コム デ ギャルソン オム プリュス 2023年秋冬
Image by: Koji Hirano(FASHIONSNAP)
デザイナー川久保玲が手掛ける「コム デ ギャルソン オム プリュス(COMME des GARÇONS HOMME PLUS)」の2023年秋冬コレクションがパリで発表された。会場は8区のサンテスプリ教会。
なじみのあるものや使い古されたクリシェは安定感や安堵をもたらすも、意味が硬直して、型にはまっているようにも感じられることもある。しかし、それらには、新しい価値観としての"最初"があるはずだ。例えば、折々の実験精神に満ちて「前衛」とされたものが、月日を経て少しずつ世の中に浸透し、一般化され、「普通」として扱われていくことにも似ている。「前衛」の本意は、その旗手のクリティカルな視点と、時代の移ろいによって半永久的に変容し続けているはずではないだろうか?
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もともと「アヴァンギャルド」は、軍隊用語で前線に立ち続ける少数精鋭部隊を指すフランス語であることを汲みすれば、行く末の見えない戦争の渦中にいち早く出向き、他に先んじて"はじまり"を切り拓いていくことを意味している。だとしたら、絶えずそのマインドを宿し続けることは、最前線に立つリスクと隣り合わせでも固定観念や先入観ともっとも遠いスタンスをとることなのだ。
コム デ ギャルソン オム プリュスが記した「アバンギャルドなテーラリング(Tailoring of the Avant-Garde)」は、ショーの後に知ったセンテンスだった。男性の身体のあらゆる特性を踏まえ、ボディにフィットさせ、より美しく見せるためのテーラリング。その歴史や固定観念にはない要素を与えたり、抜き去ったりすることで、既存の男らしさや、メンズウェアの源泉を解剖していく——そのもっとも"ピュア"な意味でのアヴァンギャルドな態度で形作られたコレクションは、メンズモードの前線を惑わす異質さを顕現させた。
開幕を待っていると、不意に会場が明るさを宿し、すぐに上半身をタイトに覆うも肩が大きく引き上がった異様なシルエットが目に入った。重力にあらがうヘアに、拘束感のある異形なヘッドピースを被ったオールブラックのファーストルックは、ジャカードのカモフラージュ柄ミドルショートパンツを合わせたセットアップスーツに、赤いベルトが加わった屈強そうなルイスレザーのアトランティックブーツを履いている。
“前線”に赴く宣言のようにも思える3つの黒いルックに続いたのは、アーティストのエドワード・ゴス(Edward Goss)による暗号的なドローイング——読めそうで読むことができない新しい言語にも思える文字の羅列——が描かれたセットアップ。ジャケットの胸の位置から腰にかけて、他では、肩にのせるように前から背部にかけて、大胆なパフによる筒状の膨らみが未知な造形を生み出していた。
モノトーンからキャンディピンクやスカイブルーに転調し、フェイクファーがプリントされたサテンシャツの上に、チェストやバックにトップコートやジャケットを横断するようにジップが走って内部があらわになっている。凝り固まった原型からまるで流れるように離れ、思いもよらぬ造形そのものの新しさがこちらの思考に襲いかかってくる。
ヘリンボーン柄のジョッパーズパンツと対となるメタルシルバーのコートや、目を凝らすとクラシカルなストライプが見えるジャケットには、毛先の長短がある複数のフェイクファーが与えられ、後に、前後の身頃は波形状にカットアウトし、周囲はファーでトリミングされていく。流動的な余白の下には、「普通」のコートを着ていると決して見ることはないテーラードスーツがのぞく。
徐々に、パネル的な、あるいは流れるようなファーの装飾は全身に行きわたっていった。スカートとの組み合わせや、「ジョージコックス(GEORGE COX)」とのコラボレーションシューズが織り交ぜられる。繊維に圧力をかけて厚みや強度を増やす縮絨(しゅくじゅう)加工のアイテムは、クラシックなチェックパターンやヘリンボーン柄がラメ糸とともに浮き上がる。レザーのジレにもあしらわれたコレクションの象徴的な造形のひとつ——高めの背部にある三日月型の膨らみによって、タータンチェックはいくぶん歪んで見えた。3本〜4本の腕が身体から生えてきたように見えるスリーブ、あるいは、モアレパターンの袖のないケープは、常態化したテーラーメイドからの明確な越境を示していた。
最終盤、未知のテーラリングからの転換があった。ファーでトリミングされたカットソー、胸元で立体的なツイストを描くニットカーディガンとともに、ファー付きのバミューダショーツ、再びエドワード・ゴスのシグナルがプリントされたシャツなど、強いていうなら少しばかりのリアリティに還元されていく。
光が消えて暗闇に拍手の音が響いた時、これらの姿態がアヴァンギャルドなテーラリングのその先に接続しているのだと思えた。きっと、「前衛」は、先入観を疑うが、時代精神とは相反しない。現在だけでなく、未来を見るがゆえに、もっともピュアな"はじまり"のアヴァンギャルド——つまり、コム デ ギャルソンのクリエイションは、人々に困惑を与えながらもその先に導いていくのだろう。
大学在学中から活動を開始し、東京を拠点に国内外のデザイナーやアーティスト、クリエイターのインタビュー・執筆などを行う。近年はメディアコントリビューティングのほか、撮影のディレクションやブランドのコンセプトディレクターを手掛けている。
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