Spiber 関山和秀代表
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新しい生活様式はもはや日常へと移行し、それに伴い企業の舵取りも大きく変化している。FASHIONSNAPは経営展望を聞く「トップに聞く 2022」を今年も敢行。第10回はスパイバー(Spiber)の関山和秀代表。人工的にクモ糸を作る「クモノス(QMONOS)」で注目を集めた同社は今、「構造タンパク質を使いこなすプラットフォーマー」へと方針を転換して巨額の調達で世間を驚かせた。新型コロナウイルスによりアパレル業界が大きく変化する中、38歳の若き経営者が見つめるタンパク質の可能性とは。
■関山和秀
2001年、慶應義塾大学環境情報学部入学。2002年より山形県鶴岡市にある同大学先端生命科学研究所を拠点に研究活動に携わり、2004年よりクモの糸の人工合成の研究を開始。博士課程在学中の2007年、学生時代の仲間とともにスパイバー(現Spiber)を設立し、2013年、世界初の合成クモ糸繊維の量産化に関する基礎技術の確立に成功。2019年には、人工タンパク質「Brewed Protein素材」を使った世界初のアウトドアジャケットを発売し、世界的な注目を浴びる。現在はアパレル向け繊維素材だけではなく、さまざまな分野の素材開発・製造を手がけている。
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2021年は総額600億円超を調達
―2021年はどんな一年になりましたか?
これまで取り組んできた開発を大きな産業につなげていくために、量産の基盤を作っていく「準備の年」になりました。最初のマザープラントとなるタイの工場の建設や、米国の生産拠点の立ち上げの準備を進め、そのための資金調達も実施しました。政府からもご支援いただき、大きな成果が得られたと実感しています。
―クールジャパン機構を含む巨額の資金調達も大きな話題を集めました。
やはり、温室効果ガスの排出を抑制できる点が大きなポイントになったと思います。ウールやカシミヤ、ファー、革といった素材はアパレル業界で欠かせない素材となっていますが、例えばウールやカシミヤは、コットンやポリエステルなどと比べると温室効果ガスの排出量が大幅に高いんですよね。生産量自体はそんなに多くはないものですが、温暖化へのインパクトを考えると無視はできない。
私たちが開発した素材はこれらの動物由来の素材に置き換えることができ、中長期的には数分の1、場合によっては数十分の1くらいまで温室効果ガスの排出を下げられると考えています。現状、これを商業利用にまでもっていけるだけの技術レベルを持つのは海外を含めても我々のチームしかいないという点を、欧米をはじめとする国内外の投資家から高く評価していただき、大規模調達につながりました。
―11月にはISO(国際標準化機構)により「タンパク質繊維」の定義が改訂。人工的に製造されたタンパク質も「タンパク質繊維」に含まれるようになりました。
「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」や「ゴールドウイン(Goldwin)」で今すでに製品化しているものには「分類外繊維」と書かれているのですが、これが「タンパク質繊維」というカテゴリーにしっかりと分類されることになります。これは、我々の素材が国際標準でカテゴライズされる材料になったと受け止めていますし、ISOに繊維関係の業界の方々と一丸となって申請し採択されたことは、私たちにとっても大きな出来事となりました。後にJIS(日本産業規格)も書き換わるようになれば日本で販売される製品にも記載されるようになると思います。
「アパレルには適さない」人工クモ糸から学んだこと
―スパイバーは人工クモ糸「クモノス(QMONOS)」で話題をさらいましたが、現在は「ブリュード・プロテイン™素材」と呼んでいます。
ここ数年でスパイバーにおける素材開発の考え方、技術開発のフェーズが完全にアップデートされ、クモノスからブリュード・プロテイン素材に進化しました。たしかに最初は天然のクモの糸に着目し、それを人工的に再現しようと研究を始めました。一方、本当に世の中に求められている素材と天然のクモの糸の間にはギャップがありました。そこで、蓄積してきたデータや技術をフルに活用して、世の中のニーズに真にマッチする構造タンパク質素材を設計、合成、生産していくというというアプローチに切り替えたのです。そうして生み出された構造タンパク質全てを「ブリュード・プロテイン素材」として再定義しました。
天然のクモの糸自体はすごく面白いタンパク質素材で、そこから学べることもたくさんありますが、クモ糸の特長をそのまま活かせる領域はすごく少なくて。例えばセーターやジャケットの生地に適した素材かと言うと、必ずしもそうではないんです。私たちが目指すべきなのは、天然のクモ糸を忠実に再現することではなく、世の中に役に立つ素材を提供することであり、それをいかに環境負荷やエネルギーコストを低く作る技術を確立させていくかというところですから、クモ糸に固執せずにタンパク質を自由に設計し、ニーズを満たす素材をテーラーメイドする技術基盤を作っていくことにしました。もちろん、現在も引き続きクモの糸の研究は行っていますし、それ以外にもカシミヤや蚕やミノムシのシルクなど様々な自然界の素材を参考にして、今後の新しいタンパク質素材の開発に生かしていきます。
■「ブリュード・プロテイン素材」とは?
Spiberが開発する人工構造タンパク質のポリマーや繊維、樹脂素材などの総称。クモの糸やカシミヤ、シルク、その他自然界に存在するタンパク質の遺伝子を参考にしつつ、用途に応じて独自で遺伝子をデザインし、微生物に組み込み、発酵させることで様々な特徴を付与したタンパク質を作り出すことができる。それらのタンパク質は、フィラメント糸からカシミヤ、ウールのような紡績糸、アニマルフリーファーやアニマルフリーレザー、べっ甲や水牛の角のような樹脂材料まで、あらゆる素材に加工することができる。石油に頼ることなく、またマイクロプラスチックを排出することがないため、海洋汚染に対する影響も少ないことやカシミヤやウールなど動物繊維より温室効果ガスの排出量が大幅に抑えられることが期待されている。
―人工のクモ糸だけではアパレル分野での可能性が低いということですね。
正直、クモの糸はアパレル製品には向いているとはいえません。毎日防弾チョッキを着るような世界にならない限り(笑)。
―2015年にゴールドウインと共同開発した「ムーン・パーカ(MOON PARKA)」のプロトタイプにはクモノスを使っています。
プロトタイプの発表後、実用化に向けて準備を進めてきましたが、2019年に発売したムーン・パーカは、実は「クモ糸」と言えないくらいタンパク質のアミノ酸配列をだいぶ変えてしまっているんです。
―ムーン・パーカの開発に約5年の歳月をかけたそうですが。
アウトドアジャケットを作ると決めて開発に取り組みましたが、アウトドアジャケットはアパレル製品の中でも高い水準が求められるんですよね。天然のクモ糸は水に濡れると収縮するという特徴があるのですが、クモノスも同様の特徴を持っていたことから、何とか解決しようと一からタンパク質ポリマーを作り直し、技術を磨いていきました。この開発で学んだことは今生かされているので、開発自体は大変でしたが良い経験になりました。
―ちなみにクモ糸はどんな分野と相性がいいのでしょうか?
高速で歪みが加わった時の特性が素晴らしいので、輸送機器や自動車部品など、事故の際のエネルギー吸収が求められるような使い方は可能性があると考えています。そういった分野でも使ってもらえるように、引き続き開発を進めていきたいと考えています。
―ブリュード・プロテイン素材は、これまでにゴールドウインのほかに「サカイ(sacai)」や「ユイマ ナカザト(YUIMA NAKAZATO)」のコレクションで使われています。
他にもいくつかプロジェクトで実際に開発が進んでいるのですが、リソースが不足しているのがボトルネックになってしまっています。進行しているプロジェクト自体は数十件程度ですが、お問い合わせの数はとても多いですね。
―ラグジュアリーブランドからも引き合いがありそうです。
使っていただける可能性は十分あります。おそらく、動物由来の材料を使っている多くのアパレルメーカーには近い将来、我々の素材を使っていただけると思っています。
―プライベートブランド立ち上げの構想は?
まずは素材をより広く使っていただけることに専念しますが、PBの可能性もあるかもしれません。
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