FASHIONSNAPの新春恒例企画、経営展望を聞く「トップに聞く 2023」。本年は、アフターコロナにシフトする中で各企業に求められている「イノベーション」をテーマにお送りする。
第5回は、ワークマン急成長の立役者 土屋哲雄専務取締役。30年以上にわたり商社マンとして活躍してきた同氏は、「#ワークマン女子」「ワークマンプラス」など新業態を立ち上げ、ブルーオーシャン市場を開拓してきた。徹底したデータ分析と独自の人材育成メソッドで、小売業界にイノベーションを起こすワークマンが次に仕掛ける一手とは。
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■土屋哲雄(ワークマン 専務取締役)
1952年埼玉県深谷市出身。東京大学経済学部を卒業後、三井物産に入社。35歳の時に社内ベンチャーとして、三井物産デジタルを起業。本社経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司総経理、三井情報取締役などを歴任する。2012年にワークマンに入社し、常務取締役に就任。2019年から、専務取締役経営企画部・開発本部・情報システム部・ロジスティクス部担当を務める。2022年7月には東北大学特任教授に就任。ワークマンやベイシア、カインズを擁するベイシアグループの総帥 土屋嘉雄氏は叔父、カインズホーム会長の土屋裕雅氏は従兄弟にあたる。著書に「ワークマン式『しない経営』」「売り上げ2.6倍で業績過去最高!ワークマン式エクセル」などがある。
急激な円安対策に追われた1年
ー2022年を振り返って、どのような1年でしたか?
2023年3月期第2四半期は増収減益と厳しい業績となりましたが、売上と利益の両方を取りに行こうとするのではなく、トレードオフで売上を優先した1年でした。あとはどこの企業もそうかもしれませんが、やはり円安に振り回された年でしたね。
ーアパレル各社が値上げに踏み切る中、昨年2月に「価格据え置き宣言」を発表しました。価格改定に対するお考えをお聞かせ頂けますか。
展開商品のうち65%がPB(プライベートブランド)製品で、それを全面的に据え置くというのは大きな決断でした。ワークマンはパーパスに「機能と価格に、新基準」を掲げており、高機能かつ低価格な製品を生み出すことへの強いこだわりがあります。徹底的にコストダウンを行いましたが、加盟店収入や社員の給与にはいっさい手をつけていません。値上げをすれば“ワークマンらしさ”が失われ需要は激減するでしょう。減収減益を招く事態は避けたいという思いがありました。
ー秋冬商戦の商況はいかがですか?
ウィズコロナの状況下では、都心部への外出などに対する心理的抵抗は減ってきてはいるものの、依然として郊外志向、アウトドア志向は続いているように思います。売上はすべてのカテゴリーで好調ですが、特に昨年4月に立ち上げた靴専門業態「ワークマンシューズ(WORKMAN Shoes)」のアイテムは好評です。ワークマンシューズの中でも高い機能性を備えたパンプスなど女性用シューズが特に人気で、「#ワークマン女子」店舗の靴の売上比率は3割程度を占めています。銀座や池袋といった都心部の店舗ではパンプスが好調で、一方で郊外では防水や防寒に優れたシューズが売れ筋傾向にあります。
ワークマン“最強”の新業態
ー今後の出店戦略は?
2023年3月期は#ワークマン女子は15店舗程度、「ワークマンプラス(WORKMAN Plus)」では25店舗程度の出店を現状予定しています。良い物件が見つかればさらに出店をする可能性もあります。
ー1月12日には新業態「ワークマンプラス2(WORKMAN Plus2)」1号店が新潟県にオープンしました。
作業服とメンズを中心としたワークマンプラスの品揃えに加えて、#ワークマン女子とワークマンシューズのアイテムを取り揃えています。作業服、メンズウェア、ウィメンズウェア、キッズウェアが一堂に会した当社最大規模の店舗です。ワークマンプラスは来店頻度の高い顧客が徐々に固定客化しており、安定性のある集客モデルが構築されつつあります。そのワークマンプラスの安定性に、#ワークマン女子店の成長性が加わった“最強のフォーマット”と位置付けています。初年度の売上高は県下で最上位の2億7000万円を見込んでいます。
ーワークマンプラス2の今後の出店計画は?
2号店の出店交渉を現在進めています。路面店舗で、一般客の買い回りに便利な商況集積地やショッピングセンターの敷地内への出店を想定しています。
「ヘルスケア」分野に本格進出へ
ー昨年3月には、ワークマン初のヘルスケアアイテムとして、医療機器メーカー コラントッテとの共同開発で磁気健康用品を発売しましたね。
作業時にも快適に身に着けられるデザイン性・機能性を加えた、磁気ネックレスやブレスレット、永久磁石を組み込んだサポーターや下着を発売しました。今年はヘルスケア分野への本格進出に向けて、着々と開発を進めています。まず1つ目は、労働寿命を伸ばすための、プロ顧客向けのアイテムとして「パワースーツ」。重いものを日常的に持ち上げると腰を痛めてしまいますから、運搬をサポートするバネのようなパーツを搭載したウェアを1万円以下で展開する計画です。将来的には全国1000店舗で扱っていきたいと考えています。
あとは、日本を代表する家電メーカーと進めているプロジェクトとして、熱中症対策にも最適な「冷暖房服」の開発を進めています。体温に応じて冷暖房が切り替わる、といった機能を想定していますが、どのような機能を搭載するかはまだ模索しています。
3月頃には「快適労働研究所」なるプロジェクトを旗上げし、今後もオープンイノベーションとしてヘルスケア領域の知見があるメーカーや教育機関・研究機関、個人と垣根を低くして、色々なアイデアをうまく企画化していく方針です。作業現場の方だけではなく、オフィスで働く人々のためのサポートアイテムも構想していますよ。
ーオフィスワーカー向けにはどのようなアイテムを考えていますか?
オフィスワーカーは肩こりや腰痛、足のむくみに悩まされる人も多いと思います。そうしたニーズに応える“着るサポーター”を作ろうかと。体を労わる、仕事の疲れを軽減する服です。医療機器認定を取得できるような高いサポート機能を備える計画です。
こうした商品はeスポーツ市場において、新規顧客を獲得できるのはないかと期待しています。例えば、冷暖房服はヒートアップしたプレイヤーたちの体温を適切な状態にしてくれるでしょうし、サポーターアイテムは長時間座り続けるプレイヤーの腰痛を緩和させるでしょう。未開拓のマーケットを開拓する絶好の機会であると感じています。
データ分析のプロを社内で育成
ーDX推進にも力を入れていますね。
AI等を活用した徹底したデータ分析と、エクセルで作られた独自の各種分析ツールの駆使がワークマンの経営を支えています。10年かけて作り上げたメソッドによって、「100年の競争優位を築く経営モデル」の実現に少し近づけることができました。スーパーバイザー(SV)や営業のメンバーにスキルを身に付ける機会を与えており、社内の研修の多くはデータ活用の勉強会や資格取得に向けたプログラムです。データ分析エンジニアやデータサイエンティストなど様々な資格があるのですが、社員の15%程度はそうした資格を取得しています。今後はその割合を30%まで引き上げるつもりです。
当社のプロパー消化率は98.5%前後をキープしているのですが、これは滞留在庫を早く減らすための最適な数値であると捉えています。また、現在全体の15%程度のサステナブル製品の比率は、5年で50%以上に引き上げる構想を描いています。こうした最適解を導き出すためにも、分析スキルを社員一人ひとりが習得していることは非常に重要になってくるのです。自分が携わっている仕事で必要になったら、自身でデータ分析ができる人材を育て続けています。AIを使いこなして自動発注の精度を向上させるなど、業務効率化や課題解決に日々取り組んでくれています。
ー社員一人ひとりが経営に対して当事者意識を持って、仕事に向き合っているんですね。
データを使いこなせば、上層部を納得させる強い武器になりますよね。データに基づいて議論すれば平等ですから。ワークマンは私の叔父が創業した企業ですから、私が入社した時はトップダウン経営と言いますか、社員は上層部の顔色を窺って忖度する側面も正直少なからずありました。私が入社してすぐ、2ヶ月後にはデータ活用教育をスタートし、それを体系化するまで10年かかりましたね。
経営者は“凡人”でいい
ー社員の主体性を引き出す職場環境が整っていますね。
経営者は凡人でいい、と私は考えます。経営のセンスがある経営者が率いる企業は、結局その人の才能に依存しているのではないかと。現場が自主的にアイデアを出し合い取り組んでいく風土が根付き、経営層が口を出さない企業こそが健全ではないのでしょうか。当社の経営スタイルはよく「しない経営」と表現しますが、「経営層は口を出さない」「ノルマを課さない、目標は低くて良い」「期限は設けない」。時間がかかってもいいから自分のペースで仕事してくださいと言って、厳しいノルマや期限を設けない方が返って良い結果が出るものなんです。短所は反省なんかしなくて良いですし、長所だけを伸ばせば良いとも考えています。得意なとこだけで勝負すれば良いんです。
社内では、自由な環境だからこそ社員同士で自発的に切磋琢磨し、競争しながら高め合っています。とんでもない独自素材を開発する社員や、奇抜なデザインを模索する社員、とことん安さを追求し、クオリティに対して破格の価格を実現させる社員などもいます。経営層が干渉しないことで、伸び伸びとパフォーマンスを発揮してくれるからこそ、ワークマンはイノベーションを生み出し続けられていると感じています。
ーワークマンが必要とする人材像とは?
機能性や価格に対してお客さまがあっと驚くものを売ろう、と熱量を持って仕事に向き合う人材ですね。そして社内外の垣根を低くして、新しいアイデアや知見を集められるような方が能力を発揮できるのではないでしょうか。
ー2023年、どのようなイノベーションを仕掛けますか?
まずは「ボピス(BOPIS)製品の拡大」「アンバサダーを50人から100人に倍増」を実現させること。そして、AI・クラウドベースのコードレスな「新データ分析基盤」の内製化を推進します。
※ボピス(BOPIS):「Buy Online Pick-up In Store」の頭文字を取った言葉。Web注文の商品を店舗で受け取るシステムのことを指す。
ー低価格帯のアパレルという共通点から、「ユニクロ」と比較されて取り上げられることも多いですが、意識することはありますか?
当社もベーシックなアイテムを扱ってはいますが、アプローチの仕方がユニクロとは全く異なりますから、意識はしていません。グローバル企業のユニクロと同じ土俵で戦うような売り方をしていたら、100%負けてしまいます(笑)。高いデザイン性も追求するユニクロと違い、我々はとにかく機能性重視です。例えば、女性用のジャケットは多くの場合、ポケットが小さかったり、ポケットが付いていない場合が多いですが、#ワークマン女子で販売しているジャケットには使い勝手の良いサイズ感の胸ポケット、内ポケット、フラップポケットを付けています。ジャケットに限らず、Tシャツなど多くのアイテムにポケットを採用することで、あらゆるシーンでの使い勝手の良さを追求し続けています。
ー2022年はキャンプギア、1900円のカイハラ製ジーンズ、低価格ゴルフウェアなど多くのヒット商品が登場しました。次なるヒット商品の構想はありますか?
元々、重防寒商品を扱う会社ですから、これまでのノウハウを活かして作る寝具は1つアイデアとしてあります。天然ダウン45%とフェザー5%に吸湿発熱綿50%を組み合わせた人気シリーズとして「洗えるフュージョンダウン」があり、そこから派生してフュージョンダウンを使ったキャンプ用の寝袋を発売したところ、かなり売れまして。次は、家庭用の掛け布団を開発してみてはどうかと考えています。保温性が高いので暖かいのはもちろんのこと、人間は睡眠時に意外と汗をかきますから、汗を外に逃してくれる透湿性素材は布団にぴったりだと思うんです。ワークマンらしい“尖った”アイテムは、今年も色々仕込んでいく予定です。
ー2023年はどのような年になりそうですか。
「#ワークマン女子が持続的に成長するフォーマットの確立」「PBの価格据え置き下での増収増益への仕組み作り」の2点に注力する年になると思います。ワークマンやワークマンプラスは、いわば放っておいても成長するフォーマット。一方で、#ワークマン女子の店舗は今は絶好調ですが、5年先、10年先も成長が続いてるかどうかと言われると、まだ確証がありません。ウィメンズ商品のニーズや傾向は、メンズよりも流動的で固定客が定着しづらい。そのため現状はひたすら試行錯誤を重ねて、データやノウハウを蓄積させるフェーズであると捉えています。#ワークマン女子の店舗はどの店舗も基本的にアパレルが大部分を占めていますが、今年はウェアが占める割合を50%まで下げて、靴や鞄、帽子など小物類を充実させるなど提案の仕方も実験的なアプローチを行っていく方針です。
(聞き手:長岡史織)
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