ブランドン・ウェン
Image by: FASHIONSNAP
ピンクのスパンコールミニスカートを光らせるブランドン・ウェン(Brandon Wen)は、今ファッション教育のシーンの新たな星として輝きを放つ。世界中が彼の存在を知ったのは、昨年6月に発表されたアントワープ王立芸術アカデミー ファッション学科の新クリエイティブ・ディレクター就任のニュース。29歳という若さで、2007年から同学科を率いてきたウォルター・ヴァン・ベイレンドンク(Walter Van Beirendonck)の後任として学生の指導を行うこととなった。
携帯のホーム画面にきゃりーぱみゅぱみゅの画像を入れるほど、日本のアニメ・カルチャーには大きな影響を受けてきたという彼は、今年7月にバケーションとして来日。デザイナー 小泉智貴の紹介で「ここのがっこう(coconogacco)」にも現れ、時間が限られる中、advanced course、material & matter courseの生徒の作品とじっくり対話していった。さまざまな生徒からの作品説明を受ける中で、印象的だったのは「スタートポイントはなんですか?」とよく質問していたこと。その質問から、服という形になってなくとも、服以外のメディウムで表現していても、相手のコアを知ることで何を伝えたいのか、どの表現方法が合っているのか探っているように見えた。鋭いコメントを残すよりも、何事にも強い興味を持ち、豊かな対話を取ろうとするフレンドリーなブランドンと、プレゼンの小休憩に軽食を食べながら、就任から1年経った今感じることを聞いた。
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ー「ここのがっこう」のプレゼンに参加してみて、どうでしたか?
アントワープよりも自由で自発的な姿勢が印象的でした。なんというかアントワープも、もちろん強烈な表現や熱心な姿勢があるのですが、もっとコレクションや服を必要としていて、改めてコントロールされている環境なんだと今日のプレゼンを通して気付かされました。ここのがっこうの生徒が作るものは、躍動感のあるクリエイティビティでしたね。それがたとえ一般的におかしいとされる表現でも恐れずにアウトプットする姿勢を感じました。
ー意外ですね。ヨーロッパの方が、もっと”普通"から逸脱したものでも自由に表現している印象でした。
(セントラル・セント・マーチンズをはじめとした)ロンドンはそうかもしれないですね。少なくともベルギーでは伝統的な表現が優っていて、変わった芸術的な表現に対してまだ恐れているような感じがします。あとは、ここのがっこうの学生は全体的に、「コントロール」「支配」に抗うような表現が多かったような気がします。なにか日本人ならではのものだったりするんですかね?
ー日本人独自のものではないかもしれませんが、少なくとも電車に乗ってわかる通り、社会にいるときは静かに協調性を持って均一化するムードはありますね。敬語という言葉があるように年功序列の社会ですし。
たしかに、そうかもしれないですね。そうしたことに自由に表現できている一方で、学生の中にはもっと一つのことにフォーカスした方がより良くなりそうな人もいました。それはファッションやアートなどのジャンルに絞るのではなくて、作品を一目みたら分かる夢中になれるもの。その一つに対して、もっと深掘りしていけるはずだと感じました。
ーここのがっこうに限らず、学生時代に磨くべきスキルはなんだと思いますか?
個性を持って努力することだと思います。私も就任してから経験しましたが、最初の頃は才能と可能性、芸術的なスキルを持った生徒はかなりいました。でも最終的に、他の人と一緒に仕事したり、コミュニケーションを取りたいと思うような性格でないと、自身の可能性が広がっていかないのだと感じましたね。それがファッションであり、アートでもあると思うんです。私たちは自分の小さな泡のなかで創作して、誰かとコミュニケーションしてはじめて前進できる。だから才能や技術、ヴィジョンよりも、直向きな性格の良さが大切なような気がします。
ーアントワープ王立芸術アカデミー ファッション学科の新たなクリエイティブ・ディレクターに就任してから1年経ちましたね。新たな風として期待されていると思いますが、どのように変えていきたいと思っていますか?
新たな風だなんてやめてください(笑)。アントワープの素晴らしいポイントは、クリエイティビティにフォーカスしていることです。それはこれまでと変わらないことなので、カリキュラムを変える必要はないかなと。その代わり、アントワープの伝統を守りつつ、生徒がさまざまな異なる世界に飛び立てるようにするには、どうすればいいのかを考え続けています。というのも、アントワープが今のようなイメージの学校として確立した時の業界と、今の時代背景は同じだと思えないから。かといって急にビジネススクールにするつもりもないですし、学生にはビジネスを含めてさまざまな実践的なサポートをしてくれる人たちを繋げたいなと考えています。アートはアート、ビジネスはビジネスと区分された考え方が昔はありましたが、今ならもう少しあらゆるジャンルをミックスできると思うんです。
ークラス制はそのままに、ゲスト講師によるレクチャーを増やしていくイメージでしょうか?
そうですね。でも、まだ正直なところ探り探りです。まずはワークショップやゲストを招いたレクチャーから始めていこうかなと考えていて。カリキュラムがあまりにも多すぎることもあって、そう簡単にクラスを追加や変更できないという理由もあるのですが。より早く実現するために、今はさまざまな事務手続きに時間を費やしているところですね。
ーそうした伝統とコンテンポラリーをミックスするために、ブランドンさんが選ばれたのではないかなと思います。
私自身、ウォルター(ウォルター・ヴァン・ベイレンドンク)から多くのことを学んできました。彼は素晴らしい先生だし、「アントワープ・シックス」も偉大なものだと思います。今回の就任にあたって、応募者の中には私よりも経験豊富な人が何人もいたらしいんです。それでも学校側がこんなパンクなチョイスをしたのは、他の応募者が「アントワープ・シックス」やウォルターの世界を追い続けていたから。もちろん、彼らが作り上げてきたものに反抗したいわけじゃなくて、単純に今の時代における新たなエナジーが欲しかったんだと思います。そして、彼らにとって私のコミュニケーション能力が新鮮に見えたようでした。以前、リック・オウエンス(Rick Owens)のパートナーであるミシェル・ラミー(Michele Lamy)と仕事したことがあるのですが、その時もファッションよりもさまざまなアーティストをファッションの世界へ繋げたり、プレスを担当することが多かったです。そうしたコミュニケーションスキルが買われて、選ばれたのかなと思います。
ー昔に比べて、よりファッションも他のジャンルと繋がっていかないといけないですよね。ファッションはファッションと考える人もいますが。
そのとおり。(小声で)正直なところ、ファッションは同じ円の中を回り過ぎているように感じるんです。みんなが同じモノ、ヒトに興味があって、そこを思いっきり崩せないというか。若手のデザイナーを見れば、そんなことなくてファッションもアート、パフォーマンスやインスタレーションを柔軟に横断しているように思います。なので、生徒にはクリエイティビティを持ちながらも、さまざまなものをミックスする実践的な表現方法を吸収してほしいなと考えています。
ー(小声で)でも、正直なところ、SNSで興味関心がそれぞれのタイムラインで分かれてしまった今、学生にまだ触れたことのない他のものに興味を持たせるのは、そう簡単なことじゃないですよね。
そうなんです。彼らはひとつの方向を見つめているから、他の方向へ視線を誘導するのはかなり難しいことですね。なんというか、1つのことだけに打ち込みすぎているというか。これが自分の考えるファッションだと提示されてから、それ以外のことをするように促しても、かなり葛藤を覚えるようなんです。例えば、デッサンをさせるだけでも一苦労で。もちろん最近、ブランドによってはデッサンを取り入れていないところもあるかもしれないけど、アントワープではドローイングはコミュニケーション手段として大切な役割を担ってきたんです。でも彼らは、その先に起きることを見たことがないから、大切なプロセスだと思わないんですよね。こんな感じで、まだまだ私もわからないことだらけです。だから、2年後にまた電話でもかけてください。上手くいったら話すから(笑)。
国内外のファッションデザイナー、アーティストなどを幅広い分野で特集・取材。2019年3月にはアダチプレス出版によるVirgil Abloh書籍『“複雑なタイトルをここに” 』の共同翻訳・編集を行う。2022年には、DIESEL ART GALLERYの展示キュレーションを担当。同年「Gucci Bamboo 1947」にて日本人アーティスト・nico itoをコーディネーションする。「LOEWE FANZINE」の翻訳にも継続的に携わる。
■Brandon Wen:Instagram
■coconogacco:オフィシャルサイト
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