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【ミニインタビュー】店名の由来と、「スノウショベリング」が目指す古本屋の姿とは
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FASHIONSNAP(以下、F):店名である「スノウショベリング」は日本語訳すると「雪かき」という意味です。
中村秀一(以下、中村):村上春樹さんの「ダンス・ダンス・ダンス」の一節から拝借しました。
「穴を埋める為の文章を提供してるだけのことです。何でもいいんです。字が書いてあればいいんです。でも誰かが書かなくてはならない。で、僕が書いてるんです。雪かきと同じです。文化的雪かき」
村上春樹著「ダンス・ダンス・ダンス」
中村:物書きである主人公が、お金持ちの人に自分の職業を説明する際に「雪かき」に例えるんです。「文章を書くと言う仕事は、雪かきのようなもの。誰もやりたがらないけど、廃れさせるのにはもったいない。雪かきを誰かがやらなければ、その家の屋根は潰れてしまう」と。僕は世の中にあるほとんどの仕事は「雪かきのようだな」と思うんです。
F:中村さんにとって、本屋を営むということは「雪かきのような仕事」に含まれますか?
中村:2012年からこの本屋を始めたんですが、当時から本屋は斜陽産業と言われていました。「やる意味がない」「やる価値がない」と囁かれる中で「でも、誰かがやらなきゃいけないよね」という気持ちで店を構えました。勝手に小さな十字架を自分で背負っているんです(笑)。「誰でも出来るけど、誰かがやらなくてはいけないという仕事を僕はやっている」。そういう想いがあるからこそ、店名にしたんでしょうね。
F:本屋を営もうと思ったきっかけは?
中村:僕は本屋さんになる前は、広告業界でグラフィックデザインを作っていました。所謂、受注産業でそれこそ誰でもできる仕事だった。「やらされている」と言うと被害者意識が強すぎるんですが、受注サイクルに疲れちゃったんですよね。だったら、自分発信で仕事をしよう、と。だから「中村屋」であればなんでもよかったというのが正直な話です。
F:「中村屋であれば良い」とは?
中村:究極は「世の中が良くなるために自分は何ができるであろうか」です。僕の場合は、本屋に行くのが好きだったこともあって「こんな本屋を作ったならば誰かに喜んでもらえるだろうな」というイメージを持てた。もう一つ本屋をやろうかなと思った理由があって。それは僕自身が本に助けられてきた自覚があったので「その経験や気持ちは本当だろう」と考えたんです。であれば、その経験を誰かにやっぱり伝えたいな、と。そんな風に「僕が本屋を営む」ということに少しだけ意義を感じて本屋さんになりました。
F:本に救われた経験、というと?
中村:ちょっと脱線するかもしれないんですが。例えば、僕はレストランのフルコースをお行儀良く食べる方法を、伊丹十三の「ヨーロッパ退屈日記」を読んで知りました。読んでいたから、初めてレストランに行った時もあたふたせずにフルコースを注文して食事をすることができたんです(笑)。何が言いたいのかというと、本を通して擬似体験をし、自分が知り得ない経験をインストールすることが出来るなと思うんです。「本で読んだ知識で世の中を渡り歩ける」と言ったら大袈裟かもしれませんが、少なくとも僕の人生は渡り歩けたんですよね。読んでいるだけで実体験のない知識を、自分でどう活用するかが読書の肝なのかなと。本は僕にとってサバイバルツールだったんですよね。
F:自分自身の経験に基づいたお店づくりなんですね。
中村:そうですね。自分の中の実感として体験は記憶に残ると思っていて。例えば「これを買ったお店はあそこだったな」と思い出すことってありますよね。それは物と場所が紐づくことであって、その繋がりが強いということは金額以上の価値が生まれていることだと思うんですよね。もちろん僕にも「この本を買う時、店主とこういう話したな」「素敵な子が僕にコーヒー奢ってくれた時に買った本だな」とか、本屋で過ごしていた頃の思い出があります。そういう記憶や経験は後々価値になるだろうな、と個人的に信じているんですよね。だから僕は、プロダクトを差し出すというよりまずはそういう体験が生まれやすい場所を作ろうと考えました。
F:目標としている書店はありますか?
中村:参考にしているのはアメリカの最大書店チェーンの「バーンズ・アンド・ノーブル」。僕は若い頃、海外で「遊学」をしていたんですが、当時は全然お金がなかったのでお金をかけない暇つぶしとして本屋によく通っていたんですよ。僕が通っていた店舗は、スターバックスと隣接していてコーヒーを飲みながら本を楽しむことができる空間で、そこで過ごした時間は僕にとってとても良い経験だった。バーン・アンド・ノーブルはチェーン書店なので、ライセンスを取って日本で展開するのは大変。でも、体験してきたことを自分なりに編集して、管理できるスケールにはめ込めば「僕が良い経験を積むことができた理想の本屋」は出来上がるだろうな、と多少の確信があったんですよね。
F:お店のホームページは「『本屋は儲からない』と言う人がいます。人は『儲ける』ために働くべきでしょうか」という一文から始まります。
中村:ずいぶん生意気ですよね(笑)。究極、本が1冊も売れなくても経営が成り立つように、とは思っています。若干負け惜しみもあるんですけどね(笑)。
F:本が売れなくても成り立つ本屋、というのは具体的に?
中村:当たり前なんですが、本屋でフェラーリは買えないんですよ。もっと言うと、本屋で生計を立てることも調べれば調べるほど、限界が見えてきて。だからこそ「ブックカフェとして飲食代で整合性をとっています」というお店も増えてきたと思うんです。そのアイデアを否定もしないんですけど、結局みんなが本屋をアップデートしなくちゃいけない時代がやってきたなと実感しているんです。単純に本を並べてお金が入るほど甘くない。今も昔も「本屋は儲からない」という人はいるんですが、そもそも昭和のブックショップビジネスが崩壊していたんだなって個人的には思うんですよね。だからこそ、みんなが工夫して本屋プラスアルファの何かを付加しようとしている。
中村:どの業界にも言えることだとは思うんですが、「思想なのか産業なのか」という話は出てくるもの。例えば、ファッションデザイナーを生業としている人たちも最初は「世界を変えてやろう」とか大きな志を持って洋服を作り始めると思うんです。でも、年月を重ねれば重ねるほどコストや受注数みたいなものが見え隠れしてくる。そうなった時、どんなに大きな志を持っていたとしても人が変わったように全てをシステム化しなくてはならなくなるのかなって。そうなってしまった人たちのことを僕は「ダメだ」という気は更々ありません。どちらかといえば、そうさせてしまう空気や環境がよろしくないんじゃないかなって。
F:本屋業界自体が、そもそもスモールビジネスですよね。
中村:そうなんですよね。「お金」と「理想」だとやはりお金の力は強い(笑)。理想や野心を高くキープしすぎると業界の巨大な部分に取り込まれそうになります。だとしたら、小さいままでいるというのがお金に負けないための唯一の抵抗だなと個人的には思っています。人数も店舗数も増やさなければ「ベースアップ」という言葉を使う日は来ない、だって僕のベースはこの小さな自分の店舗だけだから。負け惜しみっぽく聞こえるんですけどね(笑)。これはみんなに言いたいんじゃなくて僕が思っているだけ。
F:本屋を営んでいくにあたり、理想とお金のバランスを取る時に中村さんが意識していることはありますか?
中村:「小さくあること」みたいな流れで言うと、僕が学んだのは決め付けないことかな。例えば「お店はずっとやっているべき」とか「お店はこうあるべき」とかは一方で自分の首を絞めることになるかもな、と。スローガンやフィロソフィーみたいなもので自分を縛り付けてしまうと、新しいことが起こった時にそれに振り回されちゃう気がするんですよね。だから僕は思想も決めつけないし、自分のやるべき姿も決めつけない。「今の私がそれについてどう思うか」というフレッシュな思考を意識するようにはしていますね。
F:お店のコンセプトは「出会い系書店」。本に出会うのももちろん、その他の出会いも大事にしているってことなんですね。
中村:「出会い系本屋」は開店した当初から謳っています。単純に本を提供する小売店以上の表現をしたいな、と思って掲げています。
F:「体験や経験を作り出そう」という信念を言語化したんですね。
中村:僕は、本と出会うということは人と出会うことでもあると思っています。例えば「本を読むということは作者と出会うことである」と言っても誰も否定しないと思うんですよね。「本を通して作家と出会う」を拡張していくと、「本を通して作者と出会った者同士」が巡り合えることもあり得るんじゃないかなって。少し大袈裟かもしれませんが、スノウショベリングに訪れる人たちはみんな仲間であるという大前提を作りたかったんです。本が好きな人たちって割と同志感があると思うんですけど、一方で本が好きな人たちは基本的にシャイな人が多い気がしていて。同じように、本が好きでシャイな僕がこういう場を作ったからには、安心して連帯できる場所を作りたいなと思ったんですよね。「ここは安全な場所で、あなたが好きなものを好きと言えて、あなたが言いたいことを言える場所なんだよ」と。その大前提さえあれば、人は安心安全に自由でいられると思うんですよね。そうやって出会っていこうね、というのがコンセプトです。
F:ドリンクも提供していますよね。
中村:コーヒーとかビールを飲みながら、本を選んだり読んだりしてもらうことが出来ます。僕がここに応接間を設けた理由は、ここに知らない人が座っていて、もしもその知らない人が自分の好きな本を読んでいたら、話しかけてもいいんだよ、という空気を作るためです。
F:通常のブックカフェは「自分だけの時間を大切にする」という意味も込めてパーソナルスペースが保たれている机が多いですよね。でも今、この応接間に座って思ったのは「絶対に別の席に座っている他人が視界に入るな」と。
中村:おっしゃる通り、目線が交差する設計にしています。だからといって「あなたは他人に話しかけなければならない」という強制力はありません。ただ、その自由度というかハプニングが起こる可能性を最大化する努力はしているつもりです。例えば、僕が山手線内で「ノルウェイの森を読んでいたから」という理由だけで隣の人に突然話しかけたらただのナンパにしかならないんですけど、ここだったら「それはナンパじゃないよ」と店主である僕が責任を取れるんですよね。
F:中村さんは店主であり、場の責任者なんですね。
中村:そんなに大層なものではありませんが、ルールとかお作法というのをお客さんが来る度に学んでくれるな、と思っていて。「ここはこういうことをしていいんだ」という自由の可動域が広がっていくと、僕じゃなくてお客さん同士で「コーヒー飲めるんですよ」とか「良ければご馳走しましょうか」みたいなことが起こったりする。場の自由を保ちつつ、お客さん同士が流動的に関係を結ぶためには「大前提」と「責任者」が必要なんですよね。
(聞き手:城光寺美那/古堅明日香)
連載目次
第1回:書店であなたを待つ「円熟本」を探しに:80年以上続く老舗「小宮山書店」編
第2回:書店であなたを待つ「幽霊本」を探しに:「古本屋 百年」編
第3回:書店であなたを待つ「文化的雪かき本」を探しに:「スノウショベリング」編
■SNOW SHOVELING
住所:東京都世田谷区深沢4丁目35-7 2F-C 深沢ビル
電話番号:03-6432-3468
営業時間: 13:00~19:00
定休日: 火曜日、水曜日
公式サイト/公式インスタグラム
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