【コラム連載|あがりの服と、あがる服】ラグランコート編:ヴィンテージバーバリーを代表する一枚袖のバルマカーンコート/マリナ・イーの"洋服愛"が詰まったジェンダーオーバーコート
【コラム連載|あがりの服と、あがる服】ラグランコート編:ヴィンテージバーバリーを代表する一枚袖のバルマカーンコート/マリナ・イーの"洋服愛"が詰まったジェンダーオーバーコート
(文:sushi)
年が明けて、寒さも一層厳しい1月になった。2020年を振り返ると、コートをたくさん購入した一年だった。学生時代は雀の涙ほどのバイト代を根気よく貯め続ける我慢強さもなく、すぐ使ってしまうタイプだったので、その反動からか大物のコートを7着も購入した。どれもかわいくて仕方のない服たちだ。
購入にあたり様々なコートに袖を通した中で、「僕はラグランスリーブのコートがよく似合う」という気付きがあった。現代の多くの日本人にも当てはまると思うが、僕は肩幅が狭く、なで肩だ。そのため、いわゆるクラシックに分類されるテーラード色の強いセットインスリーブのコートは肩から浮いてしまうようなシルエットなってしまうが、ラグランスリーブであれば本来の肩のラインを素直に拾うため、骨格が緩やかな人間でも程よいサイズ感で着用することができる。体形の不具合を解決してくれる服との出会いはとても嬉しいもの。ラグランコートの魅力をなで肩仲間たちにも共有すべく、「このアイテムは手に入れねばならない」と思ったあがりの一着と、「これは僕のためのコートだった」と思えたあがる一着をそれぞれ紹介したい。
ヴィンテージバーバリーを代表する一枚袖のバルマカーンコート
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ラグランスリーブは、バルマカーンコート(ステンカラーコート)の特徴の一つでもある。そしてそのバルマカーンコートを代表するブランドといえば「バーバリー(Burberrys)」で間違いない。
バーバリーが大々的にバルマカーンコートを販売し始めたのは1940年代後半~1950年代ごろ。公園を散歩したりといった際のカジュアル着という位置付けを想定してか、当時は「ウォーキング・バーバリー」や「ウォーキングパターン」などと呼ばれていた。かつて軍隊や国から派遣される探検隊など、一部の特権階級向けブランドとしての歴史を持つバーバリーだが、ピエール・カルダンがモードの民主化を唱え、プレタポルテという概念が急速に広まっていった1960年代以降は「バーバリー・チェック」をコートの裏地以外にもマフラーやバッグ等にあしらい始め、大衆にとっての一流ブランドとして方針を転換していく。バーバリーのバルマカーンコートも同様で、当時の服飾文化のカジュアル・大衆化という時代の流れを色濃く反映した一着でもある。なお、バルマカーンコートそのものが誕生したのはバーバリーがブランドを創立した1856年よりも更に遡り、1850年代以前には同型の衣服がすでにスコットランドでレインコートとして普及していたと言われる。
"バーバリーのコート"と耳にすれば、トレンチコートを真っ先に思い浮かべる人が多数かと思う。バーバリートレンチに関しては、1899年のボーア戦争時に同社が英国士官用に製造を開始したタイロッケンというコートを原型として、様々なアップデートを加えたものが後にトレンチとなった、というのが通説。ところが、バーバリーはバルマカーンコートの販売開始時に「(バルマカーンコートは)バーバリーの代名詞であるトレンチコートの原型となったもの」とも読み取れる広告を打っている。つまり、バルマカーンコートが存在していなければ、タイロッケン、そしてバーバリーの代名詞であるトレンチは生まれなかったのでは?とロマン溢れる妄想もできる逸品なのだ。
基本的にラグランの袖は二枚、もしくは三枚など複数の生地を縫い合わせて構築するのが一般的だが、ヴィンテージのバーバリーのコートには袖を一枚の生地のみで作る「一枚袖」と呼ばれるパターンが用いられているものが存在する。このディテールが具体的にはどういった目的で、どの時期に用いられていたのか未だに体系化されていないものの、一説では裕福層向けのパターンオーダーオプションの一つだったと言われており、現在市場に流通しているのは1000着に1着程度と非常に希少性が高い。
さらにこの一枚袖のパターンが用いられたバーバリーのコートは希少性が高いだけではなく、美しい肩のシルエットを描くことも大きな魅力だ。通常の仕様では二枚袖が採用されていることが多いため、縫い目は袖の上部と脇の下の2ヶ所にあしらわれるが、一枚袖は腕を一枚の布でぐるりと包むため、縫い目は脇の下のみ。このわずかとも思える差は、シルエットに大きな違いをもたらす。二枚袖では袖の上部に縫い目が存在することでシルエットはより肩張ってしまうが、一枚袖では袖の生地が重力に対し素直に落ちるため、よりリラックスしたドロップショルダーとなる。一枚袖とラグランの組み合わせは、僕のような男性らしい肩を持ち合わせていない人間には最適なのだ。優しく肩に寄り添うシルエットはヴィンテージながらも現代的で、昨今のスタイルにも自然に取り入れることができる。
一枚袖という仕様はバーバリー以外のブランド、例えば「アクアスキュータム(Aquascutum)」や「ポール・スチュアート(Paul Stuart)」のヴィンテージコートにも稀に見られる。しかし古着市場ではやはりバーバリーというブランドの人気や付加価値は一段上とされており、年代や状態を考慮してもバーバリーの一枚袖のコートにはより高い値付けがなされることが多い。
自分の体型にもマッチするラグラン&一枚袖という仕様かつ、資産価値的にも申し分ないこのコートが自分にとっての「コートのあがり」にもなることが分かったこと自体は、今年一年をかけていくつもコートを手にしたことの大きな収穫であった。そんな結論に辿り着いてしまうと、もう頭の中はそのことで一杯になってしまい、今年の正月は三が日から徹夜でヴィンテージショップの初売りに並び、このコートで2021年最初の散財を済ませた。そのせいで新年早々お財布事情は非常に寂しくなっており、今年の目標を「お金がない時は買い物を控える」とするに至っている。
マリナ・イーの"洋服愛"が詰まったジェンダーオーバーコート
モード好きなら一度は「アントワープシックス」という括りを耳にしたことがあるだろう。世界的にも著名な芸術学校であるアントワープ王立芸術アカデミーの卒業生の中でも、特に突出した才能を光らせていたデザイナー6人のことを指す。有名どころではドリス・ヴァン・ノッテンやアン・ドゥムルメステール、現在のモードの最先端で活躍し続けるデザイナーも多く、それぞれがファッション業界の中で現在も大きな影響力を持つ。1980年ごろに結成し活動を続けていたアントワープシックスは注目を集めたが、そんな煌びやかな集団を一足先に脱退し、表舞台から身を引いたミステリアスなデザイナーがマリナ・イー(Marina Yee)だ。
マリナはアカデミーを卒業後アントワープシックスとして活動したのち、キャリアヴィジョンの見直しを理由に集団を1988年に脱退。それ以降は表立ってデザイン活動をすることは少なかった。
長きにわたり表舞台を離れていたマリナだったが、2018年に東京のセレクトショップ「ライラトウキョウ(LAILA TOKIO)」から熱いラブコールを受け、「エムワイプロジェクト(M.Y.Project)」を立ち上げファッション業界の第一線に戻ってきた。いくつかローンチされた彼女の作品の中でも、僕が特に心打たれたのが「ジェンダーオーバーコート」と呼ばれるラグランコートだ。
このコートの面白いところはそのギミックの多さだろう。一見すると前身頃はダブルのような仕様になっているが、よく見てみるとボタンホールもボタンの位置が右見頃と左身頃でアシンメトリーについており、右身頃が前と左身頃が前ではそれぞれ全く違うコートを着ているかのように表情が変化する。襟の形も特徴的で、立てたり寝かせたり、折ってみたり閉じてみたりとパターンは幾通りもある。画一的な着方をデザイナーから提案するのではなく、着用者に一任してしまうというのがマリナの服作りの趣深いところだ。
マリナの作る服はとても構築的で複雑なパターンを用いており、"形が決まった服を被る"という印象のものが多いが、その中でもこのジェンダーオーバーコートはラグランを採用することで着用者の体に寄り添うシルエットを描く。信じられないほど重厚なコットンを採用しているため柔らかさとは無縁ではあるものの、腕の可動域はしっかり確保している。かなりあくの強いアイテムが多い中、実際に着用するとなれば最も扱いやすいのは恐らくこのコートだろう。
手の込んだギミックもそうなのだが、僕がこのコートを迎える決め手となったのはマリナの服作りに対するスタンスが非常に大きかった。マリナはファッションから身を引いた理由の一つとして、大量生産・大量消費という現代の消費スタイルに自分のクリエイションを巻き込みたくなかったということを挙げている。実際、このエムワイプロジェクトも、生産数やサイズ展開は最小限に抑えられている。また、アントワープで製造することへのこだわりが非常に強く、コットンはアントワープ産のものを使用し、縫製は自身が信頼を置くアントワープの工場に依頼するなど、クオリティを徹底している。パターンはマリナ自身が引き、工場から上がってきたものすべてに目を通した上で、最後の仕上げやボタンの縫い付けも彼女が行っているのだ。
齢60以上にして狂気的な生産体制を敷いているマリナのクラフトマンシップを感じることのできるコートだが、実は僕が購入したものは右ポケット上のボタン糸がポケット内を貫通して縫い付けられてしまっており、ほぼポケットとして機能していない。これは商品としては明らかに生産ミスであるが、手作業であるが故。この偏屈なまでのこだわりの裏に垣間見える人間味を感じることができるこのエラーは、むしろマリナの服作りに対するスタンスを色濃く反映している唯一無二のディテールであると感じるし、そんな彼女の思いが詰まったコートを手に取ることができたことが嬉しくなってしまう、そんな一着だ。
■sushi(Twitter)
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。
あがりの服と、あがる服 バックナンバー
【vol.1】シャツ編:シャツの極致 シャルベ / 15歳の僕を変えたマーガレット・ハウエル
【vol.2】ルームウェア編:アマンも認めるプローのバスローブ / 外着にもしたいスリーピー・ジョーンズのパジャマ
【vol.3】レインウェア編:誇り高き迷彩のヴィンテージバブアー / 心強い鎧ビューフォート
【vol.4】サンダル編:"サンダル界のロールスロイス"ユッタニューマン / チープ・シックな逸品 シーサンのギョサン
【vol.5】メンズアクセサリー編:トゥアレグ族のクラフトマンシップ溢れるエルメスの「アノー」 / 真鍮の経年変化を楽しむマルジェラの「IDブレスレット」
【vol.6】カーディガン編:東北の逸品 気仙沼ニッティング「MM01」 / 珠玉のアウター コモリ×ノラのストールジャケット
【vol.7】ローファー編:革靴の王様 ジョンロブのロペス / 男らしさ漂うチーニーのハワード
【vol.8】ジーンズ編:不朽の名作 Levi's501xx / 自信をくれたヤエカのシームレススタンダード
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