Nigo ケンゾーのアトリエにて
Image by: Koji Hirano(FASHIONSNAP)
「ケンゾー(KENZO)」のアーティスティック・ディレクターに就任してから3回目のショーとなる、2023年秋冬コレクションの前日朝。Nigo(ニゴー)はパリ2区ヴィヴィエンヌ通りに位置するケンゾーのアトリエで、信頼するスタッフとともにキャスティングやコーディネートのチェックを行っていた。実際にショーで使われる何倍もの数の新作アイテムに囲まれ、リラックスしながらも程よい緊張感の漂う現場だ。メディアに見せる姿からポーカーフェイスで知られるNigoは、慌ただしい本番前日においても冷静沈着な姿勢を崩すことはない。
ザ・ビートルズの名盤のように
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Nigoはラックにかかった服を手に取りながら、「3回目にしてベスト盤のようなコレクションになりそうです」と語ってくれた。新作のクリエイションの柱になっているのは、60年代のブリティッシュモダン。そこにハンティングなどのカントリー要素や、和服のディテールをマッシュアップし、見事に一つのコレクションにまとめ上げた。コレクションタイトルは、「いろいろ作りすぎて、気がついたら2枚組になっていた」というザ・ビートルズのセルフタイトルアルバム、通称「ホワイトアルバム」にちなんでいる。
自身が手掛ける音楽や交友関係から、ヒップホップを中心としたアメリカンカルチャーとストリートの印象が強いNigoだが、実は大のイギリス好きでもある。ケンゾーに参画してから月に一週間はパリに滞在する中で、よくロンドンまで足を運びサヴィル・ロウのテーラーを訪れているそうだ。「イギリスの服は他のヨーロッパと異なっていて、日本にも通ずる細やかさや洒落っ気があるところが好きなんです」。
多大に影響を受けてきたゆえに以前から取り組みたいテーマではあったが、なかなか直接的にフォーカスできる場がなかったという。ケンゾー就任前に始まった、本人名義での「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」とのコラボレーション「LV²(=ルイ・ヴィトン LVスクエアード コレクション)」にてその片鱗を見せたが、今回のコレクションで晴れて真っ向から取り組むことができた。
60年代のモッズ風3つボタンスーツやタータンチェック、アノラックパーカーやトラックスーツなど、英国らしいアイテムが並ぶ一方で、日本特有のディテールも目を引く。羽織や作務衣など、ファーストシーズンから打ち出している和のテイストは、「正直、最初は受け入れられるか懐疑的でした」と振り返るが、蓋を開けてみれば好評で市場の反応もよかった。今シーズンはそれをさらに推し進め、袴や剣道着、刺し子など、自身の記憶とブランドのアーカイヴから引用し、現代に昇華させている。
主役は僕ではありません
Nigoは10年ほど前から茶道や陶芸といった日本文化に情熱を注いでおり、高田賢三が残した資料に潜るたびに、その日本への造詣の深さに驚かされるばかりだそうだ。「賢三さんはルールをきちんと知っていて、そこから崩しているのがよくわかるんです。膝を打つような応用を利かせながら、実はほとんどのコレクションに和のディテールを取り入れていました。そこまでやる日本のデザイナーは他にいない」。
高田賢三の類稀なアイデアを、現代に蘇らせていくことが自分の使命のひとつだとNigoは語る。「ケンゾーは高田賢三のブランドであって、主役は僕ではありません。賢三さんのデザインが生き続けていくことが重要です。自分の解釈で発表するだけの、"Nigoのケンゾー"にはしたくない」。ゆえに、本人としてはデザイナーやディレクターであるという意識もあまりないという。
Nigoが実際に肌で感じてきたケンゾーとは主に、DCブームが巻き起こった80年代以降。高田賢三がパリへ渡り、伝説のショップ「ジャングルジャップ」を作った70年代のデザインにはあまり触れてこなかったそうだが、アーカイヴを掘り下げれば掘り下げるほど、その初期の凄みを目の当たりにする。「高橋(盾)くんのアンダーカバー初期のころと似た、攻めに攻めている迫力がある。夢を見つけ、それに向かって進み続けた、色あせないパワーが込められているんです」。
昨年、東京で開催されたNigoの展覧会のタイトル「未来は過去にある "THE FUTURE IS IN THE PAST"」にも通ずる視点だ。「そもそもアーカイヴはすごいアイデアの宝庫なので、僕からしたら美味しすぎますよ」と頬を緩ませ、無類のヴィンテージ好きとしての一面も覗かせた。
スニーカーは難しい
もちろん、Nigoの豊富な知識とアイデアも今のケンゾーを作り上げている。取材時にNigoが履いていたスニーカーは今回のコレクションの新作で、実は就任後初めての登場となったアイテムだ。Nigoのキャリアを考えると、3シーズン目にして初めてというのは意外に聞こえるかもしれない。1年以上前から制作を続けていたのだが、満足のいくものが作れなかったと、彼はこぼした。
「ヨーロッパで革靴はすぐに作れるのですが、スニーカーは難しい。流行りのゴツいソールの“ファッションスニーカー”はできるのですが……僕がそれを作るのは、なんだか嘘を言っているみたいで」。トライアンドエラーを繰り返して、ようやくNigoにとってリアルなスニーカーができた。「何を作っても『Nigoらしいね』と言われる。でも、そうじゃないものを作ってもダメなのかもしれません」。
リアルであること。それは自分自身に対しても、そして「リアル トゥ ウェア」を掲げるケンゾーのアティチュードとしても、Nigoが就任当初から変わらず貫いてきたことだ。コレクションを見渡しても、ランウェイで注目を集めるだけの"着られない服"は一つもない。MDの意見を注意深く参考にしながら(自身のブランド「ヒューマンメイド」での経験がここに生きている)、膨大な知識と資料をもとに、ディテールひとつひとつを吟味し、現代のリアリティを作り上げているのだ。「僕にとって、コレクションはデザイナーの作品発表の場ではないんです」と言い、「これが一番正しいやり方だと思っています」と頷く。
一方で、「僕のようなデザイナーがショー形式で発表することが正しいかどうかは、まだわかっていない」とも話す。リアルに徹し、同じスタンスを保つということは、シーズンごとに劇的な変化が起こるわけではないということ。ハイファッションのショーに求められるダイナミクスや新しさの追求との相性には、確かに疑問符が残らないでもない。「なので、新しい方法は常に模索していますね」と続けた。
ヴァージルがドアを開けたから
インタビューの途中、ふと中国に話が及ぶと、Nigoはある編集者から聞いたという逸話を披露してくれた。「中国における現代ファッションの原点は、90年代の裏原宿にあるそうなんです。それで僕をリスペクトしてくれる人が多いと聞きました。2021年にリーバイスとコラボレーション(Levi's®︎x NIGO®)をしたのですが、上海では50程度の販売数に対して4000人も並んだらしくて」。海外メディアからは、"ストリートウェアのゴッドファーザー"とも呼ばれるNigoだが、それが誇張でないことを証明するストーリーだ。
そんなストリートの父は、意外にもラグジュアリーとは接点を持ってこなかった。ルイ・ヴィトンのメンズ アーティスティック・ディレクターを務めていたヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)に誘われたという「LV²」コレクションが、ラグジュアリーブランドとの初めての仕事。「ストリートとラグジュアリーは対極にあるものと認識していたので、LV²が受け入れられるとは思っていませんでした。ラグジュアリーは好きでしたが、買えるだけでよかったんです。しかし、今こうしてモノを作るようになったのは、まだ不思議な感じですね。きっとヴァージルがドアを開けたから、僕は入っていけた」。
その言葉の通り、2018年にヴァージルがルイ・ヴィトンに抜擢されてから、ファッション業界におけるディレクターという役割は大きく変わった。デザインを描くだけではなく、ブランドと世界を結ぶコミュニケーションをトータルで監修するスキルが求められる。LVMHがNigoをケンゾーに指名した理由も、まさしく彼がその能力に長けているからに違いない。
ただ、ヴァージルというデザイナーの存在も、彼が師と仰いだNigoなしではありえなかった。そしてルイ・ヴィトンの新たなメンズ クリエイティブ・ディレクターに就任したファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)もまた、Nigoなしに今のキャリアは築けなかっただろう。
Nigoが生み出すウェアは、現実的(=リアル)でありながら、本物(=リアル)でもある。「今の世の中には"ストリートっぽいもの"が溢れていますよね」と指摘しながら、「でも、段々とみんなの目が肥えてきて、それが本物ではないと気づく時がくるでしょう」と未来を見据える。
爆発的なエネルギーをもってケンゾーは生まれ変わり、そこにはファッションにおける楽しさが満ちている。「特に若い人に、楽しさを伝えられていれば言うことないですね」とNigo。その服で、その人柄で、いつも周囲を笑顔にしてきた高田賢三イズムは、しかと受け継がれているようだ。
interview & text: Ko Ueoka
interview & edit: Chiemi Kominato(FASHIONSNAP)
photo: Koji Hirano(FASHIONSNAP)
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