢中になり、メイクアップの世界に惚れてしまって…。それでフランスに帰ってメイクアップを学ぶことを決意しました。
ー確かにメイクアップは人をエンパワーする力を持ちますよね。
その通りです。赤リップを塗った女性が街中で「とても綺麗ですね」と一声かけられただけで、きっと彼女の1日はハッピーなものになるはず。メイクは人のエネルギーをポジティブに変える力があります。そんなポジティブなエネルギーを浴びた人は、周りの人にもそれをシェアして、周囲までを幸せにすることができると思うんです。
例えば、昔知り合った女性の話をしましょう。彼女は80歳と高齢で、入院していました。彼女の元に若い男性が毎日介護に来ていたのですが、男性は彼女からある日、「赤いリップスティックが欲しい」と言われたんです。その理由を聞くと、「(男性のために)毎日最高の自分を見せたいから」と答えたというんです。それ以来彼女は毎日、彼が部屋に来る前に真っ赤なリップスティックを塗り彼を待っていたと言います。
ー素敵なお話ですね。ちょっとキュンとしました。
思うんですが、そのリップスティックは彼のためにつけたというより、「自分のため」だったとのではないかと。たった1本のリップで、自信と自己肯定感を上げることができたんです。このようにメイクは自分の内面だけでなく、周りまでもポジティブな影響を与えることがでるものなんです。
ーメイクアップアーティストになることを決意して、フランスに帰国してどうしましたか?
「メイクアップフォーエバー(MAKEUP FOREVER)」のアカデミー(学校)に入学し、ブランドを創業したダニ・サンズ(Dany Sanz)の元で学びました。
毎日の小さな積み重ねで、今の自分がある
ー何を学んだんでしょうか?
メイクアップの全てです。テクスチャーやアプリケーション(塗り方)はもちろん、クライアントへの振る舞い方まで学びました。ただ、これら基礎知識さえあれば優秀なメイクアップアーティストになれるわけではありません。素晴らしいメイクアップアーティストになるには、経験が全てです。私は今も自分を働き者と自負しますが、当時も必死に学び、必死に働きました。毎日の小さな積み重ねで、今の自分があります。
ー何か思い出深いエピソードはありましたか?
正直、毎日が思い出です。特に印象に残るものがないのは、毎日全力を投球していたから。つまらない解答かもしれないですが、毎日が学びにあふれ、ひたすら吸収し続けました。とにかく努力を続け、働くことが好きなんです。今でもそれは変わりません。
ー努力をし続けるのは大変なことです。
そうですね。ひとつ学んだことで重要だとすれば、メイクアップで施す人の考え方を変えることです。鏡というものは、時にはとても危険なものです。自信がない人が鏡を覗くと、美しさを見出すことができません。メイクアップアーティストの役割は、メイクアップというツールを通して、その人の生まれ持つ美しさに気づかせることです。決して簡単なことではありませんが、経験を積んで自然にそれができるようになります。ー(中)に続く
(文 エディター・ライター北坂映梨、聞き手 福崎明子)
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