TSIホールディングス 上田谷真一社長
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ウィズコロナ時代の経営の展望を聞く連載「トップに聞く 2021」第8回は、TSIホールディングスの上田谷真一社長。同社は今期、250店舗近くの実店舗閉鎖を計画しているほか「ナチュラルビューティー」をはじめとする複数の事業終了を決定するなど事業改革を推進している。また、上田谷氏は「生き残っていくため」として大規模な組織改編を決定。これに伴い社長職から退く決断もしたという。いま、TSIホールディングスで何が起こっているのか? 会社を率いた3年を振り返ってもらうとともに新生TSIに期待することを併せて聞いた。
■上田谷真一
1970年生まれ。1992年に東京大学経済学部を卒業後、日本ブーズ・アレン・アンド・ハミルトンに入社し、経営コンサルティングに従事。1995年から大前研一氏が率いる大前・アンド・アソシエーツ・グループの設立に参画し、パートナーに就任。その後、黒田電気の取締役、ディズニーストアを運営するリテイルネットワークスの社長、クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパンの社長を経て、2012年4月にバーニーズ ジャパンの代表取締役社長に着任。2018年5月から現職。
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―2020年はどんな一年でしたか?
この状況で不謹慎かもしれないがある意味で救われた。プロパー販売の徹底やデジタル化などの改革を少しずつしか進められず、社員の皆も変わらなきゃいけない時だとわかってくれてはいたものの、「利益が出ているから今じゃなくてもいい」というムードがあったように思う。新型コロナウイルスの強烈な外圧があったからこそ、会社が完全に潰れるような状況になる前に組織改革に着手することができたというのは強く感じている。
―今回の組織改革では上田谷社長を含めて人員配置が大きく変わります。
今回の組織改革は「全員世代交代」という規模で実施する。組織図だけを変えても人が変わらないと、やり方そのものを変えることができない。
―社内の反応は?
今回の組織改革では吸収合併により消滅するグループ会社もあり、裁量のあるポジションに入っていたところを外れる人も出てくるので、抵抗の声は当然あった。特に弊社は様々な会社が買収されて傘下に入った背景があるので、みんな出自が違う。もともとオーナー企業的な風土があり、分散型経営を良しとしているところもあったので、まだ納得していない人も正直いる。組織改革を「もう1〜2年待って欲しい」という要望もあったが、時間軸が「待ったなし」という状況。そういった意味では、コロナがなければここまで大きな決断はできなかった。
―組織の「世代交代」とはどういった内容ですか?
今回のキーワードは「レガシーを壊す」。実年齢ベースの話ではなく、新しいやり方で組織を率いていくということ。今回の事業ラインの責任者には今の仕事のやり方を否定してもいいので改革に取り組んでくれることを期待している。
―2回目の緊急事態宣言が出されていますが、足元の状況は?
店を閉じているわけではないが、来客は激減している。ECはそこそこの売上を保っているが、店舗の売上比率は7割近くあるので痛手になっている。これ以上売り上げが下がった場合はプランBを発動して、仕入れを絞り、ありえないようなコストカットを視野に入れなければいけない。痛みを伴う施策をやる覚悟はできている。
―コロナ禍でも好調なブランドは?
強いて言えば、デジタルネイティブなブランドはダメージが相対的に少ない。あとはゴルフ、スケート、ストリートブランドもコロナ禍でも耐えている。特に「パーリーゲイツ(PEARLY GATES)」といった僕らのゴルフブランドは、百貨店のゴルフフロアで高いシェアを持っていてファン作りができていたこともあり、売り上げが良い。スケートも密にならないし、家の近所でもできる安全な屋外スポーツということで相対的に強い傾向にある。スケートから派生しているストリート系のウェアも追い風とまでは言わないが、ダメージが少なかった。ブランドポートフォリオのバリエーションが広かったことで結果的に救われた。
―一方で、通勤服は各社で動きが悪い状況です。
うちでもダメージが大きかったが、「ナチュラルビューティー(NATURAL BEAUTY)」など事業そのものを終了したブランドが多い。
―ナチュラルビューティーの終了はコロナが影響していますか?
事業終了はコロナの流行前から決まっていた。百貨店のいわゆるキャリア服のマーケットは「23区」など競合がたくさんいる。ナチュラルビューティーはマーケットのど真ん中に位置する「キレイで外さない」ブランドだが、規模が小さいので競合に勝てないと思った。同じ並びにある「アドーア(ADORE)」や「ピンキーアンドダイアン(PINKY & DIANNE)」といった少し個性のあるブランドの方が、マーケットは小さいがその分根強いファンがいるし、プロパービジネスがうまくいくと思っている。
―通勤服に関してはマス向けではないマーケットでシェアを取りにいくということでしょうか?
仕事着というのは自分が好きで着ている服ではない、「人目を気にした無難な服」だと思っている。コロナが収束して元通り通勤するようになってもそういったカテゴリーの需要は戻らず、価格競争は激しくなり、「ジーユー(GU)」や「ユニクロ(UNIQLO)」のようなメガプレイヤーがパイを奪っていくだろう。品質面においても向上著しいため、勝ち目がないように思える。
―ナチュラルビューティーのほかに、ジャックが運営する「ハーシェル サプライ(Herschel Supply Co.)」「ファクト(FUCT)」(※昨年8月末に事業休止)の撤退も決断されました。要因はどのように考えていますか?
ライセンスで展開していてブランドホルダーではない事業なので、我々の中でも優先順位が低かった。ブランド自体が悪いわけではないが、日本は強いバッグメーカーがたくさんいるのでシェアの拡大は簡単ではない。それならばジャックが手掛けている「ハフ(HUF)」や「ステューシー(STÜSSY)」といった好調なブランドに投資した方がいいと考えた。
―この他に事業撤退の可能性はありますか?
コロナが直接的な要因というわけではなく、デジタル化を推進する上でふるいに掛けられたときに耐えられなくなるブランドは出てくるだろう。いま残っているブランドが全部無傷でいられるとも思えない。これまではリブランディングして見直すという選択もできたが、感染第3波が到来してる今、延命させる余裕はないので撤退の判断は早くなるかもしれない。でもそれも会社にとっては良いことかなと。業界全体を見てもオーバーブランドの状況ではあるし、ブランドの再編は我々の業界で言えば当たり前に起こるべきこと。何十ブランドも切って良いわけではないが、定期的なブランドの絞り込みや組み換えはあってもいいのではないかと思う。
―今期は243店舗の閉店を進めています。その他、数店舗を追加することも検討していると説明会で発表されましたが、ブランドの内訳は?
撤退するブランドが多くを占めるが、その他の内訳としては、もともと店舗数が多かったブランドを集約した。例えばナチュラルビューティーは終了するが、存続する「ナチュラルビューティーベーシック(NATURAL BEAUTY BASIC)」は80〜90店舗と拡大しすぎていたためダウンサイジングして、コンパクトにしようと。
―閉店する店舗は駅ビルやショッピングセンターが中心ですか?
百貨店に出店している店舗はすでにだいぶコンパクトになっているので、今期に関しては郊外のショッピングセンターが比較的多い。地方の施設はテナントの誘致を一生懸命やっていて、知名度があるブランドを持っていると熱心に誘致してくれる。内装費を負担してくれたり、家賃の交渉もさせてもらえていたので採算が取れると思っていたが、面積が広い店だと在庫回転率が低くなってしまう。かといって、陳列がスカスカの店にするわけにはいかない。そして立地環境的にもともとトラフィックが多いわけではなく、「少ない在庫を効率的にまわしてプロパーで売り切る」というビジネスモデルを進めるのが難しいと判断した。
―他社ではコロナ禍は都心よりも郊外の方が売上が安定しているという話もありますが。
もちろん都心はキツい。新宿、渋谷、銀座あたりは特に。ただ、そこは以前のような取引が一時的に戻っていないだけで、ブランディングや発信・体験の場としては大事だと思っている。いわゆる都心の一等地にある店舗はなるべく死守し、「体験の場+EC」という体制で運営していく。
―決算説明会ではリアル店舗を「極めて贅沢な店舗にしていく」といったお話がありましたが、構想は?
いまリアル店舗へのデジタル投資を進めているところで、試着ストレスを軽減できるようなシステムを導入したり、店員の指名や商品予約、あとはショールーミング機能といったサービスも検討している。効率化することで販売員のアイドルタイムの削減につなげたい。
―ファーストリテイリングなどが展開しているような試着専門店の業態には関心はありますか?
実験はしてみたいと思っているが、我々は女性のお客様が多く、その場で商品を持って帰りたい方が多いと思うので、完全な試着専門店にするのではなく、持って帰れないものだけ配送するというやり方が良いのではないかと考えている。あと都心の一等地に完全なショールーミング店舗を作る度胸はない(笑)。
―ECにも注力する方針でしょうか?
基本的にECの売上を伸ばして構成比を上げていく考えで、デジタル経由の売上が半分近くになることを前提に準備を進める。
―通期の純利益予想は黒字着地を見込んでいます。
12月までだいぶ貯金ができたのは事実。緊急事態宣言の延長もある程度見込んで計画しているので、現時点で変更はない。
―2021年のアパレル業界はどのように変化していくと考えますか?
アメリカでは経営破綻が立て続けに起きて再編が進んでいるが、日本は想定していたよりも淘汰が起きなかったので、これから本格的に始まるのだろうと思っている。
―どういったブランドや企業が淘汰されていかれると思いますか?
価格競争に巻き込まれるところが一番厳しいと思う。「ユニクロ」や「GU」はもちろん、アダストリアさんみたいに体力がある企業や、ワールドさんのような低価格ブランドを持っている企業と真っ向勝負で長期間戦えるほどの体力がない企業は淘汰されるだろう。個性が強いところは小規模・中規模でも生き残れると思う。
―その価格競争に巻き込まれたブランドは厳しいと。
おそらくそこは弱肉強食の世界なので、バリュー・フォー・マネーの高い商品を提供できるメガプレイヤーには絶対敵わない。僕らはそっちで戦う自信がないので、アッパーミドルの方に極力逃げ切る。価格競争に引きずられかねないブランドがあれば、ひどい目に遭う前にまた整理していかなくてはならない。
―今年力を入れていくブランドは?
ゴルフなどのスポーツやストリート系のブランド、「ラリン(Laline)」などの売上が伸びているブランドに力を入れ、海外展開を本格化させる。
あとは新規事業に投資をしていく。2〜3ブランドほど来期中に始動させる計画だ。
―M&Aは検討していますか?
もちろん。ただ、M&Aというよりもタレントにうちのアセットを使って立ち上げてもらうという形になるだろう。
―3月1日付で社長職を退任されることが決まりました。着任から3年で交代となりますが、心境は?
僕はいわゆる「雇われ社長」で、改革を進めることが使命だったが、やはり改革は時間がかかるし、乱暴にやってしまうとブランドの個性が壊れてしまう可能性もあるので、難しさを感じることも多かった。でもコロナの流行でいま死ぬ気でやらないといけないんだという使命を感じた。振り返ると、あれは「改革を今進めろ」ということだったのかなとも思う。今回の組織改編で人事、情報システム、経営企画のチームの皆には疲弊させてしまったが、結果的に3年目を迎えた今期が今までで一番仕事ができたという実感がある。
―上田谷社長が思い描いていたことを全部やりきることはできましたか?
後悔はいっぱいあるが、理想を追い求めるとキリがなくなってしまう。全部やりきったと言えるほど満点ではないが、「世代交代」という点においては後戻りできないところまではやり切ることができたと思っている。
―新社長となる下地毅氏にはどのようなことを期待していますか?
彼は現場叩き上げの人間。僕は業界歴が長くても現場での経験はないので現場に対してのコミュニケーションにすごく気を遣ってきたが、彼は現場を理解しているからこそスピード感をもって組織を動かすことができる。前任者(齋藤匡司氏)も僕と似たキャリアだったので、同じようなスキルセットを持つ人間よりも、キャラクターが全く異なる下地に託すことで、この先数年かかるかもしれないが現場の意識やスピード感を変えていくことができると思う。そして裏表がない性格も彼の魅力の一つ。これは僕だけではなく一緒に働く人たちにとっても絶対に大事なこと。彼が持っていないスキルセットを持つ人材は組織に組み込んでいるので、チームでデジタル化やグローバル化をうまく進めてくれるのではないかと期待している。
―株価はコロナ以前と比較して3分の1に落ち込んでしまっています。株主の皆さんに伝えたいことはありますか?
まずお伝えしたいのは、「ちゃんと体力的にも生き残れます」ということ。あとは、ブランドの個性をベースにしたプロパー化やデジタル化は競合他社に比べて圧倒的に強いと感じている。なのでそこは大丈夫と思っていただきたい。課題となっている利益率の向上についても今後取り組んでいくつもりだ。
(聞き手:伊藤真帆)
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