新型コロナウイルス問題によって、ファッションを取り巻く環境が変化することは間違いありません。「キボウの消費」と題した本稿では、環境がどう変化していくかについて、さまざまな分野の人に聞いていきます。
今回は、カッシーナ・イクスシー代表取締役社長を務める森康洋さんに登場いただきます。森さんは、アパレル業界で数々のブランドビジネスを手がけた後、2001年にアクタスの社長としてインテリア家具業界に転身。2010年にカッシーナ・イクスシーに移り、そこで社長の任に就いて今に至ります。(取材・文:ifs未来研究所所長 川島蓉子)
以前から存じ上げていたのですが、いつお会いしてもエネルギーに充ち満ちている。新しいことに挑戦してステップを上がっていく姿に、少しだけ近寄りがたいものを感じ、勝手に怖気づいていたのです。それがコロナ禍で、ウェビナーの司会役をやってもらえないかと声をかけていただき、久しぶりにおしゃべりしたところ、鋭くやんちゃなお話が次々と――このおもしろさを伝えたいと、登場いただく運びとなりました。
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インタビューに登場した森さんは、手にメモ書きを持参して現れました。ウェビナーの打合せや本番では、私の質問にシャープで柔軟に対応いただいたので、準備の必要などまったくない。否、そもそも予習するタイプではないと思っていたのに――でも実のところ、こういう経営トップの方は、決して少なくないのです。その度に、大胆なコメントの奥に緻密な考察が、ぶっ飛んだ発想の裏に多面的な検証がある。だからこそ結果を出してきたのだと納得しきりです。
開口一番、「最近考えているのは"おもしろいこと"と"正しいこと"の矛盾についてなんです」と森さん。いったいどういうことでしょうか。人間は本来、おもしろいことをやってワクワクドキドキしたいのに、企業を取り巻く環境は、コンプライアンスへの取り組みなどもあって、がんじがらめに近い状況になっている。失敗がないこと、間違いがないことが優先されがちで、正しいか正しくないかで判断する傾向が強まっている。そこからおもしろさは抜け落ち、息苦しさが増していく方向に――「実は僕自身、その狭間で悩んでいるところがある」とおっしゃるのです。経営トップ自ら、そう語る姿に真っ直ぐな温かさを感じました。
でも"おもしろさ"と"正しさ"を、仕事の中でどう共存させていけばいいのでしょうか――「もともと矛盾する二つのことだけに、共存させるのは難しい。だからバランスが取れないのが当たり前と思ってのぞむことが大事では」と森さん。やんちゃな方なので"おもしろさ"で突っ走ればいいと言い切るかと思いきや、そうではなかったのです。
「どちらも大事であり、社員には各人のバランス感で判断して欲しいし、理解して実践してもらうのが僕の仕事。そのためには惜しみなく向き合うという覚悟があります」という姿勢に、頼もしさと潔さを感じました。
たとえばハンコ問題もそうですが、これからは「正しさ」とは何かという物差し自体が変わっていく時代。そう考えれば、"おもしろさ"や"正しさ"について、いろいろな見方があっていいし、その際、意見を出して対話するのは大事なこと。「こうあるべき」と一方的に押しつけるのではなく、多様な意見が行き交うことに意味があると思うのです。
そしてこれからについて――「豊かな生活を楽しんでもらうこと、それを通じて世の中に貢献することが、カッシーナ・イクスシーの担う役割です」と森さん。家具という商品を販売するというより、豊かなインテリアに囲まれた暮らしを提案するということです。確かにコロナ禍によって家にいる時間が増え、改めて自分の住まいのありようを見直した人も多いはず。"心地良い生活""自分らしい暮らし"とは何かを考えることが増えたのではないでしょうか。一方で、インテリア家具は、服と違ってトライ&エラーが難しい分野なので、プロの視点でアドバイスしてもらえたら、こんなに嬉しいことはありません。そこを手伝っていくのがカッシーナの役割ということですから、頼ってみたいという気持ちになります。
一方で「カッシーナ」というと、ラグジュアリーで手の届かないブランドという先入観を抱きがち。それに対して森さんは「食器ひとつで食事の時間が豊かになるように、好きな家具を自由に組み合わせるのも豊かな暮らしのひとつ。当社でもさまざまなブランドを取り扱っていますが全部カッシーナである必要はないのです」とコメント。聞いていくと、そこに一流ブランドならではの技術や歴史が込められていて、相応の価値があるとわかります。ライフスタイルという言葉が登場したのは70年代のことですが、実体化してくるのはいよいよこれから。エネルギーに充ちた森さんの話をうかがいながら、カッシーナ・イクスシーの出番がくるとワクワクでした。
取材・文:川島蓉子
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。
著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)、『すいません、ほぼ日の経営。』などがある。1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。
お話を聞いた人:カッシーナ・イクスシー代表取締役社長 森康洋
1955年7月15日生。高校時代からラグビーを始め、慶応義塾大学ではラグビー部に所属。
1978年4月 株式会社レナウン入社
2000年7月 同社執行役員就任
2001年8月 株式会社アクタス入社 代表取締役社長就任
2008年11月 株式会社グレープストーン入社 常務取締役就任
2010年11月 株式会社カッシーナ・イクスシー入社 執行役員副社長就任
2011年3月 同社代表取締役社長就任
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