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私たちは今まで色彩と共にどのように生きてきたのか——「紅白展」から色の意味を考える

Image by: 文化服飾博物館

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私たちは今まで色彩と共にどのように生きてきたのか——「紅白展」から色の意味を考える

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 会期中も会期後も読める新たな批評の在り方を模索。会期後のレビューではなく、会期中の展覧会を彫刻家で文筆家の鈴木操がレビューする同連載。第8回は、文化服飾博物館で開催されている「紅白 夢の競演!ーさまざまな国の“赤”と“白”ー」について。鈴木は同展をどう見たのか。

 近年度々ファッションなどのデザイン領域において取り沙汰される文化盗用の問題や、Ye(カニエ・ウェストから改名)の一連の騒動に見られるように、人種、ジェンダー、民族、階級といったアイデンティティや植民地主義に関わる政治的で倫理的な話題は、世界中の人々の関心を様々に呼び続けている。また長らく続いているコロナやウクライナ戦争という状況は、私たちに国境という境界線を意識させ、国という共同体への帰属意識を日々搔き立てている。 私たちをカテゴライズしたり、差別などの退行的な意識を煽るような出来事は、生活の隅々にまで浸透しており、新たな習慣や配慮を生み出し続けている。

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 「紅白 夢の競演!ーさまざまな国の“赤”と“白”ー」と題された本展覧会は一見すると、年末のお茶の間テレビ番組を彷彿とさせるタイトルによって、遊び心のある年末年始的なやや浮ついた様相を見せている。「赤」と「白」という衣服の色をテーマにして企画されているこの展覧会は、日本の着物、アジアやアフリカの民族衣装、ヨーロッパのドレスなど約40ヶ国の衣服を展示。その衣服の多くは、文化服飾博物館が所有するアーカイヴであり、それを基礎として構成されているというから驚きだ。パロディ的タイトルが示す通り、ジェンダーや国といったアイデンティティにまつわる枠組みの基、衣服を見せることをこの展覧会が第一に狙っていることは言うまでもない。しかし筆者が最初に抱いたそのような印象とは裏腹に、一通り展示を観終わってみると、この展覧会は世界中の衣服を通して垣間見る「色彩の風土論」と言えるようなものであった。この観る前の印象と大きく異なった事後の感慨は一体なんだろうか。

「権力がどのように多様性や差異を生産してきたか」という問題意識を紅白から考える

 展覧会の章立てに沿って観覧していくと、様々な地域において、私たちのアイデンティティの形成に「赤」と「白」という色彩が大きく関わっていると、繰り返し喚起される。万国共通して「白」は、様々な儀礼や祝いの空間において、日常とは異なる特別な意味と感覚的なニュアンスを構築してきた。また砂漠地帯では、その環境から身を守る機能的な色として暮らしに役立ってきた。翻って「赤」は、 赤色の染料が貴重な地域においては、富や権威を示すものとして、人々の階級意識や人格を構築してきたことがキャプションによって示される。古来から衣服が持つパフォーマンス性は、社会的・宗教的な意味と生命維持的な機能性が複雑に絡み合い、社会の中で多重的に機能してきた。そして会場で私の目を引いたのが、様々な地域において男性は「色」によってコミュニティを代表することが許されている一方で、女性はコミュニティあるいは家庭の中に埋没するように 「色」が利用されてきたことを示唆するキャプションの存在があったことだ。全体を通して特別強調するように書かれていたわけではないが、このように「色」には、女性の社会的権利の歴史的推移が刻印されており、こういった権力構造が現代社会においても連綿と続いてしまっていることに、観客は否応なく気付かされる。

左)ドレス:ビンダリ トルコ 20世紀初期、右)ウエディング・ドレス イギリス 1840年頃

 世界の隅々まで言葉とデザインで満たされた現代社会に生きる私たちにとって、権力がどのように多様性や差異を生産してきたかという問題意識は非常に重要である。同展は、その問いかけの存在と気づきを観客に与える機会を作っている。だからむしろこのような時代的で普遍的な問いかけを前にして「私は今まで色彩と共にどのように生きてきたのか」という個人的な感覚がむしろ強く湧いてきた。つまり、国という全体性やそれに関わるナショナリズム、また階級やアイデンティティを表す観念的な「色」としての 「赤」と「白」を認識する以前に「私はどのように色を認識してきたのか」と漠然と疑問に思ったのだ。なぜなら、陳列されている衣服やテキスタイルの「色彩」を観賞して、純粋な喜びが湧いたし、もっとたくさんの色を楽しみたいと思ったからだ。

 こういった個人的で単独的な想いに立ち返らせる力強さを、展示されている衣服たちは放っていた。そして先ほど「色彩の風土論」という展覧会への感慨を述べたのもこういった理由からである。ともあれ私たちの感受性を刺激する色彩(今展覧会では赤と白)の奥行きを、もう少し照らすことにする。

“風土”によって織りなされる「色」

 衣服における赤と白と言っても様々な「赤」と「白」がある。ここで言う“様々”とは単に色相の幅を意味するのではない。世界中の多様な自然環境とそこで生じた社会と文化=“風土”によって織りなされる、絵画を描く様に人の手によって「表現された色=染織された生地」のことを意味する。会場に陳列された古今東西の様々な衣服たちは、現代のデジタル環境に慣れ親しむ私たちにとって、色とは波形の光であるだけでなく、人の手が介在した手触りのある物質的なものでもあることを思い出させてくれる。陳列された衣服が私たちに開いてくれるその時代と地域の風土と強く結びついた色は、デジタル環境においてディスプレイが放つ光の色とは、根本的に違う風土を感じさせる。風土が違うと言い切ってしまえることに正直戸惑いと驚きを自らに感じるが、しかし明らかにすでに失われつつある「色」が、いくつかあるように個人的には感じられた。

左)男性用衣装 台湾 20世紀初期 右)男性用衣装 アラビア半島地域 2002年

 そもそも私たちはなぜ色が見えるのか。簡単に言えば私たちは、色を眼球を通し脳内で認識しているのだが、つまり光と物質と私たち観察者という3つの要素による複合的な相互作用において「色」は構築されている。ともすれば色とはそもそも根本的に、自然環境と人間社会との関係性において作られた“風土的なもの”なのであり、そして今展覧会のように「色を見る」行為とは、自然環境と結びついたエコロジカルな営為とも言えるだろう。展覧会で何度か登場した、日本でも古来から使われている赤の染料である「茜」や、シルクロードを経由してエジプトから中国へ、そして五世紀ごろ日本へ伝わったとされる「紅花」は、極めて複雑な工程と人の手の技術を介在することで初めて、繊維に美しい「赤」を表現することが出来る。染織とは、自然環境と私たちがどのように相互作用してきたかが結晶化されているのだ。しかし、 産業革命が起こり、石炭・石油・ガスなどのエネルギー資源の利用が大きく活発化していくと、石炭の炎から出る副産物のコールタールを利用して化学染料の「アニリン」が発明され、そこから派生的に、展示会場にも登場した「モーブ」という紫の染料が生まれる。この発明について、現代のエコロジカルな脱炭素化の動きから遡って考えてみると、少し複雑な想いに捕らわれる。なぜなら、文化的差異と階級によって価値づけられていた色彩が打って変わって、化学染料の登場は染織を大衆化し、多様な化学的色彩は社会における平等という価値を印づけるものになっていった経緯があるからだ。しかし、それによって自然環境と人間の相互作用において蓄積してきた植物や昆虫などによる染織技術を手放す理由にはならないだろうし、またその逆の状況にある現代に対しても同じことが言える。これではちょっとしたダブルバインドだ。この両義的な状況がおそらく現代的な“風土”なのであるが、いずれにせよ風土とは、現在進行形で現れている人間社会と自然環境の相互作用が起こっている時空間なのであり、特に衣服は様々な時代や地域の風土が込められたものであることを、展覧会の衣服たちは具体的に証明して見せている。

左)白無垢 日本 1920-30年代(昭和時代初期) 右)前掛:イジョゴロ 南アフリカ共和国 20世紀中頃

「文化としての色彩」だけではなく「風土としての色彩」

  本来的に自然と社会が不可分であり、その複合的な集合体が“風土”であるとしたら、当然ながら産業革命以後の世界も自然と社会の相互作用において生じた風土が存在する。農耕社会が生み出した風土、産業社会が生み出した風土、情報社会が生み出した風土があり、そこで生み出される精神的・身体的な領域が存在する。かつて栄えた文明が幾重にも滅んでいったことを私たちは歴史的に知っているわけだが、しかしそういった文明が残した様々な物に込められた“風土”によって、どの時代の現在性においてもその文明の片鱗を感じることが出来る。だから“現在”に生きる私たちは、様々な時代や地域性が混ざりあい地層の様に蓄積したハイブリッドな風土を生きているのであり、そして具体的にその地を踏み空気を吸い衣服に袖を通すのは、抽象的なアイデンティティや共同体ではなく、単独個別の私たち自身である。 

 風土について思考することと、アイデンティティや国というものについて思考することを同一視できないように、色彩にもパラレルに多様な在り方がある。確かに「文化」という枠組みは単一的な人間社会の見方を生み出すが、しかし風土とは、文化と違って自然環境までも含む複雑でアウトラインがはっきりしない動的な枠組みであるがゆえに、私たちの感性を大きく開いてくれる可能性がある。今回「紅白 夢の競演!ーさまざまな国の”赤”と”白”ー」展がフレームアップした「文化としての色彩」だけではなく、実際の展示物が示していた「風土としての色彩」も同時に捉える視野を持つことが、環境問題も抱える未来を 生き抜かなければならない私たちにとって、取り分け重要になってくるのは間違いないだろう。

彫刻家/文筆家

鈴木操

 1986年生まれ。文化服装学院を卒業後、ベルギーへ渡る。帰国後、コンテンポラリーダンスや現代演劇の衣裳デザインアトリエに勤務。その傍ら彫刻制作を開始。彫刻が持つ複雑な歴史と批評性を現代的な観点から問い直し、物質と時間の関りを探る作品を手がける。2019年から、彫刻とテキストの関係性を扱った「彫刻書記展」や、ファッションとアートを並置させた「the attitude of post-indaustrial garments」など、展覧会のキュレーションも手掛けている。

(企画・編集:古堅明日香)

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