ADVERTISING

黄金期が再度到来か? 気鋭の才能とのタッグで花開く、ジャンポール・ゴルチエの新たな可能性

黄金期が再度到来か? 気鋭の才能とのタッグで花開く、ジャンポール・ゴルチエの新たな可能性

 「ミックスアップ」という言葉をご存知だろうか。これは、ボクシング用語で「足を止めて打ち合う」、「激しい乱打戦」を意味し、さらには、実力が拮抗したライバルが試合を通してお互いの潜在能力を引き出し合う現象も指す。

 この言葉を初めて知ったのはボクシング漫画の金字塔『はじめの一歩』で、主人公・幕之内一歩とライバル・千堂武士による日本フェザー級チャンピオンの座をかけたタイトルマッチのエピソードを読んだ時だった。

 激しい乱打戦となった試合は、実戦を通じて一歩と千堂が現在進行形で成長する展開=「ミックスアップ」を見せ、名勝負が多い作品内でもベストバウトの一つと言える。試合の結末も、「ライバル」という表現がふさわしい痺れるものだった。

 なぜ冒頭からボクシング漫画の話をしたかというと、あるデザイナーのコラボレーションを見ていて「ミックスアップ」という言葉が頭に浮かんだからだ。デザイナーの名は、ファッション史に偉大な功績を残し、『アンファン・テリブル(恐るべき子ども、仏語:enfant terrible)』と呼ばれるジャン=ポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)である。

ジャン=ポール・ゴルチエ ポートレート

ジャン=ポール・ゴルチエ(2019年撮影)

Image by: FASHIONSNAP

 2020年1月にゴルチエがファッションデザイナーとしての引退を発表した際、私は彼がモードの第一線から退くのだと思った。しかし、2021年秋冬シーズンからは毎シーズン、ゲストデザイナーを招いて共同製作したオートクチュールコレクションを発表し、今に至るまでエネルギッシュな創作活動を続けている。むしろ、現在のゴルチエには、新たな黄金期を迎えたのではないかと思えるほどのパワーがみなぎっている。

 ゴルチエがコラボレーションしたデザイナーたちは錚々(そうそう)たる面々だ。記念すべき第1回目のゲストデザイナーとなった「サカイ(sacai)」の阿部千登勢に始まり、先ごろ「トム フォード(TOM FORD)」の新クリエイティブディレクター就任が発表されたハイダー・アッカーマン(Haider Ackermann)、「ディーゼル(DIESEL)」を躍進させるグレン・マーティンス(Glenn Martens)、今やロンドンを代表するスターデザイナーとなったシモーン・ロシャ(Simone Rocha)と、眩い光を放つ才能たちがゴルチエとともにオートクチュールの製作に臨んできた。

 気鋭のデザイナーと偉大なデザイナーの共作は、これぞコラボレーション、これぞミックスアップという迫力を見せつける。今回は、特に注目すべき二つのオートクチュールコレクションに言及したい。才能と才能が交わる瞬間、そこには興奮が生まれる。(文:AFFECTUS)

ゴルチエの名作が新たな姿に進化、「サカイ」とのオートクチュールコレクション

ADVERTISING

 まず、簡単ではあるがゴルチエの足跡を振り返りたい。

 現在、ランジェリーライクなデザインの服を外衣として着用することは一般的なことだ。通常なら人目に触れない下着が、人の目に触れる外衣へと移り変わる傾向は、服装史を振り返ると確認できる。

 18世紀に女性たちの間で重用されていたコルセットには、下着用に使用されたものに加えて、室内でくつろぐために装飾が施されたものがあった。19世紀に登場したキャミソールは、元々はコルセットを覆うカバーの役割を果たしていたが、現代では夏に欠かせないトップスとして愛用されている。

 下着から外衣に変貌する歴史の流れを加速させたのがゴルチエだ。1980年代、ゴルチエは、バストの先端が異様に突起したコーンブラを発明する。このアイテムを世界に知らしめたのは、マドンナ(Madonna)だった。迫力と色気を兼ね備えたコーンブラを着用し、ワールドツアーのステージに立つ世界的カリスマの姿はセンセーショナル以外の何者でもなかった。

 音楽という世界中で愛されるカルチャー、マドンナという圧倒的人気と注目度を誇るスーパースター、この二つのパワーを用いることで、ゴルチエは下着に対する人々の常識を上書きしたと言えよう。もし、ゴルチエがモードシーンに登場しなければ、ランジェリーの日常着化は現在ほど浸透していなかったに違いない。

 複数の要素を掛け合わせて新しいものを生み出すゴルチエの才能は、現在のコラボレーションでも発揮されている。

 コロナ禍による1年の延期を経て、2021年7月7日にパリで発表された「サカイ」阿部千登勢とのオートクチュールコレクションは、「サカイ」得意の重層的かつ複雑なパターンワークが、ファッション史を彩るゴルチエの名作を新しく生まれ変わらせた。

 ファーストルックではドレッシーなブラ&コルセットアイテムに、透け感あふれるシャツとパンツを着用。足元にはピエール・アルディ(Pierre Hardy)が手がけたブーツを合わせてフォーマルな印象を崩した。

2021年秋冬コレクション ルック

2021年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 ネイビー地に白く細い直線が浮かぶチョークストライプ生地は、ゴルチエがこれまで幾度も発表してきたマスキュリンなテーラードを想起させ、胸元のブラにはパワフルなマドンナの姿が重なる。また、フロント中央にボタンが密接して並ぶディテールもコルセットを想像させ、下着のファッション化を加速させたゴルチエの歴史が描かれている。

 天才デザイナーのアーカイヴを更新したのは、 「サカイ」の武器である独自性の高いパターンだ。チョークストライプ生地が身頃から下方に向かって波打って広がり、ボリュームを作り出したフォルムは、臀部を膨らますバッスルのようであり、メンズフォーマルの燕尾服のようでもある。

 「サカイ」はフォルムの力で時代と性別の境界を超え、異なるスタイルを融合させることでルックに重層性を加えていった。

2021年秋冬コレクション ルック

2021年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

2021年秋冬コレクション ルック

2021年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 ゴルチエの代名詞でもあるマスキュリンなテーラードは別のルックでも展開された。大胆なパターンワークによってストールとジャケットが一つになり、アクセサリーとウェアの境界が曖昧になった。

 ミリタリーは「サカイ」では繰り返し登場するお馴染みのモチーフだ。MA-1をベースにしたアイテムは、大きく膨らんだ袖とスカート部分のフォルムがオートクチュールならではの立体造形を見せる。胸元には1980年代を騒がした円錐形のブラ。ミリタリー、オートクチュールの造形、拘束ウェアという別々の要素が、またも一つのルックの中で同居していた。

2021年秋冬コレクション ルック

2021年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 ベーシックウェアの王様であるデニムも、ベーシックとはかけ離れた姿に変わる。デニムジャケットはスタンドカラーと大きなくるみボタンの組み合わせによって、ヨーロッパの宮廷服的外観に変貌し、ボトムは解体されたジーンズが何本も連なってスカートを完成させていた。世界中に普及したカジュアル素材でノーブルな服を作るという、またも対比的なアプローチである。

2021年秋冬コレクション

2021年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 マリンルックもゴルチエの象徴と言うべきモチーフだ。トップスはスタンダードなボートネックのカットソーだが、スカートはチェック柄が継ぎ接ぎされてパンクマインドが全開。形状もローウェストかつトレーンを引くデザインで、腰履きジーンズと華やかなドレスのイメージが交差していた。

2021年秋冬コレクション

2021年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 ゴルチエというプラットフォームが阿部の創造性を刺激し、コレクションは「ジャンポール ゴルチエ」にも「サカイ」にも見られない新しい姿へと進化を遂げた。新体制によるデビューコレクションは、2人のデザイナーの潜在能力が引き出された記念すべきオートクチュールとなった。

ゴルチエ × ロシャが生み出す“エロティックとロマンティックの狭間

 2024年1月に発表されたオートクチュールコレクションでは、6人目のゲストデザイナーとしてシモーン・ロシャ(Simone Rocha)が招かれる。これは非常に興味深い組み合わせだった。

 ゴルチエとロシャ、双方のコレクションには色気が漂う。ただし、その種類はまったく異なる。ゴルチエが肉体をエロティックに強調して刺激的に表現するのに対し、ロシャは少女性にフォーカスして色気を甘く儚げに魅せる。同じ色気でも対極の要素を扱う二人がタッグを組み、いったいどんなオートクチュールが発表されたのだろうか。

2024年春夏コレクション ルック

2024年春夏コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 コレクションの始まりを告げるファーストルックは、そのシーズンの特徴が如実に現れる。先述の2021年秋冬コレクションと同様、ロシャとのコラボで製作された2024年春夏コレクションのファーストルックも、二人のデザイナーの特徴が絶妙な塩梅でミックスされていた。

 ロシャは薄手で透け感ある柔らかい生地やレース素材、ピンクやベージュといったフェミニンな色を使ってセクシーを作り上げるのを得意としている。このファーストルックも、ヌードカラーのオーガンジーを使用しており、ロシャらしいアプローチが散見される。

 一方、ゴルチエはコルセットのディテールを多用することが象徴的で、硬い素材で構築的シルエットを作ってセクシーを装う。パニエによって腰回りを膨らませたファーストルックは、ゴルチエの手法そのものである。

 これらのことからも分かるようにファーストルックでは、ロシャとゴルチエの技術、センスが見事な融合を果たしていた。

2024年春夏コレクション ルック

2024年春夏コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

2024年春夏コレクション ルック

2024年春夏コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

  淡いピンクのミニ丈ルックはロシャの成分が強い。ドレスに施されているレースアップのディテール自体はゴルチエの特徴だが、生地の色とドレスの着丈の短さ、そして垂れ下がり儚げに揺れるストリングは妖精スタイルを得意とするロシャの世界観だ。

 翻ってブラックルックはゴルチエワールドが全面に表現されていた。スカートはパニエで直線的なラインで大きく膨らみ、胸元はコーンブラによってバストが強調されている。女性のボディラインを過剰までに表現する服の形は、ゴルチエの美意識ならでのフォルムデザインだ。

 次の2つのルックも注目である。まずはブラックを主体にしたミニスカートルックから触れたい。

2024年春夏コレクション ルック

2024年春夏コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 シックなテーラードジャケット、バストを異様に盛り上がらせて強調する、頭に被るセーラーハットといったゴルチエの代名詞を、ロシャは自身が得意とするテクニックで上書きした。

 鍵となったアイテムはスーパーミニスカートだ。極端なまでに短いミニ丈のボトムは、扇情的なゴルチエの服とは異なり、瑞々しいガーリースタイルを想起させる。また、テーラードジャケットもよく見てみると、着丈は短く、肩幅もコンパクト。Vゾーンも狭く、ウエストのシェイプから裾に向かって広がるフレアシルエットは、ゴルチエが手掛けるマスキュリンな上着には見られないフェミニンなデザインだ。

2024年春夏コレクション ルック

2024年春夏コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 コレクションで最も印象的だったのはこのボーダールックだ。ゴルチエのアイコンであるセーラーハット、ボートネックのボーダートップスを、ロシャはまたも自身のシグネチャーで更新するのだった。

 まずは黒いボーダーに注目しよう。これはブラックリボンを取り付けて立体的に表現したボーダー柄だ。リボンはロシャの個性を表す重要なディテールであり、リボンが何本も垂れ下げる様子は妖しくもあり、美しくもある。

 ボトムには、パッドで膨らませたブルマショーツを合わせた。生地の表面には麗しいブラックの刺繍を施し、生地の色はヌードカラーをベースにして肌と同化。アダルトなゴルチエルックがガーリーに生まれ変わり、悪魔のような魅力を秘めた妖精ルックが完成した。

 ゴルチエの武器がロシャの武器を高め、ロシャの武器がゴルチエの武器を高める。そうして完成されたオートクチュールは、可憐かつ誘惑的な女性像を創造した。ロマンティックでエロティックなルックから、誰が目を逸らすことができるだろうか。ゴルチエとロシャは、人間の本能を刺激する。

 以上が、ゴルチエのオートクチュールで特に言及したかった二つのコラボレーションだ。

「あらゆることがやり尽くされ、完璧に新しい服を作ることはできない」

 現代のファッション界において、その言葉は事実だろう。だが、真に新しい服が作れなくとも、人々を驚かす服を作ることはまだまだ可能である。そのための方法論を、ファッションの第一線からは離れると思われた天才デザイナー ジャン=ポール・ゴルチエが証明してくれた。

 自分の世界を愛するだけでなく、未知の世界との出会いを歓迎する。そんな出会いにこそ、時代を刺激するクリエイションを創るヒントが潜んでいる。世界を驚かせ続けた「恐るべき子ども」と称されたデザイナーは、今日も新しい才能を探している。

AFFECTUS

AFFECTUS

2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「アフェクトゥス(AFFECTUS)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ・モントリオールのオンラインセレクトストア「エッセンス(SSENSE)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。

ADVERTISING

JOB OPPOTUNITIES

最新の求人情報(求人一覧

求人

店長

New Era

店長

年収

550万 〜

詳細を見る

求人

副店長

New Era

副店長

年収

450万 〜

詳細を見る

Powered by

現在の人気記事

NEWS LETTERニュースレター

人気のお買いモノ記事

公式SNSアカウント