Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
「チカ キサダ(Chika Kisada)」の2025年秋冬コレクションは、何もかもが意外だった。

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チカ キサダのコレクション製作は一篇のポエムからはじまる。デザイナーの幾左田千佳が半年間かけて拾い集めたフレーズの中から編まれるその言葉は、さながら振り付けのようにそのコレクションの指針となるそうだ。製作チームたちもそのポエムを各自読み解いてクリエイションに加わるという。
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チカ キサダは、先シーズンからショー後の囲み取材を実施していない。代わりに、プレス宛にも同じくそのポエムが送られてくる。今回のショーを終えてからまだ幾左田の話を直接聞いていないが、チーム チカ キサダの一員のような気持ちで、そのポエムからコレクションを読み解いてみよう。
その衝動は「怒り」なのか?
静謐でヌードカラー、ゆったりとした中に静かに潜む知性的な女性。バレエを起点とするブランドだからこその、身体性と密接なパターン。チュチュ、パニエ、コルセット。そして、うちに秘めるパンクの精神…。チカ キサダの“イメージ”に通じるのは、一見すると「静」な態度。内面の燃える魂とロマンティックな外観のマリアージュこそが魅力だと思っていた。
とすると、まずもって驚かされたのは今シーズンの荒々しさの露出である。激しいビートと荒々しい弦楽器の演奏をバックに、肩をいからせて駆け出さん勢いで大股で歩くモデルたち。額や背中には汗が滲み、髪はぺったりと濡れている。これが演劇の世界なら「動」。もはや「怒」の演出が加えられていると判断するだろう。

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しかし、今回のポエムを振り返ると、そこには熱狂すべき対象への興奮や抑えきれない衝動、「生」の印象を受ける。
“ Eclipse ”
静寂を切り裂くビート、
低音に導かれ、身体は軌道を描く。
影は踊り、シルエットが浮かび上がった。
研ぎ澄まされた輪郭、
硬質な曲線、
少女の面影を残したまま再構築される。
優雅さと、衝動が共鳴する夜。
光が躍るフロア。
柔軟な鎧を纏い、わたしは重力を忘れ宙を舞う。
ー 幾左田千佳 ー
これまでのムードから少し異なったアプローチを感じさせたという点でいえば、先シーズンからその変化は始まっているのかもしれない。赤い光や赤いディテール、天体、浮遊感といったキーワードは先シーズンから踏襲されながらも、今シーズンに向けてより鮮やかに開花している。
これまでのある種の“お人形さん的”外観や佇まい(今シーズン多用された「バービー人形」については後述する)から対比的に人間的情動があらわになっているような印象を受ける。怒りのように見えて圧倒されたこのモデルたちの動きは逆に「喜」なのではないだろうか。一旦そんな仮説を持って先に進む。

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スポーティでエッジィ、レイヤードから生まれる意外なフォルム
ファーストルックはライムイエローのアウターとバルーンスカート。これまでにも登場してきた、ボディの表面にチュールを重ねるというテクニックは、スポーティで色鮮やかなアウターに転用された。

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)
このほかにもスポーティなパーカーやウィンドブレーカーを腰に巻いたようなディテールを切り取ったスカート、パウダーピンクのダウンコート、スポーツウェアを解体し再構築したようなドレスといったスポーティな印象のアイテムが度々登場した。チュールとは異なるハードで重厚感のある素材は暗いショー会場の中でクリアなシルエットを描き出す。

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)
これまでに「イーストパック(EASTPAK)」とのコラボレーションで展開してきたチュールのボディバッグには、帯状のアイテムが登場し、コルセットのようにスタイリングされた。華やかなフレアをファー素材で表現したスカートは、軽快な素材を積層させて表現してきたチカ キサダには珍しい重力を感じさせるルックで登場。ボタンを掛け違えたトレンチコートは、人形的でない生の人物像を描き出す。

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

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ハーフジップミニドレスはスペーシーなムードを纏い、これまで培ったテクニックやペプラム、コルセットといったバレエのディテールはニットやレザー、シアーなど様々な生地に置き換えられることで新たな表情を見せた。新しい要素を従来のディテールで重ねてたり部分的に隠したりと、さまざまなレイヤードやスタイル、フォルムの構築を追求する姿は、服を着る根源的な楽しさも想起させる。

Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)

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箱を飛び出して自由に駆け出すバービーたち
ここで、ショーの中で多用された「バービー人形」の役割についても触れておきたい。

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)
アメリカの玩具メーカー マテルが発売しているファッションドール「バービー」は1959年に誕生。当時(母親役の疑似体験をさせる)「赤ちゃん人形」が主流だった女児向けの着せ替え人形市場に対して、少女たちが遊びながら多様な将来の選択肢を考えるきっかけになることを目指し、「あなたは何にだってなれる」をスローガンに掲げる。肌や髪の色、体型まで様々な身体的特徴を持つ様々な職業のバービーが存在し、子どもたちに対してジェンダー平等や多様性を表現、エンパワーメントするメッセージを発信し続けてきた。
ショーでは、そのバービーをパッケージごと抱えるモデルもいれば、服やバッグと共に身につけるモデル、そしてヘアに飾りつけるモデルが登場。よく見てみると、パッケージの中のバービーはゴージャスなドレスを着ているのに対して、外に出ているバービーたちはシンプルなミニワンピースのようなアクティブな服を纏って、バレエのように舞っていたり、飛び跳ね、身体を自由に思う存分動かしているようだ。

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

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夢を与える存在だったバービーたち自身が新たな夢を見てのびのびと駆け出す姿は、マーゴット・ロビー主演映画「バービー」を思い出させる。人間として、そして女性として生きることの困難さについて、そして同時にその喜びを描いた同作を思い起こすと、さまざまなハードルやバイアスに対して「怒」に似た強い意志を持って立ち向かう女性像としてのウォーキングにも納得がいく。
そしてまた一方では、安易な「かわいい」に消費されることを許さず、これまで周囲から抱かれていた曖昧な“イメージ”を明確に塗り替え、新しいブランドとしての姿勢を提示したチカ キサダこそ「何者にでもなれる」ということを自ら体現し、私たちに伝えてくれるバービーなのかもしれない。

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