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今やアニメは日本が世界に誇るカルチャーであることは周知の通りで、4月から放送が始まった2024年春アニメは注目作品が多い。「無職転生」、「転生したらスライムだった件」、「魔法科高校の劣等生」などビッグネームの最新シリーズが集中し、今期はラインナップが充実している。
もちろん、今期から始まった最新作品にも個性的なアニメはある。近年は原作からアニメ化されるケースが主流だが、「ガールズバンドクライ」は東映アニメーションによるオリジナル作品で、Xのトレンドも賑わす。
川崎を舞台に、高校を中退して九州から上京した17歳の女の子を中心とした物語は、登場人物たちがそれぞれうまくいかない現実と向き合いながら、音楽を通して一つになり自分たちのサウンドを鳴り響かせる。3Dアニメーションによる作画は好みが分かれるだろうが、ライブシーンでは3Dならではのダイナミズムが迫ってくる。
ダークホースだったのは「転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます」だ。魔術を愛するも才能は凡人だった主人公が、死をきっかけにある王国の第7王子へ転生し、天才という言葉では表現が足りないほど、驚異的な魔術の才能と技量を備えた人間になる。
転生した主人公は、興味が惹かれた魔術は自らその威力を浴びて確かめたいと思うぐらいに、魔術に対して異常な愛情を示す。主人公の王子が魔術を愛する様子はシリアスなギャグのようで笑いがこぼれ、バトルシーンでは驚きのハイクオリティ作画が、極地に到達した魔術の威力と美しさを表現する。
「SPY×FAMILY」、「推しの子」といった、人気作品を送り出すマンガアプリ「少年ジャンプ+」で人気連載中「怪獣8号」も今期からアニメ化され、「鬼滅の刃」新シリーズの放送が始まったのも今期からだ。
このように充実した2024年春アニメの中で、不思議な魅力を放っていたのが「忘却バッテリー」だった。アニメ第1話の面白さに惹き込まれ、原作を最新回まで一気読みしてしまう。そして、原作であるシーンを読んでいると、不意にパリモードで活躍するファッションデザイナーの姿が浮かんできたのだ。(文:AFFECTUS)
話題作「忘却バッテリー」とは?
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「忘却バッテリー」をご存知ない方のために、物語の詳細を可能な限り明かさないように努め、作品について紹介したい。
2018年4月より「少年ジャンプ+」で連載している同作品は、中学硬式野球界で対戦相手の中学生たちを絶望に落とす圧倒的実力を誇った、天才バッテリー・投手の清峰葉流火(きよみね はるか)と捕手の要圭(かなめ けい)から始まる物語である。二人と戦った者たちの中には、その圧倒的才能を目の前にし、野球を辞めることを決意した選手たちもいた。野球部のない都立高校へ入学した山田太郎(やまだ たろう)も、そんな一人だった。
山田は新学期が始まり登校すると、自分の目を疑う。そこには、全国の超強豪高校野球部からスカウトが殺到し、野球部のない都立高校には絶対に入学するはずのない、天才バッテリー清峰と要がいたのだ。
この作品の中でキーとなるのが要の存在。中学時代は、天才捕手として冷静沈着かつチームの中心としてクレバーなプレーを披露し、その姿は「智将」と呼ばれていた。
しかし、山田が高校で出会った要は記憶喪失になってしまい、培ってきた野球の知識と技術を忘れて素人同然になっていた。性格も「智将」と呼ばれていたことが嘘みたいに、「パイ毛」と連呼するほど下ネタも好むコミカルなキャラクターに変貌。「智将」時代のクールな要とのあまりの落差に、作品のファンから記憶を失った要は「恥将」とネーミングされてしまう。
高校野球という、マンガではこれまで数えきれないほど扱われてきたテーマに、記憶喪失という設定を掛け合わせることで、新しさを生み出したのが本作品だ。山田が要と清峰の二人と出会い、その後野球部が設立され、中学時代に対戦した仲間が集まってくるという高校野球マンガらしい王道の展開を見せていき、要が記憶を失った背景も明らかになっていく。
また、物語が進行していくにつれ、乾いた笑いしか出ない要の得意ギャグ「パイ毛」が、単なる一発ギャグではなく、物語における重要な存在になり、気がつくと愛しさすら覚えるから不思議だ。
要はある重要な試合で、対戦高校だけでなくチームメイトも観客も驚かせる、重要なプレーをする。そのプレーを実現できた背景には、過去の自分の体験が重要な役割を果たしていた。
弱音ばかり吐いて、練習が嫌いだったが、本気で野球に取り組み始めた子どものころの自分(この時期の要をファンは「稚将」と呼ぶ)、天才捕手として対戦する選手すべてを、恐怖に陥れていた中学時代の「智将」と呼ばれた自分、そして記憶を失い、かつてのストイックさを失っても、野球のすべてを忘れても、努力によって自らの実力を取り戻してきた高校生である現在の自分。
様々な体験をしてきた過去の二人の自分が、野球への情熱が蘇ってきた今の自分を支え、見る者すべてを驚かす、まさに天才と呼ぶしかないプレーを披露するのだ。そして原作でそのシーンを読み、涙が滲んだ瞬間、パリモードで飛躍するファッションデザイナーが脳裏に浮かぶ。そのデザイナーの名が、マリーン・セル(Marine Serre)だった。
多重性が個性を生むマリーン・セルと「忘却バッテリー」要圭の共通点
フランス人デザイナーのマリーン・セルは2016年にベルギーの名門モード校ル・カンブルを卒業すると、すぐさま自身の名を冠したブランドを設立。翌年の2017年には「LVMH プライズ」でグランプリを獲得し、セルは驚くべきスピードで、世界中から将来のスターデザイナー候補として注目を浴びる存在となった。
その期待に応えるように、セルは躍進していく。現在、Instagram(@marineserre_official)のフォロワー数は約75万人に達し、三日月を薄手素材にプリントしたトップスはブランドの象徴であり、昨今のトレンドであるセカンドスキントップスを代表するアイテムにもなっている。
セルのデザインの特徴とは何か。一言で言えば「多重性」になる。コレクションを見ていると、ルックから入れ替わり立ち替わり複数のイメージが押し寄せてくるのだ。そのセルの多重性と、高校生となった要圭には共通点が見られる。
子どものころの要圭は野球が嫌いだったが、心を入れ替えて練習に臨むようになる。幼い要圭は非常に研究心が旺盛でノートへの記録も欠かさず、その姿勢はなんでも吸収しようという柔軟性に満ちていた。一方、研究と実践を重ねて無敵を誇った中学時代は、冷静沈着に戦況を分析する選手に変貌していた。
そして記憶を失った高校生の要圭は、戦況を見極める中学時代の自分の特徴を持ちながら、精密機械のような中学時代とは違う豊かな発想を見せ、それは子ども時代のような柔軟性が備わっていた。野球の経験者から見れば非常識と言える練習やプレーでも、利点や武器を見出す姿には、かつての要圭を超える新しさがあったのだ。
一見異なる要素であっても、それらが組み合わされば新しさが生まれる。そんな要圭の姿が、多重性が迫るセルのファッションに重なる。まずは2018年秋冬コレクション“Manic Soul Machine”で詳しく見ていこう。
肩幅が狭く、端正なスリムシルエットの黒いロングコートはクラシックだが、モデルの顔に視線を移すとシックなアウターとは打って変わり、三日月プリントが際立つバラクラバフェイスで、文脈の異なるファッションが混在している。
スポーツの要素も強く現れ、サングラスを掛けて身体にフィットした三日月プリントのボディスーツルックは、氷のリンクを滑るスケート選手のようであり、シンプルなTシャツルックは軽快なランニングウェア的でもある。
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黒い生地に映える白いライン、タイトフィットのシルエットが特徴のトップスは、競泳のスイムウェアをイメージさせるが、ボトムにフローラルなロングスカートを合わせ、ミスマッチにも思える困惑を起こす。
ブラックトップスの胸元には“FUTUREWEAR”とプリントされているが、その言葉とは裏腹にレトロムードのルックも数多く発表されていた。何種類ものスカーフをドッキングさせたロングシャツは軽やかなシルエットを描き、流麗なエレガンスを見せつける。
2018年秋冬コレクションは、背景の異なるアイテムが単体で登場するのではなく、混合して一つのルックを形成することで存在感を強めていた。人格と発想が異なる過去の自分が、今の自分とミックスして新しい選手に成長した要圭と同様に、セルは様々な背景の服からアイデアを得て、異なる要素を一体にして新しさを生み出すのだった。
ファッションも野球もイメージが常識を塗り替える
たった1本のヒットで、戦況が変わることも珍しくない野球。投手の球を打ち返し、1塁に到達して外野を見ると、まだボールが転がっている。このとき、次のプレーをどうすべきか頭の中をイメージが駆け巡るはずだ。
記憶を失い、培ってきた野球の技術と知識を忘れても、努力で実力を取り戻してきた要圭は、あらゆる試合展開を瞬時にイメージし、浮かび上がった選択肢から野球の常識を超えるビッグプレーを選び、観客を驚かす。
要圭と同じように、セルがイメージの力をまざまざと見せつけたコレクションがある。それが2022年春夏コレクション“FICHU POUR FICHU”だ。
「アヴァンギャルド」と聞くと、服の形は複雑かつ大胆な構造のパターンで作られ、服というよりも布の彫刻とも言うべき芸術性を発揮するデザインやブランドを、思い浮かべるのではないだろうか。迫力ある造形が個性を作るはずのアヴァンギャルドを、セルはイメージの力を用いて作り出す。
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ウィメンズ・メンズ双方のルックとも、ボトムは麗しい質感の生地を使用したシックなトラウザーズを着用する一方で、トップスには技巧と色彩に富んだカラフルなウェアを着用する。クラシックファッションの文脈では、まず見ることのできないスタイルである。
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オーバーダイ加工を施したカントリーなデニムルックが登場したかと思えば、レーシーな長袖トップスがジェンダーレスな全身ホワイトのルックが登場し、メンズウェアのイメージを力強さと繊細さの狭間で揺さぶる。
ウィメンズウェアではノスタルジーとマリンが混じり合ったルックが現れ、素朴であると同時にマスキュリンな要素も溶け込む。そして牧歌的なムードが、メンズウェアではメルヘンな世界にまで昇華していく。
コレクション終盤ではワークウェア、民族服を都会的に着こなすクールなルックまで発表し、2022年春夏コレクションはファッションの博覧会的様相を呈す。
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20世紀のアヴァンギャルドは造形で表現されていたが、21世紀、というよりも近年のアヴァンギャルドでは造形は比較的シンプルで、イメージがアヴァンギャルドという傾向が目立つ。その傾向を代表するのがセルのデザインだ。
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これが一人のデザイナーによる一つのコレクションなのかと疑問が浮かぶほどに、イメージが大きく異なるルックが並列して発表されている。セルは、クールなモダンスタイルと牧歌的なクラフトルックを同時に並び立たせる。もし、写真の背景を白い壁にしてルックを撮影したら、同じブランドの同一シーズンのコレクションだと思うのは難しいのではないか。
イメージは常識を塗り替えるパワーだ。そのことを、要圭とマリーン・セルは証明してくれた。
新しい一面が状況を変える 両者から学ぶ創造のヒント
同級生が野球の才能を「日本の宝」と称する要圭は、本来なら野球部のない都立高校に入学する学生ではない。しかし、記憶喪失になった彼にとって野球の魅力は失せて、自宅から徒歩5分、女子が可愛いという理由で都立高校を選ぶ。その行動はかつてのクールな彼にはない、新しい一面と言えた。
野球部のない高校で出会ったのは、強豪野球部のある高校を選んでいたら絶対に会わないはずの、野球を辞めることを決意した三人の同級生だった。だが、その邂逅が新しい要圭を作り出す力になる。
新しい一面が起こるはずのなかった出会いを呼び、新しい自分に成長する要素になる。今年3月に発表されたセルの2024年秋冬コレクションにも、そんな側面があった。ただし、セルが見せたのは一面ではない。二面三面と、いくつものスタイルをこれでもかと混ぜ合わせ、セルはカオスなコレクションを作り上げる。
肌を透かす黒いロングドレスは、セル得意のスポーティアイテムと組み合わされ、セクシー要素が軽減されていく。
こちらのルックもスポーティなブラとショーツを着用しているが、ダウンジャケット・サングラス・ヘアスタイルの組み合わせによってラッパー的ムードが立ち上がり、今度はセクシーが押し出されている。
ケイト・モス(Kate Moss)が登場して驚かせたルックは、オーバーサイズのワークジャケットが無骨で逞しい。ジャケットの下には、無地の白いシャツを着て華やかさを取り除く。
スーツだけでなくシャツもネクタイも黒一色で統一したブラックウェアスタイルは、ワイドなシルエットで1980年代的タフさが力強い。そして、パワフルなルックが続いたと思ったら一転、今度は若々しく挑発的なルックの登場だ。
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白いソックスと黒いシューズがスクールテイストを漂わせ、赤いリップが誘惑的。ミニドレスはチューブトップと極端に短いスカート丈、肩から掛けたミニバッグがパーティーガールを演出する。
またも様相が一変し、今度はセル流コンサバルックの登場。クルーネックのカーディガン、ココ・シャネル(Coco Chanel)が人に見せることを忌み嫌った膝を隠すレングスのミディスカートといった伝統のコンサバを、三日月がセルワールドに染めていく。
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ドレッシーなスタイルが続いていたショーは、デニム素材を使用したアイテムでカジュアルへ移行。とりわけ、ステンカラーコート・白いシャツと黒いネクタイ・ジーンズのメンズルックは、大人の渋さが際立つアメリカントラッドを披露した。次はショーの終盤に言及しよう。
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ランウェイを歩くドレスはフードを頭に被り、素材もグラフィカルに切り替えてストリート感が満載だ。同様にグラフィックが目を惹くドレスは、花をモチーフにした色彩・大きく膨らんだレッグオブマトンスリーブ・裾のバルーンが、オートクチュールドレスと同格の造形的迫力を表し、ストリート感も匂わす。
2024年秋冬コレクションで取り挙げたルック数は、先述した二つのコレクションよりもボリュームアップしたが、それはこれまで以上にスタイルのバリエーションが拡大しているからだ。
「スポーツもワークウェアも、コンサバもトラッドも、ドレスも好きなみんなが集まってほしい」。
そんなセルのメッセージで呼びかけられて集まったように、歴史を彩るスタイルが境界を超えて集合した様子は、ファッションの面白さを生む。
人間もブランドも魅力は一つだけとは限らない。これまでとは違う個性が、新しさを作り出す。要圭とセルが与えてくれたのは創造のヒントだ。
マリーンセルと忘却バッテリー 「非合理」が新境地を切り拓く
要圭が高校で出会う同級生の一人に、藤堂葵(とうどう あおい)という人物がいる。藤堂のポジションは遊撃手だが、一塁への送球ができないイップスという症状に陥っていた。藤堂のイップスを治すために、チームメイトは一緒に取り組むのだが、彼のイップスはそう簡単に治るものではなかった。
そんな時、要圭はワンバウンドで一塁へ送球したらどうかと提案する。ボールを一度地面に叩きつけて一塁に送球するワンバン送球は、ボールが一塁手のミットに届くスピードを遅くするデメリットがあり、野球経験者ならまずしない提案である。
もしかしたら、野球を熟知して合理的な判断を下す中学時代の要圭だったら、ワンバン送球を提案することはなかったかもしれない。けれど、一見非合理に思える、ボールを叩きつけてもいいという安心感が、藤堂がイップスを克服する一つのきっかけになるのだった。
セルが異なるスタイルを混合するカオスなコレクションも、合理的とは言えないだろう。テイストの異なるスタイルをいくつも混合すれば調和を失い、特徴がわかりづらくなるリスクがあるからだ。しかし、セルはカオスと言えるレベルにまでミックスを突き詰める。そうして生まれるパワーが、コレクションの個性になった。非合理なアプローチがファッションの新しさを生んだのだ。
要圭は記憶喪失によって、失ったものが多いと思われた。しかし、実際には違っていた。記憶を失ったからこそ気づかされたのは、何年もかけて積み重ねてきた野球の努力。
研究心旺盛だった子どもの自分、冷静沈着で戦況を見極める天才だった中学時代の自分が、試合の行方を左右するシーンに直面した高校生である要圭に、試合の命運を左右するプレーの発想と決断を与える。それは過去の自分が、今の新しい自分を作った瞬間だった。
多様なスタイルが混在するコレクションを見る限り、セルは様々なファッションへの興味が尽きないのだろう。これまで魅了されたファッションがいくつもあるなら、そのすべてを一つのコレクションで表現するセルと、異なる人間が何人も同居するようにして野球選手として成長した要圭。二人が見せてくれた創造性には、痺れるしかない。その快感は、キャッチャーミットに響き渡った直球の音と同じぐらいに気持ちいい。
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