「何が流行るかわからない」ことはファッションの常だが、まさかアニメTシャツがファッションアイテムとして注目を浴びる日が来ることを予想した人はいなかったのではないか。「シュプリーム(Supreme)」が2015年に日本のアニメ作品とのコラボレーションを行ったことで先鞭をつけ、その後トラヴィス・スコット(Travis Scott)らヒップホップアーティストたちが「アキラ(AKIRA)」などの古着アニメTシャツを着用したことで人気は世界的に拡大。「攻殻機動隊」やスタジオジブリ作品など、1990年代のヴィンテージアニメTシャツは数十万円もの価格が付くことも珍しくなく、近年は2000年代や2010年代の古着アニメTシャツも、定価の数倍から十数倍の値段で取引されている。このように、アニメTシャツムーブメントを牽引したのは古着だったが、最近はその影響を受けて新品のアニメTシャツの注目度も高まっている。その筆頭として挙げられるのが、「大人が着る」アニメTシャツの先駆けであり、今も多くの新作を発売している日本のブランド「コスパ(COSPA)」である。
ファッションのプロが高く評価するコスパのアニメTシャツ
ADVERTISING
以前、FASHIONSNAPで行ったアニメTシャツについての対談で、ファッションのプロである古着屋のオーナーやバイヤーが揃って評価したのが、コスパ製アニメTシャツのファッション性の高さである。古着業界ではTシャツの生地や仕様で価値が大きく上下する。アメリカで企画されたアニメTシャツの多くはアメリカのTシャツメーカーのボディが用いられているため古着としての評価が高いが、日本で企画されたアニメTシャツは、DVDやビデオなどのおまけやアニメ雑誌の懸賞品が中心で、ファッションとして評価されないボディが用いられていることが多い。だが、コスパのTシャツには古着Tシャツで高く評価される丸胴ボディ(脇に縫い目がない仕様で着心地が良いとされる)が採用されている。
これはコスパで現在も販売されている、アニメ作品「コードギアス 反逆のルルーシュ」のTシャツだ。ボディは丸胴で生地は肉厚。プリントには、耐久性が高く良い経年変化が生まれるとされ、古着業界でも高く評価されるシルクスクリーンが用いられている。キャラクターのグラフィックはファッションブランドのTシャツと比べても遜色ないデザインで、ファッションアイテムとして充分着用可能である。
コスパ「コードギアス 反逆のルルーシュ」Tシャツ(私物)
Image by: FASHIONSNAP
だが、コスパのアニメTシャツは長年、アニメ好きが購入し着用する「ファングッズ」のひとつだった(後述するがその立ち位置は今も変わらない)。つまり、コスパのアニメTシャツにファッション性を求める顧客はそれほど多くなかったはずである。にも関わらず、なぜコスパのアニメTシャツはファッション性が高いのか。その理由を探る前に、まずはコスパの歴史を紐解いていく。
転機となった「新世紀エヴァンゲリオン」
コスパは、現在も代表取締役社長を務める松永芳幸氏が1995年に創業した。1992年に開催されたコミックマーケットで参加者の熱気を目の当たりしたことが、起業のきっかけだったという。創業当初の社名である「コスチュームパラダイス」が物語るように、元々はコスプレパーティーの企画運営を行っており、その後は大ヒットした恋愛シュミレーションゲーム「ときめきメモリアル」のキャラクターが着用するセーラー服を、日本初のライセンスコスプレ衣装として世に送り出すなど、コスプレ事業が中心だった。
コスパがアパレルに進出するきっかけとなったのが、1995年10月に放送が始まったテレビアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」(エヴァ)である。その後社会現象となり、日本を代表するコンテンツとなったが、まだエヴァがテレビ放送中だった1995年末、コスパのスタッフから「エヴァのTシャツを作ってみたい」という声があったために製作されたのが、作品に登場する謎の生命体「使徒」のTシャツである。
同社で初めてのアパレル商品となった使徒Tシャツについて、松永氏は「白地の厚紙に丸と三角を組み合わせたデザインをコンパスと定規で描き、カッターで厚紙をくり抜いた版下を黒地のTシャツに貼り付けるという、とてもシンプルな製作スタイルから生まれました」と語る。だが、そのTシャツが年末発売の雑誌で取り上げられると、年明けからコスパに問い合わせの電話が多数寄せられ、全国各地のショップなどで取り扱われるようになった。「おしゃれなセレクトショップさんから問い合わせが来るとは思ってもいなかったので、とにかくびっくりしたのが本音でした」と松永氏が語るその中には、セレクトショップの草分けである「ビームス(BEAMS)」や、1972年に創業し日本のアメカジファッションを牽引した「ハリウッドランチマーケット(HOLLYWOOD RANCH MARKET)」など、影響力の強いショップも含まれていた。この使徒Tシャツは、28年経った今も販売するたびに完売を繰り返す、同社の人気アイテムだ。
故カール・ラガーフェルドが見惚れたセーラームーンパーカ
エヴァの大ヒットの影響もあり、アニメは1990年代後半の日本のカルチャーシーンで存在感を増していった。その時代の流れに呼応するように生まれたのが、山下隆生氏が手掛けるブランド「ビューティービースト(beauty:beast)」とコスパとのコラボレーションライン、「コスパVSビューティービースト(COSPA VS beauty:beast)」だ。大阪のインディーズブランドとしてスタートしたビューティービーストは、その独特の世界観と個性的なデザインで熱狂的なファンを集め、1990年代半ばには全国的な人気ブランドになった。
「アンリアレイジ(ANREALAGE)」と「ドラえもん」、「ロエベ(LOEWE)」と「千と千尋の神隠し」など、今でこそデザイナーズブランドやラグジュアリーブランドとアニメ作品のコラボは珍しくないが、1998年当時は他に類を見ない先進的な取り組みだった。ビューティービーストはパリコレクションにも進出。山下氏が「美少女戦士セーラームーン」の刺繍が施された「コスパVSビューティービースト」のスウェットパーカを着てパリの寿司屋で食事をしていたところ、「シャネル(CHANEL)」や「フェンディ(FENDI)」などを手掛け「モードの帝王」と呼ばれていたデザイナーの故カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)から「この商品どこで買えるの?」と声をかけられたことがあったという。
「コスパVSビューティービースト」と「デビルマン」のコラボスタジャン
Image by: FASHIONSNAP
このような、アニメとファッションという従来は考えられなかった結び付きを実現させたのは、松永氏の経歴が少なからず影響をしているようだ。コスパを創業する前、松永氏は海外でコレクションを展開しているアパレル企業の企画製造開発部門に在籍していた。カットソーや布帛などの糸の開発から織り、編み、染色、捺染、ボタンや金属の加工、縫製に至るまでの服作りの工程を経験しており、「何らかの形でデザインや仕様のこだわりに影響はあると思います」と語る。とはいえ、「本質的なこだわりは原作へのリスペクトが元となり、スタッフや版権元及びユーザーからのフィードバックからも多く影響されています」と話しており、あくまでもアニメ作品が商品の根幹であることを重んじている。
丸胴ボディとシルクスクリーンを採用する理由
では現在、コスパはアニメTシャツをどういったこだわりを持って作っているのだろうか。コスパ取締役の廣瀬尚行氏に話を伺った。廣瀬氏によると、コスパのアニメTシャツのメインユーザーは、30歳前後から40代のアニメファン。ファッション的な注目度が高まっているとはいえ、アニメイベントやオフ会などの同好の士が集まる場所で着用されることが多いという。「ガンダム」シリーズ、「新世紀エヴァンゲリオン」、「マクロス」シリーズ、「ドラゴンボール」、「ワンピース」など、一般的な人気が高い作品はTシャツも売れ行きが良く、アニメ以外ではボーカロイド「初音ミク」も根強い支持を集めている。
コスパはアニメとファッション両方が好きなスタッフが多く、アニメTシャツに丸胴ボディやシルクスクリーンプリントを採用する理由を「自分たちが満足できるクオリティと、お客さんに満足してもらえる価格のバランスを試行錯誤して辿り着いた結果」だと、廣瀬氏は話す。また、アニメはTシャツのモチーフとしては一般的ではないため、より日常に馴染むように、プリントの技法として長い歴史を持つシルクスクリーンを採用しているという理由もある。Tシャツのグラフィックについても、スタッフ自身がファッションとして日常で着られるクオリティを目指してデザインしているそうだ。
Tシャツ以外にも、ファッション好きならではの「こだわり」が詰まった商品は数多く存在する。ワークシャツに施されたアニメ「推しの子」のキャラクター星野アイの刺繍は、群馬県桐生の職人によるもので、10万針を超えるステッチでキャラクターの繊細な表情や特徴的な衣装を表現している。桐生は大正時代からミシン刺繍の産地として知られており、第二次世界大戦後に日本に駐留した米兵が愛好し、現在はヴィンテージ古着として高い人気を集めているスカジャンは、桐生の職人が刺繍を手掛けたと言われている。このような背景を持った産地で生産することも、ファッション好きのスタッフのこだわりによるものであろう。
コスパ「推しの子」ワークシャツ
Image by: FASHIONSNAP
「日常」になったアニメTシャツのこれから
盛り上がりを見せるインバウンド消費も、コスパにとって追い風となっている。現在、版権の関係で海外で販売されるコスパの商品はごく僅かだ。そのため、日本で開催されるアニメやゲーム関連のイベントで展開される同社のブースにインバウンド客が大勢訪れ、「爆買い」していくことが増えている。近年はネットフリックス(Netflix)などの動画配信サービスが世界的に普及して”アニメの国境”がなくなったため、「機動戦士ガンダム」や「ドラゴンボール」、「ワンピース」などの日本での売れ筋アイテムがインバウンド客にも売れている。また、世界中でほぼ同じタイミングで新作アニメを視聴できるので、インバウンド客は新作アニメの商品もよく買うようになっているので、コスパでは今後版権を取得したうえで、海外での販売拡大も検討しているという。
近年はアニメが万人にとっての一般的な娯楽となり、以前は強かったネガティブな印象も薄れている。また、古着アニメTシャツ人気の影響で若年層のコスパの顧客も増えており、コスパ全体の売り上げもコロナ禍以降右肩上がりになっているそうだ。廣瀬氏は「我々が以前から夢に描いていた『アニメTシャツを日常的に着る』という価値観が浸透しました。どんなシーンでもアニメTシャツを着てもらいたいと考えて企画しているので、『好きなものを好き』と言える時代が来たことは、とても嬉しいと思います」と、笑顔を見せた。
ADVERTISING
RELATED ARTICLE
関連記事
READ ALSO
あわせて読みたい
RANKING TOP 10
アクセスランキング
銀行やメディアとのもたれ合いが元凶? 鹿児島「山形屋」再生計画が苦境