Image by: Graziella Fraccaroli
アントワープ王立芸術アカデミー。かのアントワープ6を輩出し、現在も多くのファッション業界の担い手を育成している世界有数のファッションの教育機関であり、その出身者は業界で一目を置かれる存在になる。ファッション好きは誰しもその名を知っているが、意外とその内情は知られていない。同校の学生たちはどのような環境で学び、暮らしているのだろうか。同校に2023年9月に入学した現在1年生の島田響が綴る、コラム連載第3回。今回はついに、1年間を締めくくる学内のファッションショーについてをレポート。業界が注目する、学生たちの将来がかかった大イベントの裏側は?
>>ファッション学科1年生の日々の授業や学校生活を記録した第2回はこちら。
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アントワープの「ファッションショー」とは
アントワープのファッションショーは毎年6月に開催され、1〜4年の全学年の生徒が作品を発表することができる。デムナ(Demna)をはじめとするファッション業界で活躍するデザイナーや各種メディアの注目が集まる、作品を発表できる貴重な機会である。アントワープのショーの特色として、全学年の作品が発表されることがある。他の海外大学と比べて提携メディアが少なく、作品が世間の目に触れる機会が限られているアカデミーの学生たちにとって貴重な機会である。そのため、学生たちは1年生から大学院生まで、この2日間に向けて制作に取り組んでいると言っても過言ではない。
今回のファッションショーでは、クリス・ヴァン・アッシュ(Kris Van Assche)といったアントワープに縁のあるデザイナーはもちろん、キコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)やディララ・フィンドゥコル(Dilara Fındıkoğlu)といった著名なデザイナーたちがヨーロッパ各地から招かれ、学生の作品を審査した。これまでのショーとは一線を画す、より広範な視点で評価が行われたことは、学生にとっても大きな挑戦であり、新たな刺激となった。
審査の結果、優秀と認められた3年生および大学院生の作品には、アワードが授与される。プライズの内容は多様で、ジャカード工場とのコラボレーション権や現金支給などがある(王立大学なのもありベルギー出身のデザイナーを優先的にプロモーションするという学校側の意図も見受けられるが…)
そんな中、今回新設された「シューティン チウ(Shuting Qiu)」アワードには、3年生の桑野さんが選ばれ、このような成果は、アカデミーにおいて数少ない日本人学生である私にとって大きな励みとなった。
「Shuting Qie」アワードとは?
Shuting Qiuのブランドの特徴である、「創造性と遊び心」を持つ生徒に授与される賞。
「ファッションショー」ができるまで
制作課題
ファッションショーに向けた1年間の流れとしては、1年生はスカート、ドレス、ジャケットの3アイテムを制作し、2年生から4年生(大学院生)はコレクションを制作するという課題が与えられる。そして、全体講評時に制作した作品の中から、ファッションショーに出す作品が選抜される。
1年生の場合、2学期の制作課題はドレスとジャケットだ。これらは1学期の制作課題であるスカートに比べ、生地と身体の関係性や動きをデザインすることが求められ、よりファッションらしい課題と言える。また、襟や袖のデザインに創造性を発揮することが求められ、さらにチェックやストライプ生地の柄をどのようにデザインに取り入れるかも大きな課題となる。ドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)やウォルター・ヴァン・ベイレンドンク(Walter van Beirendonck)といったデザイナーを輩出したアントワープならではの内容だ。
(ちなみに、ドレス制作においてはポプリンの生地が厳格に指定されており、指定されたサイトから購入する必要がある。誤って別のポプリンを購入した生徒が、完成間近でやり直しを余儀なくされることもあった)
ジャケットの課題では、一般的にファッションで使用されない素材をどのようにファッションデザインに落とし込むかが問われる。また、制作期間が2週間しか与えられないため、スピード感を持って制作することも主な課題だ。
全体講評
ファッションショーの本番に向けて、今年は例年よりも2週間早いスケジュールで準備が進行した。そのため、学生たちはデッドラインが2週間早まるという異例の事態に対応せざるを得ず、全員が必死で制作に取り組んだ。中には学校に来なくなる人や、顔つきが険しくなる人も少なくなかった。多くの学生が睡眠時間を削りながら必死に制作をしていた。
私は、無事にスカート、ジャケット、ドレスの制作やその他のデザイン課題を終え、全体講評の日があっという間にやってきた。この講評では、ファッション学科の全ての先生の前で、制作した3着をモデルに着せた状態でプレゼンを行う。学長のブランドン・ウェン(Brandon Wen)はもちろん、アントワープシックスの一人であるダーク・ヴァン・セーヌ(Dirk van Saene)からも直接講評を受けた。先に述べたようにこの全体講評で、1年を通して制作した作品の中から、どれがランウェイを歩くかが選抜されるため、緊張感が漂う。私の作品は、先生方から高い評価を得られ、3着全てがショーに出ることが決定した。
ポスターとマガジン
毎年、ファッションショーに併せてポスターやマガジンの発行が行われる。これらは学校主導で編集され、全学年の生徒の作品が掲載される。生徒たちは制作に追われる中でも、先生方の推薦を受けた作品はこのための新たな撮影が必要になる。ポスターに選ばれる作品は学長(ブランドン)の推薦によって決定され、ファッションショーの2週間前には街中に掲示される。このように、ポスターやマガジンを通じて、学生たちの作品がショー以外の形で広く世間の目に触れる機会が提供される。
前日準備とリハーサル
前日は作品の搬入から始まり、ショーの流れが大まかに説明された後、それぞれの作品に番号とモデルが書かれた札が振り分けられる。その番号はランウェイを歩く順番を意味し、私は1番の札を先生から受け取り、スカートがショーのオープニングルックとなることが決定した。(ショーは学年ごとに1年生、2年生、3年生、大学院生の順に発表される)
ショーの会場作りは音響からモデルのメーキャップまで、アカデミー側が行うため、学生は作業に集中できる。バックステージに入ってからも手直しやモデルへの着せ付けに追われるだけでなく、ショーの後に控える進級試験の準備をしている生徒も少なくない。その後、振り分けられた番号に基づいて所定の場所に作品を配置し、モデルを共有する他学年の生徒から着せつけの説明を受ける。ショー前日にはモデルが不在のため、作品の構造が複雑な場合、説明するのもされるのも大変である。
リハーサルはショーの直前に行われ、生徒は当日にフィッティングを行い、必要に応じて修正やモデルの変更を行う。リハーサルでは、モデルがランウェイを歩く順番や速度、ポーズを最終確認し、全体の流れをシミュレーションする。
ファッションショー本番
ショー1日目、会場はファッションショーが始まるのを待ちわびる観客で埋め尽くされていたが、バックステージでは生徒たちが慌ただしく動き回っていた。開始のカウントダウンが進むと会場が暗転。緊張感が高まる中、ファーストルックのスカートが静かにランウェイに登場し、ショーがスタートした。自分の作品をモデルに着せつけるだけでなく、他の学生のサポートもしなくてはならず、複雑な構造を持つ作品を扱うときは、素早く慎重に対応する必要があった。フィッティング調整を終え、モデルをステージへ送り出す。
ショーは全学年の作品が発表されるため、19時に始まったショーは23時近くまで続き、長時間にわたる作業と緊張で生徒たちは相当な疲労を感じた。しかし、その疲れの中にも、作品ステージへ送り出す達成感があった。
ショー2日目。この日は審査が行われ、学校が招待したゲスト審査員が参加する日であった。審査員には、先述した通り国際的に著名なデザイナーやファッション関係者が多数含まれており、その中には私が特に尊敬するデザイナーの1人であるキコ・コスタディノフもいた。彼らに作品が審査されることもあり、緊張感のある一日となったが、前日の経験もあり学生たちは要領を得て、1日目はよりスムーズに進行した。そしてショーが無事に終了し、会場が拍手に包まれた。
また、個人的にも印象深い出来事がその後に訪れた。ショー終了後、偶然にもキコと直接話す機会があり、作品へのポジティブな意見をもらえ、握手を交わすことができた。二日間のショーの中でも、この出来事は特に心に残る瞬間となった。
>次回は、学内で出会った学内でも希少な日本人留学生について紹介します。
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