【コラム連載|あがりの服と、あがる服】メンズアクセサリー編:トゥアレグ族のクラフトマンシップ溢れるエルメスの「アノー」 / 真鍮の経年変化を楽しむマルジェラの「IDブレスレット」
【コラム連載|あがりの服と、あがる服】メンズアクセサリー編:トゥアレグ族のクラフトマンシップ溢れるエルメスの「アノー」 / 真鍮の経年変化を楽しむマルジェラの「IDブレスレット」
(文:sushi)
前回の寄稿で「今年の梅雨は長い」等と言っておきながら、8月に入るや否や一気に夏めいてきた。30度後半を記録する猛暑日が続き、7月まで梅雨が食い込んだ帳尻を合わせるかのようにセミの鳴き声も今年は余計に大きく聞こえてくる。
僕は夏こそ嫌いではないが、体質的に日光が得意ではなく、夏でもほとんど半袖一枚で外に出ることはない。しかし今年の夏は、長袖の羽織りを着て自宅から駅までの片道15分を歩くには暑すぎる。「北風と太陽」の一節のように僕も上着を脱がされたわけだが、露出した腕を眺めていると何とも殺風景で、最近はアクセサリーで手元の賑やかしをどう作ろうか、ということばかりを考えている。Tシャツにショーツにサンダルに、と快適に過ごそうとすればするほどに夏の装いは布面積が減りカジュアルになっていってしまうが、夏はそんな露わになった素肌を武装するアクセサリーについて考えるのにぴったりの季節でもあるとも言える。
トゥアレグ族のクラフトマンシップ溢れるエルメスの「アノー」
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「エルメス(Hermès)」のブランドのロゴをまじまじと見たことがあるだろうか?ロゴの中に馬車が描かれていることは有名だが、よく見ると肝心の"馬にまたがる主人"は描かれていないことに気付く。このデザインは「エルメスは最高の職人芸をもって最高の品質のモノを提供するが、それを実際に使うのは購入者自身である」というブランドコンセプトを表現しているといわれている。そのコンセプトに恥じない数々の品をエルメスは世に送り出しているが、特にそのシルバーのクオリティは世界的にも広く認められている。
エルメスのシルバージュエリーは無論名作揃いだが、その中でも、アクセサリーの加工をエルメスの工房ではなくアフリカのとある民族が行った特別なジュエリーが存在する。それは1997年に発表された「アフリカ(L’Afrique)」というコレクションにある。
1987年以降、エルメスは毎シーズン大々的にテーマを掲げ、特色のある製品を生産している。「アフリカ」では文字通りアフリカをモチーフにしたカレやカデナが販売されたが、中でもひと際注目を集めたのが、トゥアレグ族が装飾を行ったシルバーのバングル「アノー」だった。
トゥアレグ族はサハラ砂漠で遊牧生活を営み、手彫りの銀装飾を伝統工芸として伝承している。その装飾は驚くほどに繊細な柄が特徴的でありながらも、手彫り故やや歪んだ直線が持つ表情の豊かさや、一つとして同じ柄が存在しないオリジナリティは"自分のためだけに作られたモノ"のように思わせてくれる。何より、「最高の職人芸をもって最高の品質のモノを提供する」と謳うエルメスが見惚れたクラフトマンシップが注ぎ込まれたこの逸品をあがりとしないことができるだろうか。
エルメスというブランドは長い間、僕の憧れだった。エルメスのシルバージュエリーを手に入れたのはこのアノーが初めてだったが、「アフリカ」コレクションを知った時から、自分が最初に大枚をはたくエルメスのジュエリーはコイツしかないと心に決めていた。そして社会人になったら憧れのエルメスのジュエリーを徐々に買い足していくつもりだったのだが、現状このバングルに大変満足してしまっていて物欲が湧く気配がなく、アノー以外のジュエリーを収集する必要もないかもしれない、とすら思う。
僕は一人旅が個人的な趣味なのだが、アフリカ大陸にだけ足を踏み入れたことがなく、ちょうど次に機会があるとすれば次回はアフリカを訪れようと画策している。となれば行先はもちろん、あがりの逸品が生み出されているサハラ砂漠に実際に足を踏み入れてその芸を目の当たりにしてこそ、より一層このバングルにも愛着が湧くだろう。
真鍮の経年変化を楽しむマルジェラの「IDブレスレット」
アクセサリーの中には、元来は単なる装飾品としてではなく、ドッグタグやカレッジリングなどのように本来の用途から誕生し、後にアクセサリーとして大衆に普及したものがある。多くがミリタリーアイテムを源流とするものだが、中でもIDブレスレットには心くすぐるストーリーがある。
「Identification(身分証明)」の頭文字をとるIDブレスレットは第二次世界大戦中のアメリカ軍が考案したもので、戦火の中殉職した戦士たちの身分特定の為にプレート部分に名前と生年月日等を彫り入れ、文字通り身分証明のために使われていた経緯があり、終戦後、戦士たちは自身の軍人としての誇りを投影するそのブレスレットをそのまま日常的に着用するようになった。因みに、体のバランスを崩さないために時計を付けた手とは反対の効き手に付けるのがセオリーだ。
テンプレートとして定着したIDブレスレットは、現代ではティファニーをはじめとする様々なブランドが各々のエッセンスをのせた製品を製作している。中でも「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」の定番アイテムとなっているIDブレスレットは、ブランドのエッジの効いたデザインが施されたものがシーズンごとに展開されているのが面白いところだ。
僕が所有するのは、まだマルタン・マルジェラがデザインしていたと言われる2008年のシーズンのモノ。シンプルなIDブレスレットを一度溶かしてしまったようなインパクトのあるデザインがシンプルになりがちな夏の手元に持ってこいだ。そしてこのブレスレットの何が一番気に入っているかというと、シルバーではなく真鍮製であるというところ。実はマルジェラのアクセサリーは2014年頃まではほとんどが真鍮で作られており、シルバーで作られたものがメインになったのはここ数年のことだ。
僕がファッションにここまでのめり込むきっかけとなったのは、マルタン・マルジェラのデザインとの出会いだった。メゾンマルジェラはご存知の通りマルタン・マルジェラによって設立されたブランドだが、同氏はファッションデザインの中に「時間」という概念を持ち込んだ最初のデザイナーとされている。例を挙げれば、古着をリデザインしコレクションとして披露したり、過去の自身のコレクションをただ単に黒染めしたものを別シーズンで発表するなど、「過去と現在」の交わりをデザインに取り入れてきた。これまでトレンドの最先端をリアルタイムで追うことこそがファッションの醍醐味だと思っていた自分は、アンチモードと呼ばれるマルタン・マルジェラによる過去からの経過を意識したデザインとの出会いによって、それまでのファッション観が大きくひっくり返された。
マルジェラのアクセサリーが真鍮にこだわっていた理由も「時間」にある。真鍮は空気に触れるとどんどん酸化し色がくすんでいくことが特徴で、経年変化が目に見えてわかりやすく、デザイナーの意図がアイテムを通じてひしひしと伝わってくるようであがってしまう。自分がこのブレスレットの存在を知った時、すでに彼はマルジェラのデザイナーを退いていたが、どうしても彼がデザインした真鍮の定番アクセサリーが欲しくなり、わざわざ探して購入した。IDブレスレット自体にもミリタリーのルーツが時代を超えて現代に伝わっているという側面がありながらも、マルジェラの真骨頂である真鍮が使われたこのアイテムは、マルジェラのアクセサリーの中でも僕が最も敬愛するデザイナーの遺伝子を感じることができる逸品だ。
マルジェラのIDブレスレットも、エルメスのアノーも、個人的にとても思い入れが強いアクセサリーだが、この2つのアイテムの魅力は全く相反しているものだと思う。マルジェラのIDブレスレットは上記の通り、マルジェラの真骨頂である時間の経過によるデザインの可変性に着目したアイテムだ。一方で、アノーは紀元前数千年前にその起源を遡るといわれるトゥアレグの長い伝統と、揺るぎないメゾンのクリエイティビティという不変的な価値を掛け合わせているのが魅力であると感じる。この全く逆ベクトルの魅力を持つアイテムたちに心を奪われてしまう自分自身の一貫性のなさには少々辟易するものの、実はエルメスの歴史の中には、マルタン・マルジェラがデザイナーを務めていた時期がある。そして同氏がエルメスのデザイナーに就任したのは1997年、「アフリカ」が発表された年からだ。実際にマルタン・マルジェラが「アフリカ」のクリエイションにどの程度関わったかは定かではないが、この事実のおかげで僕の感性にはむしろ一貫性があるのかのように思えてくるし、と同時にデザインの「可変性」も「不変性」も思いのままに操るマルタン・マルジェラの比類なき才能に思いを馳せてしまうのだ。
■sushi(Twitter)
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。
あがりの服と、あがる服 バックナンバー
【vol.1】シャツの極致 シャルベ / 15歳の僕を変えたマーガレット・ハウエル
【vol.2】アマンも認めるプローのバスローブ / 外着にもしたいスリーピー・ジョーンズのパジャマ
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