ファッションライターsushiが独自の視点で、定番アイテムの裏に隠れた“B面的名品”について語るコラム連載「sushiのB面コラム」。今回はゴルチエ期の「エルメス」からファーストコレクションのケープを紹介。師弟関係にあたるマルタン・マルジェラとの親密な関係性を感じ取ることができる、“ファンタジー溢れる”この一着から、sushiのこれまでのファッションの変遷を一緒に振り返る。
前回の記事で、作り手とプロダクトの関係について話をした。信頼のおける作り手の存在を肌で感じられて、かつデザイン性やスタイルにも共感できる服は、着ていてとても心地が良く、温かい気持ちになる。「まさに自分の求めていたものはこれだ」と納得できるのだ。
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といっても、そう自覚するほどにそうなったのはここ1年くらいのこと。昔は自分の知らないきらびやかな世界を仮想的に味わうことができるのがファッションだと思っていて、そのファッションを通じて体験できるファンタジーが好きだった。
服にハマった当初は、当時流行していたノームコアの都会的で洗練されたスタイルが東北の片田舎出身の僕にとってのファンタジーだった。そこからノームコアに比べてセンセーショナルで攻撃的なモードの世界、さらにそのデザイン性に加えて贅(ぜい)を極めたラグジュアリーファッションの世界、そして過去の名作や歴史のノスタルジーに思いを馳せるアーカイヴやヴィンテージの世界へと興味は移っていった。
振り返ると、いつだって自分の“触れられない”世界へのあこがれを、ファッションを通じて追い求めていたんだと改めて思う。あこがれ続けたからこそ、表面的なことだけではなく、個体が持つリアルな魅力を実際に手に触れて感じ取ることの重要性をより実感できたと総括している。
というわけで、年の瀬にこれまでの通ってきた変遷の振り返りも兼ねて、自分の所有する服の中でも特にファンタジーを感じられる一着として、ジャンポール・ゴルチエが手掛ける2004年秋冬の「エルメス(HERMÈS)」から、漆黒のカシミヤブランケットケープを紹介して、2023年最後の記事としたい。
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エルメスの長い歴史のなかで、個人的に最も好きな時期はマルタン・マルジェラが手掛ける1997年から2003年までのシーズン、ご存じ“マルジェラ期”とされる時期だ。僕の発信を見てくれている人はお分かりの通りだが、僕はこのマルジェラ期エルメスを長いこと偏愛しており、名作として有名なものからあまり世に出回っていないマイナーなものまで相当数の作品も手に取った。上記で挙げた没頭したジャンルの変遷の中でも、アーカイヴというジャンル、ことマルジェラ期のエルメスに関しては特に心血と金銭を注いだ。賛否ある意見だと思うが、自分の中では個人的な感情も含めてエルメスのコレクションの中ではこのマルジェラ期が最も魅力的な、いわゆるA面的なポジションになると思っている。
一方で、今回紹介するのはマルタンがエルメスのデザイナーを退任した2004年以降のシーズンのもの。マルタンが好きな人には常識的な知識になるが、同氏が退任した以降のエルメスのコレクションは、後任としてマルタンが師と仰ぐジャンポール・ゴルチエが2011年まで引き継ぐことになる。
マルタンはアントワープ王立芸術アカデミーを卒業後、1984年からゴルチエの下でアシスタントとしてのキャリアをスタートさせる。ゴルチエからの影響は多大で、それはマルタン本人のクリエイションの節々にも見て取れる。彼の功績を語るにあたり外せないマルジェラの名作「タビ」ブーツの構想も、マルタンがゴルチエの下でシューズデザインを担当していた頃に誕生したものだという逸話もある。
自身のメゾンを立ち上げてからすぐに評価されたマルタンのクリエイションは、決して高価ではない素材を示唆に富むアイデアで唯一無二のものに昇華することでその実力を世に知らしめたが、エルメスでのマルタンのキャリアはそのクリエイティビティを世界最高峰の素材と職人芸を持って表現するまたとない機会になり、本人も自身の中で最も重要な経験の一つだったと語っている。そんなエルメスでの功績を、密な師弟関係にあるゴルチエが後を引き継ぐというのは、何ともドラマチックな展開だと個人的には興奮してしまう。
そんなエルメスのデザイナー変遷の中でも、このケープはゴルチエがエルメスからメゾンを引き継いだファーストコレクションのもの。素材はもちろん贅沢な大判のカシミヤで、体に巨大な布を大胆にまといつつ、付属のベルトで縛り着用者のシルエットを際立たせるゴルチエ特有のフェティッシュな要素も持ち合わせる。見た目ももちろんかっこいいのだが、このケープの更に面白いのはその構造であり、あいにくイラストだと伝わりづらいのだが、そのパターンは巨大な一枚のストールに単純に袖をとってつけただけの作りになっている。
その単純な構造の何が面白いのかというと、実はこれはマルタンが自身のメゾン「メゾン マルタン マルジェラ(Maison Martin Margiela)」の1999年秋冬コレクションで発表した名作「デュベットコート」と全く同じ構造なのである。
デュベットは日本語で布団の意であり、その名の通り一枚の布団に袖をとってつけた一着で、マルジェラのアーカイヴの中でも特に評価が高い。メゾンのディレクターがジョン・ガリアーノに代わった後も、このコートから着想を得たコートが現在も作られていたり、メゾン・マルジェラの近年のヒット商品となったクッションのようなバッグ「グラムスラム」なども、デュベットコートからの引用だと見て取れる。
マルタン本人とゴルチエの信頼関係はそれぞれの個人インタビューや各種ドキュメンタリーを見れば双方にとって深い意味を持つものだとすぐにわかるが、マルタンからメゾンを引き継いだ直後のコレクションで、弟子が残した遺伝子的なものを引用した作品を意図的に作ったのではないかという、そんな漫画のようなファンタジーに勝手に思いを馳せてしまう。ちなみにゴルチエは私服でもマルタンがエルメスでのキャリアの中で生んだ名作の一つであるドゥブルトゥール(二重巻き)のベルトをあしらった時計「ケープコッド」を愛用することでも知られている。そんな偉大な二人のデザイナーの親密な関係性が想像できる一着だ。
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最近、物量が増えすぎたこともあったが思う事があり、手持ちの服の中でアーカイヴとされるような服を一気に整理した。もともと「服は着てナンボ」という考えなので、貴重なアーカイヴをたとえデッドストックで入手したとしても躊躇わずに着用していたのだが、どうしても着ている間は汚れが付いたり傷がつくことに神経質になりすぎてしまう事が多々あった。それは少々ガサツな自分が着るにはライフスタイル的に矛盾していると感じていたし、個人的な思いで執着して消費されていくより、仮にそれが服本来の役割ではないとしても資料として必要とする人のところにも渡り、その役割を全うすべきなのではないかと思うようになった。それに、どこかの誰がか僕が持っていたアーカイヴを実際に手に取ってみることで、その服が評価されていることを改めて体感できるかもしれないし、憧れのスタイリングが組める高揚を味わえるかもしれない。それらの体験が、僕のように今後の服との向き合い方を考える一助になることだってあるのだ。
どんな形であれ、ただただ見た目の格好良さや“いくらで買ったものがいくらで売れた”とかいうマネーゲームを愉しむにとどまらず、その個体が生まれた背景だとかドラマだとか、そういったことを実際に触れることで思考しながら、“ファッションのファンタジー”をより一層楽しむための助けになればいいと思う。
そんな思いで服を整理していたのだが、このケープは今も手元に残っている。勿論、気に入ってよく着用しているというのもあるが、これまで自分が手にした服の中でも、最も美しいファンタジーを提供してくれた服だと思うからだ。服が見せてくれるファンタジーの美しさを経由することで、いまのファッション観が生まれた。そのファンタジーを経由することで見える新しい世界があることをよく覚えておくためにも、この一着はもう少し手元に置いておきたいと考えている。
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今年もたくさんの服を手に取った。来年はどんな服が自分のもとに巡って来て、どんな新しい楽しみを見つけることができるだろう。毎年変わり映えはしないが、今年は服に対して本物志向に変わったり、アーカイヴを手放したりと新しい変化があった。それも含めて、ファッションは自分にとって大きな楽しみであり続けるだろうと、より強く信じることができるようになった経験をした一年だったと思う。皆さんも良いお年を、そして良いファッションを!
>>次回は1月31日(水)に公開予定
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。
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