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【連載ふくびと】第5話 販売のエキスパート 秋山恵倭子——50代で決断、ジュエリーへの転身

TIFFANYの文字が入った色紙

Image by: FASHIONSNAP

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【連載ふくびと】第5話 販売のエキスパート 秋山恵倭子——50代で決断、ジュエリーへの転身

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第4話からつづく——

 自分にしかできない「強い店作り」をやりたいという思いから、プラダを離れることを決めた秋山恵倭子。誘いを受けたブランドへ移ることが決まるも、当時LVMHの役員だった遣田重彦氏から「歳を重ねるとラグジュアリーファッションの販売は難しくなるのでは」とジュエリー業界への転身を勧められる。50代にして「ティファニー(Tiffany & Co.)」という全く新しい世界に足を踏み入れた秋山は、商品を一から学び直しながら、関西初の路面店、さらには16店舗からなるリージョンを任されることとなった。——BRUSH代表取締役会長を務め、販売の極意を熟知した店舗運営コンサルタントの秋山が半生を振り返る、連載「ふくびと」販売のエキスパート 秋山恵倭子・第5話。

販売をずっと続けるためにジュエリーへ

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 プラダを辞める時、私は「これまでのように良い上司がいる良い会社に行きたい」と思ったので、アルマーニ時代の上司が某ブランドの社長になることを聞き、そこに希望して採用いただくことができました。少し先に予定していた新店舗のオープンに合わせて入社することになり、しばらく待っていました。

 その期間にティファニーから熱心なオファーをいただいたものの、自分が知らないものをお客様に売るのは販売員魂が許さなかったので、行く気はありませんでした。

秋山さんと得能さん

当時ティファニー副社長の得能摩利子さん(左)と

Image by: 秋山恵倭子

 その後、以前から知り合いだった当時のLVMH役員の遣田重彦さんにお会いする機会があった際、話の中でふと「ところで秋山くん、いくつになった?」と訊かれました。「50歳になりました」と答えると、「じゃああと5年はその新しいブランドで働いて、それからティファニーに行ってもいいんじゃない?」と言う。理由を尋ねると、「ジュエリーなら、これからもっと歳を重ねても年齢関係なく続けられるよ」と。

 それを聞いた私は、「これからも販売に携わっていきたい。5年後に変わらなくちゃいけないなら、今から勉強しなくては間に合わない」と思い、ティファニーに行くことを選びました。なので、行く予定になっていたブランドの上司には丁重にお詫びをして、「私はずっと販売を続けたいので、年齢やこれからのキャリアを考えたら、やっぱり今からジュエリーをやりたいんです」と伝えたところ、とてもあたたかい言葉で了承していただきました。

長年の顧客が勢揃い、生涯で一番嬉しかった瞬間

 ティファニーで私が任されたのは、「関西初の大型路面店舗を立ち上げて、年間数十億円の売上を作る」こと。でも、当時のティファニーはシルバーとブライダルのイメージが強いブランドだったので、当時働いていた販売スタッフには「顧客を作る」という考え方が浸透していませんでした。35人のオープニングスタッフのうち、既存の10人は顧客の作り方を知らず、残りの25人は私も含め新入社員。そんな環境の中で、会社からは「いわゆる“路面店としての顧客ビジネス”をしてほしい」と頼まれていました。

集合写真

ティファニー 大阪路面店のオープニングメンバーと(2004年撮影)

Image by: 秋山恵倭子

 そして、路面店オープンに先駆けて顧客向けのプレオープンパーティーを開くことになったのですが、パーティーの当日は、私にとって生涯で一番嬉しい日になりました。普段お客様とは一人ずつお会いしますが、その日はこれまで私が長い時間を掛けて関係性を築いてきた多くの顧客様たちが来店されたのです。アルマーニ時代に買っていただいた服でいらしてくださる方もいましたし、「お祝いだから」と、当日はお越しいただいた全てのお客様が商品をご購入くださいました。パーティー会場では、これまでの顧客様全員が「おめでとう」という温かい視線を送りながら着席されていて。人生でこんなに嬉しい瞬間はなく、胸がいっぱいで挨拶がうまくできないくらいでした。

 その光景を見たスタッフたちもとても喜んでくれて、「どうやったらそんなに顧客ができるんですか?」と興味津々。そのおかげもあって、私が持っていた店舗運営や顧客管理の手法とツールをスタッフたちに浸透させるのはすごく早かった。「わかりやすいです」「こうやればよかったんですね」と前向きに受け止めてくれたので、皆すぐにできるようになって本当に良いお店になりました。

50歳を過ぎて飛び込んだ新しい世界

 私は50歳を過ぎてから「ジュエリー」という新しい世界に飛び込んだので、苦しさも楽しさも両方ありました。苦しさで言えば、それまでは素材もパターンもコレクションも何でも語れたし、自信満々でお店に立てていたのに、ジュエリーに関しては何もわからない。自分が扱っている商品を語れない人は「販売員」とは言えないのに、最初の頃は知らないことが多すぎて苦しかったんです。

 そこで、ティファニーに入社して3年目の時、GG(グラジュエイト・ジェモロジスト)*の資格とジュエリー検定3級を取得するべく、必死でジュエリーのことを勉強しました。顧客様は何百万円、何千万円分というジュエリーを買える財力をお持ちであるにもかかわらず、自分の知識がないために、私は希少性の高いものをおすすめすることができなかった。「お客様に対して申し訳ない」と、何とも歯がゆい気持ちでした。だから、スタッフにも「私みたいなこんな恥ずかしい売り方をしたらだめだから勉強しなさい」と言って、ジュエリーについての資格を取らせたりもしました。

*GG:宝石の知識、ビジネスのノウハウ、グレーディング・鑑別技術などを、倫理観を兼ね備えて修得しスペシャリストとしての訓練を受けた、宝石学の専門家に与えられる国際的な称号。日本では、GIA JAPANが開講しているGGプログラムを受講し、最終試験に合格することで取得できる。

インタビューに答える秋山さん

ティファニー 大阪路面店オープン 2周年記念パーティー打ち上げにて

Image by: 秋山恵倭子

 一方で、ファッションからジュエリー業界に転身してみてわかったことは、店舗運営の手法は、扱うものが洋服でも宝石でも、あるいはお饅頭だとしても同じだということ。特にティファニーでは、路面店の後はリージョナルディレクターとしてこれまでで一番多い人数を見ることになったので、よりロジカルな店舗運営や人財育成の手法を確立することができました。各店の店長を集めて「店長研修」を行い、私のメソッドを全員に教えて、やり方やツールを統一することで誰もが運営しやすくなり、私の担当エリアの店舗は売上もぐんと上がったんです。その時に確立したメソッドは、今の仕事にも活かされています。

 でも、ティファニーでは私が担当していた以外に3つのリージョンがあり、それぞれ違う担当者が各々の状況に合わせたやり方で管理していました。だから、担当が変わるとやり方が変わってしまい、店舗運営や人間関係などにも少なからず影響があったのです。それが度々繰り返される状況に、私はモヤモヤとした気持ちを抱えていました。

写真が貼られた色紙

ティファニー退職時にボードメンバーから贈られた色紙

Image by: FASHIONSNAP

 そんな時、元々ティファニーでお世話になった元上司で、当時フェラガモ・ジャパンCEOだった得能摩利子さんから電話がかかってきました。これまでの私を良く知る得能さんといろいろと話をしている中で、年齢的にもそろそろ、自分の経験を活かして独立するという選択肢もあるのかな、と初めて考えました。——第6話につづく

第6話「40年来の顧客、形見分けのエルメス」は、11月23日正午に公開します。

文:佐々木エリカ
企画・制作:FASHIONSNAP

【連載ふくびと】販売のエキスパート 秋山恵倭子 全7話
第1話―「私にはこれしかない」
第2話―「よっしゃ、ここから人生始まったわ」
第3話―強烈スパルタ教育のセリーヌ時代
第4話―自分にしかできないことは何か?
第5話―50代で決断、ジュエリーへの転身
第6話―40年来の顧客、形見分けのエルメス
第7話―販売員の地位と価値向上を目指して

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