今年250周年を迎える「ビルケンシュトック(BIRKENSTOCK)」のシグネチャーモデル「アリゾナ(Arizona)」と「ボストン(Boston)」が世界的に入手困難アイテムになっている。公式オンラインサイトは常に欠品状態で、入荷したとしてもすぐに売り切れてしまう状態が数年続いているという。
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ビルケンシュトックの代名詞アリゾナ
アリゾナは、創業者 ヨハン・アダム・ビルケンシュトックが靴職人として公文書に記載された1774年から約200年後の1973年に誕生。当初は「クローズドモデル」という名前で発売された。チーフ・コミュニケーション・オフィサーのヨハン・グッチー氏(Jochen Gutzy)によると、「アリゾナ」という名前が正式についたのは1979年のこと。それ直前まで「ロンドン」と呼ばれていたが、数ヶ月後に「アリゾナ」という現在の名前に変わった。改名のきっかけは、1人の顧客であったマーゴット・フレイザーという女性だ。彼女が、ドイツからアメリカに“ロンドン”を輸入し自然食品店で販売したことで、ヒッピーやグランジなどのコミュニティで火が付き、アメリカのサブカルチャーと深い関係を築いた。当時複雑で長いドイツ語表記であったサンダルに、明確かつインパクトのある英語名として「アリゾナ」という名前をつけたことで、アメリカの若者を中心に更なる人気を集めた。
アリゾナがファッションアイコンになったきっかけ
近年アリゾナはファッショナブルなアイコンとして知られているが、発売当初はあくまで「足の健康にとって一番良いのは裸足である」という企業理念のもと、曲線的なフットベットなど、自然な歩行を促す機能性重視のアイテムとして販売促進を行っていたという。
そんなアリゾナがファッショナブルなアイテムとして注目されたきっかけは、販売開始から20年後に行われたマーク・ジェイコブスによる「ペリー エリス(Perry Ellis)」の1993年春夏コレクションだ。グランジをテーマにしたコレクションで、ショーピースとしてデザイナーのマーク・ジェイコブスが自身で購入したアリゾナに加工を施し、ランウェイで披露した。ヨハン氏は「コラボレーションではなく、彼が望んでアリゾナをピックアップしたという点が重要。ファッションとしてピックアップされたのは、伝統や意味の有る機能やそれにまつわるステートメントなど『本物であること』がファッションとは相性が良く、意図的ではなく自然な流れでファッションとの親和性が生まれた」と振り返る。
2019年以降は「ヴァレンティノ(Valentino)」や「ステューシー(Stussy)」「ディオール(DIOR)」「マノロ ブラニク(Manolo Blahnik)」など、多くのブランドやデザイナーがビルケンシュトックとコラボ。第91回アカデミー賞授賞式でプレゼンターを務めた女優のフランシス・マクドーマンド(Frances McDormand)が授賞式でアリゾナを着用するなど、クラシックなシューズとして注目を集める機会が増えた。2020年には、LVMHグループが出資するファッション商品の検索エンジン「リスト(Lyst)」が、2億人以上のユーザーによる検索データを基にした2020年第2四半期のファッショントレンドに「アリゾナ」が選ばれるほどに成長した。
“本物”だから人間界を象徴するアイテムとして映画バービーに登場した
記憶に新しい映画「バービー」で人間界(リアルワールド)を象徴するアイテムとしてアリゾナが登場するが、あれらもプロダクトプレイスメント(間接広告)ではなく、あくまで「映画のバービーが、ビルケンシュトックに注目したもので、ただの商品ではその深い意味は表現できなかったはずだ」とヨハン氏は話す。
「実は、映画のスポンサーとして一度お声がけを頂いたのですが、基本的にはお金を払って広告を出すということは弊社では行っておらず、一度お断りをしました。ただ『商品をお渡しすることはできますよ』とお送りした2年後、ティザームービーでアリゾナが登場しているの初めて知りました(笑)。よくメディアでは『ビルケンストックがバービーのモーメントに乗っかった』と言われますが、弊社としては『バービーが、ビルケンシュトックに注目した』と考えています。事実、監督のグレタ・ガーウィグは脚本の段階で『ビルケンシュトックのアリゾナじゃないと、バービーの変化は表現できない』とおっしゃっていたと聞きました」(ヨハン・グッチー)。
もう一つの名作「ボストン」
ビルケンシュトックを代表するもう一つのアイテムといえば「ボストン」が思い浮かぶだろう。ボストンは、1976年に誕生。軽量なコルククロッグの着想源は、安全面から様々な職業の人の足を落下物から保護するよう、つま先を覆うことだったが、オーバーサイズで大きめの形状はストーナーロックコミュニティから支持を得た。アリゾナと同様、当初は「ボストン」という名前ではなく、「コルククロッグ」「ソフトクロッグ」など、クロッグスタイルとして売り出していたという。
「2002年にプラスチックのクロッグの会社が創業しましたが、我々は30年ほど前からクロックというカテゴリーを作ってきたと思っています」(ヨハン・グッチー)。
ボストンの爆発的人気は、2018年から
アリゾナとは異なり、ボストンは売上が一気に伸びた時期があり、それは2018年から現在まで続いているという。注目を集めたきっかけはいくつかある、とヨハン氏は分析する。一つ目は、ファッション業界でアグリーセーターを代表とする、あえて野暮ったくしたデザインがトレンドになったことだ。元来、ボストンをはじめとするビルケンシュトックのシューズは「魅力的ではない」と揶揄されてきた歴史があり、「Ugly for a Reason」(醜いのには理由がある)という動画キャンペーンを発表し、人々に足の健康の重要性を訴えた過去を持つほどだ。そんな中、「バレンシアガ」を中心とした、あえて醜く、汚いデザインを施したアイテムにスポットが当たったことで、ボストンの人気にも火がついたのではとヨハン氏は振り返る。二つ目はコロナ禍での需要だ。在宅勤務に迫られ、ホームオフィスシューズとしてボストンを手にする機会が圧倒的に増えたのだ。その他にも、ケンダル・ジェンナーやクリステン・スチュワート、カニエ・ウェストらのセレブが着用したことで、SNSを中心にボストンが話題に。ブームの加速は止まることを知らず、今でも続いているという。
需要に対して供給が間に合わないアリゾナとボストン
アリゾナとボストンの特に人気カラーは、公式オンラインストアでほとんどのサイズが売り切れており、入荷と共に直ぐに完売してしまうことから入手困難アイテムとなっている。ヨハン氏は「需要と供給のバランスで見ていくと、やっぱり供給が常に不足している状態。ニーズに比例するように競争率が高くなっていることから、エルメス(HERMÈS)のバーキン(BIRKIN)のようにウェイティングタイムが長くなっている」とコメント。理由について、ビルケンシュトック独自のサプライチェーンを挙げた。
「ビルケンシュトックのアイテムの95%が本国のドイツで製造されており、フットベットに関しては100%ドイツで作られています。残りの5%も、イタリアやスペインなどのレザーを使っており、全てヨーロッパで完結されています。それ故、大量生産がなかなか難しい製造ラインであることから簡単に供給を上げることができず、需要に合わせることが難しくなっています。アイテムが潤沢にあるわけではないので、どの国のどのアカウントに、どのように割り当てていくかも慎重に見定めています」(ヨハン・グッチー)。
2012年から現在までで、アリゾナとボストンの年間製造量を12.3億足から30億足まで製造数を伸ばしたが、それでも需要に追いついていないのが現状だという。需要の高まりに合わせ、供給量を増やすべく新規工場の開設を予定。今後、新規工場が効率的に運用されるようになれば、2〜3年で販売足数が倍の60億足になる計画だ。
変革の2012年と今後「Amazonではもう販売しない」
コラボレーションによるブランディングの広がりや、エービーシー・マート(ABC-MART)との契約を終了、べネクシーに委託してきたストア運営を日本支社のビルケンシュトック・ジャパンに切り替え、直営販売の強化など、近年の改革もビルケンシュトックのアリゾナとボストンが世界的に人気になった要因の一つに挙げられるだろう。変革は2012年に、家族経営だった同社にオリヴァー・ライヒェルト(Oliver Reichert)がCEOとして参加したことをきっかけに、グローバルブランドとしての運営が行われ始めたという。2012年時点では1900人程度だった従業員も、2023年には約6500人まで増員した。
今後は、ディストリビューションを更に精査。その過程で全世界的にアマゾン(Amazon)から撤退することとなったと、日本法人の代表取締役ラウル・ウォートマン氏は明かした。
「私たちは、取引以上のものを大切にしています。需要と供給を満たせていない以上は、プレミアムなポジショニングをキープすることにフォーカスしなければならず、お客様にどういうタッチポイントで私たちのブランドを見てもらえるかというのは非常に重要なことです。例えば、アマゾンに供給する分をビームス(BEAMS)に供給したら。ビームスの方が、座って試し履きすることも、フットベットの良さを伝えることもできるでしょう」。
続けて「ビルケンシュトックの面白いところは、口コミで広がっていったというところ」とラウル氏は話す。
「私たちはマーケティングにお金をかけて、人工的にアイテムを紹介しているわけではありません。やはり、それらが作られた偽物であることは消費者も敏感に感じ取るでしょう。履いている人が純粋に『商品を良いと思っている』ということが伝わるから、たった一つのきっかけで爆発的な人気を得たわけではないから、一過性のトレンドではなく継続的に人気のあるアイテムになったと言えるでしょう」(ラウル・ウォートマン)。
ヨハン氏は、2way仕様の「ルトリー(LUTRY)」や「キョウト(KYOTO)」など、近年登場した新たなシグネチャーアイテムの名前を挙げ「これらも、本当にいいものであるというのがゆっくりと浸透し、200年後にも愛され、履いてもらえるような靴になれば」と今後の展望について語った。
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