ヘアメイクアップアーティストの活動の傍ら、ヘッドピースを制作する松野仁美。ニュウマン新宿のウィンドウディスプレイで展示されているのを見かけた人も少なくないだろう(8月2日〜10月2日)。どことなく漂う神話的なムードと、花や草木のモチーフが組み合わさった“生命感”に惹きつけられる松野の作品。SNSを通じて海外にもその魅力は届き、K-POPのニュージーンズ(NewJeans)やレッド ・ベルベット(Red Velvet)のメンバーのヴィジュアルにも使用されるなど活躍の場は世界へと広がっている。「始まりはファッション」と語る松野が、ヘッドピースにたどり着くまでとこれからの話。
松野仁美
サロンワークとヘアメイクアシスタントを経て2013年に独立。雑誌やカタログ等でヘアメイクアーティストとしての活動と並行して、2019年にアートピースの制作を開始した。2022年に渡韓し、現在は日本を拠点に活動。これまでにアーティストのコムアイや(G)I-DLEのミンニ(Minnie)のほか、Red Velvetが「Feel My Rhythm」のMV内で着用したヘッドピースを手掛けた。
Instagram:hitomi_matsuno
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マックイーンのショーに衝撃を受けて...美容師の道に?
ー幼いころからメイクやファッションに興味があったんですか?
最初に興味を持ったのはファッションなんですよ。それまでも着飾ったりすることは「普通に好き」でしたけど、あるとき偶然ファッションショーの映像を見てから、「これだ!」って強烈に惹かれるようになりました。
ーファッションデザイナーの道は考えませんでしたか?
服自体よりも、もっと全体の世界観やショーを構成するもの、いろんな要素で作り上げられていることが面白いと感じたんですよね。だから、自分がデザイナーになるっていう気持ちはなかったです。私も、この衝撃的な世界観を構成するひとつになりたいというか、メイクも好きだったし、ファッションを裏方として支えるってかっこいいなって子どもながらに考えたりして。それでヘアメイクになろうと思いました。
ーちなみに、ファッションはどんなブランドを見ていたんですか?
ランウェイのインパクトに惹かれて、特に2000年代初期のファッションシーンが好きです。最初に衝撃を受けたのは「アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)」。ほかには、「ジョン ガリアーノ(John Galliano)」、「ヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)」、「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」、「ヴィクター&ロルフ(VIKTOR&ROLF)」とか。着るよりも構造やディテールを見たりするのが好きなんです。はじめに自分はこういうブランドが「ファッションなんだ」って認識しちゃったので、成長するにつれて、「あれ、私が思うファッションって一般的なわけではないんだ」っていうギャップに気がつきました(笑)。この時期のファッションシーンに対する憧れは今でも持ち続けてますね。
ー確かに、入り口がマックイーンだと「マスのファッション」とはギャップが生まれそうですね(笑)。キャリアのスタートは美容師と伺いました。
当時はSNSもネットも今ほど成熟していなかったので、ヘアメイクになる方法がわからなかったからなんです(笑)。だから、ノーマルなルートとして専門学校に行って、大阪で美容師になりました。サロンワークではヘアとメイクのリアルな技術を学ばせていただきましたし、バーバー「リッパーズ(RIPPERS)」の柳川康志さんに出会うことができて、顧客の要望にどう応えるか、ヘアスタイリストとしての提案力とか、何のために現場でどう動くか、みたいなノウハウに触れることができて、本当に必要な経験だったなって思っています。それから、右も左も分からないまま勢いで上京してしまって。どうやらヘアメイクになるには誰かのアシスタントになって経験を積む必要があると分かって、ようやくヘアメイクのレールに乗っていった感じです。
リッパーズ:大阪・北堀江のバーバー。
日本のバーバーブームの先駆者のひとり、柳川康志さんが2017年にサロンのビルの4階で開業。2019年1月に北堀江に移転オープン。
ヘッドピースの誕生はフラストレーションから
ーアシスタントを経て、2013年に独立していますが、ヘッドピースはどのタイミングで作り始めたんでしょうか。
アシスタント時代から、作品撮りでヘッドピースのような物を試しに作っていたんです。まあ、師匠や周りの人たちからは「日本ではあまり必要とされないよ」って言われちゃいましたけど(笑)。それもそのはずで、当時はファッションシーンでは「ノームコア」がトレンドで、作り込んだとしても目に見えるものは限りなく削ぎ落としたシンプルな美しさが求められていたんです。だから仕事でヘッドピースが登場することはなくて、自然とヘアメイクの仕事に注力していきました。
ーなぜ、ヘッドピースに気持ちが戻ってきたんですか?
ノームコアやストリートが流行ったことで、ヘアメイクでインパクトやクリエイティビティを強く求められることが少なくなり、自分の成長を顧みたときに、物足りなさを感じるようになってしまったんです。もちろん求められる仕事に対しては、自分なりに工夫して、期待以上のアウトプットで答えていくっていうのは常に心掛けていましたけど。何となく焦燥感みたいなものがあったんです。だから、自分のスタイルを見直そうと思って、元々憧れていたファッションシーンのことを思い出したりして、2019年くらいからヘッドピースを本格的に作るようになりました。今振り返ると、フラストレーションをヘッドピースを作ることで解消していた部分もあると思います。
ー松野さんのヘッドピースには、花や草木、昆虫の翅脈(しみゃく、昆虫のはねに見られる脈)のようなモチーフがよく用いられていますが、なぜでしょうか。
有機的なものに惹かれるんですよ。細かいものが集まって何かができているっていうところや、植物が持つ生命力と、その裏返しのような枯れていく儚さに美しさを感じるというか。それを人工的にどう表現できるのか、っていうのを追い求めているんだと思います。
ー神話やアニメもインスピレーションになっているいうのも過去のインタビューで語られていますね。
SFやアニメは私自身が好きなものなので、アウトプットするときの根底に少なからず影響しています。あとは古典的なムードとフィーチャリスティックな要素を組み合わせるのにもハマっています。神話に惹かれるのは、「人であり人を超えたもの」を目指したいなと考えていたときに、どことなくリンクすると思ったからです。ただ、「人を超えた」とか、「リアリティのなさ」を意識してはいますが、「コスチューム」にはしたくないんですよね。装備というより、つける人のキャラクターがにじみ出るものとか、ヴィジュアルの世界観としてヘッドピースがしかるべき仕事をするようなものを作りたいと思っています。
それから余談ですが、会ったことはないんですけど、祖母が尺八奏者で祖父は着物を縫っていたそうなんです。父ははんこを掘っていたりと、あまり意識していなかったけれど日本の伝統が根付いている家系のようで、古典や日本的なものに対して無意識のうちに親近感があるのかなと。
Red VelvetやNewJeansにも作品を提供 韓国のシーンで感じたこと
ーヘッドピースで手応えを感じるようになったのはいつからでしょうか。
2021年にご縁があって、韓国に活動拠点を移したことが大きいです。それまで国内では、地味に作品撮りを続けて、時々リースの依頼がある、という感じでした。その時から、SNSの投稿は海外からの反響が大きくて、シンプルに面白い、クールだと思ったものに対してリアクションしてくれるので、モチベーションにもなっていました。なんとなく、「海外の方がより作品を見てもらえるのかな」っていう気はあったんです。
ー韓国での活動はいかがでしたか?
当初はヘアメイクとして事務所と契約して渡韓したのですが、コロナ禍だったのでヘアメイクの仕事は予想よりも少なくて。でも、事務所の方々が寛大で、自由にヘッドピースの活動もしたらいいよと言ってくれて。発信を続けていくうちに、グローバルで活動されているフォトグラファーのチョ・ギソク(Cho Gi-Seok)さんの撮影に呼んでいただいたのが一つの転機になりました。韓国では日本との違いをうらやましくも感じましたが、自分の作品を使いたい、一緒に撮影したいと言ってくれる人たちに出会えて、エネルギーをチャージすることができました。
ー韓国の方がうらやましい? どういったところに違いを感じましたか?
表現のアプローチや意識はもちろん違いましたが、カルチャーショックだったのは、フォトグラファーがスタジオを所有していること。事務所がスタジオを持っていることも多いです。そうするとスタジオのレンタル費用をバジェットに入れなくていいし、撮影時間も比較的余裕を持って組めるんです。もちろん、限られた時間の中で最適解を探るのはトップクリエイターの条件のひとつだと思いますが、挑戦しやすい環境というのも大切だと感じました。
あとは、「いいものはいい」とはっきりと評価してくれるのが純粋に嬉しかったです。Red VelvetやNewJeansの撮影に使っていただいたときは、ヘアメイクの方やヴィジュアルを手掛けている関係者の方から連絡をいただいたのですが、ほぼ無名の作品でも、「可愛いから使わせて!」と言ってくれました。
ー将来的に、活動拠点を海外に移すことも視野に入れている?
これまでの反響から、海外での活動は可能性があると思っています。実際に、インスタグラムのDMで海外から依頼を受けることは少なくありません。ただ、こういう時代だからこそ場所はそこまで重要ではない気がしています。もちろん、呼ばれたら日本でも海外でも、どこへでも行けるように、語学やフットワークの軽さは必要で、そこは積極的にならないといけないなと思っています。
ーちなみに、ヘアメイクとヘッドピースの仕事をする時のアプローチは異なるのでしょうか。
全く違いますね。ヘアメイクの場合はある程度時代のムードを汲み取りながら共感できたり、真似したいと思ってもらえるようなルックを提案する必要がありますが、ヘッドピースの場合はヴィジュアルのクリエイティビティを求められることが多いので、使う“脳みそ”が全然違うというか。アートピースでも既にある作品ありきで相談される場合と、制作から入る場合とでまた異なりますね。どちらもやっていると、何か一つの要素が悪目立ちするのではなく、トータルでそれぞれがハマる仕事をしてるかが重要なんだっていうのを改めて考えるようになりました。個人的には、クリエイターが集まり、各々の表現を引き出し合いながら世界観を作り上げていく現場と、そこで生まれるものに興味があります。
ー最後に、今度の展望を教えてください。
ヘアメイクもヘッドピースもどちらも続けていきたいです。欲を言うと、どちらも任せていただける撮影をもっと経験できたら嬉しいです(笑)。これまで、アーティストの方々の撮影で使っていただく機会が多かったので、制作から一緒に作りあげていくお仕事にも挑戦したい。なので声をかけていただけるように、作品を磨いていかなければいけないなと思っています。
(聞き手:平原麻菜実)
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