2025年で創業120年を迎えるアメリカ発のシューズブランド「レッドウィング(RED WING)」が、今、めまぐるしい変化を遂げている。日本国内では、1990年代にエンジニアブーツやアイリッシュセッターが一躍トレンドとなったことでファッションシーンでの注目を集め、近年はヴィンテージブームが追い風となり、若年層からの支持を獲得。コロナ禍の2021年には、流行に左右されず自分らしいライフスタイルを貫く人にフォーカスしたキャンペーン「OUT OF FASHION」を打ち出し、店舗数を3倍に拡大するなど攻めの姿勢を見せた。順風満帆に見えるレッドウィングだが、その背景にはサイバーテロ被害という苦難が関係しているという。骨董通り沿いに構える青山店は今年で10周年を迎え、来年には日本法人設立から20周年を控える中、設立当時からブランドを支えてきた小林由生代表に聞く、レッドウィングの今。
目次
青山への出店から10年、ブランドは原点回帰へ
─まずは青山店の10周年、おめでとうございます。
ありがとうございます。青山店はレッドウィングの国内1号店なんですが、会社の足跡を祝うというよりも、私たち含め、“ずっとレッドウィングのブーツを履いてくれている皆さんの10年”を振り返る機会にしたいという思いから「NOW AND THEN(今とあの時)」をテーマに据えた記念イベントを実施しました。ブーツは履いていくうちにエイジング(経年変化)していきますが、少しずつ変化していくから、意外と新品の時の姿を忘れてしまうんですよね。だから新品の靴とエイジングした靴を並べて、靴のエイジングとともに自分自身の成長や変化を振り返れるようなイベントにしました。
オープンから10周年を迎えた青山店
Image by: FASHIONSNAP
─青山店のほか、2021年以降は渋谷パルコや大阪駅直結のルクアイーレなど、都市部への出店を加速させていますね。
都市部はもちろん、ここ数年で滋賀や札幌などの地方にも出店を進めましたが、それには大きな理由があるんです。私は2020年3月にレッドウィング・ジャパンの責任者に就任したんですが、ちょうどその頃、レッドウィングのアメリカ本社がサイバーテロの被害に遭ってしまって。本社から世界中にネットワークが繋がっているので、子会社も含め、靴の生産方法や製品情報など、ありとあらゆるデータを全て失ってしまったんです。
─それは深刻な問題ですね。
コロナの影響ももちろんありましたが、それ以上に「靴が作れない」という状況に陥ってしまったので、会社としては非常事態でしたね。当時、ヘリテージ部門全体で100品番を超えるシューズを抱えていたんですが、印刷物として残っているデータやアーカイヴをかき集めたもののやはり被害は大きく、その状況下で製造できたのは、グローバルで最もアイコニックな10品番のみでした。日本国内で名品とされていた様々な品番が製造中止となってしまったのです。
─その状況下で、出店拡大を決めたのでしょうか?
当時のレッドウィングは、コアなリピーター層をターゲットに据えていたので「多くの顧客がすでに持っているアイコニックなブーツしか展開ができないなら、新規顧客を開拓する必要がある」と、出店拡大を決めました。それまでは青山の骨董通り沿いと大阪、仙台に3店舗を構えていたんですが、いずれもデスティネーションエリアと呼ばれる、店舗の場所を知らないとたどり着けないような立地だったことから、ブランドの存在を色々な層に知ってもらえる立地として、駅ビルやトラフィックが多い場所への出店を決めました。これまでレッドウィングに親和性の少なかった方でも、とにかく気軽にモノを見て欲しかったんです。
店内に入らなくても通りがかりに商品が見えるような場所にあえて出店を増やす戦略で、店舗数はこの4年間で3店舗から9店舗に増えました。その結果、リピーターがほとんどを占めていた2020年以前と比較して、今では売上の50%以上が新規のお客様です。売上自体も、2020年には前年から少し落としましたが、2021年にはコロナ前の2019年の売り上げを超え、その後も成長を続けています。
─出店拡大による客層の変化はいかがですか?
これまでは40代の男性がコア層でしたが、今、新規のお客様は20代が最も多くなっています。その他にも「レッドウィングが流行っていた頃は高くて買えなかった」という4〜50代のお客様もいたり。会社として「ボーダレス」をテーマに掲げているんですが、その言葉の通り、既存の枠組みにとらわれることなく、幅広い層のお客様から反響があり、嬉しい限りです。
─サイバーテロがなかったら、今とは方向性が違ったかもしれませんね。
全く違ったと思います。問題が起きた直後は、コロナのこともあったし「なぜ自分が代表になった途端に...」とネガティブな感情になってしまったこともありましたが、大切なのは「どのような姿勢で対応するのか」なのだということを学びました。ピンチがチャンスになるというのを身をもって体感しましたね。当時はどん底でしたが、これらの経験を柔軟なアイディアで乗り切ったことで、チーム全体のマインドセットも変わって本質に立ち返ることができました。
─レッドウィングはYouTubeなどの自社コンテンツの制作にも力を入れている印象がありますが、それも新規顧客獲得のためでしょうか?
出店を加速したのと同じタイミングで、チャンネルを開設しました。当時はやらなければいけないことが盛り沢山の中で、廃盤になるアイテムが増えたことで色々な噂が流れてしまったんです。そこで、今の会社の現状を自分たちで伝えたいという思いからYouTubeを開設しました。ありがたいことに反響も大きく、ブランドとして伝えたいことをダイレクトに伝えるためのツールとして発信を続けています。
─今後は、サイバーテロに遭う前の品番数まで戻していく想定ですか?
全てを元に戻すことはできないかもしれません。それまでは日本国内のコアなアメカジ層をターゲットに据えて新商品を出していましたが、日本以外のグローバル市場では販売できないようなデザインが多くありました。レッドウィングのヘリテージ部門の製品はすべてアメリカで製造してるのですが、以前のように少量のロットで作る製品が多くなると、製造部門のコストやリソースを大きく圧迫してしまいます。部材や人件費が上昇し続ける今、「MADE IN USA」を続けるのは簡単ではありません。そういう反省点も含めて、これからはレッドウィングの本質に立ち返った、よりサステナブルな商品展開を進めていきたいです。
あえて等身大のユーザーをモデルに起用?サイバーテロを経て見えたもの
─ブランドの本質に立ち返ることが、流行に左右されず自分らしいスタイルを貫く人に焦点を当てたキャンペーン「OUT OF FASHION」にも繋がったんでしょうか。
はい。OUT OF FASHIONは、サイバーテロの被害に遭った後、「改めてレッドウィングのスタイルとは何なのかを考えよう」「原点回帰しよう」と始まったプロジェクトです。レッドウィングは1905年の創業から約120年、「流行に流されることなく自分のあり方やスタイルを貫き通す」を信念に、品質や耐久性、職人技によってタイムレスな製品を作り出し、人々の生活を足元から支えることに焦点を当てています。「out of fashion」とは「時代遅れ」という意味なんですが、最新のファッショントレンドに合わせるのではなく、あえて「時代遅れ」の自分らしいスタイルを貫くことで、究極の格好良いスタイルに繋がるのではないかという提案とともに、等身大のユーザーの皆さんにスポットライトを当てて称えたいという思いから、キャンペーンのスタートに至りました。
「アウトオブファッション」キャンペーンヴィジュアル
Image by: レッドウィング
─「時代遅れ」というネーミングは挑戦的ですね。
時代遅れというとネガティブに聞こえるかもしれませんが、「トレンドに流されない」「自分らしさを確立し貫くことは素晴らしい」というメッセージが根底にあります。
─スタイリッシュなヴィジュアルが目を引きますが、どこで撮影したんですか?
日本人の方をモデルに起用したものは、全て彼らの職場や自宅で撮影しました。等身大の普段の姿を捉えることにこだわったからです。そのほか、香港や台湾など、他のアジアの国でも撮影しています。先ほどお話しした「ボーダレス」は、今回のキャンペーンにも通じているテーマです。レッドウィングは、どこに住む、どんな世代の人でも履けるし、性別やファッション、ライフスタイルも関係ないということを伝えたかったんです。
─モデルの人選も多種多様ですよね。
色々な方を起用しましたが、共通点は自分の持つライフスタイルや個性を貫いていて、かつファッションではなく自身の仕事でレッドウィングを愛用してくれていること。日本国内では、レッドウィングのシューズを修理してくれている職人の方や、ジムのトレーナー、モンゴルの民族楽器である馬頭琴を演奏する奏者の方などにお願いしました。みなさん、実際に仕事中に履いているので、エイジングもそれぞれユニークな味が出ています。
「アウトオブファッション」に登場したモデルが実際に着用したブーツ(青山店の10周年記念イベントで展示)
Image by: FASHIONSNAP
若年層の人気が加熱、ヴィンテージ市場から見るサステナビリティ
─エイジングといえば、レッドウィングは近年、ヴィンテージ市場でも人気を集めています。
古着市場での人気が、若い世代にブランドを知ってもらうきっかけになっているようで、古着屋さんを経由して直営店に来てくださるお客様も目立つようになりました。ヴィンテージを買うのも良いんですが、できれば新品を買って経年変化を楽しんで欲しいという思いもあって。先日、店舗のスタッフから「ヴィンテージショップでレッドウィングを買おうとしたら、店員さんから『初めてのレッドウィングなら、中古ではなく新品で買って一から育てたほうが良いよ』とアドバイスをもらったので買いに来ました」という若いお客様がいたと聞いた時は、ヴィンテージショップの利益にならないのに、レッドウィングの物の良さを知ってくれているからこそのアドバイスだなと嬉しく思いましたね。
─ヴィンテージ人気で、直営での人気モデルに変化はありましたか?
新品でもヴィンテージでも、「875」と呼ばれる6インチの「クラシックモック」が一番人気なことに変わりはないですね。1950年代から同じ品番でずっと作り続けている商品で、レッドウィングといえば一番に名前の挙がるアイコンモデルです。若い世代はもちろん、彼らのお父さん世代も履いていたモデルだったりするので、改めて「サステナブル」を体現しているブランドだなと実感しています。
─レッドウィングはサステナビリティにも力を入れていますよね。
レッドウィングでは、サステナビリティの観点から「耐久性(durability)」「リサイクル性(recyclability)」「修復性(repairability)」の3つを軸に商品開発をしています。革は雨に濡れても大丈夫で、ステッチもワックスを染み込ませた糸で縫っているので、履いていくうちに針穴にワックスが埋まって防水性が高まる。履けば履くほど革が柔らかく丈夫になるのが、耐久性をクリアしているポイントです。修復性の観点では、革を自社で作っているので品質を保ち続けることができたり、ソール交換が可能で、ステッチもほつれたら直せるんです。細部までシンプルなデザインにしているので、逆を言えば、見た目のかっこよさなどのデザイン性は全く考えられずに作られていると言えますね。リサイクル性は、いわゆる再利用という意味ではなく、長く履き続けられることで、メンテナンスをしながら人から人へ、親から子へ、と長い年月にわたって履くことができる、という意味が込められています。
─レッドウィングのブーツは、全てアメリカ製なんですか?
レッドウィングは、工事現場などで必要とされる本格的なワークブーツを展開する「ワーク」と、ファッションシーン向けのアイテムを集めた「ヘリテージ」の2つのラインを展開しているんですが、日本国内で展開しているヘリテージのアイテムは、全てアメリカで生産しています。
─アジアなどに製造拠点を移すブランドも増えていますが、レッドウィングはいかがですか?
近年は、原価や人件費がどんどん高騰しているので、利益の追求だけを考えたら、他の地域に移すことも考えられると思います。正直、生産地については社内でも論争が起きていて、継続することの難しさを実感しています。「MADE IN USA」のこだわりを持ち続けているレッドウィングだからこそ、唯一無二でユニークなポジションをキープできていると思うので、これからもアメリカで生産し続けることは変わらないと思います。
女性からの支持も拡大、日本の成功体験をアジア全域に
─ちなみに、小林さんは今日何を履かれているんですか?
「クララ」というウィメンズ限定のモデルです。歩きやすくスーツに合わせることもできるので、お気に入りのモデルです。
─レッドウィングはメンズのイメージが強いですが、客層の男女比はいかがですか?
今は売上の90%がメンズで、10%がウィメンズです。2020年には、ウィメンズの売上は全体の1%以下だったので、女性の購買客もかなり増えていますね。海外だけで展開していた「ヘリテージウーマン」というウィメンズ向けのラインが2019年に日本に上陸して、店舗数の増加とともに女性の認知度も増えつつある状況です。
─女性に人気のモデルは?
「モック」や「アイアンレンジャー」「ポストマン」など、メンズ向けのものをベースにしたモデルが主に人気です。今日、私が履いているクララも人気。「クラシックモック」をベースに作られているんですが、3本ステッチなどのディテールは残しながら、より女性がエレガントに楽しめるようなシルエットに変化させたモデルです。
─女性としてレッドウィング・ジャパンのトップを務めていることへの思いは?
私は、レッドウィング・ジャパンのスタートアップメンバーなんですが、立ち上げ当初は、主に男性をターゲットにしていたこともあり、ブランドに深い親和性を感じられず、「自分は他の男性社員のようには履きこなせない」という劣等感や疎外感をどこかで感じていたんです。男性向けモデルの小さいサイズをたまに履いても、自分にピッタリ馴染まず、なんとなく違和感を感じてしまう。そういう経験があったので、ヘリテージウーマンの展開が日本でスタートした時の感動は計り知れませんでした。それからは、女性にもレッドウィングの良さを知ってほしい一心で広報活動にも身が入るようになりましたし、代表の私が女性として発信を続けることで、レッドウィングというブランドをより身近に感じてくれたら嬉しいなと思っています。よりインクルーシブに運営をしていくことで、レッドウィングを性別や年齢、ファッションの枠組みを超えたブランドとして再定義していきたいです。
─来年迎える20周年に向けて、今後の展望を教えてください。
私は今、日本だけではなくアジア全域を担当しているんですが、アジア全体でも出店を拡大していく計画です。レッドウィングは、日本のアメカジブーム、裏原ブームを通してファッションシーンで注目されるようになったという背景があります。日本のファッションシーンでの人気が逆輸入的にヨーロッパやアメリカに広がったように、日本での出店拡大が奏功した成功体験をアジア全土にも波及していきたいと考えています。国内でも、名古屋1号店として、4月にリニューアルオープンする栄の中日ビルに出店したりと、店舗数は増やし続ける予定です。来年日本法人ができて20周年になるので、これまでの歩みとともにお祝いするようなイベントや、コラボレーションも企画しています。また、サステナビリティについての発信などを通して、さらに社会により良い変化を与えられるブランドに成長していけたらと考えています。
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