日本でファッション業界のキャリアを積み、現在はニューヨーク・パーソンズ美術大学に留学中の高山純氏が現地のファッション事情をお届けするコラム連載「NYコラム」。第4回は、昨年末に開かれた「アート・バーゼル」をフックに、ファッションから街づくりにまで波及するアートの力について思考する。
この連載は「NYコラム」というタイトルを掲げているが、今回は番外編としてマイアミで開催されたアート・バーゼルやニューヨーク郊外の美術館についても触れたいと思う。
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アート・バーゼルはスイスのバーゼルで1970年から開催されている国際的なアートフェアで、ギャラリストやコレクターなどアート業界の関係者に加えてアートファンが各国から集まる大型イベントだ。2002年にマイアミ、2013年からは香港でも毎年開催され、今年はパリも会場に追加された。
アート・バーゼル・マイアミ・ビーチは、11月後半から12月上旬にかけてアート関連の大小様々なイベント開催されるマイアミアートウィークの中の一つのイベントとなっている。東京アートフェアに行ったことがある方ならわかりやすいかと思うが、イベントでは大規模なカンファレンスセンターを会場に各ギャラリーがスペースを確保し、所属アーティストの作品を展示している。眺めるだけでも楽しいし、作品の購入も可能だ。規模は東京アートフェアの倍ほどで、今年は300弱のギャラリーが出展していた。日本からもナンヅカ(NANZUKA)などいくつかのギャラリーが出展し、「ディオール(DIOR)」とのコラボで知名度が一気に増した空山基さんの作品が目立っていた。
僕は東京アートフェアやアートギャラリーが独自開催するような小規模ものにしか参加したことがなく、米国にいる機会を利用してマイアミまで1泊で行くことにした。会場を訪れたのは通常の会期中だが、実際のアート・バーゼルは一般公開の前に既に始まっている。いわゆるVIP向けのプレビューがあり、有名コレクターや関係者は事前にめぼしい作品を優先的に購入することができる。
僕は特に高額なアート作品を買う予定はなく鑑賞目的で行ったのだが、会場では嬉しいサプライズもあった。先日、自身のブランド終了を発表したラフ・シモンズと思われる人物(おそらくご本人)が一人でいくつかのギャラリーのブースを回っていた。周囲は誰も気づいていなかったようで、気になる作品を見ては足早に立ち去る姿が印象的だった。彼の数歩後ろからは一人のアシスタントらしき男性がついて回っており、こちらは師匠の邪魔をしないように気を遣いながらも注意を配っている様子だった。有名人に会うことを期待していくイベントではないがこのようなサプライズもあるのがおもしろい。ラフが単にアート・バーゼルのためにマイアミを訪れていたのかは定かではないが、アートウィークが一種の恒例行事として富裕層の集まる場になっているという印象を受けた。
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弾丸スケジュールだったが、アート・バーゼル開幕前夜に寄ったマイアミ デザイン ディストリクト(Miami Design District、以下MDD)にもそのような空気感があった。MDDは、元々倉庫街だった場所を再開発し、ラグジュアリーブランドの大型店舗や大規模なアート作品も揃えるデザイン地区(ディストリクト)として生まれ変わった場所だ。現在でもオフィススペースやホテルなどを拡大している。
マイアミがあるフロリダ州は税制のメリットがあったり、温暖な気候であることから、コロナ禍以前から富裕層の転入が続いている。2022年の速報ではフロリダ州が全米で最も高い人口増加率を誇っている。MDDの開発やアートウィークなどもこのような富裕層の流入トレンドを踏まえているのだ。
僕がMDDを訪れた夜は「プラダ(PRADA)」や「アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)」「アルマーニ / カーザ(ARMANI / CASA)」の店舗でアート・バーゼルの前夜祭かVIPプレビューの打ち上げだったのか、各所でパーティーが開かれていた。各店舗のVMDも開放感やリゾート感を意識しており、肌寒いニューヨークから到着した身としてはやや季節違いな感じがした。せっかくなのでMDD内のレストランにも寄ろうとしたが、ことごとく予約で終日埋まっているほどの盛況ぶりだった。また、投資家などの商談もこの時期に合わせて多かったのか、昔の上司も見かけた。
MDDはLVMH系のファンドも投資しているプロジェクトで僕も仕事で関わっていた経験があったものの、実際に訪れたのは今回が初めてだ。余談だが、このファンドは銀座にあるGINZA SIXの投資にも関与しており、MDDのノウハウが富裕層をターゲットにするGINZA SIXの各施策や運営に活かされている例も多い。リテールやラグジュアリーモールという分野においてMDDは米国内でも面白い試みが支持されているので、そのエッセンスを東京でも体験できるのだ。
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このようにマイアミのアートシーンは盛り上がりを見せているが、ニューヨークはどうだろう。MoMaやメトロポリタン美術館、グッゲンハイム美術館など有名美術館は多数ある。また、アートギャラリーはというと特にマンハッタンの南西にあるチェルシー地区に多数集まっている。
上記は改めて触れる必要もないと思う。しかし、ニューヨーク州北部、いわゆるアップステートにもMDDのように活用されていない場所をアートの力で人気スポットにした例がある。マンハッタンから電車で2時間弱のビーコンにあるDia Beaconという美術館だ。
Dia Beaconは古い工場を活用して造られた現代美術館で、広いスペースを使った大型作品展示のインパクトが魅力だ。日本人では僕も好きな河原温さんの作品も収蔵されている。
この美術館の面白いところは横の広さだけでなく、工場の面影を残した地下を活用した立体感にある。地下に行くと突然周囲が暗くなり、匂いや温度、音まで変わる。広大な暗いスペースで鑑賞するネオンを使ったダン・フレイヴィンの作品はDiaの中でも五感で楽しめる作品で、空間も含めてここでしか見られない。
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近年はファッション業界でも毎シーズンどこかのブランドがアートに関連したアイテムを制作している。最近では「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」が草間彌生とのコラボレーションコレクションを発表。ニューヨークの店舗でもインスタレーションを展開し、注目を集めている。
アートとファッションの関係はサンローランのモンドリアンルックから本格的にスタートしたと言ってもいいと思うが、1980年代以降のLVMHやKeringの巨大化がアートとファッションの距離を近づけ、現在のアート人気に大きく貢献した側面も見逃せない。この現象はベルナール・アルノーやフランソワ・ピノーなどラグジュアリーグループオーナーがコレクターとしてアート界で名を馳せ、ライバルのように美術館を作った時代にも重なる。
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アート・バーゼルは一種のお祭り的な熱気に包まれ、Dia Beaconのような郊外の施設も小さな町を一躍有名にした。この連載でアートをテーマにすることもアートが大衆化した証拠だし、一般の人が好きにアートを見に行ったり論じたりしている。アートを活用するにしてもアーティストが他の分野に進出するにしても受け入れられる土壌は世界的に整っている。今後数年にわたり富裕層やアートに関心のある若年層の増加によってアート市場は拡大が見込まれ、デジタルを含めた表現技法も日に日に進化している。ファンとしても自分で作品を作るにしてもアートはいつになく可能性がある魅力的な分野になっていると思う。一気に大衆化した「アートの力」は知ってか知らずか触れる場面がさらに増えそうで楽しみだ。
■その他、連載中のコラムを読む
・ジャラン ジャラン アジア - 1年間の3分の2以上を東南アジア諸国で過ごす横堀良男氏が現地の最新情報をレポート。
・ニイハオ、ザイチェン - 東コレデザイナーなどを経験した佐藤秀昭氏の視点から、中国でいま起こっていることをコラムでお届け。
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