JR山陽本線 尾道駅から徒歩約15分ほど行った場所に構える古本屋「弐拾dB」(ニジュウデシベル)。深夜の尾道の街をほのかに照らす隠れ家のような同店は、平日23時から27時までの4時間、深夜に営業するという一風変わった書店だ。深夜にも関わらず日々、地元住民から旅行客まで老若男女が訪れる。切り盛りするのは広島県福山市出身の28歳 藤井基二氏。11月26日には古本屋稼業の日々を綴った随筆集「頁をめくる音で息をする」(本の雑誌社)を発売した。深夜営業の理由、個性的な客たちとの出会い、そして尾道の街の魅力について話を聞いた。
大学卒業後、尾道で古本屋を開業
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「弐拾dB」は京都の大学で日本文学を専攻していた同氏が大学卒業後、2016年4月にオープン。文学作品から雑誌、絵本、漫画、尾道にまつわる書籍まで多種多様なジャンルの古書を取り扱っている。志していた大学院への進学を諦め、地元の福山へ帰郷。その後、尾道に拠点を移した。尾道ではゲストハウス「あなごのねどこ」でアルバイトをする傍ら、「尾道空き家再生プロジェクト」(※)が所有する元診療所だった物件で店を開いた。
店舗の内装は診療所だった当時の面影を残した古い佇まい。薬袋やガラスの薬瓶、顕微鏡など病院で使われていた道具が随所に並び、店内には深夜ラジオが微かに流れている。棚に入りきらなかった書籍は棚の近くに山積みされているほか、旧式の扇風機や、レトロなポスター、やかんが置かれた石油ストーブ、形や色がそれぞれ異なる古びた椅子、熊の置き物など、昭和で時間が止まったような品々が雑多に並んでいるが、不思議と統一感のある空間に仕上がっている。店主の藤井氏によるとその多くは譲り受けたものや、拾ってきたものを思うがままに置いただけだという。
※NPO法人尾道空き家再生プロジェクト・・・歴史的建物が多く残る尾道市・山手地区において、空洞化と高齢化により増え続ける尾道の空き家を再生し、新たな活用方法を模索する取り組み。これまでに手掛けた主な再生物件に、昭和の古いアパートをものづくりの発信拠点として再生させた「三軒家アパートメント」や、商店街アーケード内のゲストハウス「あなごのねどこ」、尾道の代表的な寺院「千光寺」すぐ下に構えるゲストハウス「みはらし亭」などがある。
公式サイト
深夜に営業する理由とは
都心部では「蔦屋書店」など大手チェーンによる深夜営業はあるものの、人の往来が少ない時間帯に営業をする地方の古本屋は類を見ない。深夜営業をはじめたきっかけは「日中のアルバイトと両立させるためだった」(藤井氏)。見切り発車で始めてみた古本屋の客足は当初まばらだったが、徐々に近隣住民の間で知られるようになり常連客も増え、メディアで取り上げられたことで観光客の来店も増えていった。平日の来店客数は日によってばらつきがあり、「全く人が来ない日もある。多い日は十数人来る日もある」という。古書店の経営は独学で学んだというが、コロナ禍でも安定した売り上げを立てている。「尾道は素朴で人懐っこい人が多くて、とりあえずやってみたら良いと新しいことを始める人に寛容な街。やりながら覚えていけば良いじゃないかと、出たとこ勝負で始めてみたが5年目を迎えることができ、これまでやってきたことは間違いではなかったなと思えている。当初は月の売り上げが数万円でしたが、今では一人暮らしであれば暮らしていける程度の額は稼げている。都会のお洒落な書店のように特別なコンセプトがあるわけでは無いが、まずはお店のことを知ってもらい、名前を覚えてもらえるよう策を打つようにはしている」と語る。
真夜中の個性的な来訪者
深夜に同店を訪れる人々は、近所に住む年配客から、岡山県など近隣の県から車を飛ばして訪れる客、観光客まで多種多様。夫婦喧嘩から逃げ出してきた男性、結婚を控えた女性、酔っ払い、ロケで尾道滞在中にふらりとやってきた某有名女優など、夜な夜な様々な人々が訪れるという。「丁度、先ほどいらっしゃった若いカップルのお客さんには『ここは何屋さんですか?』と聞かれましたよ」(藤井氏)。書店だと知らずに足を踏み入れる人も少なくない。客足が落ち着いている時は客にそっとお茶を差し出し、会話に花を咲かせる日もあるという。現在「Web本の雑誌社」で連載中のエッセイ「頁をめくる音で息をする」では、そんな古本屋店主として過ごす日常や、来店者との出会いをユーモアを交えながら綴っている。
「店を大きくするつもりはない」
藤井氏は「弐拾dB」に加えて弐拾dBの妹分という位置付けで古本屋「古書分室ミリバール」を営業しているほか、オンラインストアの商品の発送作業、SNSでの書籍の入荷情報の発信など、ほぼ全ての業務を1人でこなしているという。このほかにも、イベント「三軒家古本レコ市」(11月23日終了)の主催や、寄稿の執筆、書籍の企画・出版など多岐にわたり活動している。昨年7月には、中国新聞の記者 田中謙太郎氏と共に手掛け、街の歴史の隅で生きた人々に焦点を当てた「雑居雑感」を創刊。12月に東京公開を控える須藤蓮監督による尾道を舞台にした映画「逆光」では、劇中の登場人物に合う古本を選書し小道具として提供した。店舗の県内外での認知度が高まり、個人での活動の幅も広がる中、今後の展望について藤井氏は「店舗やスタッフを増やしていく予定はないが、お客さんを良い意味で裏切っていけるような新しいことはしていきたい。目標はこのお店を死ぬまで続けること、年老いても深夜営業していられたらなと。このエリアのあまり知られていない詩人の作品の復刻など、書籍の出版も少しずつやっていきたい」と話し、今後も書籍の企画・出版に精力的に取り組んでいくという。
■古本屋 弐拾dB
住所:広島県尾道市久保2丁目3−3
営業時間:平日 23:00〜27:00 土日11:00〜19:00
定休日:木曜
Twitter / Instagram
■弐拾dB通信販売所:「頁をめくる音で息をする」商品ページ
古本屋「弐拾dB」藤井基二氏
Image by: FASHIONSNAP
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