今年のお買い物を振り返る「2024年ベストバイ」。16人目は本企画の常連で、12年連続の出演となった繊研新聞社 編集委員の小笠原拓郎さん。日本を代表するファッションジャーナリストである小笠原さんが今年買って良かったモノとは?
目次
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セッチュウのGeisha コートとデニムパンツ
FASHIONSNAP(以下、F):ミラノを拠点にする日本人デザイナー桑田悟史さんが手掛けるブランド「セッチュウ(SETCHU)」のGeisha コートとデニムパンツ。いずれも2024年秋冬シーズンのものですね。
小笠原拓郎(以下、小笠原):悟史くんは昨年LVMHプライズを取りましたけど、受賞する前、フリーランスセールスのノリ(平田典之)に「見てほしいブランドがある」と言われていたのがセッチュウだったんですよ。二つ返事で「いいよ」と伝えて、約束した直後にLVMHプライズを取っちゃって。私が取り上げなくても、もう世の中に広まったじゃないかと。
F:「ダブレット(doublet)」の井野さん(井野将之)以来となる日本人受賞者ですからね。それで最初にセッチュウを見た時はどう感じたんですか?
小笠原:最初は2024年春夏を見たのかな。「和洋折衷」というコンセプトはすごく面白いけれど、その時はもうちょっとプロダクトのクオリティが上がるといいなぁと思っていました。それでLVMHプライズを取って資金的に余裕ができたのもあったんでしょう。2024年秋冬で一気にプロダクトのクオリティが上がり、とても良くなっていた。ちょっとびっくりして彼とはいろいろと話したんだけど、やっぱりこういったいいものを作っている若いデザイナーの服をちゃんと買って、着ていくことがすごく大事だよなっていうのは今年特に感じたことで。
F:ではこの2アイテムは結構着ている?
小笠原:もうめちゃめちゃ着ています。このGeisha コートの素材はシルクウールで、縦にシルクが入っているからシャンタンのような風合いなのがわかると思います。加えて、縛って着ることもできるし、ほどいて垂らして着ることもできたりといくつも着方があるんです。サイドにも切れ込みがあってケープのように羽織ることもできますし、あと意外と気付きにくいんですが、前身頃にフックがあって、引っ掛けると前合わせのデザインが変わるようになっています。近頃は秋でも暑い日が続くので、デザインで暑さを調整できるのも魅力。さらに、折り目に沿って畳めるのでスーツケースにも入れられ旅行や出張にも持っていける。「芸者のように抜いて着る」というコンセプトはありつつ、悟史くんが旅好きだからこそ生まれたデザインでもあるのでしょう。
ケープのように羽織って着ることも
オリガミという名前の通り、折り目に沿って畳むことで、コンパクトにパッキングすることができる。
F:ミラノでお会いした時、桑田さんは釣りが好きとも言っていました。
小笠原:釣りが大好きみたい。釣り道具と会社にしかお金を投資していないって言ってましたよ(笑)。
F:Instagramのストーリーズでよく魚の写真を上げていますしね(笑)。こちらのデニムパンツはとても軽いですが、コットン100%ですか?
小笠原:そう思うかもしれませんが、実はこれには和紙が入っているんですよ。履いたらより軽さを実感できます。あと悟史くんも言っていましたが、紙は熱が伝わりにくく断熱性があるため温かいんですよ。
F:軽さを追求して生地が薄くなることで、防寒性がなくなってしまうところを和紙でカバーしたわけですね。
小笠原:そう。オンスを軽くすることにとても苦労したと言っていましたね。
F:よく見ると、ウエスト部分は紐なんですね。
小笠原:そうそう。まぁ、私はあんまり紐は使わないですけどね。このパンツは裾丈が短めの作りなんですが、1つ上のサイズをあえて買って、普段はそれをわざとロールアップして履いています。この極太のミミを見せたいなと。
F:確かにこのミミはインパクトありますね。合わせるシューズはやはり小笠原さんが普段よく履かれている「ヴァンズ(VANS)」ですか?
小笠原:ヴァンズか、あと「コンバース(CONVERSE)」の白の「オールスター(ALL STAR)」を合わせたり。
F:年が明けて2025年1月、セッチュウは「第107回ピッティ・イマージネ・ウオモ(Pitti Immagine Uomo)」の招待枠で初のファッションショーを開催します。
小笠原:正直、ショー映えする服かといえば、そうじゃないところもあると思いますが、夏に会った時に「ちょっと考えていることがあるんで」と彼が言っていたから期待はしています。その時に、ピッティで料理を作ってくれとも言われたんですけどね。
F:え、小笠原さんがですか(笑)?
小笠原:そう(笑)。ショーが終わった後に、限られた招待客を招いた食事会を開こうとしているみたいで、そこで和洋折衷の料理を作ってくれと。「いや、そんな何十人もの料理作れないよ」という話をして。
F:1年で一番忙しい海外コレクション期間にですか(笑)。
小笠原:「前乗りしろってことか!」って言っちゃったよね(笑)。どこまで本気かはわかりませんが、正式なオファーが来た時のために一応メニューだけは考えています。
F:イタリア・フィレンツェで小笠原さんの手料理が食べられることを期待しておきます(笑)。
※繊研新聞:【小笠原拓郎の聞かせて&言わせて】「セッチュウ」桑田悟史さん 洋服だけじゃなく文化も通して日本を代表していきたい
スティーブン・ジョーンズのハット
F:続いては大御所帽子デザイナー、スティーブン・ジョーンズ(Stephen Jones)のハットですね。
小笠原:ドーバーストリートマーケットギンザ(DOVER STREET MARKET GINZA)で購入しました。結構高いのでその場で購入を決めず悩んでいたんですが、スティーブン・ジョーンズはあと何年帽子を作るんだろうかと思ったのと、「キジマタカユキ(KIJIMA TAKAYUKI)」の木島さん(デザイナーの木島隆幸)に会った時にその話をしたら「絶対買った方がいい」と背中を押されたので買いました。帽子って自分に合うものを見つけるのがどうしても難しいので、高くても絶対買ったほうがいいと。
F:木島さんが勧めるなら確かに信頼度が違いますね。
小笠原:店員の方に自撮りしてもいいと言われたので、帽子を被った写真を木島さんに見せたわけ。そしたら、「大丈夫。似合っているから買った方がいいよ」と言ってくれて、海外出張もあるし購入しようと決意しました。
F:出張だと流石にスーツケースには入れられないですよね?
小笠原:被っていくしかないですね。形が崩れてしまいますから。
F:今年はこの帽子を被った小笠原さんをよく見たような気がします。
小笠原:ブリムが広いハットって背が高い人は似合いますけど、私みたいに背が低いとあんまり似合わない。だから所有しているハットは幅が狭いブリムのものが多いんですが、それらと比べるとこれはちょっとだけ広め。にも関わらず、被った時のバランスはすごく良くて。スティーブン・ジョーンズの帽子を買ったのはこれが初めてでしたが、気に入って今年は本当によく被りました。
F:「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」や「ディオール(DIOR)」、「トム ブラウン(THOM BROWNE)」、「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」と、世界のトップブランドがこぞってオファーする帽子デザイナーだからこそなせるバランス感覚なんでしょうね。
小笠原:1月のオートクチュールを取材していたら、「スキャパレリ(Schiaparelli)」のショー会場でジョーンズに会って、「被ってくれてありがとう」と言われて。そこで何歳なのか気になって、検索をかけたらまだ70歳だったんですよ。もう少し上だと思っていたので、まだまだ引退する年齢じゃないなと。だから、もう1個くらいは買うかもしれません。
キジマタカユキのビスポークビッグキャスケット
F:続いては、先ほど名前も出ましたが「キジマタカユキ」のキャスケットですね。
小笠原:これ実はビスポークなんですよ。ビッグキャスケットを出して欲しいとずっと木島さんに言っていたんだけど、全然作ってくれずで、それでもしつこく話していたら、「じゃあもうビスポークで作る?」となって。じゃあ作ろうということでできたのがこのキャスケットです。
F:どういったオーダーをしたんですか?
小笠原:以前にもお見せしましたが、パンクバンドの「ザ・クラッシュ(The Clash)」のヴィジュアルブックにあるミック・ジョーンズの着こなしがとても格好良いんですよ。ヨレたコートとキャスケットのスタイリングが絶妙で、それを見せて作ってもらいました。被り方まで木島さんに教わりましたね。
F:どんな被り方を勧められたんですか?
小笠原:斜めの角度にして後頭部側にグッと深く被るようにと。オーダーなので、もちろんパターンも一から引いてもらったんですが、木島さんから「これを量産してもいい?」と言われて。
F:小笠原さんモデルがキジマタカユキで販売されるということですか(笑)?
小笠原:そうそう(笑)。たくさん被って宣伝してくださいと言われましたね。
F:「小笠原モデル」をキジマタカユキの店舗で探してみます(笑)。僕は普段キャスケットを被ることはないんですが、スタイリングしやすいものなんでしょうか?
小笠原:正直、合わせるのが難しいアイテムですね(笑)。でもやはりミック・ジョーンズ※のようなロンドンっぽい格好に合うと思います。
※イギリスのミュージシャン、ザ・クラッシュの元ギタリスト
F:木島さんと小笠原さんは世代的には一緒ぐらいですか?
小笠原:木島さんが2歳上ですね。私が若い頃からブランドをやっていましたけれど、10年くらい前からの関係ですかね。木島さんは考えがすごくちゃんとある人で、要は帽子というものは、その人が着ているものにプラスオンして良くなるんだったら意味があるけど、逆に映えないものだったらいらない、と。その人らしくならないなら帽子なんてなくてもいいと言っているんですよね。
F:日本人にとって、帽子とサングラスが一番着こなしが難しいというイメージがあります。
小笠原:でも、木島さん曰く、日本人ってすごく帽子を買う国民性らしいですよ。イギリスとかだと、やっぱりTPOがありますからね。モーニングコートの時はこの帽子を被らなきゃいけないとか決まりがある中で、日本人は気にせず好きに合わせちゃうから、帽子を被るハードルは低いと。それを言われて、確かにと納得した部分はありました。
キディルのTシャツとスカート
F:末安弘明さんの「キディル(KIDILL)」のアイテムは、近年の小笠原さんのベストバイに必ず入ってきますね。今年はスカートとグラフィックTシャツ2種。
小笠原:今年キディルは10周年なんですよね。この間、10周年記念のパーティーに呼ばれて行ったんですが、「記念写真を撮りたいから、いくつかサンプルを着てもらっていいですか」と言われたので、着用して写真を撮ったんですよ。その流れで、じゃあオーダーしておきますかとなって買ったものがこれです。
F:まんまとヒロさん(末安弘明)に。
小笠原:やられたのかもしれない(笑)。
F:スカートは、2023年8月に他界した英国のアーティスト、ジェイミー・リード(Jamie Reid)へオマージュを捧げた2024-25年秋冬コレクションのものですね。スカートは沢山持っているんですか?
小笠原:2着目ですね。「トーガ(TOGA)」のプリーツスカートを持っていますが、それもキルトスカートのようなデザインでキディルのものと近いデザインです。この秋は、この後紹介するコム デ ギャルソンのチュールジャケットと合わせたりしていましたね。
F:下はパンツ以外は履かず?
小笠原:履かない時もありましたが、風が吹いておっさんの太ももを見せるのも申し訳ないなと思い、ランニング用のパンツを重ねたりしていました(笑)。
F:おしゃれは気遣いが大事ですね(笑)。こちらのTシャツは、グラフィックがインパクト大ですが、ディテールとして裾がカットされているんですね。
小笠原:そう、裂かれているんですよ。キディルのグラフィックは毎度のことなんですが、娘や娘の友達に怖がられてしまう(笑)。
F:昨年のベストバイでもそう言ってましたね(笑)。昨年も白がベースのTシャツを買われていましたが?
小笠原:やはり白が使い勝手いいですね。キディルのような新しいムーブメントを作っていけるブランドというのは魅力的に映ります。キディルの顧客はパンクの人からギャルまでいませんか?
F:確かに、展示会やショップに行くとそう思うことはありますね。
小笠原:それって、とてもすごいことだと思うんですよ。本当にパンクが好きな男性もいれば、今時のギャルみたいな子がキディルを着ているじゃない?こういう顧客層を持っているブランドってなかなかないんじゃないかな。あとこのMA-1は末安くんに頂いたものなんだけど。
F:同じくジェイミー・リードのグラフィックプリントだけかと思いきやリバーシブルなんですね。
小笠原:裏はカモフラ柄なんですよ。末安くんに「MA-1なんて何着も持ってるから、買ったら絶対妻に怒られるわ!」と話をしたんですが、そうしたらプレゼントしてくれて。来年1月の海外出張にダウン代わりに持って行こうかなと思っています。
トーガ スラックス2本
F:古田泰子さんが手掛ける「トーガ(TOGA)」からはパンツが2本。色違いですね。
小笠原:セットアップでジャケットもあったんだけど、ジャケットとは一緒に穿かないかなと思ってパンツだけ購入しました。ベージュだけを買おうとしたら、「グレーも着てみてください」と展示会で言われ、穿いたらグレーもいいなとなってしまった。
F:キディルもそうですが、小笠原さんには展示会でおすすめするといいんですね(笑)。ウエストバンドの部分が異素材に切り替えられていますが、気に入ったポイントは?
小笠原:真っ直ぐ太いシルエットがすごくいいなと。あとこれ、すごく裾上げが大変だったんですよ。
F:裾にスリットが入って...これどうやって仕上げているんですか?
小笠原:難しいでしょう?裾の始末がとても変わった作りになっているので、お直し屋はみんな嫌がるんじゃないかな。元々、ダブル幅が今の倍くらいあって、丈もとても長かったんですよ。女性はヒールと合わせるから大丈夫と言っていたんですが、流石にこのままでは穿けないなとなってトーガのチームに相談したんです。そうしたらどうにか要望通りに仕上げてくれて。
F:スリット幅も変更したんですか?
小笠原:そう。元々はスリットも倍くらいの長さがありました。商品を受け取った「トーガ アオヤマ(TOGA AOYAMA)」だと要望通りは難しいとなって、PRの方に相談したら、対応してくれたんです。おそらく特別にデザインチームが仕上げてくれたんだと思います。私の足が短いばかりにいろいろと手間をかけさせてしまった。
F:このパンツもビスポークばりの仕様変更があったんですね。
小笠原:そうした経緯もあってかよく穿いています。プリーツが効いて迫力があるから、70sみたいですごく格好良いんですよ。今夏は、ハイウエストのパンツがドーンとメンズで出たじゃない?
F:2024年春夏メンズだと「プラダ(PRADA)」や「ロエベ(LOEWE)」などですね。
小笠原:そんな感じのバランスで着こなせるんですよ。ラメのニットをタックインしてもすごい可愛く着られます。
ヴァケラのTシャツ
F:続いては、パトリック・ディカプリオ(Patric Dicaprio)とブリン・タウベンシー(Bryn Taubensee)が手掛けるニューヨーク発のブランド「ヴァケラ(Vaquera)」のモナリザTシャツですね。日本では、ドーバー ストリート マーケット(DOVER STREET MARKET)と提携してパリでコレクションを発表しているブランドとして知られています。
小笠原:2024年秋冬のショーがすごく良くて、見終わった後にドーバーのバイイングチームに「モナリザTシャツって買い付ける?」と聞いて。バイイングするなら買うから付けておいてと頼んだアイテムです。
F:モナリザの顔に描かれたプリントは血をイメージしているんですかね?
小笠原:センスいいですよね。ヴァケラはフェティッシュで、セクシャルでスキャンダラスなものと、斜に構えたストリートのムードのようなものが混在しているというか、出始めた頃の「ジャンポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)」を彷彿とさせるところがある。
F:期待の若手ですか?
小笠原:そうですね、ショーを楽しみにするブランドの1つです。
F:今年のパリで、気になった若手ブランドはありましたか?
小笠原:2025年春夏はオランダ発の「デュラン ランティンク(DURAN LANTINK)」が良かったですね。
F:パリコレ期間中、デュラン ランティンクはThe Broken Armで展示もしていましたね。あとファッションコンテスト「2025 インターナショナル・ウールマーク・プライズ」のファイナリストにも残っています。2022年のこの企画で、「マリアーノ(MAGLIANO)」が良かったと言っていましたが、実際人気も出てきたように思います。
小笠原:そう?ちょっと伸び悩んでない(笑)?
F:日本では若い子も着ていますし、結構きていると思いますけどね(笑)。昨年は、ラグジュアリーのインフルエンサーマーケティングに対し、新進気鋭デザイナーが振り切れて、ハチャメチャなことをやってくるんじゃないかなという期待があるとおっしゃっていました。
小笠原:今年は日本ブランドへの期待値が上がった年でしたね。日本はファッションの世界もガラパゴスじゃない?インフルエンサーマーケティングできるような資金もなければ、コネクションもないからこそ、愚直にいいものを作ろうと思っている人たちがいて、その状況から面白いなと思うブランドがポツポツ出てきていると思います。パリやミラノよりも、今ひょっとしたら日本が一番面白いかもしれないなと。
F:日本のどのブランドに期待を?
小笠原:きそうだなと思うのは「チカ キサダ(Chika Kisada)」「テルマ(TELMA)」「ミスターイット(mister it.)」。
F:いずれも今年東京でショーやプレゼンテーションを行ったブランドですね。
小笠原:もちろん課題もあるんですけど、それぞれ良さがある。ミスターイットはその独自の美意識を量産でどう表現していくか、テルマはショーで最初の8ルックくらいまでは完璧だったけど間延びした印象があったので、もっと絞り込んで自分の見せたいものをぐっと凝縮したほうがいいんじゃないか。チカ キサダは歴で言えば他と比べ長いですが、ここにきて生産のチームが整ってきて、特にパターンのクオリティが大幅に上がったと思います。いずれにしても、今の東京は面白い波が起き始めているなと思います。
※繊研新聞:《小笠原拓郎の目》東京デザイナーの25年春夏を振り返る 自分らしさの表現に挑め
※繊研新聞:【小笠原拓郎の聞かせて&言わせて】「チカキサダ」幾左田千佳さん バレエダンサーの肉体美や精神性を可視化したい
コム デ ギャルソンのチュールジャケットとクラッシュベルベットジャケット
F:小笠原さんのベストバイでは常連となった「コム デ ギャルソン」からはチュールジャケットとクラッシュベルベットジャケット。先ほど話していたキディルとのスカートによく合わせていたのがこのチュールジャケットですね。
小笠原:春夏が本当に暑いじゃない。着られるものが限られる中で、Tシャツの上にこのチュールジャケットを着てしまえばインパクトが出るというか。昨年買ったフェイクファーの太いハーフパンツとも合いますし、パーティーにも着ていけるのでかなり重宝したアイテムです。
F:奇抜ではありますが、確かに使い勝手は良さそうですね。パターンも独特で、肩の部分がかなり湾曲していますね。
小笠原:すごい丸いんですよ。襟もアブストラクトで、抽象的なデザインになっていて、曲げて着ることもできます。
チュールはランダムに編み込まれている
F:こちらのクラッシュベルベットジャケットも、流石ギャルソンという感じで、どうパターンを引いているのか全然わからない歪なデザインです。
小笠原:身頃にハサミでカットを入れた上質なウールギャバで作られたコム デ ギャルソンのコートがロストバゲージで紛失したことで、代わりを探していたところはあって。美しい完璧なベルべットの素材を、歪な形に仕上げたことにコートとの共通性を見いだし、購入を決めました。
F:裏地もどう縫っているのか見てもわからないですね(笑)。
小笠原:脇に大きく入った切れ込みはポケットではなくデザインで、ポケットは別でちゃんとあります。まあ、裏がついているので物を収納することは可能ですけどね。ただ1つ心配事としてあるのが、最近ハマっている筋トレで体が大きくなると着れなくなるかもなということ。着られなくなると困るので、今筋トレを自制しているところです。
F:今年のコム デ ギャルソンは、不安定な世界情勢など暗い世の中から感じたことを創作に落とし込みました。2024年秋冬は「怒り」をテーマに、2025年春夏コレクションは「透明性を持って立ち向かうこと」をチュールなどを使って表現しました。
小笠原:パブロ・ピカソの「ゲルニカ」みたいなことなんじゃないかと思うんですよ。川久保さんは、これまで美の基準を塗り替え続けてきて、そして今現代社会の抱えるさまざまな問題に対する怒りのようなものを、服っていうカルチャーを通して表現している。ピカソは青の時代やキュビズムなど、単純な美しさではないものを次々と生み出し続け、そしてゲルニカに到達した。ピカソと比較されることを川久保さんは嫌がりそうですけどね。話は変わりますが、パリで、見に来ている人たちが緊張感を持って集まってくるのは、コム デ ギャルソンがショーを行う日だけだと思いませんか?
F:確かに。ウィメンズでは「ジュンヤ ワタナベ(JUNYA WATANABE)」、「ノワール ケイ ニノミヤ(noir kei ninomiya)」、コム デ ギャルソンの3ブランドがショーを行う日ですね。
小笠原:見る側の張り詰めた空気が、他とブランドのショーとは全然違う。やはり物作りに必死になっているブランドに対しては、客も本当に服のことを見ようと応えているところがあるんじゃないかと思います。いわゆるKOLに服を着せてフォトコールを行うブランドとは、見る側のテンションが全然違う。その観点で言うと、特に東京ですが、ファッションショーの後の囲み取材はやめた方がいいと思うんですよ。
F:ミラノ、パリファッションウィークで囲み取材に対応するデザイナーは基本いませんね。
小笠原:囲みがあるから、ジャーナリストが育たないんじゃないかと。囲みに出て「コレクションのテーマは何ですか?」と聞いて、それをもとに書くから結果としてどの媒体も同じような記事を書くわけですよ。でもファッションジャーナリズムというのは、いろいろなショーを見て感じたものを通して、そのデザインが今の時代との関係でどういう意味があるのかを読み解いていかないといけない。ジャーナリストが、そこで感じた視点をモノを作っている人とか読者に提起していかなければいけないのに、囲みをやるとデザイナーの話をそのまま記事にしてしまう。それぞれのフィルターを通して、メディアで表現していくことによって議論が起こるわけじゃない?それがファッションを文化として成熟させていくことにつながると思うんですけどね。
F:ショーのあとバックステージに入り、ショーの感想を何も言わずテーマを聞いてくるメディアの人にクレームを入れているデザイナーもいましたね。
小笠原:昔はショーが終わった後にデザイナーにテーマを聞くなんて失礼という風潮があったんですよ。その点コム デ ギャルソンは囲み取材もなければリリースも一言書いてあるだけですよね。他のブランドは長文のリリースを用意していますが。
F:川久保さんはジャーナリストに対してちゃんと敬意を払ってくれているんでしょうね。
小笠原:そう思います。今の若い人たちは、間違ったことを書くことを恐れているんでしょうけど、極端な話、別にデザイナーが意図したテーマはこれだって明らかにしなくてもいいと思う。そのデザイナーはそういう意図で作ったかもしれないけど、見る側は全然違う風に捉えられたと、それを表現してぶつけ合うことでデザイナーもいろんなことを考えるし、文化として議論が起こってくる。だから、思考停止の象徴である囲み取材はやめた方がいいんじゃないかと思うわけです。
チェザレ・アットリーニのビスポークスーツ
F:最後は大物ですね。ナポリのサルトリアブランド「チェザレ・アットリーニ(CESARE ATTOLINI)」のビスポークスーツ。
小笠原:ナポリの工場まで取材に行ったことがあり、マッシミリアーノ・アットリーニ(Massimiliano Attolini)社長は30年来の友人なんですが、ジャパン社を作るということで相談を受けていたんです。それで今春、チェザレ・アットリーニジャパンを設立し、2年以内に都内に直営店をオープンする計画を発表しました。ビスポークのことをイタリア語でスミズーラと言うんですが、彼に「そろそろスミズーラする?」と提案され、じゃあ作ってみるかとなったんです。ポイントとしては、普通に作ったらクラシックになってしまうから、パンツの裾幅を25cmにしてくれとお願いして。
F:かなり太めでオーダーしたんですね。
小笠原:イタリアのクラシックな感じにはしたくなくて。70sのイヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)もそうだけど、太くドーンと落ちたシルエットでヴァンズのスニーカーに合わせたいなと。仕立ても生地もすごく良いものを、自分のスタイルで着こなしたくて、この太さにしました。
F:ビスポークのスーツは過去に何度か作られているんですか?
小笠原:ミラノやナポリで、若い頃に何回も作っています。
F:サヴィル・ロウ※で作ったことはないんですね。
※イギリス・ロンドン中心部のメイフェアにある通りの名前で、オーダーメイドの名門高級紳士服店が集中していることで有名。
小笠原:作りたいと思っていたんですけど、当時はポンドがすごく高くてね。当時のイタリアの通貨はユーロではなくリラで、為替の関係でとても安かったんですよ。
F:今だととんでもない金額になってしまいますもんね。このウールの素材は何を基準に選んだんですか?
小笠原:生地見本から選びました。自分のイメージにあったのがイギリスのフォックスブラザーズ(Fox Brothers)のフランネルだったんですが、「ごめん、フォックスは在庫がないんだ」と言われてしまって。だけどすごいよく似た生地を探してきてくれたんです。実際に触ったらフォックスよりもこっちの方が柔らかくていいなと。
F:このふわふわした素材のスーツとヴァンズを合わせるのは確かに格好良いですね。でもそうなると中にシャツは着ない?
小笠原:着ませんね。採寸時、マッシミリアーノにシャツを着てと言われましたが、Tシャツかニットとしか合わせないからと伝え、Tシャツでメイド トゥ メジャーをしてもらいました。
F:先ほど筋トレの話が出ましたが、体型を維持しないとですね(笑)。
小笠原:買った後も、生地を出してウエストサイズなどの調整ができるのがビスポークの良さではありますが、流石に大きくなりすぎるとどうしようもありませんからね(笑)。でも、ビスポークスーツを買うと体型維持の意識が持てていいですよ。
F:「一度はビスポークを」とは思うんですが、価格のところでいつも断念してしまいます。
小笠原:でも、昨今の値上げブームを見ているとむしろお買い得だと思いますよ。どのブランドもしれっと値上げしていますが、「このクオリティでこんな高いの?」と思ってしまうものが正直多い。それだったら完璧なハンドメイドのテーラリングで作った方が、インポートブランドのスーツよりも満足度が高いと思います。
今年の買い物を振り返って
F:今年のお買い物を振り返ってみて、いかがでしたか?
小笠原:いっぱい買ってしまいましたね。ビスポークまでしちゃいましたし。来年はもう買いません(笑)。
F:小笠原さんはそう言って絶対服を買いますよ(笑)。2024年はプラダやロエベがメンズで面白い提案をしてきたと思っているんですが、2025年はどんなものが生み出されますかね?
小笠原:全体としてどうなるのかは分からないですが、セッチュウは時代の象徴的なものだと思います。プロダクトクオリティが高く、ジェンダー関係なくいろいろな着方ができて、気温の変化にも対応しやすい多様性のある服というか。
F:ファッション的デザインだけでなく、実用性も重要だと。
小笠原:そうですね。あと、この仕事をしていると展示会で沢山のサンプルを見るわけですが、その時はクオリティが高いと思っても、いざ商品として世に出ると「あれこんなんだっけ?」と思うことも多々あります。サンプルと商品のクオリティがあまりにも違うと「こんな値段なのにこのツラなの?」みたいなことを感じることもよくあります。特にインポートブランドで。まあこうなる原因はコスト削減のために、サンプルを縫っている工場と商品を縫っている工場が違うからなんでしょうが。そう考えると、やっぱりセッチュウのプロダクトクオリティはサンプルも商品もちゃんとしているなと思います。
F:年明けすぐにはなりますが、ピッティで行われるセッチュウのショーが楽しみです。
photography: Masahiro Muramatsu
小笠原拓郎
1966年愛知県生まれ。1992年にファッション業界紙の繊研新聞社に入社。1995年から欧州メンズコレクション、2002年から欧州、NYウィメンズコレクションの取材を担当し、20年以上にわたり世界中のファッションを取材執筆している。
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