第1話からつづく——
終戦とともに大病から生還し、命の重みを知った菊池武夫。中学生の頃には父親の株の売買により財産を失ったことで生活環境が大きく変わりながらも、一家で支え合って過ごす。しかし勉学には打ち込めず、芸術の道へ。西村伊作が与謝野晶子らとともに創立した「文化学院」は、個性と思想を育てる芸術教育で知られる学校。自由を尊重する校風で、ここで学んだ経験が人生の土台になったという。ジャズを通じて知った大人のファッションの世界も、多感な10代の興味を多いに刺激した。——「タケオキクチ」のデザイナー菊池武夫が半生を振り返る、連載「ふくびと」第2話
人生の土台となった文化学院
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中学、高校と、一般的な勉学には打ち込めず、拒否反応を示すほどひどいものでした。一方で、芸術への興味関心は強かった。普通の大学に進学していわゆるサラリーマンになることはないだろうと、漠然と考えていました。
暁星高校を卒業した後に、お茶の水にあった文化学院の美術科への進学を決めたのは、自由な校風に共感したからです。教育を強制しない放任主義で、本人の意思を尊重する。そういった独創的なスタンスに大きな魅力を感じました。与謝野晶子や石井柏亭らが創立に関わっていることも、決め手の一つになりましたね。
入学して良かったなと思えたのは、西村伊作・学院長の存在も大きい。圧倒的なオーラがあり、ユニークで風変わりな性格が魅力的な人でした。自由な校風は、創立者でもある西村学院長の存在があってこそ。大の運動嫌いで、僕らが校庭で野球をしていたら、めちゃくちゃ怒られたこともありましたが。過激な発言も多かったけれど、普通じゃないところがとても面白かった。「こんな大人がいるのか」と憧れましたね。
この文化学院での学びが、僕の人生の土台になっているのは間違いないでしょう。自分自身で、一から作品を作り上げること。いわゆる日本の詰め込み教育とは真逆の考えが、僕にはすごく合っていたのだと思います。生涯の仲間にも出会うことができました。後に写真家になった大西公平とは在学中よく遊んで、卒業後も何度も一緒に仕事をしているし、デザイナーの稲葉賀惠とは公私共にパートナーとして後に結婚しましたから。
銀座のテーラーに通う18歳
僕がファッションの世界に入るきっかけになった出来事も、この時期にありました。婦人服専門店の「鈴屋」が、日本橋高島屋の2階に「ヤングマンマート」という若手がデザインした服を並べるコーナーを設けて話題になっていて、たまたま僕と大西にオファーが舞い込んできたのです。その時に描いたブルゾンやコートが、僕にとって最初にデザインした服。といっても服作りを学んだことは無かったので、今考えれば一種の暴挙でしたが、実際に販売されて全部売れたと記憶しています。達成感というか、嬉しかったですね。
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18歳の頃
10代の後半、僕はモダンジャズに傾倒し毎日のようにジャズ喫茶に通っていたので、色々な人と知り合えたのは趣味の部分が大きいんじゃないかと思います。新宿のジャズ喫茶「キーヨ」でよく見かけていた、写真家の立木義浩さんに「モデルをやってくれないか」と声をかけてもらったことも。雑誌「週刊平凡」のファッション特集に、撮られる側として参加したのは刺激的な体験でした。立木さんは当時から僕が尊敬する方の一人で、兄貴のような存在でもあります。
学生時代から、ファッションにも自分なりにこだわっていました。憧れを抱いていたのはやっぱりモダンジャズで、黒人アーティストの佇まいやスタイルが唯一のお手本。ただ、まだ既成服が充実していなかったので、着たい服があれば自分で作るか、仕立て屋に頼むしかない時代です。生意気にも18歳の頃からテーラーに通っていました。銀座の「ミロ」という店で、生地を選んで、自分の頭の中のイメージでデザインをオーダーするのです。「洒落た若者がいる」と業界内でちょっとした噂になったようで、私服で雑誌に出たこともありました。同年代からしたら、少し浮いていたでしょうね。
その頃のファッション雑誌は「装苑」が全盛期で、メンズだと「男子専科」くらい。でも僕にとっては、雑誌に載っている写真が生真面目に見えて気持ち悪く感じてしまって、参考にすることはありませんでした。トレンドを追うといった意識はまったくなく、リアルに着たいものこそがファッションだと思っていたのです。——第3話に続く
TAKEO KIKUCHI アーカイヴ集
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タケオキクチ初期の時計コレクション
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1980年代のタケオキクチ名作時計クロノグラフ ムーンフェイズ
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ベゼルにギザギザの造形装飾が施されたクロノグラフなど、タイムレスなデザイン
【毎日更新】第3話「型紙の服作りを習ったことがない」は2月28日に公開します。
文:一井智香子 / 編集:小湊千恵美
企画・制作:FASHIONSNAP
【連載ふくびと】デザイナー 菊池武夫 全13話
第1話—大病と戦争 「生きる喜び」を知る
第2話—生涯の友と将来の道を見つけた場所
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