全く異なるジャンルでありながら、古くから蜜月関係にあるファッションと音楽。ここ十数年でその結び付きはさらに強くなり、今やファッションメディアでなにがしのアーティスト名を見ない日は無いと言ってもいいほどである。だがアーティスト名は目にするものの、彼/彼女らがファッションシーンへと参画した経緯や与える影響力、そして何よりも楽曲に馴染みが薄く、有耶無耶の知識のまま名前だけを認知している人も少なくないだろう。
そこで本連載【いまさら聞けないあのアーティストについて】では、毎回1組のアーティストをピックアップし、押さえておくべき音楽キャリアとファッションシーンでの実績を振り返り、最後に独断と偏見で「まずは聴いておくべき10曲」を紹介。第4回は、「スポティファイ(Spotify)」がサービスをスタートしてからの10年間(2008~2018年)で"最も再生されたアーティスト"のランキングでトップに輝き、第44代アメリカ合衆国大統領であるバラク・オバマ(Barack Obama)が選ぶ"5人のお気に入りのラッパー"(2016年)に名を連ねたドレイク(Drake)を紹介する。(文:Internet BoyFriends)
■いまさら聞けないあのアーティストについて:連載ページ
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目次
音楽家系に生まれ、俳優から表舞台のキャリアをスタート
ニューオーリンズのリル・ウェイン(Lil Wayne)、ロングビーチのスヌープ・ドッグ(Snoop Dogg)、デトロイトのエミネム(Eminem)、ヒューストンのトラヴィス・スコット(Travis Scott)——ラッパーにとって、ホームタウンを愛し地元に住む人々に認められたフッドスターになることが最大の成功と言えるが、21世紀でこれを最も体現しているのは、カナダ・トロントの英雄ドレイクだろう。
ドレイクことオーブリー・ドレイク・グレアム(Aubrey Drake Graham)は、1986年10月24日生まれの35歳。アフリカ系アメリカ人でシンガーのデニス・グラハム(Dennis Graham)とユダヤ系カナダ人で教師の母親の間に生を受け、叔父にはスラップ奏法を生み出したチョッパーベーシストの泰斗ラリー・グラハム(Larry Graham)がいる音楽家系の生まれ。両親はドレイクが5歳の時に離婚し、彼は母親と暮らすことを選んだが父親とも交流は続き、2014年にドレイクは父親の顔を、父親はドレイクの顔を体に刻んでいる。ちなみに、母方の祖母は"ソウルの女王"ことアレサ・フランクリン(Aretha Franklin)のベビーシッターだったそうで、ドレイクの音楽的才能は彼女の影響も少なからずあるかもしれない。
いきなり時計の針を15歳まで進めるが、ジェイ・Z(Jay-Z)やクリプス(Clipse)を聴いて育ったドレイクは自らもラッパーになることを夢見ていたものの、友人のツテでカナダの学園ドラマシリーズ「デグラッシ:ネクスト・ジェネレーション(Degrassi: The Next Generation )」に出演することとなり、俳優から表舞台のキャリアをスタートしている。当初は将来的にラッパーのキャリアに悪影響を与えると考えていたため出演には消極的な姿勢だったが、結果として2001~2008年まで長きにわたり役を演じ、人気俳優の1人として知名度を獲得。その最中、2006年に1stミックステープ「Room for Improvement」を19歳で発表し、並行してラッパーとしての活動をスタートさせた。同作は俳優活動の甲斐もあり、処女作ながら6000枚を超えるセールスを記録。その後、2007年の2ndミックステープ「Comeback Season」を経て、2009年にリリースした3rdミックステープ「So Far Gone」がネット上でスマッシュヒット。そして同年、彼のアイドルであるリル・ウェインのレーベル「ヤング・マニー・エンターテインメント(Young Money Entertainment)」と契約を交わし、「So Far Gone」の収録曲を変更して1stEPとして再リリースしたところ、全米アルバムチャートで初登場7位にランクイン。これにより肩書きを俳優からラッパーへとスイッチした。
21世紀最強の"チャートキング"で"レコードブレイカー"
晴れてラッパーとしての活動を本格化させたドレイクだが、ここから彼は2010年の1stアルバム「Thank Me Later」、2011年の2ndアルバム「Take Care」、2013年の3rdアルバム「Nothing Was the Same」、2016年の4thアルバム「Views」、2018年の5thアルバム「Scorpion」、2021年の6thアルバム「Certified Lover Boy」、今月サプライズリリースした7thアルバム「Honestly, Nevermind」の全作品で全米アルバムチャートの1位を獲得。さらに、「More Life」や「Dark Lane Demo Tapes」といったミックステープなども含めると計11作で全米1位に輝いており、これはザ・ビートルズ(The Beatles)の19作、ジェイ・Zの14作に次ぐ歴代最多3位の記録である。
シングルチャートで見ても、「God’s Plan」や「Toosie Slide」など計10作で初登場1位を獲得した最多記録を保持しているほか、2021年には「What’s Next」、リル・ベイビー(Lil Baby)との「Wants And Needs」、リック・ロス(Rick Ross)との「Lemon Pepper Freestyle」という初登場の3曲でチャートのトップ3を独占する史上初の快挙を達成。また、トップ10に50曲以上を、トップ40に100曲以上を、トップ100に250曲以上を送り込んでおり、前回この連載で紹介したトラヴィス・スコットがトップ100にランクインしたのは79曲ということを鑑みると(それでも異次元)、彼がいかに理解の範疇を超えた離れ業をやってのけているかが分かるだろう。このため、チャートを作成する「ビルボード(Billboard)」は、彼に"2010年代を代表するアーティスト"の称号を贈っている。
彼の"レコードブレイカー"っぷりは各種音楽ストリーミングサービスでも見て分かる。「スポティファイ」では、"2010年代に世界で最も再生されたアーティスト"かつ"史上初めて500億回再生を突破したアーティスト"を記録。「アップル・ミュージック(Apple Music)」では、2016年の4thアルバム「Views」が"史上初の10億回再生を突破"し、2018年の5thアルバム「Scorpion」はリリースから1時間での史上最高再生数を記録していたが、このたび最新アルバム「Honestly, Nevermind」がサプライズリリースにもかかわらずこれを上書き。2010年のデビューから未だに成長曲線は右肩上がりで、とにかく作品をリリースすれば必ずチャートにランクインし、何かしらの記録を打ち立てるという、まさにマリオの"スター状態"を12年近く続けているのだ。
約1億円をばら撒く、懐が深い「God's Plan」のMV
数字での活躍ぶりもさることながら、2015年に発表した「Hotline Bling」のMVで披露したダサすぎるダンスがミーム化したり、2018年にリリースした「In My Feelings」が一大ダンスムーブメントを巻き起こしたりと、その存在感ゆえに何かと影響力が大きいドレイク。そんな彼はとにかく懐が深いことでも知られ、2012年には同郷アーティストのサポートや若手の育成のため自身のレコードレーベル「OVOサウンド(OVO Sound)」を設立。R&Bアーティストのパーティネクストドア(PARTYNEXTDOOR)やロイ・ウッズ(ROy Woods)、R&Bデュオのdvsn(ディヴィジョン)、ジャマイカ人DJで歌手のポップカーン(Popcaan)らを抱え、自身の楽曲等で積極的にフックアップすることで彼らの才能を世界に発信している。
また、彼の懐の深さを語るうえで「God's Plan」のMVは外せない。マイアミの街中を舞台とする同作は、まず冒頭で「このビデオの制作予算は99万6631.90ドル(約1億円)だった。それを全部ばら撒いた。レーベルには内緒だぞ......」というメッセージが表示される。すると、ドレイクが立ち寄ったスーパーに居合わせた人々の会計を全て奢ったり、学生の奨学金を肩代わりしたり、家計が苦しい家庭に札束を渡したり、若い男性に高級車をプレゼントしたり、孤児院で暮らす子どもたちにプレゼントを配ったりと、本当に約1億円をばら撒いているのだ。なぜ同作の舞台が地元トロントではなくマイアミかというと、とある政治活動家の「マイアミで過ごす著名なラッパーたちは、ビーチを貸し切り女と寝る姿を発信するばかり。地元経済には何1つ貢献しておらず、マイアミの子どもたちを支援してほしい」という発言が発端。大金をばらまく"パフォーマンス"には賛否両論があるかもしれないが、ハートウォーミングな映像となっているので一度だけでも再生していただきたい。
キャリアも危ぶまれたプシャ・Tとのビーフ
正直なところ、これでもドレイクにまつわる話の5分の1も書き切れていないが、ひとまず彼がラッパーひいては1人のアーティストとして、どれだけ現代の音楽シーンを牽引する存在かが分かっただろう。しかし、彼のキャリアを語る上で欠かせないの"もの"がまだある——ラッパー同士が楽曲を通してディスりあう、通称"ビーフ"だ。ドレイクはこれまでキッド・カディ(Kid Cudi)やクリス・ブラウン(Chris Brown )、コモン(Common)、タイガ(Tyga)、ディディ(Diddy)、ミーク・ミル(Meek Mill)ら何人ものラッパーとの間でビーフを繰り広げてきた。その中でもヒップホップ史に残ると言われるのが、「ドレイク vs プシャ・T(Pusha T)」の一戦だろう。
2018年、もともと長年仲違いしていたプシャ・Tが楽曲「Infrared」で、ドレイクがゴーストライターを雇っているとディスったことでビーフが勃発。これに対してドレイクがアンサーソング「Duppy Freestyle」を発表し、プシャ・Tおよび「Infrared」に関わっていたカニエ・ウェスト(Kanye West)を挑発すると、これにプシャ・Tが楽曲「The Story of Adidon」で再口撃。ドレイクと元ポルノ女優ソフィー・ブルッソー(Sophie Brussaux)との間に生まれた隠し子アドニス・グラハム(Adonis Graham)の存在を暴露するだけでなく、その容赦ない内容からドレイクのキャリアが終わったと囁かれるほどで、ドレイクが再反撃することなくプシャ・Tの完勝に終わった。その後、現在まで両者の関係は修復していないようだが、カニエとは2021年に和解。また、隠し子アドニスの存在も今では公となり、たびたびドレイクのインスタグラムに登場している。
「ナイキ」やメゾンのハートも射止めるファッションアイコンとしての一面
ここまでドレイクのヒップホップシーンでのエピソードを振り返ってきたが、彼はファッションアイコンとしても非常に人気が高く、近年ストリートシーンで「ストーンアイランド(Stone Island)」や「アークテリクス(ARC'TERYX)」が支持されるようになったのは、彼が頻繁に着用しているのが理由の1つとまで言われている。
ファッションアイコン化はキャリア初期から狙っていたのか、2008年に「OVO」で知られるライフスタイルブランド「オクトーバーズ ベリー オウン(OCTOBER’S VERY OWN)」を設立。ラッパーがブランドを立ち上げ結果を残すことが少ない中、「OVO」はNBAトロント・ラプターズや、現代芸術家の村上隆、名門トロント大学、「クラークス オリジナルズ(CLARKS ORIGINALS)」、「ティンバーランド(Timberland)」、「ポーター(PORTER)」などとタッグを組んでおり、2019年には東京・表参道に旗艦店をオープン。"ラッパーのブランド"という枠組みを越えた成功を収めている。
2013年には「ジョーダン ブランド(JORDAN BRAND)」とパートナーシップを契約し、数々の「エア ジョーダン(Air Jordan)」を発表しているほか、2020年に待望だった「ナイキ(NIKE)」とのコラボライン「ノクタ(NOCTA)」を立ち上げ、かねてからの夢だったオリジナルスニーカー「ホットステップ エア テラ(HOT STEP AIR TERRA)」などを展開。10年近く良好な関係を続けているように見える。しかし、「ナイキ」から「アディダス(adidas)」への禁断の移籍を本気で考えていた時期があるようで、2018年上半期に相次いでスリーストライプスのアイテムを着用する姿をインスタグラムに投稿。結局、同年中に「ナイキ」の元鞘に納まったが、「アディダス」に身を置くことが決まりかけていたところ、先述のプシャ・T(アディダスの契約アーティスト)とのビーフで破談になったことをファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)が明かしている。
そして、ドレイクは多くのメゾンのハートを射止めてきた人物でもあり、2017年のツアー衣装を「プラダ(PRADA)」が全て完全一点モノで制作し、同年に「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」の2018年春夏メンズ・コレクションのランウェイでショーBGMの一部として新曲「Sign」が起用された。「ルイ・ヴィトン」との異例とも言えるコラボは、当時メンズ・アーティスティック・ディレクターだったキム・ジョーンズ(Kim Jones)がコレクションの写真をドレイクに送ったところ、彼がデザインを気に入ったことからコラボに至ったという。
また、キムの後に同じ座に就いた故ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)とも親交が深く、お揃いの「パテック フィリップ(Patek Philippe)」の時計を着用したり、ヴァージルが「エア ドレイク(Air Drake)」と呼ばれるドレイクの自家用ジャンボジェットをデザインしたり、ドレイクがヴァージルのDJでライブを披露したりと、固い絆で結ばれていた。このため、ドレイクはヴァージルが亡くなった後に彼を追悼する意味で、腕に彼の後ろ姿のタトゥーを刻んでいる。
知っておきたい小ネタ
最後に、本文で紹介するほどでもなかったドレイクにまつわるいくつかのトリビアをご紹介して終えたい。
1-ドレイクはインスタグラムのアカウント名を"champagnepapi"としているのだが、これは好き過ぎるがゆえにオリジナルブランドを立ち上げてしまったシャンパンと、スペイン語のスラングで良い男を意味する"パピ"の造語である。
2-4thアルバム「Views」のアートワークでトロントの名所CNタワーをフィーチャーし、2013年からほぼ無償でNBAトロント・ラプターズのグローバル・アンバサダーを務め、トロント育ちのシェフとレストランをオープンするなど、何かと地元をレプリゼントするドレイク。その影響力は凄まじく、トロントの観光市場の5%相当に当たる年4.4億ドル(約600億円)の経済効果を街にもたらしていると言われている。
3-2019年、欧州フットボールシーンではドレイクと写真を撮ると試合に敗ける"ドレイクの呪い"がまことしやかに囁かれていた。実際、アーセナルやマンチェスター・シティ、パリ・サンジェルマンは、所属選手が彼と写真を撮った直後の試合で敗北を喫しており、ASローマは公式に選手全員にシーズン終了までドレイクと一緒に写真を撮ることを禁止していた。
4-2018年に「ナイキ」が発売した「エア マックス プラス "フリークエンシー パック"(Air Max Plus "Frequency Pack")」は、関係者いわくドレイクがデザインに関わった1足。実際、「エア マックス プラス」はドレイクのお気に入りスニーカーの1足で、インソールにプリントされたカセットテープのモチーフから音楽的背景が感じ取れる。
まずは聴いておくべき10曲
1曲目:Forever
エミネムの6thアルバム「Relapse: Refill」(2009年)収録曲で、カニエ・ウェストとリル・ウェインとのコラボ楽曲。もともとはレブロン・ジェームズ(LeBron James)のドキュメンタリー映画「More than a Game」のサウンドトラックで、ドレイクの名前を広めた1曲。
2曲目:Fuckin' Problems
エイサップ・ロッキー(A$AP Rocky)のデビューアルバム「Long. Live. ASAP」(2013年)収録曲で、ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)と2チェインズ(2 Chainz)とのコラボ楽曲。アリーヤ(Aaliyah)の未発表曲「Don't Be Jealous」をサンプリングし、第56回グラミー賞で最優秀ラップ・ソング賞にノミネートされた。
3曲目:Jumpman
フューチャー(Future)とのコラボEP「What a Time to Be Alive」(2015年)収録曲で、その名の通りバスケがモチーフの楽曲。リリックでは高級寿司屋「ノブ」が連呼される箇所も。
4曲目:One Dance
4thアルバム「Views」(2016年)収録曲で、ウィズキッド(Wizkid)とカイラ(Kyla)とのコラボ楽曲。母国カナダのチャートで初めて1位を獲得し、2016年に「スポティファイ」で最も再生された楽曲でもある。
5曲目:Hotline Bling
4thアルバム「Views」(2016年)収録曲で、第59回グラミー賞では最優秀ラップ・ソング賞と最優秀ラップ・サング・パフォーマンス賞を受賞した楽曲。ドレイクのMVでの独特なダンスがネットミーム化したことでも知られる。
6曲目:Work
リアーナ(Rihanna)の8thアルバム「Anti」(2016年)収録曲で、リリックはパーティネクストドア(PARTYNEXTDOOR)が担当したコラボ曲。タイトルの「Work」は、カリブ海周辺国で使われるセックスを意味するスラングで、2人は当時恋仲にあった。
7曲目:God’s Plan
5thアルバム「Scorpion」(2018年)収録曲で、当時の「スポティファイ」と「アップル・ミュージック」における1日の最多再生回数を更新した楽曲。マイアミの恵まれない人々に約1億円を寄付する様子を映し出したMVでも話題に。
8曲目:SICKO MODE
トラヴィス・スコットの3rdアルバム「ASTROWORLD」(2018年)収録曲で、彼が初めて全米1位を獲得したコラボ楽曲。特徴的なビートはジェイ・Zも使いたがっていたが、先に使用料を払ったのがトラヴィスだったため、彼の手に渡ったという。
9曲目:Papi’s Home
6thアルバム「Certified Lover Boy」(2021年)収録曲で、モンテル・ジョーダン(Montell Jordan)の「Daddy’s Home」をサンプリングした楽曲。彼の愛息子アドニス・グラハムに愛を向けつつ、過去のビーフ相手との和解についてもラップしている。
10曲目:Texts Go Green
7thアルバム「Honestly, Nevermind」(2022年)収録曲で、ブラック・コーヒー(Black Coffee)がプロデュースした楽曲。クラブサウンドにハマっているドレイクが制作した同アルバムの中でも、アフロハウスの要素が強い1曲。
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